第1章 第2節 4.主に4つの要素が地域集積の成果を左右する

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4. 主に4つの要素が地域集積の成果を左右する

10の地域集積の実例を分析すると、集積の成果(パフォーマンス)を左右するものとして、いくつかの要素に着目できる。そのうち主な要素を取り上げて整理・考察する(第1-1-5表)。

(1) 地域としての危機意識と実行力

地域の集積が活性化するには、地域としての危機意識の高まりが重要な要素となっている。地域に対して愛着と熱意を持った人々が中心人物(キーパーソン)や中心集団(コアグループ)となって、真剣に考え、議論することが、地域再生の方策を見つけるに当たって有効であった例が多数みられる。

このような人物は、いろいろな組織に所属している可能性がある。実例の中では、大分県湯布院町の場合、地元旅館の経営者溝口薫平、中谷健太郎、志手康二(故人)の3氏が、30年前にドイツ視察を通じて滞在型保養温泉地というコンセプトを提唱し、このような民間の人材が湯布院の温泉地づくりを主導してきた。湯布院町としても、「潤いのある町づくり条例」を制定し、町の統一感の維持に努めてきている。

革新(イノベーション)には、革新を起こす人物(イノベーター)が決定的な要素と言われる。湯布院町の例は、地域集積の革新にも、革新を起こす人物が決定的な役割を果たすことの実例となっている。

今回の実例の対象にはなっていないが、経済産業省「産業クラスター計画」の先行事例の一つとされているTAMA クラスター形成プロジェクト(首都圏西部地域産業活性化プロジェクト)や、町おこしに成功した滋賀県長浜市の黒壁の町についても、地域の人物(キーパーソン)の果たした役割が大きかったと言われている。

また、今回の実例にある岡山県総社市のウイングバレイでは、系列取引から世界調達への転機のなか、他の自動車メーカーや農機具メーカーなどへの販路拡大を図っている。また、集積内の企業が合併して研究開発体制を充実させている。

そして、香川県の讃岐うどんが流行したきっかけは、「地域コミュニティ誌編集長」の本がインターネットなどを通して広がったことも、多くの要素の一つとしてあるのではないかと言われている。このように、情報技術(IT)の進歩によって地方からの情報発信機能とそれによる地域活性化の可能性も高まっている。

地域のキーパーソンは、地方自治体にも存在する。実例のうち、岩手県北上市、東京都杉並区、岐阜県、大阪府東大阪市がそれに当たる。北上市において企業誘致によって県内第1位の工業集積が形成された背景には、市職員の積極的な行動があった。杉並区においては、区長のリーダーシップのもと、アニメーション産業の支援策に取り組み始めている。岐阜県においても、県知事などの主導により、ソフトピアジャパンが大垣市につくられた。東大阪市では、市職員が高い技術力を持つ中小企業の認知度向上に取り組んでいる。

いずれの実例においても、民間、行政を問わず、地域において活性化の方針を練り、行動に移した人物や組織は、危機意識、実行力、主体性などの点において高かったということが分かる。

(2) 地域資産を活用する産業の選択

企業が競争力を高める上で、強い事業を「選択」し、そこに資源を「集中」させることが重要になっている。10の実例をみると、地域の産業集積についても同様に、「地域資源を活かす

産業への選択と集中」が集積の成果を高める要素であることが分かる。

実例のうち、地域固有の資源を活用しているのは、(集積そのものが資源であるような場合を除いて)北海道、東京都杉並区、新潟県三条市及び燕市、香川県、大分県湯布院町、沖縄県である。

北海道では、農林水産物を活用した「食」、森林資源や住宅の断熱技術を生かした「住」、広大で豊かな自然などの観光資源を活用した「遊」の分野を中心に、クラスター形成に取り組んでいる。

東京都杉並区は、アニメーションファンが集まる中核店(コアな店)が集積する中野や秋葉原とのアクセスが便利であることといった立地条件に加え、「アニメーション・センター」の設置とイベントの相乗効果により、国内外からの観光客等による経済効果を作りだそうとしている。

新潟県三条市及び燕市では、産学官の連携により、他の産業集積に全く類をみない金属プレス加工技術の集積を生かして、マグネシウム合金を加工した製品の開発に取り組んでいる。

香川県では、関係団体と県などが中心となり、地域固有の食文化である讃岐うどんの全国展開と讃岐うどんに関連した観光による地域再生に取り組んでいる。

かつては特段のレジャー施設もない静かな温泉地であった大分県湯布院町では、経営者と町の協力により、温泉、文化、自然を生かした滞在型保養温泉地づくりに成功した。

沖縄県では、産学連携などの効果もあり、地域の特産物を中心とする健康食品産業が成長している。

(3) 連携を推進する機関(コーディネーター)

集積の成果を高めるには、参加する人材や組織の間の連携(コラボレーション)を活発に行うことが重要である。連携には、企業間、産学、産官、産学官などいろいろな種類がある。このうち産学官連携については、政府による制度の整備が進んでいる。

98年には、研究交流促進法が改正され(国立大学等の敷地の廉価使用についての基準緩和)、大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(いわゆるTLO 法)が制定された。2000年には、産業技術力強化法(国立大学教官等の役員兼業についての規制緩和等)が制定された。

「科学技術基本計画」(2001年3月30日閣議決定)においては、産学官連携の仕組みの改革、地域における知的クラスターの形成が重要政策として挙げられている。「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」(2002年6月25日閣議決定)においては、「大学発ベンチャー1000社計画」が盛り込まれた。

連携の効果については、同一敷地、建物内における組織間の結合効果が大きいと言われている。また、個人ではなく専門の連携機関(コーディネーター)が、精力的に取り組む必要があるほど重要な役割を果たし、集積及びクラスターにはなくてはならないものと言われている。

10の地域集積の実例をみると、すべての集積において、集積内外の連携を推進する機関(コーディネーター)の活動がみられる。

「NOASTEC」(北海道)は、「地域クラスター研究会」の結成を呼びかけ、これまでに道内各地に28の研究会が発足した。また、専門アドバイザーによるチームを結成し、起業と製品開発を支援し、これまでに45件の売上実績を上げている。

岩手県北上市では、岩手大学工学部附属金型技術研究センターの寄附研究部門「新技術応用展開部門」(岩手県北上市)が、市における起業支援施設(インキュベータ)である「北上オフィスプラザ」内にある。これにより、身近なところで岩手大学の専門知識を活用することができるようになっている。東京都杉並区にある事業者団体「杉並アニメ振興協議会」は、協議会自体が著作権を有する「自主企画作品」を制作した。このような形態は日本で初めての試みである。

「(財)ソフトピアジャパン」(岐阜県大垣市)は、慶應義塾大学、岐阜大学など計10大学と集積内企業の間での共同研究(計15テーマ)をコーディネートした(2002年度実績)。また、これまでに南カリフォルニア大学と共同研究を行うなど、海外15の地域・大学等と協定を締結している。

「新潟県県央地域地場産業振興センター」(新潟県三条市)は、地場製造業の研究開発や商品企画、販売を支援している。2001年度には産官の産業支援機関が中心となって、「産地地場産業振興アクションプラン」を作成し、新技術の開発と新分野の開拓に取り組んでいる。

大阪府東大阪市は、「東大阪市技術交流プラザ」というホームページを運営し、市内約1,100社の企業情報データベースを利用できるようにしている。これによって、ニーズとシーズの組み合わせが実現されやすくなっている。2000年の開設以来のアクセス数は、サイト全体では2,000万件に達している。

ウイングバレイ(岡山県総社市)では、87年に共同出資会社を設立して米国とタイに拠点をつくり、大手自動車メーカーの現地工場に部品を供給している。

香川県は、2003年に観光交流局を設置し、愛媛県と共同して東京にアンテナショップを開設した。ここは2階が讃岐うどんを食べられる食堂になっていて、開館から3か月弱で10万人を超える来館者を数えている。

由布院温泉観光協会と由布院温泉旅館組合(大分県湯布院町)により「由布院観光総合事務所」が90年に設立されている。その事務局長は全国から公募された。ここでは、地域内外の幅広い人々の参加を重視し、様々な分野の人々とのコミュニケーションが促進されている。

沖縄県では、沖縄総合事務局経済産業部によって「OKINAWA 型産業振興プロジェクト」が進められており、産学官連携の構築やクラスター企業に対する研究開発の支援などの取組が始まっている。また、(財)沖縄県産業振興公社では、専門コーディネーターの活動を通じて企業間や産学官の連携の促進に取り組んでいる。

このように、連携を推進するコーディネート機関の働きは、集積の発展にとって重要であることが分かる。特に、中小企業が大学と連携するきっかけとなるような場の提供や仲介は、中小企業にとって有効な支援になるものとみられる。

(4) 起業、中小企業を支援する仕組み

集積が活発化するには、起業によって新規の参入が増えること、多様な中小企業の間で競争が行われることが重要と言われている。また、地域としてのコンセンサスが形成されるためには、地域のことがよく分かり、地域のことをよく考える地域発の企業が多く存在していることが重要と言える。

さらに、集積からクラスターに進化するには、ベンチャーの存在がカギと言われている。ベンチャーが多数存在することによって、集積内の競争や人材の流動性を高まることが期待できるからである。

このように、起業を支援し地域発の企業を増やすことや、地域に活動の基盤を持つ中小企業の活動を支援する仕組みは、地域集積にとって重要な推進要素になっている。同様に、前述のキーパーソンやコーディネート組織を支援する仕組みについても、重要な推進要素となっている。

起業を支援する仕組みとしては、起業家育成施設(ビジネス・インキュベータ)の整備が進んでいる。ビジネス・インキュベータは、全国に265ある(2002年11月時点、2003年開設予定14施設を含む、日本新事業支援機関協議会(JANBO)調べ)。これを設置主体別にみると、都道府県と市町村が各57、第三セクターが38となっている。これまでは施設整備が中心であったが、近年は、特に技術系の起業家に対する技術支援にとどまらない法務・経理等の経営ノウハウを含めて事業化までの支援の必要性が認識され、インキュベーション・マネジャー(IM)の配置が進んでいる。

10の地域事例のうち、ビジネス・インキュベータなど起業・中小企業支援の仕組みが機能しているものは、北海道、岩手県北上市、東京都杉並区、岐阜県大垣市、大阪府東大阪市、香川県である。

「コラボほっかいどう」(北海道)では、入居企業の開発した「電気式人口喉頭」がグッドデザイン賞を受賞した。特許の出願・取得などの成果もみられる。

「北上オフィスプラザ」(岩手県北上市)は、市などによって整備され、起業家向けオフィスはほぼ満室となっている。市の「基盤技術支援センター」が設立され、中小企業では保有することが難しい計測機器などの設備が提供されている。

東京都杉並区は、杉並アニメ振興協議会の協力のもと、制作現場を利用するなど集積のメリットを活用した人材育成プログラム「杉並アニメ匠塾」を実施している。

ソフトピアジャパン(岐阜県大垣市)は、「ドリーム・コア」を整備し、専属の支援スタッフが技術的な相談、マーケティングなど幅広い支援を行うとともに、情報関連のベンチャー向けの起業家育成施設(ビジネス・インキュベータ)を開設している。また、近隣に情報科学芸術大学院大学等が立地し、(財)ソフトピアジャパンとの連携のもと、人材育成を行っている。

大阪府東大阪市では、「東大阪市立産業技術支援センター」が97年4月に開設された。ここでは、製品開発・研究開発などについての技術相談や指導を通じ、市内企業の技術高度化と製品の高付加価値化を支援している。この中には、測定室、CAD 室などがあり、中小企業では保有しにくい各種の設備を共同利用することができる。

香川県では、地元鉄道会社の企画によるうどん店めぐりをするバスツアーが、香川県のあちこちにあるうどん店をめぐり、店ごとに特徴のある味付けを楽しめることからヒットしている。

(5) 広域かつ多様な連携などその他の要素

このように地域集積の実例について、その実態を整理し比較・分析すると、集積を活性化させる要素、あるいは、集積のメリットを活用する要素が機能していることが分かる。

10の実例をみると、どの地域においても、集積の推進について、参加している当事者が自主的・主体的に主導(イニシアティブ)を起こしているということが見て取れる。また、地域の中小企業の競争力にとって、集積と連携の果たしている役割が大きいことも特徴的と言える。

さらに、各地域の集積は、海外を含めた他地域との広域的な連携を活用している。例えば、東京都杉並区のアニメ制作会社は、彩色や動画の制作等について韓国、中国等の制作会社に外注し、国際分業体制を築いている。(財)ソフトピアジャパン(岐阜県大垣市)は、これまでに南カルフォルニア大学と共同研究を行うなど、海外15の地域・大学等と協定を締結している。大分県湯布院町の構想は、ドイツの保養地を参考に出来ている。北海道のクラスター創造活動は、フィンランドへの調査団派遣から始まっている。

このように、広域かつ多様な連携によって、いろいろな革新(イノベーション)を促進し、集積の発展を推進することが、地域経済の成長にとって重要な要素ということができる。

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