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経済審議会企画部会(第10回)議事録

時:平成11年4月13 日

所:経済企画庁特別会議室(436号室)

経済企画庁


経済審議会企画部会(第10回)議事次第

日時:平成11年4月13日(火) 15:00~16:30

場所:経済企画庁特別会議室 (436号室)

  1. 開会
  2. 「経済社会のあるべき姿」の基本的考え方について
  3. マクロフレームを考えるにあたって検討すべき事項について
  4. 閉会

(配布資料)

  1. 資料1   企画部会委員名簿
  2. 資料2   「経済社会のあるべき姿」を考えるにあたって(案)
  3. 資料3   マクロフレームを考えるにあたって  検討すべき事項について(論点メモ)

経済審議会企画部会委員名簿

部会長   小林 陽太郎   富士ゼロックス(株)代表取締役会長

部会長代理 香西 泰   (社)日本経済研究センター会長

委員   跡田 直澄   大阪大学大学院国際公共政策研究科教授

      荒木 襄   日本損害保険協会専務理事

      伊藤 進一郎   住友電気工業(株)専務取締役

      角道 謙一   農林中央金庫理事長

      小島 明   (株)日本経済新聞社論説主幹

      小長 啓一   アラビア石油(株)取締役社長

      佐々波 楊子   明海大学経済学部教授

      ポール・シェアード ベアリング投信(株)ステラテジスト

      嶌  信彦   ジャーナリスト

      高橋 進   (財)建設経済研究所理事長

      長岡 實   東京証券取引所正会員協会顧問,日本たばこ産業(株)顧問

      中西 真彦   ベンカン(株)会長

      那須 翔   東京電力(株)取締役会長

      樋口 美雄   慶応義塾大学商学部教授

      星野 進保   総合研究開発機構理事長

      堀  紘一   ボストン・コンサルティング・グループ社長

      松井 孝典   東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

      水口 弘一   (株)野村総合研究所顧問

      村田 良平   (株)三和銀行特別顧問,外務省顧問

      八代 尚宏   上智大学国際関係研究所教授

      吉井 毅   新日本製鐡(株)代表取締役副社長

      吉川 洋   東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授

      鷲尾 悦也   日本労働組合総連合会会長

特別委員  岩城 秀裕   (株)野村総合研究所経済構造研究室長

      大野 直志   日本開発銀行国際部副長

      大前 孝太郎   経済戦略会議事務局主幹

      金光 隆志   ボストン・コンサルティング・グループ プロジェクトマネジャー


出席者

(部会)
小林陽太郎部会長、
荒木襄、伊藤進一郎、角道謙一、香西泰、小島明、佐々波楊子、ポール・シェアード、嶌信彦、高橋進、長岡實、那須翔、星野進保、堀紘一、松井孝典、水口弘一、村田良平、八代尚宏、鷲尾悦也、の各委員、岩城秀裕、大野直志、大前孝太郎、金光隆志の各特別委員

(事務局)
堺屋経済企画庁長官、塩谷事務次官、林官房長、中名生総合計画局長、高橋審議官、牛嶋審議官、梅村企画課長、大西計画課長、荒井計画官他


〔 部会長 〕 ただいまから、第10回の企画部会を開催いたします。

委員の皆様には大変にお忙しいところを多数お集まりいただいてありがとうございました。

それでは、早速ですけれども、本日の議題に入らせていただきます。本日は、「経済社会のあるべき姿」の基本的考え方及びマクロフレームを考えるにあたっての検討すべき事項について、ご審議いただきたいと思います。それでは、まず「経済社会のあるべき姿」の基本的考え方について、事務局より説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 お手元の資料2でございます。資料2を、前回4月1日のときとの違いを中心にご説明申し上げようと思いますが、今まで企画部会で4回、基本理念委員会で2回ご議論いただいております。そのほかにも、事務局に数多くのコメントをいただいております。これらを踏まえまして、本日の「考えるにあたって(案)」というのができていますが、改めて読んでみますと、内容的に、詰めとか表現がまだ不十分なところも多いかと思いますけれども、大変多くの方からご意見をいただいて本日の案になっているということでございます。

さて、違いを主に、十数カ所ございますが、ご説明いたします。まず、一番上の題が、「新たなる時代のあるべき姿」と前回は書いてありましたが、「経済社会のあるべき姿」と直しております。

4ページで、(イ)を追加しております。ここは、もの造りの重要性について説いているところですが、ご意見の中で、もの造りの重要性について改めて説くべきであるということで、ここにございますように、「もの造りについては、今後の国際分業の進展の中でも、これまで蓄積された技術・ノウハウをもとにして、一層の発展が可能である。」これを「発展させていくことは重要」であるというのが入っております。

4ページの下に(注1)がございます。前回もちょっと申し上げましたが、できるだけわかりやすくということで、(注)を付けて工夫をしました。(注1)は、(ア)の6行目ですが、「『知』的創造者を含め、」のところに、ここについての(注)をこのような形で付けさせていただいております。以下、いくつかのところで(注)方式で、説明をわかりやすく工夫をしてみております。

5ページ、5)の(イ)ですが、文章的に少し書き替えております。内容は同じですが、新しい社会規範として守るべき、狭いが強い共通意識が必要になる、と前回は書いておりまた。わかりづらいというご指摘がございまして、「共有すべき最低限の新しい社会規範が必要となる。」として、その下にも(注)がありますが、「自由や個の自立が重視されるようになると、国民ないし国家としてのまとまりが希薄になるおそれがある。」という(注)を付けて、わかりやすさを追求しております。

7ページ、9)の(ア)ですが、3行目に、「人口減少の中でも経済成長は可能である。」とあります。前回は、マクロでの高成長を追求しなくても、と言っておりまして、これはいかがかと。この点を「経済成長は可能である」ということで、経済成長についてよりポジティブに書いたということでございます。

8ページ、3)「自由の考え方」。こちらは前回、「社会的正義の考え方」という表題で、社会的正義を真っ向から掲げていたのですが、いきなり「社会正義」と言うのもいかがかというご意見がございました。それで、3)を通じて自由が重要だということを言っていますので、表題を「自由の考え方」で、そのあたりの修辞の整理をしたということでございます。

9ページ、5)「経済成長の考え方」、先ほど、経済成長をよりポジティブにと申し上げましたが、前回、ここの題も「手段としての経済成長」という題になっていましたが、ポジティブにする関係で、「経済成長の考え方」とするとともに、「それ自体が目的とはなり得ない」ということではありますが、経済成長はそれ自体が重要であるということで、よりポジティブに強めて書かせていただいております。

それから、細かい点ですが、9ページの4)「年齢、性、国籍に関するフリーな発想」、少し文章全体を整理していますけれども、(エ)「ルールに従って入国」というところは、前回は、あらゆる側面で差を付けるべきではないという表現をしておりましたが、表現的に少し誤解を招いてもいけませんので、「日本社会に調和し、日本人と共存して円滑な社会生活を営める。」という表現にしております。

11ページ、2.「21世紀初頭の経済社会のあるべき姿とは」で、1)「透明で公正な市場経済」、2)「挑戦の可能性と安全ネット」とございますが、ここでも前回、安全ネットというところを「人権の擁護」という題にしておりました。それで、ここに(注)が付いておりますが、これまでの整理では、安全ネットというのを再挑戦可能性のようなものを中心に考えていまして、年金とか、医療とかといった社会保障と安全ネットと両方、いわば安全を狭義に捉えていたわけですが、いろいろ中でも議論しまして、それも含んだ安全ネットという考え方で(注4)が書かれております。したがいまして、2)のところは、人権の擁護というのは安全ネットということで整理して、定義も(注4)で付けたということでございます。

14ページ、1)「少子高齢社会に向けて」で、1)の(ア)で、前回、定年制の話と年功序列的な給与・昇進という話を別々に書き分けておりましたが、これが大きく連関しているものですので、1つのパラグラフの中に入れたということなど、文章的な整理をしたものでございます。

15ページ、2)の1)「多様化の中での国土は」ですが、(ア)の3行目から、「都市計画については、より広範な用途複合を図るべきか。このため」というところについて、こういう表現にしておりますが、16ページの下の(注7)で、用途別の規制について、より強化すべきとの意見もございまして、この点を16ページの下の(注7)で付加をしております。

16ページ、(エ)で、中山間地域の活性化の話でございますが、ここにつきましては前回、兼業農家のあり方の検討、地域的帰属の意義の再認識という表現が真ん中あたりに入っておりましたが、わかりづらい表現であろうかと思いまして、「自助努力を基本とすべきか、あるいは自助努力を基本としつつ、必要な振興策を講じるべきか。また、地域の実情に応じて担い手となる者を明確化するとともに、人口過少地における情報、交通、娯楽、医療、教育及び社会参加のあり方を抜本的に検討すべきか。」という表現に変えております。

2)は、少し字句の変更はございますが、大きな変更はございません。

17ページ、3)「地域経済の活性化」、ここは地域での起業とか、誘致とか、地域間競争を言っているところですが、(ウ)は、自治体のあり方の話ですが、経済圏の必要性ということで、「多様な知恵の時代にふさわしい情報や技術をもつ経済圏の必要性を踏まえ」と付加をさせていただいております。

19ページ、6)「環境との調和は」で、一番下の行に、保全と産業とは切り離すかどうかというのが書いてございますが、前回は「保全と産業分離」としておりましたが、ここは丁寧にそのように書いております。

20ページ、4)「財政と安全ネットは」のところは、前回は2)「安全ネットは」が、先ほど申し上げました安全ネットの定義が年金とか、医療とかを外した狭義で書かれていましたので、年金・医療・介護と安全ネットというのを書き分けておりました。その点を一体化して考えましたので、ここのところを統合して2)というような整理になっているということでございます。

修正点は以上十数カ所が主なところでございます。

1点お断りを申し上げたいと思いますのは、このペーパーを作るにあたりまして、1.「

内外の歴史的転換とは」、2. 「21世紀初頭の経済社会のあるべき姿とは」、3.「検討すべき政策課題」、この1、2、3がうまく連関していないではないかというご指摘を、当部会でもいただいております。それで、頭の整理としましては、1、2で基本的考え方をできるだけクリアに整理しようとする一方で、3の政策課題は、もちろん、1、2の基本的考え方を十分に踏まえているつもりではございますが、具体的問題をいくつか出して、「──か」と問う形でとりまとめております。その点で、連関とかが読みづらい点があろうかと思います。要は、基本的考え方をクリアに整理しようということ、政策課題もこの際出したいということ、2つのことを同時に満足させようとしているためで、この不十分な点につきましては、今後、中間とりまとめ以降の整理の過程で解消してまいりたいと思っているのが1点でございます。

それから、これは後ほどまたお話があるかもしれませんが、「考えるにあたって(案)」は、こうやっておまとめいただければ、前文にも書いてございますように、国民の間で活発な議論が交わされることを期待しているというもので、マスコミとか、あるいはインターネットなどのツールで早々とその意見を聞きたいと思っておりますし、また、広報委員会にもお諮りしまして、それ以外の意見を聞く手段についても検討してまいりたいと考えているところでございます。

以上で説明を終わります。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

事前にご意見はいただいているということではありますけれども、今、ご意見を踏まえての修正を加えた案について事務局からご説明をしましたが、ご意見がございましたら伺います。

今日、もう一つ議題が、マクロフレームを考えるにあたって検討べき事項について、というのがあります。できれば、それについて1時間近くかけたいと思いますので、「考えるにあたって(案)」については、3時半過ぎぐらいには終わって、次に移りたいと思いますので、ご発言については、恐縮ですけれども、ポイントに絞ってお願いします。

早速、よき先例を示していただくために、A委員からお願いいたします。

〔 A委員 〕 前例が示せるかどうかわかりませんけれども。

既に、いろいろな意見については、3部会で、私ども連合から出ている委員が意見書も出しておりますし、私の、前回途中で、長くなりました意見も出しておりますから、それは、事務局として、ある程度はくみ入れていただいていると思います。しかし、くみ入れていただいていない部分については、意見書を改めて、必要であれば皆さんに発表したいと思いますが、それは省略いたします。

基本的に、どうしても私どもが納得がいかない部分は、一々個別には言いませんけれども、このレポートが(非常に雑な言葉遣いで申しわけないですが、)ごく少数のエリート集団と、そしてドロップアウトした安全ネットに救われる層との両極の話ばかりで、普通の人のモラルをどう高めるか。国民合意の中で、普通の人がどういうふうにこのレポートについて考えるかという視点がやや希薄なのではないかと思うのです。

ですから、安全ネットのことを強調してくださっていることは、私どもの意見も取り入れていただいき、大分修正をされたと思います。それは結構なのですが、私どもは、今までの日本経済を支えたグループの、いわば普通の中間層の人たち、中流意識を持っている人たちが、こうした新しい時代に本当にチャレンジするかどうかというのが問題なのです。ごく一部のエリートの人たちが、こうした知的社会に切り替わったとしても、仮にあまり所得が増えなくたって、仕事を一生懸命にやって、私も収入は多くないですけれども、ついつい仕事を一生懸命にやっちゃう方です。ここにおられる委員はみんなそういう層に属しているので、逆に言うと、大丈夫だと思うのです、こういう方向性は間違っていませんから。

ということからいうと、どう考えても、この基調は、一つ一つの言葉の修正では納得いかないという部分がございます。それだけ申し上げておきたい。

〔 B委員 〕 私は、今、A委員のおっしゃった点について、やや逆の立場からコメントさせていただきたいと思います。

一言いうと、A委員が今おっしゃった点は,普通の人々をすごく過小評価しているのではないか。このレポートはエリートを対象にしているのであって、普通の人たちは違うという発想は、私はややどうかなということであります。

例えば、所得が少なくてもいいという点ですが、これを個人単位でみるか、世帯単位でみるかでずいぶん違うと思うのです。年功賃金がこれからは、今までのような年功賃金ではなくて、フラットな賃金になれば、確かに1人当たりの賃金は減ります。しかし、これからは共働きを標準的な世帯というふうに考えれば、世帯当たりの所得は、今までどおり維持することは可能なわけです。これまでのような、ここにも書いてありますけれども、男性が女性を養うのだという前提の高賃金は、どっちみちもう期待できないわけです、日本が普通の国になるわけですから。しかし、それは女性の働く機会を拡充したり、高齢者の働く機会を拡充することで対応するという形で、このレポートは、べつに中流の人を無視しているのではなくて、まさに中流の人をターゲットにして考えるということに十分対応していると思います。

〔 C委員 〕 中身のことではなくて、表現技術のことを2つ言いたいのです。

1つは、この間、D委員が指摘された、1、2、3の整合性ということ。D委員は不満だろうけれども、前よりは大分、事務局が苦労して、とれてきたのではないかと僕は思うのです。

それは評価するのだけれども、これもずいぶん皆さん考えられたと思うのだけれども、これ全部が「──か」で終わる文章というのは、どうなのだろう。まず、日本語としてあまりビューティフルじゃないな、と。

それから、そもそもこれは何のために作るの?、というのがあって、これだけみんなで苦労しているのだから、インパクトを呼んで、これからいろいろ活発なディスカッションが行われて方向性が見えてくるといいね、と。企画部会が方向性を必ずしも示すものではないけれども、そのきっかけとなればいいね、という気持ちがあると思うのです。

それだとすると、何でも「──か」で終わる文章で、本当にそんなトリガーになるの?大臣の意見も、あの人はものを書くのは得意ですから、ぜひ大臣の意見も聞かれた方がいいと思うけれども、僕は、「──か」の部分は、3の前文のところに入れ込んじゃって、「検討すべき」と、それぐらいで切らないと、ちょっとインパクトがなさ過ぎて、うまくないかなというのが1つです。

それと同じようなことなのけれども、今だってそうだけれども、A委員とB委員でお2人の意見が違うわけじゃないですか。そういうのを、場合によっては、詳細編みたいので両論併記すると読物としておもしろくなるのではないか。

どこかでコンセンサスを書こうとするから中身がつまらなくるなのと、「──か」で終わらざるを得ない。

肝心なことは、コンセンサスをつくることではないでしょう。違うのですか。

私は、これがトリガーとなればいいということなら、少し分厚いのが欲しいという人には、今のA委員とB委員の、まさに食い違うポイントを明快にした文章を作ったら、速記は全部取っていると思うので、それこそおもしろい、いいものではないかなと。ちょっと検討してもらえば、と。

〔 部会長 〕 ねらいは、トリガーにしようということですから、同じことでありながら、違った読み方が出てくるようなことについて、もう少し親切なものを付けたらどうかということについては、一考の価値はあると思います。後でまとめて、まさにトリガーとして少しオープンにするときに、どういう形のものが一番効果的かというところについても、またご意見もいただきたいと思います。

A委員、どうぞ。

〔 A委員 〕 私は、B委員と発言があまり対立すると思ってないのです。ですから今、C委員が言ったようなことで非常に意味があるのは、私はある研究会でB委員と一緒だったのですけれども、自分で論文を書いて、それを付属資料に付けさせてもらった。研究会のメンバー全員が短いレポートを付けたのです。

これは、C委員が言うとおり、非常におもしろいレポートになりますので、それぞれが達筆の氏ですから、私も、2、3枚であれば書きますので、これはそれぞれ審議会委員の意見だということで、特徴的なものだけでいいと思いますが、そういうものを付けたら非常にいいトリガーになるのではないでしょうか。私は、そう思います。

〔 E委員 〕 今、C委員の言われたことと関連するのですが、僕もこれを見て、1、2はいいですが、3の「検討すべき政策課題」になると途端に、全部が「──か」となって、いかにも自信のない表現になっているので、ここはもうちょっときちんとした方が全体としての整合性がとれるのではないか。それだけです。

〔 F委員 〕 2、3コメントがあります。1つは、仕方がない部分があると思うのですけれども、トーンが一般的すぎるのではないか。ところどころ、もう少し具体的なところを入れられないのか。

例えば、問題意識のところでは、ではこういうものが必要なのかということ、1ページ、かなり一般的なことを書かれていますけれども、例えば、バブルがあって、バブルの崩壊がある、そこでいろいろな問題が出てきたという、より具体的な記述を入れると、恐らく国民が、どうしてこういう必要性があるのかということについて認識すると思うのです。

それから、細かいところですが、9ページに「国籍に関するフリーな発想」という項目の(エ)のところでは、「ルールに従って」どうのこうのという記述があるのですが、この文章はあまり意味がない。そもそもここで考えるべきなのは、どういうルールが望ましいかということです。ですから、もう少し突っ込んで、例えば、日本の場合は二重国籍を認めるべきかどうかとか、そういう具体的な項目を入れていただいた方が話が生きてくるのではないかという気がします。

もう一つ、いきなり国民としてこういうものを読んだとき、今までは、いろいろな改革とかの話がありました、例えば、6大改革、橋本政権です。単純な疑問としては、こういうものが一連の改革の話の流れを継承しようとしているものか、それとも修正しようとしているものなのか、ということが疑問として出てくるかもしれません。その辺の我々の意図は、もう少し明確にした方がいいという気がいたします。

最後ですけれども、8ページ、この前のA委員の発言でコメントがあったのですが、効率、安全、平等、自由との関わり合い方です。ここでは、私も何となく腑に落ちない部分があるのですが、例えば、今度「自由」を入れるわけですが、自由を入れるということは、例えば自由化とか規制緩和をやるという観点からです。では、これをなぜやるのかということになりますと、今までは経済構造が非効率的になっているから、自由化することによって効率が上がる。ですから、自由と効率が1つの補完関係にあるということが言えると思うのですが、この文章でしたら、自由を入れることによって効率が損なわれるという、トレードオフの部分を重要視しているので、妥当ではないかという気がいたします。

ですから、もう少しその辺の、例えば、自由を加えるべきという問題認識、なぜ入れるのか、と。例えば、安全、平等、効率が犠牲になるのであれば、何のための自由なのか。恐らく、そういう単純な疑問が国民の間に出てくるのではないかという気がいたします。〔 部会長 〕 今の点はどうですか。F委員は、3行目の「自由のためには効率、安全、平等は時として犠牲になることもある。」そのこと自体がおかしいのではないかと言っておられます。そういう自由を、もともと入れる必要があるのか、と。

〔 事務局 〕 ここの読み方は、効率、安全、平等というものが強くとなえられてきて、もちろん自由というのはなかったわけではないですが、自由の位置づけがそれなりに相対的に低かったであろう。そこを高めるべきだという意味でございます。

もともと、例えば、自由と安全とか、自由と効率というものは、今回新しく付け加えたのですが、そういう相互間での相関関係というのがございまして、ここでは「相克」と書いてありますから、逆に書いているではないかというご指摘になるかもしれませんが、そういうものがあって、それを踏まえると、自由のために効率というものが犠牲になることもある。また、その反対の機能もあるだろうということです。

先ほどから、短くてわかりづらいとか、あるいは意見が両論併記をきちんとした方がよりおもしろいではないかというご指摘があって、ちょっとだけ申し上げたいのでありますが、政策課題のところでも、これは精粗まちまちだというご指摘を最初からいただいていて、私も、そのとおりだと思いますが、全体に今回のものは、さっきトリガーとおっしゃいましたけれども、インパクト及び議論をしていただくきっかけにしたいということで、あまり長いものを書かないようにしようということで、スタートいたしました。

実は、これはもう21ページになっております。最初は、10ページぐらいにならないかとずいぶん言われて、切りようがなくて泣いたのでありますが。その意味で、できるだけ短い中でいろいろなことを、もちろん両論併記をしなければいけないところはしながら、それも (注) を付けてミニマムにしてということで、できるだけ短い中で調理をしているということを、ぜひひとつご理解をいただきたいと思います。

それから、後でまたご議論になると思うのですが、これをオープンにする際にどういうようなプレゼンテーションが一番いいかという点です。前に簡単にご説明したことがありますが、各部会の委員の方からも、最初にありました「7つの質問」などについてたくさんご意見をいただいております。こういったものも一緒にあわせて、「7つの質問」についてはそれぞれ全部対決軸がございまして、AかBかということで対決でご覧いただけるようになっております。これの中の片方の意見をとって、それを強調しながら論じているところもありますので、そういう意味では、これだけではなく、今まで当部会でいただきましたご意見も踏めてその整理をして、それとあわせてプレゼンテーションするというふうには努めたいと思っております。

〔 G委員 〕 文章で気になる点、5ページの5)「新しいライフスタイル」の(イ)ですが、「価値観を異にする人々が」云々、「共有すべき最低限の新しい社会規範が必要になる。」ということは、今まで常識的にこれが社会規範だというものは、当然あって、その上にさらに新しい社会規範が何か必要になるということですか。

日本人の場合に、気をつけないと、個人主義というのは極端に利己的な、自己中心的なものになりそうなので、個性を尊重して価値観の多様化を図る社会を実現するためには、要するに社会規範が必要なのだ、それを忘れてはいけないよ、ということだけならば、なにもこんなに「最低限の」とか、「新しいの」とかということが必要なのかどうか。このところ、文章が何か引っ掛かるところがございます。

〔 事務局 〕 ここもなかなかわかりづらいと、さっき申し上げた点でございます。前回は、ここのところを、価値観を異にする人々が国民としてのまとまりを保つために、新しい規範として尊重、あるいは守るべき、狭いが強い共通意識が必要になる、というふうに書いていました。おっしゃるように、もともとの社会規範というのはあるわけで、そこに、「新しいライフスタイル」とございますが、多様な価値観が流入して、やや多様な社会になったときに、新しく「狭いが強い」といいましょうか、それが何かというのはわかりませんが、特定されたあるものが必要になってきて、それがないと一方で、この下に(注)を付けておりますけれども、自由ばかりになって、そうするとまとまりが極めて希薄な社会になる。そういうことではいけないし、そういう意識を強く持ちたいという意味で書いております。ですから、もともとのベースはあって、それが更に多様化する中で、もう一つ狭いが強いものが必要になってくるという意味でございます。

〔 部会長 〕 ここは、今、G委員のご指摘で気がついたのですが、さっき何人かの方が言われた、修正の9ページの4)の(イ)、これでいいかどうかは別にしても、「ルールに従って入国・在留する」云々という話も含めて、ここは国民としてのまとまりではないのでしょう、5ページは。市民というのか、住む人というのか。むしろ、我々が目指しているのは、外国人も、表現は問題になったけれども、移住労働者も含めて。ですから、ここは「国民」というとちょっと問題なわけですね。

〔 事務局 〕 国民というか、この国土で住んでいる人々という意味ですね。

〔 部会長 〕 従来とは違った社会規範というのは確かにいるのかもしれないというのは、「国民」と書くと、日本人だけみたいになっちゃうから、そういうところは。

〔 H委員 〕 細かいところではいろいろ意見があるのですけれども、全体として何となくインパクトを感じない1つの要因は、つまり、「検討すべき政策課題」というのがあって、ここに書かれていることは、ある意味でいうとよく言われていることなわけです。恐らく、国民がいろいろなところでフラストレーションを感じるのは、そういう総論は大体わかっている。問題は、それを実現するための手順とか、それを実現するために何かが邪魔になっている、どの規制が邪魔になっている、あるいはどの既得権益が邪魔になっているのだ、というようなことをもっとはっきり書いて、そこを突破すれば、実はこういう社会ができるのです、ということをもう少し明確にすると、抽象的なところがもっとはっきりするのではないかという気がするのです。

確かに、規制緩和とかいろいろなところを各省庁が出していますけれども、それが、こういう大きな「あるべき姿」というところがあって、それに向かってこれを突破すればいいというのではなくて、何か各省庁でできるものをどんどん出していくというような形の積み上げが多いわけです。せっかく、ここでは21世紀のあるべき社会というものを出しているのだとすると、そこへ行く手順、それを邪魔している規制、既得権益、組織、これをどうやって突破するのか、あるいはそこの中身をもうちょっと出すことによって、そのエネルギーの集中度というのも、どこへ集中したらいいのか、政治はどこへ集中したらいいのか、あるいは国民はどこへ焦点を向けたらいいのか、ということがもう少しはっきりしてくるのではないかという気がするのです。

そこを書くということは、多分、いろいろなところにハレーションを起こして難しいことなのかもしれないけれども、もし、そういう議論を提供するのだとすれば、そこまで踏み込んだ方が、僕はおもしろいのではないかと思います。

〔 部会長 〕 そろそろ次の方へ移ってもよろしゅうございますか。今まで発言していただいた方で、移る前に、もう一ぺんこのことだけは聞いておきたいというお話がありましたら。

さっき、F委員が出された、自由そのものの位置づけは、今のところちょっと未解決ですけれども、ほかの方々はよろしいでしょうか。

最後に、あったらまた言ってください。

それでは、後でまた修正というか、ご意見をいただくかもしれませんが、一応、「『経済社会のあるべき姿』を考えにあたって」につきましては、企画部会として基本的には承認することについてご了解いただきたいと思いますが、よろしゅうございましょうか。

(「異議なし」の声あり)

〔 部会長 〕 ありがとうございました。これそのものも、基本的に今のご意見なども踏まえですけれども、企画部会終了後に記者発表することになっております。問題点は問題点で、ご指摘いただいたところも、なるべく忠実に話をしておきたいと思います。

それでは、資料3について、事務局から説明をお願いします。

〔 事務局 〕 お手元に資料3「マクロフレームを考えるにあたって検討すべき事項について(論点メモ)」がございます。文章自体が2ページ、それに続いて基本的な参考資料を図表の形で付けさせていただいております。

今の「あるべき姿」の紙にもございましたけれども、GDP自体が目的ではないということで、前回も、「『新たなる時代のあるべき姿』を表現するにあたって示すべき新たな指標について」ということで、ややアドホックではありますけれども、具体的な指標の例などを挙げながら、多少ご議論をいただいたところでございますけれども、今回は、その元にある論点というものを、ここでは1)から10)まで、マクロ経済の中長期的な姿を展望するにあたっての論点ということで挙げさせていただいております。この10の大きな論点についてどのように考えたらよいのか。また、この10以外にも、論点として考えるべき点があるとすれば、それは何かということで、意図的に事務局の方のスタンスというのを抜きにといいますか、引っ込めた形で論点を整理しております。

1)として、「民需による自律的回復の時期」ということで、最近、ご案内のように日銀短観に見られますように景況感に下げどまり感があらわれておりますけれども、政策による下支えも効果も大きいということで、最近の動きが自律的な回復に結びついていくのはどういうメカニズムによるのか。また、それはいつ頃そういうことが実現するのか。政府の政策的な目標という意味からは、いつ頃であるべきか、というようなご議論もあり得ると思います。具体的にそれを規定する要因としまして、これまでもずいぶんご議論いただいているわけですけれども、金融機関の不良債権処理、あるいは貸し渋りの問題については、どのような見通しをもつか。それから、実物面では、企業の資本ストック調整の終了について、どのように考えるのか。あるいは、回復が実現した場合、そのパターンといいましょうか、消費主導なのか、投資主導なのか、あるいは国内需要はあまり期待できないで、当面、外需依存でいくことになるのかどうか。

2)として、回復軌道に乗った後の話ですけれども、回復軌道に乗った後の成長率というのはどのくらいのものが期待できるのか。あるいは、政策的にどのくらいのものを目指すべきかという点でございます。ここは、今回の展望作業の一番大きな特徴かと思いますけれども、2010年頃ということで、今後10年というタイムスパンで考えてまいりますと、これまでと同様の、1人当たり労働時間の減少というものに加えて、労働力人口の減少ということで、労働供給の側から制約がかかってくる蓋然性がかなり高い。そういう中で、日本経済の潜在的な供給力というものがどうなっていくのか。また往々に外生的に所与のものと考えがちな技術進歩、あるいは供給側にマッチした形での需要側の動向についてはどのように考えたらいいのか、というの第2点でございます。

3)として、物価の基調ですが、国内卸売物価で見ますと、平成10年度▲2.1%ということで、デフレぎみの物価の基調が続いているわけですけれども、仮に景気が回復軌道に乗った場合に、どの程度の物価上昇率が考えられるのか。あるいは、金融政策との関係もありますけれども、どの程度の物価上昇率であれば許容できるのか。その際、国内要因としての賃金コストの動向、これは先ほどの労働供給の減少ということとも関係してきますし、そのほかに不確定要因として、輸入物価の動向、これは原油もありますし、食料もありますし、そのほかのものもあります。こういう日本経済にとって所与としがちな海外要因についてどういうふうに考えたらいいのか。これが3点目でございます。

4)として、地価の動向ですけれども、最近に至るまで、地価の動向は下落が続いていまして、また下落幅が多少拡大するような状況にありますが、土地が将来的にもたらす収益に見合ったところまで既に低下したと言えるのかどうか。さらに、将来値下がりが続くという蓋然性が強いのかどうか。今後、どのような要因が地価を左右するかというところが1つのポイントかと思います。

2ページ、5)として、先ほども申し上げたことですが、現在、需要不足を主因に完全失業率が4%台の後半に乗っていますけれども、こうした労働需給の緩和基調というものが将来的には、1つには景気が回復するということ、もう一つは労働市場のプロパーの要因として労働供給が減少してくるということで、いつの時点かで逼迫基調に転換するのではないか、というように一応理念的には考えられますけれども、そのほかにも、需要不足失業として顕在化している失業のほかにも、これから構造改革あるいは規制緩和に取り組んでいく中で、企業内で抱えている、いわゆる企業内失業というものが潜在的に労働市場の方に溢れ出てくる可能性もある。あるいは労働力自体が高齢化してくる、あるいは労働力の質が変化してくる、というような労働市場のプロパーの要因を考えたときに、労働市場全体の需給というものをどういうふう判断したらいいのか。これが5点目でございます。

6)として、財政バランスですけれども、これは現在、名目GDPの10%近い国・地方の財政赤字がありまして、これをこのままずっと続けるということは誰も考えていないわけです。何らかの政府の一番身近な政策目標であります財政政策についての目標というものを、いつごろまでにどの程度にするという、財政構造改革法というのが今凍結になっていますので、それと別に目標を設定すべきかどうかという点は、一大議論になろうかと思います。また、設定する場合にも、どういう指標が適切か、これは戦略会議などでは、プライマリーバランスという考え方を出しているわけですけれども、そういうものでいいのかどうかという点があろうかと思います。

7)として、さらに長期の社会保障の姿というものがございます。これは今の「あるべき姿」のペーパーの方にも問題提起がしてありますし、政府の内部でも各審議会で議論が進行中です。私ども、将来の経済を展望する場合に、財政もそうですけれども、社会保障もある程度のフレームというものを想定した上で、それに整合的な形でマクロフレームというのを考えるわけですけれども、議論の決着がついていない、はっきりしない問題というものが、社会保障についてもあると思います。そういう中で、我々はどのような考え方をとって将来の10年間の経済展望というのを描いたらいいのだろうか、という問題提起でございます。

8)は、ちょっと議論があるところだと思いますが、10年後の経常収支が黒字か赤字かということで書いてございますが、2つ論点があろうかと思います。1つは、現在、景気後退ということで日本の経常黒字が増えている。成長率の格差というのが、日本が低く、日本以外の国が高いという状況が今後続くとすれば、その意味からは、日本の経常収支黒字は大幅なまま継続するということで、対外的な摩擦等が心配されるわけですが、一方、その中で景気回復が起こったとたきに、輸入が増加するということで、ある程度の経常収支の黒字の縮小が期待できる。一方で、貯蓄率が高齢化に伴って低下していくことになりますと、投資との関係で対外バランスというのが、これはISバランス論からみた場合にどのように考えられるのかという論点でございます。

9)として、世界経済のリスクということですけれども、これも過去日本経済を巡る展望で、大きな誤差を生む1つの要因でございました。現在言われている世界経済のリスクとしては、アメリカ経済が大幅減速するとか、アジア経済が再び混乱する。中には、コンピュータの2000年問題を、そのきっかけとして主張される方もおられます。石油価格、あるいは食料の需給というものが今後10年間どうであるのか。国際機関のとりあえずの予測のようなものはあるわけですけれども、そういうものを中心に考えていいのか、あるいはそれ以外のリスクというのは明示的に考慮すべきなのかどうかという点でございます。

10)は、前回ご議論いただいたことの続きといいましょうか、またここで出させていただいておりますけれども、新たな政策方針を示す際に、マクロフレームとして従来型の経済成長率、あるいは失業率という指標に加えて、国民の生活をビビッドに示すという意味で新しい指標はないか、ということで改めてご議論いただきたいというところでございます。

この10の論点にとどまらず、ほかに金融政策もあるではないかと、これだけではすまない問題ではございますけれども、それぞれが非常に重要な問題だろうと思います。

図表の方を簡単に目を通していただきたいと思います。3ページ目から図表がございます。将来10年間を展望するにあたって、足元にはとらわれないということで、なるべく取れるものは過去にさかのぼるという、過去を長く振り返ることによって何らかのヒントを得るということで、さかのぼれるだけさかのぼるように図表を作っております。

実質成長率につきまして、98年度、これは政府経済見通しにおける実績見込みを入れておりますけれども、民需が大幅な減少で、戦後なかった停滞が続いているということです。官需が多少頑張っておりますけれども、成長率のマイナスを食い止められないでいるという状況がございます。歴史的な視野でみるとこのようなことになっております。

図表2は、足元のことですが、日銀短観、これは新聞等で報道されましたので、ご承知の方も多いと思いますが、久しぶりに、製造業、非製造業との業況感が上向いてきたということです。

図表3は、今後の成長経路ということで、回復軌道に乗った後ということですけれども、経済戦略会議におきましては、2001年以降2%台に回復するということで、これを経済再生シナリオということで提示しております。

ちょっと見にくい図で恐縮ですが、日本経済研究センターの99年1月の予測は、1%台の非常に低い成長率が将来に対しては予測されております。

それから、OECDですが、ここに潜在成長率が書いてありまして、それとGDPギャップの点線の図がありますが、潜在成長率を現実の成長率が下回っていることによって、GDPギャップというものが、点線で書いてございますが、発生していまして、GDPギャップは、右目盛りで現状1999年あたりですと5%程度、生産能力と現実との生産の間にギャップがあるということでございます。これがOECDの予測ですと、潜在成長率の実線自体は,成長率が1%程度ということでかなり低い潜在成長率を予測しております。それに対して現実の経済成長率が1%という潜在成長率を上回ることによって需給ギャップが、この図でまいりますと、2004年にかけて回復をして、2004年になると需給ギャップが解消する、こういう見通しになっております。

図表4は、2010年という期間を、今後の10年ということで一括りに考えるのかどうかという論点ですが、経済戦略会議では、バブル後の集中的な清算期間ということで、2000年までを第1段階。成長軌道への復帰ということで、第2段階が2002年まで、それ以降の財政再建と構造改革による本格再生のための期間ということで2003年以降、この3つのステップに分けて経済再生を考えているということの紹介でございます。

図表5は、物価の動向で、これはご説明するまでもございませんけれども、消費者物価でほぼゼロ近傍、卸売物価ではっきりマイナスということがここ数年続いているということでございます。

資料の図は、市街地の地価指数ですが、1992年以降、バブルがはじけて以降、前年比5%程度の下落が最近に至るまで続いているということでございます。

図表6は、労働関係の指標ですけれども、足元4%台の後半まで失業率が高まっているということですけれども、これは歴史的にみても非常に高い。ただ単なる構造失業率の上昇というだけでなく、かなり循環的な要因が強い。有効求人倍率につきましても、かなり低いところまで落ちてきている。非常に厳しい状況にあるということでございます。

図表7、財政収支もかなり長期ということで、実線は一般政府、点線の方の国・地方の赤字のGDP比ですけれども、この点線の方を見ていただきますと、98年度、GDPの10%近い赤字ということで、今後、多少の景気回復が期待できるにしろ、このままでは大幅な財政収支の赤字が続くという蓋然性が高いということでございます。

図表8は、対外面での経常収支のGDP比、これも歴史的に書いてございますが、過去、前川レポートとか、そういう議論をしていましたときも、2%を超えるというのは1つの危険水域である。3%、4%になると大変に対外摩擦が高まるというのは、過去の経験であったわけですけれども、最近時点までとりますと、かなりその危険水域に近づいてきているということが言えるだろうと思います。

最後に図表9は、国際機関の展望ということで、ここはワールド エコノミック アウトルックの一番最近の長期予測ということで書いてございます。一応は、アジアあるいはロシアの危機も安定化に向かうということで、従来ほどではありませんけれども、世界貿易は順調に伸びるというのが、とりあえずの予測になっております。インフレ関係、1次産品あるいは原燃料の価格につていですけれども、一般的傾向としまして、開発途上国の経済成長ということで1次産品とか原燃料に対する需要が高まるということで、どちらかというと緩やかに1次産品関係の価格が将来にかけて、工業製品に対する相対価格でみますと徐々に高まる。石油価格についても、緩やかな上昇傾向をたどる、こういうのが現在のところのコンセンサスの見方であろうかと思います。

以上でございます。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

それでは、ご意見をどうぞ。

〔 I委員 〕 論点の8)と9)につきまして、最初の方に8)も9)もともに、世界経済というのは日本に対して全部ギブンということは、全部小国の過程でやっているのですけれども、少なくともアジアにつきましては、日本経済のパーフォーマンスというのが影響を与えるはずなので、論点として、まず経常収支。それから9)のところでいきなり「日本の輸出市場としての世界経済を」というのですと、マクロを作るときに、少なくとももうちょっとオープンマクロ的なモデルを作っていただかないと。こちらの方の「あるべき姿」というので、例えば、次の点なのですけれども、これからは移住労働者も含めて人とかサービスが移動する時代だとおっしゃっているのでしたら、いきなり「日本輸出市場」、しかも、モノ中心の経常収支というのは、つながらないのではないでしょうか。それが1点です。

経常収支につきましては、もう一つ、為替レートの話が落ちているのすけれども、これからユーロドルという中で一体円はどうなさるおつもりか、もしくは、どういうふうに動くのだろうか。

それから、世界経済に対するリスクをどのように考えるのかといったときに、最後には、金融などもとおっしゃったのですけれども、それこそ、展望する際のリスク要因であり、そこを落としてしまったのでは、今後のどうあるべき姿という論点に非常に大きな部分が落ちてしまうのではないか。かつてならともかくも、というのが私の感想でございます。

〔 J委員 〕 問題として、こういうことが大事だということはわかるのですけれども、この問題の出し方が、当てっこゲームをやれ、こう言われているような感じがるのです。いつ回復するだろうか、成長率は何%になるだろうか。しかし、いつか回復するか。ほっといてそのうち回復するだろうから、いつ回復するかということで今までやってきたために、バブルの整理もずいぶん遅れてきたので、どういう条件があれば回復するのかとか、そういったことをもう少し詰めた上で、この結論を出さないと、ただみんなで寄ってたかって、何%だろう、これが平均だ、ということでまとめたのではビジョンとかロジックというのがはっきりしないのではないでしょうか。

ですから、問題をどういうロジックで考えるかというような設問に近い形の、ブレイクダウンするというのかわかりませんが、数字化とか、時期とか、そういうのをいきなり聞いてくるというのは、議論のやり方としてちょっと困るのではないか、そんな印象を受けました。

〔 A委員 〕 今のJ委員の話にもつながるのですけれども、そういうつながりでいくと、例えば、2)の成長率は何%かというときに、「1人当たり労働時間の減少と労働力人口の減少による労働供給の減少の蓋然性が高い中」って、本当ですかね。これはどういう数字を、どういう条件で考えてこう言っているのかということを議論しておかないと、本当に蓋然性が高くて、労働時間はどのくらい減るのですかという話につながってきてしまうと思うのです。

私の立場からいったら、労働時間が減るというのだったら大変結構なことなのですけれども、本当にそうなりますかなぁ、ということです。

もう一つは、社会保障の長期的な姿をどのように考えるかということですが、確かに、ここに4行書いてあるようなことで、そんなにしっかりとしたものは今のところは出せないとは思いますが、さはさりながら、雇用の問題と、2)で労働力需給の問題で「逼迫基調に変わるのはいつごろか」という話もありますけれども、本当に緩和基調から逼迫基調に変わるのが10年間であるのかどうかということになると、僕は非常に疑問に思っているのです。

そうした労働市場の問題が逼迫基調に本当に変わるのであれば、社会保障の問題も、長期的な展望は比較的楽になるはずです。それから、先ほど言いました労働力人口の減少の問題で、「労働供給の減少」と書かれているので僕が疑問に思うのは、社会保障の問題がある程度安定的にならないと、高齢者の労働力参加というのはどんどん圧力として増えてきて、しかし、それは同時に労働力の質のミスマッチが起こって、確かに供給は減少するけれども、社会不安は、こういう循環になってくると思うのです。

そうなってきますと、結果的には、1)で言う「民需による自律回復の時期はいくか」という話で、私は、基本的には、投資も、消費も、外需も、全部回復しなければだめだと思うのですが、しかし、そこで一番問題になるのは、消費の回復がどういう状況の中で出るかということでありまして、その点から言うと、先ほど言いました普通の人がどのくらい自信をもっているかということによっても、大分社会的雰囲気が変わってくる。

さっきのB委員との議論ではありませんけれども、さっき言ったように、私も、個人だけでなくて家計だとは思います、思いますけれども、そうしたものを含めて消費に向かうようなマインドになるかどうかということは、社会保障だとか、労働力需給の問題だとかに関係がありますので、もちろん、相互関係があるということで提起されているとは思いますけれども、その辺を十分に(有識者はたくさんおられるのですから)、議論しておかないと、それぞれを単独で独立変数として予測(さっきのJ委員の話ではないけれども、)予測しろと言ったって、これはなかなかしにくいなと、わかってご提案されているのだろうと思います。

もう一つ非常に重要なのは、ミスマッチの問題も、社会保障の問題も、一番問題なのはこれから新しい(僕は前のも基本的に方向性というのは間違っているとは思わないのです、それから歴史的な認識も、転換はこうすると思うのです。ただ、ミスマッチ解消のために、この前の案でも、能力開発の部分というのが後ろの方の18ページのところに、人材育成のところで教育の問題が関わるのと、職業能力開発と、それから7ページのところにしか出てないです。私は、労働力のミスマッチというのは、今までの日本でもそうですけれども、どちらかと言えば)新しい産業構造転換の技術に向けて、どれだけ普通の人がそうした能力開発をしていくかということが問題であって、これを個人に全部任せるということはできないと思うので、その補完というか援助措置がどういう社会的な雰囲気でできるか、それと自助努力とかみ合わせていったら、労働力需給の問題というのはある程度見通しがつくのではないかと思うのです。

これは仮定しかないです、いくら教育したって、そうなるかどうかわかりませんけれども、見通しと、こういう制度を作れば、いわば質のギャップが埋まるという方向性を出して、前のやつと合わせて提起することが必要ではないかと思います。

〔 B委員 〕 私も、まず、J委員のおっしゃったように、当てっこゲームではナンセンスだということ、そのとおりだと思います。

ロジックが大事だというのは、全くそのとおりだと思いますが、そのときに、労働というのが一番大事で、A委員がおっしゃったとおりですが、労働供給が減るかどうかというのは、少なくとも、経済企画庁、労働省、日経センター、あるいは私もやりましたが、ある程度コンセンサスは得ているのではないか。それは、2005年をピークにして減りだす、今から減るわけではありませんが。ですから、今後10年間を考えると、労働力人口の減少というのは、たとえ女性の就業率が目一杯上がったとしても、生産年齢人口自体が減ってくるから、結果としてそうなるのだというのは、ある程度コンセンサスがあるのではないか。

それから、労働時間の減少というのは、別に正規の労働者の時間が下がるというところだけではなくて、労働者の構成が変わって、これから増えるのはパートとか、高齢者であって、正規男性の方の比率は下がってきますから、構成の変化だけをみても、マン・アワーでみれば、減るという可能性が大きいのではないか、そういうロジックだと思います。

ただ、問題は、供給が減っても、需要も減ってきたら、いつまでたっても需給逼迫が起こらないのではないかというのは、全くそのとおりだと思います。それは、私は、やや意見が違うと思いますが、労働市場の硬直性がどうなるかに依存するわけでして、ヨーロッパのような市場を日本が目指していけば、まさしく供給も減るけれども需要もそれ以上に減って、どんどん失業率が上がっていくということになるのではないか。やはり、働きたい人が働けるような労働市場、ということは逆に言うと、賃金よりは雇用という意味ですね。もっと具体的に言いますと、例えば、正規労働者でないような働き方を是認するかどうか。これまでは、日本では、日本的雇用慣行の労働者が望ましい働き方であって、パートとか派遣というのは望ましくないのだということで、できるだけ抑制しようとしてきたわけです。これは高い成長の時代はそれなりに意味があったのですが、今後の低成長で企業の利益も伸びない時代では、雇用を確保するということは、そういう「望ましくない」と言われる労働者も増やさなければ、全体の失業率が下がらないのではないか。そのような労働市場の硬直性を打破するという前提で労働需要が増えてくるのではないかという、これはあくまで政策次第ということではないかと思います。

それから、10年後に心配すべきものは、経常収支の黒字か赤字かというのは、私は、これは当然、黒字を心配すべきである。黒字というのは、対外摩擦の問題ではなくて、日本の潜在力が活かされていないというのが黒字になっている、今の時点もそうです。そういう状態を今後10年も続けていては、いけない。むしろ、高齢化では、日本の貯蓄を取り崩して、海外にある資産を取り崩して成長していくというパターンでは、少々赤字になってもいいのではないか、というようなイメージでございます。

それから、それの前提として、数字ということであります。確かに、経済成長率というのは非常に不確実である。財政もわからないし、社会保障もわからないし、なかなか正確には見通せないだろう。だから、出さないというのは、全然選択肢にならないわけです。

例えば、今、労働省でも、長期的な失業率とか労働の予測をしていますが、その前提になるのは経済計画の数字であり、年金の予測でも、経済成長の数字が参考になっているわけで、経済審議会がもしちゃんと経済成長の見通しを出さなかったから、各省がばらばらにそういう数字を使うだけで、ここはやはり、大胆な前提を置いても、あるいは財政の想定についてはある程度は凍結なら凍結で構いませんけれども、そういう前提に基づいた数字というのは、政府全体として絶対必要ではないかと思います。

そういう点から、基本的に言えば、経済成長とか基本になる数字はぜひ出していただきたいというのが1つです。

最後に、10)「マクロフレームに関して国民に示すべき指標は何か」というところで、これは極めて異論があろうかと思いますが、私は、ぜひ、今後10年ということを考えれば、出生率というのを入れていただきたい。もちろん、人に子供を生めというのは、政府の言うべきことではありませんが、出生率というのは、ある意味で、先進国の社会的生活の質を示す、良いインディケーターなわけです。これは、例えば性別の役割分担が非常に固定的な国では出生率は低いし、それがそうでない国では高いという、見事な相関関係があります。ですから、日本の出生率がこれまで大本営発表で、必ずほっといても上がるのだという前提で今の年金予測が出ているのですが、これはことごとく裏切られている。そういうことからも、出生率というものはほっといたら上がらないのではないか。上げるためにはどうしたらいいのか。それは人々の生活の質を良くしていく、男女の固定的な分担を直していくという形で初めて上がっていくという意味で、私は、これは極めて重要な指標であるかと思いますので、成長率とか、失業率とかだけでなくて、そういう指標も入れていただいてはどうかと思います。

〔 C委員 〕 今のB委員の意見に反論的になっちゃうのは、ちょっと申しわけないと思うのですがね。

私は、ここに書いてある10の項目の答えがわからないと、この前の3章編成からなる文章の方が影響を受けるところが非常に少ないと思っているのです。

例えば、景気回復するのはいつか、それが2年後だとわかった、5年後だとわかった。じゃあ、前の文章は何か重大な影響を受けるのか。私は、そんなことはまずないと思う。

それから、企業でもそうですけれども、経営技術のレベルの低い時代は、まず中期経営計画でも長期経営計画でもいいですけれども、皆さん、数字を書くわけです。売上げがいくらになって、利益がいくらになってと、それで計画を作ったと思っているのだけれども、だんだん経営技術が上がってくると、そういう当てっこみたいものは当たらないこともあるし、逆に、そんな当てっこみたいなことを基盤に置いて投資などを進めてしまったら、キャッシュフローは大変ネガティブな状況になって、えらいことになっちゃうということがわかってきているので、最近では、進んでいる会社ほど、中計や長計でも、どういう具合に会社を質的に転換しているのだというところ、そして、それはどういう方法論によるのかというところに力点を置いているという意味では、私は、国の、言ってみれば長計と言うべき今回のものも、数字がわからないからできないとか、そういう話ではなくて、将来なんていうものは、当然のことながら予測しにくいことが多い。

特に、これは私の持論で、(異論はあると思うけれども)私は、5年後まではわりあい見やすいと思っているのです。というのは、科学技術などが大体5年後に量産化されるものというのは、少なくとも、もう研究所では施策段階の手前まで来ていますから、よく読み込んでいけばいいのですけれども、10年ということになると、今まだ種も仕掛けもないものが世の中に出回っちゃっているという可能性があるので非常に読みにくい。そういう、非常に読みにくい、途方もないものを読もうとする時間を、同じことなら、もうちょっと有効に利用するという意味で、質的転換を図る場合の方法論とか具体論、そっちを置くというぐらいに考えられたらいい。

この2ページは、従来手法のときは大事な質問なのかもしれないけれども、今回の作成には、私は、あまり大事なことが載っていないなと。個別に興味があるかないかは別です。そういう気がするのですけれども、おかしいですかね。

〔 部会長 〕 おかしくとないと思いますが、こういうことはないですか、1つは、資料2でいろいろご検討いただいた中でいろいろな表現を変えていますが、今日のマクロフレームとの関係については、例えば、9ページの「経済成長の考え方」、これは基本的には経済成長というのは必要だという大きな前提があって、それに絡んでいく部分が今の2ページだと思うのです。

だけど、どちらかというと、A委員、B委員、皆さんのご意見も踏まえ、オープンにする前に、1つは、ここで折角言っているのは、A委員流に解釈をするか、B委員流に解釈すかは別にして、例えば、生産性などを非常に重要な概念として入れているわけです。マクロでバァーッとやるよりは、生産性を高めていこうではないか、と。そういうものに対する指標は一つもない。マクロからくるのではなくて、むしろミクロ(そういう部分はミクロと言って)。

もっと具体的に言うと、2つ目の問題になりますが、多くの国民が心配しているのは、10年後どうなるかという話もあるのだけれども、ストレートにそこへ行くのではなくて、どうも最近の話を聞いていると、マクロの指標はわりにいい数字が出てきている。だけれども、間違いなしに、今年の後半には企業がリストラが進んでいる。ということは、生産性を高めるための努力が進み始めると、一時的かもしれないけれども、失業は増えますと多くの識者が言っておられる。それは景気を悪くするのではないかと、皆さんが言っておられる。本当にそうなのだろうか。

そうすると、過去の資料で参考になるものがあったとしたら、日本にないとしても、一時、そういうリストラをやるときに失業は増えるかもしれない。しかし、生産は上がった。それを越えると目指すところに行くのだ、そういう種類のデータというのは、多くの人は知りたいと思う。

それが事実だとすれば、少なくとも、失業が増えて辛いのだけれども、それに対して、セーフティネットや落ちこぼればかりでなくて、多くの人も心配しているわけだから、今自分がその立場になったらどうなるかという意味では、非常に関心がある。

そういう種類のことはあると思うのです。そこをかなりきちんとしていかないと、オープンにするときに、多くの人というのは、10年後に夢を描ける社会も大切なのだけれども、そこへ行く前、ここ数年どういうことになるのだろうかという関心を持っている人たちに対して、それが分布曲線を書くと、非常にエリートの人でも、非常に落ちこぼれでもなくて、多くの人が関心をもっているのはそこではないかと。オープンにクエスチョンを取る以上、それに対して、こういうことがありますよと。

例えばの話で、貿易経常収支のGDP比率というのは、僕の経験から言うと、2 %危機というのは、ある時期では事実でしたけれども、少なくとも、1%でも危機になったこともあったし、3%近くなっても全然平気だということもある。結論から言えば、日米関係で、これで危機になったことは一度もない、極端なことを言うと、そんなことはあまり心配することはない。

2%というのは、私も、レーガンさんの頃の日米経済諮問委員会では、大平さんもいらしたし、皆さんがいらして、大変だと思ったけれども、その後になって、1%になったって、アメリカががんがん言ってくる。最近は、かなり高いところに行っているのだけれども、わりに向こうはゆったりしている。結果的には、日米の関係というのは、あまりそんなことでガタガタするほど脆弱でもない。

ですから、ここに上がっている指標が、資料2でいろいろやろうとしていることについて、ほかのものは参考として聞いておくにはいいけれども、実際にオープンに意見を聞くときなどには、あってもなくてもそれほど意味はないのではないか。しかし、大きくは経済成長というのがあるのかないかということは、これは広く国民の人たちは、やはり、心配もしているし、関心も持っているから、そこに関係があるもの。

それから、しばらくのところで、皆さん聞いていて、心配しているこういう問題が出てくるのではないか。それは半分は、経済が強くなっている証拠だから、あまり騒がないで、何とかそこは大きく構えていていいのかどうか、そこに参考になる資料などは、一方で少し見せていく必要があるのではないか、という気もしますね。

まだ少し時間がありますが、今日の最終は4時半で、その後プレスに話をすることにしていますので、大臣のお話を伺って、その後で何かポイントがありましたら要領よくお話しいただきたいと思います。

〔 大臣 〕 本日は、お忙しいところを経済審議会にお集まりいただきましてありがとうございました。

私、お聞きしておりまして、しゃべりたいことがたくさんあって、そちら側に座らせていただいた方がいいような感じなのですけれども。

この問題のそもそもは、先ほどH委員から議論がありました、日本の文化をいかに変えるかというところから始まっているのです。

今まで、戦後の1つの文化がありました。日本の改革といいますと、まず明治維新、戦後、これは大きな改革でしたが、明治維新はなぜ偉大な改革だったかというと、武士の文化を全く否定してしまった。それで、明治以前、徳川時代にあったものを全部否定して、軍隊から、学校から、郵便から、汽船まで、全くつくり替えたのです。過去のものを改造することは全くしませんでした。

戦後の改革は、半分だけやったのは、軍人文化を全く否定したことです。

享保の改革とか寛政の改革があまりいい方向に結果としてならなかったのは、文化を継続しているところがある。

私は、今日本は、戦後文化を変えなければいけないのではないかということが根底にあるのではないかと考えております。

その戦後文化とは何かというと、まさに官僚主導型・業界協調体制に代表されるような文化であったのではないか。

それで、F委員がおっしゃいました、自由というものですが、例え効率、平等、安全をいささか損なっても自由は正義である。今まで自由というのは、あればいいものでありまして、正義とは考えられなかった。ここが一番ポイントだと私は考えております。

つまり、効率と安全が対立する。例えば、ダイオキシンを何ピコにするとか、あるいは自動車の速さをなんぼに制限するとか、うんと制限を厳しくすると安全は高くなるわけですが、効率が悪くなる。それで、政治問題として、結局これぐらいということで、今の自動車が定められ、1年間に1万1,000人ぐらい死ぬのがちょうどいいだろう、こうなっているわけです。

ところが、自由と安全、自由と効率になりますと、政治問題にならずに、行政の水準で自由が抑えられます。この考え方を変えなければいけないのではないか。これが根本にあるストーリーであります。

皆様方は、シナリオということがありましたが、まさにこれをどうするかということが、私の唯一最大の問題意識なのであります。

そこからすべてが始まるわけでございますけれども、そういうときに、新しい社会規範、G委員からご指摘がありました。この新しい社会規範というのは、そういう自由を正義として認めて、自由対平等、自由対効率、自由対安全が政治問題になるような社会になったときの社会規範、これは何ものであるかということを問いかけたつもりでございます。

そのために、規制はすべて必要悪である。全部なくすわけにはいかないけれども、ないほどいいので、これは必要悪であるというテーゼを掲げております。

それから、保全と産業の関係。これは保全は保全であり、産業は産業だということも、皆さん方にいかがなものだろうかと問いかけております。

もう一つ重要なことは、先ほど、A委員からも、B委員からも出ましたが、出生率の問題です。少子高齢社会、少子社会で人口がどんどん減っていく。これは2010年までは、まだそれほど減りませんが、2010年後は相当の勢いで減ります。今まで厚生省が出してまいりました人口推計の中位数、低位数をさえ常に下回っている。

今から23年前に、団塊の世代の本を書いたときに、いわゆる松茸型構造ということを言われたのです。団塊の世代だけが大きいけれども、あとは寸胴になると言われたのですが、そうはなっておりません。どんどん狭まっております。

これは、ご意見もございましたように、ケニアとか、タンザニアという国はどんどん多いわけです。人口の問題に関しては、論と証拠が全く逆というのが、世界的な悲劇でございまして、論の上で出生率が増えるようなことをすると、証拠としての統計では必ず減るという、変な形になっておりまして、非常に困るわけです。

どんどん人口が減っていく社会というのは、果たして、活力を維持できるだろうか。1960年には日本の高齢者の就業率は非常に高かった。女性でさえも80%でありました。それがどんどん減ったわけですが、60年ぐらいに戻したところで、そこまではもちますが、その後は必ず減るわけです。そういうときに、外国人労働者、移住労働者、移民労働者、いろいろな観点を入れないときに、果たしてどのような文化が生まれるのか。

私たちはほとんど経験がありません。世界的にも非常にめずらしい状態なのです。そういう社会の文化がどういうものなのだろうか、ということも非常に考えるわけです。本当に、そういう社会で人口が減る。

例えば、日本の国内でも、山間地とか減ったところがありますが、そういうところへは公共投資はありましても、民間投資というのはわずかです。お医者さんもどんどん高齢化して、開業医が平均年齢69歳というような町ができてくるわけであります。そういうようなことになるのかどうか、これも重大な問題として考えておりますけれども、果たしてそれをどのように解決していけばいいのか。

あるいは、経済成長率と物価の問題、1970年代は物価が上がりました。50年代は非常に安定していて、90年代とほとんど同じでありますが、70年代には上がりました。これはサイクル的なものなのか、構造的なものなのか、これも大きな問題だと思います。そういう中で、どれだけの産業を日本に残していくべきなのか。こういうストーリーも真剣に考えなければいけない問題だと考えております。

そうなりますと、雇用の形態あるいは勤労の形態が変わってくる。勤労の形態が変わってくるということは、家族構成から文化にまで影響があることではないか。

そう考えますと、今、私たちが考えなければいけないことは、非常に大きな転換であり過ぎて、なかなか手に負えないような状態になってしまうのでございますけれども、私が、ぜひ皆様にお尋ねしたいことの1つは、果たして自由を正義の中に入れた文化というのが日本にできるか、あるいは今のままの状況が続くのか、これが第1番目です。第2番目には、少子化、本当に人口が減少する中でどんな文化が生まれるのか。中央からお金が流れてくるから、人口減少圏でももっておりますけれども、それがないときに、本当に経営者が、あるいは人々が、そういうところに投資をし、発展をするのか。それから、世界の今の状況が、現在のような物価安定状態・供給過剰時代であり続けるのか。そういったことのシナリオをどのように描くか、例えば、複数で描くということも1つの選択肢でございましょうし、単数で描くということも、思い切って1つにするということも選択肢でございましょうし、中央値だけを取るということもあれば、少数可能性、降水確率20%も入れておくというのも1つでございましょうし、いろいろな問題がわき出てまいります。

結論として、1つのものを作らなければ、先ほどB委員でしたか、申されましたように、各省の計画に支障をきたすことがございますから、多数というか、一番確率の高い道というのは選ばなければいけないと思いますが、それにいたしましても、相当大きな広がりのある問題を対象として考えていかなければいけない。

それに、今日おかけいたしましたものも、不十分ではございますが、いろいろ議論が散った、分散した感じになっているのは、まさにその点であろうかと思います。

ぜひ皆さん方から、それぞれについて、そこはこうだよ、あるいは、こう思い切るべきだ、というようなご意見をいただきまして、方向性を出てしていけたら幸いだと思っております。

ぜひよろしくお願いいたします。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

時間がほとんどなくなりつつありますが、最後にございますか。

〔 C委員 〕 全体にこういうのが載っていないと思うのです。平準化という考えが少ないのです。

日本社会が住みにくい理由の多くは、みんなワンパターンの同じ行動をするからです。例えば、お盆に新幹線に乗ろうと思ったら切符も取れない。普段は、新幹線もがらがらでお客さんが少なくて困っている。朝、会社に行こうと思うと電車はものすごく込んでいます。私鉄も、そのラッシュ時に合わせて車両の増強をしなければいけないわけです。一番高い時間帯に運んでいる、つまり一番コストをかけている時間帯には、通勤定期という、逆に割引の料金で運んでいるのが、日本の現状です。

僕は、私鉄の社長には、通勤時間帯は値上げしなさい、どうせ企業が払うのだから大丈夫ですよということをそそのかしているのです。

簡単に言うと、勤務時間帯とか、休暇とか、そういうものの平準化をしていかないと、今の日本には、ある程度キャパシティというのは僕はあると思うのです。そのキャパシティが有効利用されていないところに、生活実感としての貧しさがあるわけですから、経済成長を押し上げていこうという古典的な考え方も結構ですが、そういう数字を上げなくたって、キャパシティなんか増やさなくたって、使い方1つで、実際の生活というのはよくなるわけです。ですから、そういう意味で平準化というのを進める。

平準化を進めるためには、恐らく、税制の優遇だとか、例えばフレキシブルタイムをやる企業については、では法人税をちょっとまけてあげましょうとか、社員が現実に、例えば6月とか10月に休暇を取っているような会社は、これもまたおまけしてあげます、そういうようなことでインセンティブを付けていけばいいのではないか。

それが悪いことではない、と。お盆のときの1週間しか休んじゃいけないのではないかという脅迫観念の人が多いわけです。僕は、個人的なことで恐縮だけれども、今年8月、9月、10月と3か月休暇を取るつもりです。日本の中小企業の社長でそんなことをやる人はいないわけです。そういうようなことを進めていくということが、今、長官がおっしゃったような、価値観とか文化を変えることであって、そういう提唱というのがもっとあっていいのではないかなと思ったわけです。

〔 部会長 〕 全体として、未使用キャパシティをもっと有効に使うような平準化を、ということですね。

最後に、A委員どうぞ。

〔 A委員 〕 時間がオーバーしていますから。

べつに大臣に喧嘩を吹っかけるわけではないのだけれども、しかし、ここのメンバーの中で私だけが価値観が違うのかもわかりませんけれども、私は、戦後の文化や価値観を変えなければいけないという、現状認識においては、大臣とそう違わないつもりでいます。ただ、私が習った哲学では、自由というのは、他人の不自由を誘発しない限りで許される、こう私は思うのです。

今の議論は、大臣はそんなことをおっしゃっていないとは思うのだけれども、いかにも、一般の普通の人は、こうしたことをやると我々が不自由になるのではないかと感じるのではないか、という危惧を持っています。したがって、それは国全体として本当に変えるのであれば、そういう方々に、他人の不自由を誘発するものではないということの説明責任はあると思います。

〔 部会長 〕 自由のところは、私、個人的には、今の日本に自由の存在がそんなに貧弱とは必ずしも思っていませんので、きちんとしなければいけないと思っていますが、しかし、この辺のところはもう少し今後、最終的に詰める前にきちんとしなければいけないと思っています。

最後に次のスケジュールだけを簡単にご案内をします。それで終わらせていただきたいと思います。

〔 事務局 〕 次回は、4月21日水曜日の午後3時から、場所は本日と同じ436号室でございます。

以上でございます。

〔 部会長 〕 21日、ひとつよろしくお願いいたします。

第10回の企画部会はこれで終了いたします。お忙しいところを本当にありがとうございました。

大臣、どうもありがとうございました。

──以上──

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