第1部 3.家計部門への波及は進んでいるか

[目次]  [戻る]  [次へ]

(1)雇用への波及

今回の景気回復局面の1つの特徴は企業部門から個人消費への波及が遅れているということであった。以下では、景気回復の家計部門への波及を少し詳しくみることにしよう。

生産が持ち直し・増加に転じるとともに、家計部門にも景気回復の波及が見え始めるようになった。とりわけ雇用部門には回復が及んでおり、90年代以降の回復局面において、唯一全地域で完全失業率が低下するなど、改善傾向は明らかである(第1-3-1図)。失業率の低下は02年から05年にかけては主に非労働力人口の増加が寄与していたが、直近1年をみると、非労働力人口の増加による失業率の押し下げ要因は小さくなっている。また、就業者の中身をみると、就業者数をけん引したのは主にサービス業であり、建設業や製造業はマイナスに寄与していたが、直近1年をみると、サービス業に加えて、製造業の就業者数も増加に転じた地域が多く、業種にも広がりがみられている。(第1-3-2図)。

第1-3-1図 景気回復局面における失業率の変化
-今回は失業率が改善-
第1-3-1図
(備考) 1. 総務省「労働力調査」により作成。
2. 地域区分はC
3. 地域別の完全失業率は原数値のみ公表されているため、当該回復局面において、「景気の山」と「山と同じ四半期で、景気の谷に最も近い四半期を比較した。
なお、今回の回復局面は直近の06年4-6月期と02年4-6月期を比較した。前回は99年10-12月期と2000年10-12月期、前々回は94年4-6月期と97年4-6月期を比較した。よって、内閣府が公表している景気四半期基準日付から算定される回復期間とは異なる。
第1-3-2図 就業者数の増減(02年→05年)
-サービス業の増加寄与が大きい-
第1-3-2図
(備考) 1. 総務省「労働力調査」により作成。
2. 地域区分はC

前述の失業率の低下に加えて、有効求人倍率は地域によってはバブル期並みとなっており、労働市場のひっ迫感はここ数年、類を見ないものである(第1-3-3図)。さらに、このひっ迫感は定期給与への反映はまだ鈍いものの(第1-3-4図)、ボーナスには波及してきている。各地のこの夏のボーナスに関する情報を集めてみると、多くの県で前年よりも増加しているという声が聞かれる(付表1-1)。

第1-3-3図 有効求人倍率は各地域で上昇
第1-3-3図
北海道 東北 北関東 南関東 東海 北陸 近畿 中国 四国 九州 沖縄
06年7-9月期 0.59 0.84 1.18 1.30 1.62 1.32 1.11 1.21 0.89 0.78 0.49
直近の
同水準時期
96年
10-12月期
97年
10-12月期
93年
4-6月期
91年
10-12月期
92年
7-9月期
93年
4-6月期
91年
7-9月期
93年
4-6月期
97年
7-9月期
96年
10-12月期
90年
10-12月期
0.63 0.82 1.22 1.32 1.62 1.28 1.14 1.17 0.91 0.80 0.51
(備考) 1. 厚生労働省「一般職業紹介状況」により作成。
2. パートタイムを含む。
3. 季節調整法はセンサス局法による。北海道、沖縄、全国を除く地域は内閣府で季節調整を行った。
4. 直近の同水準時期は、01年10-12月期以前に06年7-9月期の有効求人倍率と同水準または上回った直近の時期。
第1-3-4図 地域別定期給与の推移(2000年度→05年度、04年度→05年度)
-定期給与の増加には至っていない-
第1-3-4図
(備考) 1. 厚生労働省「毎月勤労統計地方調査」、各県労働局資料により作成。5人以上。金額の前年比。
2. 各都道府県の常用雇用者数でウェイト付けして地域別に集計。
3. 04年12月までは毎月勤労統計調査[地方調査]、05年1月以降は都道府県別毎月勤労統計調査の集計値。

他方、やや長期の動きとして、人手不足感は団塊の世代の大量退職や、少子化傾向による労働力人口の減少もあって、今後も続くとみられる。例えば、07年3月高校新卒者の求人倍率(06年9月末現在)は、前年差0.24ポイント上昇の1.44倍となり、4年連続で上昇した。06年秋口の就職内定率をみても、大卒、高卒ともに前年同時期を上回っている地域がほとんどである(第1-3-5図)。

第1-3-5図 就職内定率
-直近時点の内定率は高校、大学ともにおおむね全地域で前年超え-
(1)高校(9月末現在)
第1-3-5図(高校)
(2)大学(10月1日現在)
第1-3-5図(大学)
(備考)厚生労働省「高校・中学新卒者の就職内定状況等」、「大学等卒業者就職状況調査」により作成。

(2)個人消費への波及

個人消費にも05年の晩秋から06年初頭にかけて、動きがみられ始めてきた。具体的には例年にない極寒の天候もあって、冬物衣料を中心に防寒用品がここ数年みられなかったような売行きとなり、一部の商品で品切れとなるものもあった。また、株価の回復によって、海外スーパーブランドなどのハンドバッグや時計、宝飾や貴金属などの高額商品が売れ始め、これらは特に百貨店の売上の回復に顕著に表れた。05年10-12月期は北海道、四国を除く地域で、06年1-3月期も北海道、近畿、四国を除く地域で前年同期を上回った(第1-3-6図)。

第1-3-6図 百貨店販売額
-05年末から06年初頭にかけて大きく伸長-
第1-3-6図
(備考) 1. 経済産業省「商業販売統計」、関東経済産業局「大型小売店販売額の動向」、中部経済産業局「管内大型小売店販売概況」により作成。既存店ベース。
2. 地域区分はB。ただし、北関東は、新潟県、静岡県の2県を含む関東経済産業局「東京圏以外」。南関東は同「東京圏」。中部は、北陸を含む中部経済産業局管内計。北陸は、富山県、石川県の2県(再掲)。

高額商品の売行きは06年度に入っても衰えず、百貨店の売上高に占める、高額商品(ここでは美術・宝飾・貴金属)の割合は着実に上昇している。中でも中国では直近期に7%程度を占めている(第1-3-7図)。景気ウォッチャーからも、「特に特選ブランドや高級腕時計、高級婦人服の動きが良い」(05年12月、九州=百貨店)、「(7月)後半はホテル特別招待会により冬物を先取りする形で毛皮や時計などの高額商品を販売し、かなりの成果があった」(06年7月、北陸=百貨店)と言ったコメントが多く寄せられている。

第1-3-7図 高額商品の動き(06年)
-高額商品の総売上高に占める割合-
第1-3-7図
(備考) 1. 日本百貨店協会資料より作成。
2. 高額商品は美術・宝飾・貴金属。
3. 地域区分はB

また、同様に05年の晩秋くらいから外食産業の売上高(既存店)も総じて見れば前年を上回って推移するようになっている。景気ウォッチャー調査の飲食関連のDI(現状判断)をみても、直近こそやや弱かったものの横ばいを示す50をおおむね上回って推移している(第1-3-8図)。「一部商品の値上げを3月から行ったが、客数は変わらず客単価アップで売り上げ増となった。歓送迎会の予約も単価が良い」(06年3月、中国=一般レストラン)、「地域の2日間の祭り、土用の丑共に、会食の単価を気にしない家族やグループが目立った」(06年8月、北関東=一般レストラン)と言ったコメントもみられている。

第1-3-8図 外食産業と景気ウォッチャーの飲食関連DI
-外食は改善傾向-
第1-3-8図
(備考) 1. 内閣府「景気ウォッチャー調査」、社団法人日本フードサービス協会「外食産業動向調査」より作成。
2. 外食産業は売上高前年比(既存店)。景気ウォッチャーは家計・飲食関連の現状判断DI。

さらに、旅行動向をみると、全国ベースでは05年はおおむね前年を上回って推移した。これは3月から9月まで開催された「愛・地球博2005」(いわゆる「愛知万博」)が国内旅行を活性化したと言われている。実際、東海道新幹線は会期中の輸送量が前年同期比で7%増となり、人の動きが活発だったことを示している。06年度に入って、愛知万博の反動もあって、前年同月を下回る月もみられ、おおむね横ばいで推移している。

地域別の旅行動向をみることは統計の制約上難しいが、観光客数の月次データが存在する北海道と沖縄をみると、北海道では05年夏頃から前年を上回る来道者数を記録しており、沖縄も期間を通して、その月としての最高もしくは2番目の観光客を記録している(第1-3-9図)。

北海道は、05年7月に知床が世界自然遺産に登録されたこともあり、観光地として認知され始めたことに加え、動物のユニークな展示方法で知られる旭山動物園(旭川)がドキュメンタリー番組や再現ドラマの放映もあって、全国区の人気を集めていることが要因として挙げられる。06年に入って、大雪などの天候不順で飛行機の欠航が相次いだことから、1~3月は前年を下回ったが、春先から来道者数は再び回復傾向にある。知床効果や旭山動物園人気が継続していることに加え、新規航空会社の参入によって航空運賃の値下げ競争が激化し、消費者にとっては旅行しやすい環境が整ったことも一因となっている。

また、沖縄の05年の観光客数は過去最高の550万人を記録し、目標の540万人を大きく上回った。06年の目標値は565万人と、達成すべきハードルはさらに高くなっているが、新空港のオープンに伴って、2月に神戸空港便が、3月に北九州便がそれぞれ開設され、また、9月からは1日2便の増便も決まっており、航空輸送面の供給制約は解消されていると言って良い。さらに、修学旅行生の行き先でも高校で1位、中学で3位となっていることや、観光客の1人当たりの消費額が05年には下げ止まって増加に反転するなど、明るい話題も多く、当面堅調な動きが続くことが予想される。

第1-3-9図 国内旅行取扱額、北海道来道客数、沖縄入域観光客数
-国内旅行はおおむね堅調な動き-
第1-3-9図
(備考) 国土交通省「国土交通月例経済」、北海道観光連盟「来道者調査」、沖縄県「入域観光客統計概況」により作成。

(3)夏以降、景気回復の波及が弱まってきている家計部門

個人消費は、06年春先から7月ごろにかけて、低温や長雨などの天候不順の影響を受けて、特に衣料品の構成の高い百貨店の売上はやや鈍化した。ただし、高額商品の動きは堅調さが継続しており、ヒアリングでは「天候が悪くなかったら、前年並みの売上は確保できた」という声も聞かれた。

06年7-9月期の大型小売店販売額の前年同期比をみると、4-6月期と比較して、前年同期比ベースの数字自体は改善しているものの、野菜の価格高騰によって、飲食料品が見かけ上押し上げられた要因が強い(第1-3-10図)。また、ここに来て、宝飾・貴金属などの高額品の動きがやや鈍ってきていると指摘されている地域もある。

第1-3-10図 大型小売店販売額増減寄与度(05年7-9月期→06年7-9月期 全店)
-多くの地域で飲食良品の増加寄与が大きい-
第1-3-10図
(備考) 1. 経済産業省「商業販売統計」、関東経済産業局「大型小売店販売額の動向」により作成。
2. 全店ベース。
3. 地域区分はB。北関東は新潟県、静岡県の2県を含む関東経済産業局「東京圏以外」。南関東は同「東京圏」。

10月は記録的に暖かかったため、全国的に衣料品を中心に動きが悪かった。

また、定期給与の伸び悩みを受けて、このところ、消費者の所得の増え方に対する見方がやや厳しくなってきている。消費動向調査における「収入の増え方」(季節調整値)をみると、05年12月に今回復局面における既往最高値を付けた後、3四半期連続で低下している。

さらに、北海道や東北、四国では有効求人倍率の改善傾向に頭打ち感がみられることから(付図1-1)、雇用面の改善による個人消費の下支え効果が弱まる懸念もある。とりわけ北海道では、有効求人倍率の伸び悩みに加えて、06年7-9月期には就業者数が8万人減少し、中でも若年層(15~24歳)が大きく減少した。

<ブロードバンドの普及と個人消費>

地域別の個人消費動向の把握は統計データの制約があって元々難しいが、最近さらにそれに拍車をかけて難しくしているのはIT技術の進展である。言うなれば、ネット消費、「お取り寄せ」市場の存在である。

まず、ネットの接続環境を把握するために地域別にブロードバンドの普及率をみると、南関東が60%弱と突出して高くなっているが、北海道や東北、四国、九州、沖縄においても35%程度となっている。また、第3世代携帯は地域別のデータは存在しないものの、06年7月現在43%となっており、ヒアリングによると普及度に地域差はみられないと言われている(第2-3-11図)。

こうした中、消費に占める通信費に加えて、インターネットや携帯電話のショッピングサイトから直接商品を購入する行動が増加してきており、従来の販売統計ではカバーできなくなってきている。これらの行動を把握するためには、家計調査などの消費者サイドの統計がさらに充実することが望まれる。

一方で、IT技術の普及はチャンスでもある。すなわち、顧客が全国に広がるからである。事実、お取り寄せ消費に取り組んだことから売上を伸ばしている店は各地にみられる。

帝国データバンクの企業データベースを使って、飲食料品・飼料製造業の中から、ネット販売を行っている成長企業の人口当たりの比率をみると、沖縄が最も高く、九州、北海道が続いている。中身をみると、泡盛や焼酎などの酒造メーカーや、チョコレートなどの菓子メーカー、乳業メーカーなどが入っている。

ネット販売への取組み状況を知るために、ネット市場最大手の楽天市場への出店の伸び率をみると、この1年では北海道、東北、中国、九州で展開が進んでいる(第1-3-12図)。

ネット販売は地方の企業にとっても、消費者と直接・即時に対峙できるため、距離的・時間的制約からは解放されたと言える。言い換えれば、地方の企業が地方にいながら、事業を拡大させることが出来るということである。無論、事業が成功するためには余程の特徴・付加価値を持っていなければならないが、IT市場の成熟とともに、ビジネスチャンスが拡大しているのは間違いないであろう。

第1-3-11図 3G携帯電話普及率
第1-3-11図
(備考) 1. 総務省「人口推計」、社団法人電気通信事業者協会公表資料より作成。
2. 普及率=契約数/人口
3. 3G携帯は、FOMA(NTTドコモ)、CDMA1x(au)、VGS(Vodafon)。
第1-3-12図 お取り寄せ消費
(ネット販売を行う成長企業の人口分布)
第1-3-12図
(楽天市場への出店成長率 04年12月→05年12月)
第1-3-12図
(備考)総務省「17年国勢調査(抽出速報)」、楽天(株)公表資料により作成。

5.
近畿では05年9月に百貨店の新規開業があったことに加え、同秋口から一部百貨店の建替え工事のための売り場縮小の影響があり、既存店ベースの数字は見かけ上改善していない。
6.
高額商品の売上は06年1月から公表されており、過去のデータは公表されていないため、前年同期などの比較は出来ない。
7.
輸送量=断面輸送量、輸送力を示す指標、路線の特定の部分を捉えて、そこを何人(貨物の場合は何t)の人が通過しているかを表したもの。
8.
月平均気温は1946年以降、西日本で第2位、東日本で第3位の高い記録を更新。
9.
成長企業は、帝国データバンクの企業データベースより、1)最新期と前期の2期(2年)連続して売上高が10%以上伸びていること、2)最新決算期において、売上高が5億円以上あること、の条件を課して抽出したもの。05年のデータベースからは全体で21,161企業が抽出された。

[目次]  [戻る]  [次へ]