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地域経済・社会資本部会(第3回)議事録

経済審議会

地域経済・社会資本部会(第3回)

議事録

時:平成11年3月31日

所:共用第1特別会議室(404号室)

経済企画庁


経済審議会地域経済・社会資本部会(第3回)議事次第

日時:平成11年3月31日(水)15:00~17:00

場所:共用第1特別会議室(404号室)

  1. 開会
  2. 21世紀型社会資本整備について
    ・I委員意見発表
    ・B委員意見発表
  3. 閉会

(配付資料)

  1. 資料1  経済審議会 地域経済・社会資本部会 委員名簿
  2. 資料2  地域経済・社会資本部会の検討テーマとスケジュール(前回配布資料)
  3. I委員発表資料
  4. B委員発表資料

(参考資料)

社会資本整備に関する資料


経済審議会地域経済・社会資本部会委員名簿

部会長
森地 茂   東京大学大学院工学系研究科教授
部会長代理
安土 敏   サミット(株)代表取締役社長
       企業小説家
石川 嘉延  静岡県知事
井上 繁   (株)日本経済新聞社論説委員
北村 浩子  (株)キンスイインターナショナルリゾート代表取締役
小林 重敬  横浜国立大学工学部教授
坂本 多旦  (有)船方総合農場代表取締役会長
        全国農業法人協会会長
生源寺 眞一  東京大学大学院農学生命科学研究科教授
戸所 隆   高崎経済大学地域政策学部教授
中邨 秀雄  吉本興業(株)代表取締役社長
長谷川 逸子  長谷川逸子建築計画工房(株)代表取締役
林  淳司  川崎重工業(株)取締役副会長
溝口 薫平  (株)由布院玉の湯代表取締役社長
宮脇 淳   北海道大学大学院法学研究科教授


〔 部会長 〕 お忙しい中をお集まりいただきましてありがとうございます。まだ2、3お見えでない方がいらっしゃいますが、時間でございますので、ただいまから、第3回の地域経済・社会資本部会を始めさせていただきます。

 本日は、検討テーマが「21世紀社会資本整備について」でございます。このテーマについては、I委員とB委員から意見発表を行うこととしております。最初にI委員から意見発表をさせていただいて、引き続いて、B委員からの意見発表をいただき、その後まとめて議論を進めていきたいと思います。したがいまして、本日は、安土部会長代理に議事進行をお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

〔 部会長代理 〕 それでは、代わって議事を進行させていただきます。

 最初にI委員の方から、意見発表をお願いいたします。なお、ご発表の方は、15分~20分程度をメドにお願いいたします。

〔 I委員 〕 それでは、お手元に「社会資本整備について」というメモを用意させていただきました。直に、社会資本整備をやるときにこうやったらいいとか、ということを結論的に書こうとしたものではありませんで、やや概論的に、全体こういうことが課題でしょう、こういうメモになっております。

  まず、1.「公共投資を規定してきた論点」。これは、1)需要対応、2)経済競争力、3)生活環境、4)地域格差、5)配分の公平・公正性と効率性、こういうところの重点の起き方を時代を経て、あっち行ったりこっち行ったりということをやってきた。これが日本の戦後の社会資本整備だ、このように理解しております。

 あえて追加しますと、こういう社会資本そのものの機能ではなくて、景気対策として今のようなことが何度も起こっています。多くの社会資本整備に関わる専門家たちは、着々と整備していかなければいけないのに、ある時どっと景気対策でお金がついたり、あるいはなくなってしまったり、そういうことでいいのかという議論が根強くなったと記憶しております。

 それから、大ざっぱに言いますと、戦後45、46年、オイルショックの直前ぐらいまでは、足りない公共交通、どれをやってもとにかく足りないということで、経済効果も非常に大きい時代でございました。オイルショック以降、やや景気対策的なものが前に出たり、あるいは所得格差是正ということで、地域の大体倍・半分ぐらいの所得格差、東京を100にすると、県単位でいうと50。物価水準が大体2割、住宅を入れると3割、これぐらい安いということですから、1、2割の実質所得格差。そういう意味では、世界に稀な、その面では成功をした。ただし、地域経済を公共投資が支えるということが定着してしまった。こういうところにいろいろな議論がございます。

 ペーパーの1ページに戻っていただいて、それぞれの規定してきた論点についても、時代を経て変わってまいりました。

 例えば、需要で言いますと、当初は、需要がとにかく、列車に乗れないから線路容量を増やさなければいけないとか、道路も舗装されていないから舗装しなければいけないということで、文字どおり需要追随だったのです。欧米は、住宅をつくる前に道路をつくっているではないか、こういう議論が常にあります。つまり、需要を先取りするようなことをやるべきだ、という議論があって、追随か先取りかという議論がございました。その後、これは日本だけではなくて、世界的に、いつも需要を追いかけているのではなくて、つまり、先取りでも、追随でも、所詮はある需要に対しては応えましょうという思想ですが、そういうことではなくて、需要を抑制したり、誘導したりすることも入れるべきではないか。こういうことが、最初はヨーロッパから起こってまいりました。

 その下に四角で囲っているところは、私が、これからの課題だと思っているところです。人口減少期の社会資本整備、つまり、需要が減るかもしれないときの社会資本整備をどう考えるのか。それから、人口が減っている地域の社会資本整備はどういうふうに考えるのか。これは決して同じことではなくて、それぞれについてどう応えるのか、こういう課題でございます。

 回答としては、供給の必要分野というのは、量的あるいは質的な課題は何かということ。それから、市場特性自身が変わってくる。例えば、東京の鉄道は、日本で最大の供給不足の状況です。ピーク時、みんな忙しいときに、急いで行きたいときに、5割も余計に時間がかかるような線路上の混雑、あるいは車内1㎡に8人も立っていなければいけないというひどい状況があるのですが、将来需要が減ります、人口が減りますといった途端に、鉄道事業者はそれに投資をしたくない、こういうことになります。

 したがって、今までは、世界で唯一民間資本で鉄道整備をしてきた国であるわけですけれども、そういうことが立ちいかなくなった。アメリカでも、ヨーロッパでも、通勤鉄道というのは100%税金でつくるのが当然で、プラス・オペレーションコストの多いところは8割まで、少ないところでも3割ぐらいは税金で、補助金でもたしている。つまり、ユーザーが負担している分は、全体コストの2割とか3割とかいうことであるわけです。そういうことをもしかすると考えなければいけないかもわからない、こういう状況にきている。つまり、需要が減っているときというのは、システムを変える必要が出てくる、こういう問題意識でございます。

 その下の「手順前後の誤りの軽視」というのは、碁でも、将棋でも、手順前後を誤りますと根本的に間違ってしまうわけですが、より複雑な-ゲームというのは言い過ぎですが-問題であるシステムである地域づくりとか、都市計画とか、こういうところで手順前後論が十分議論されているかというと、どうもその辺がクリアに議論されなくて、多くの間違いをしてしまっているということではないかと思います。

 2番目の経済企業力です。これも、なぜアジアの北東端にあるこの国が世界の生産拠点になったかと考えますと、ご承知のとおり、臨海部に大変安い海上交通を利用して材料を運んできて生産をして、持ち出す。こういう仕組みを作り上げた、これが最大の成功だったわけです。

 それから、どこの国も、高速交通体系で資源とか生産とか消費の空間配置あるいは市場構造をうまく誘導していく、こういうチャンスがあったような気がします。アジアの国を見ていもそうです。高度成長期というのはそう長く続きませんので、10年とか、あるいはそれ以下のときで、その時だけは集中的に投資するような、そういうチャンスがあって、それに成功したところはわりあいうまくテイクオフできるし、失敗するとずっと社会資本整備の不足という状況が続きます。

  それから、たまたま日本は島国だったということで、4つの島をトンネルとか橋でつなぐということとか、細長い国だからというので高速交通体系を整備するとか、あるいは昔から太平洋側と日本海側、海国・臨海部と山国とかということで、列島の幅が大体200km、一番太いところで300kmです。平均すると200kmぐらいですが、200kmぐらいを脊梁山脈を挟んで両側に分け、さらに内陸部と海岸部に分けて、市場も、通学も決めてきたわけです。今の交通体系からいうと、50km単位で圏域を構成するといかにも狭いということですが、それを横断系の道路ができることによってすっかり変わる、こういう兆しがございます。20本ぐらい計画があろうかと思いますが、それが一部できてきております。

  マスコミ等で、横断系の高速道路は無駄だ、こういう話がときどき出てくるわけですが、私は、そうではなくて、これは地勢学的な問題を何とか打開する大変重要なものではないか、こう思っております。

  例は、山陰です。山陰は昔は、岡山とか広島と経済圏域を構成しておりました。山陰線ができた途端に、京都とか大阪につながるという格好になっていました。それがまた高速道路ができて、縦のつながりが強くなる。このように国土の構造が変わってまいります。この辺に着目する必要があろうかと思います。

 その下でございますが、ではこれからどうするかということで、地域の産業立地競争力をもう一回、全面的に再検討した方がいいのではないか。これは、その下にございますように、地域がさっきの所得格差を解消するべく、あるいは農業人口を2次産業、3次産業に転換すべく、いろいろな動きがありました。そのために社会資本整備が行われました。工業団地をつくってみたり、交通施設をつくってみたり、あるいはライフラインを公共が整備してみたり、こういうをやってまいりました。世界の中で、産業が展開していくような時期を迎えますと、特に中国を含むアジアには、とてつもなく低賃金のところが、とてつもなく広く拡がっていますから、マーケットメカニズムで40年代のように産業地方展開していく、こういう格好はなかなか難しい。そこで何を考えられるか、こういうことになります。

  そこで、1つは、海外資本の国内投資ということを考えてはどうか。それは今のところは、流通系とか、研究開発系とか、金融については海外資本が入ってきております。これはどうしても大資本・大都市中心、したがって海外資本は大都市に集中して投資しているという格好です。かつての日本の2次産業がアメリカとかヨーロッパに出て行った、外圧もございましたけれども、ある程度大きなマーケットで大きなシェアを取ろうとすると、そこに展開しなければいけなかった。それは、決して大都市ではなかった。例えば、ホンダがロスとかニューヨークに立地したかというと、そうではないわけです。そういうことがこれから起こるかもしれない。あるいは、技術移転をやるよりも、日本の中小企業等をマージした方がいいとか、こういうことが起こってくる可能性があります。

 かつてアメリカは、雇用に対して手助けをします。団地、もちろん日本的なこともします。減税を一定期間やります、税金を払わなくてよろしいとか。極端なところは、環境基準を5年間守らなくてよろしい、こんなことまでやって誘致した。こういうことに比べると、日本の地方はまだ、そういうことについてあまり熱心ではありませんし、そういうターゲットもまだ、なかなか明示的には意識されていない、そんな気がします。

 それから、観光も大きいです。特に、この中でいろいろ書いていますが、住観分離型、つまり住んでいるところも丸ごと見せてという意識が日本にはなくて、見せるところ、居間と応接間を分けるかのごとく使うようなことをやっておりました。

 それから、都市観光が極端に弱い。ヨーロッパに行って、スイスの山だけに行って帰ってくる人はいない。必ず街に行く、ベルンに行く、ジュネーブを見るという格好になるのですが、そういう格好で都市がつくられてこなかった、個性もなかった。こんなところを根本的に直さないとうまくいかないような気がします。

 それから、地域の観光振興策、あるいは旅館等の経営者の方も、まだ外国のマーケットのどれをねらうのかというところがあまり意識されていないような気がいたします。

 それから、地域の自律的な振興とか国際圏域、この辺についてはもう十分、全総で言われていることですが、特にキャピタル機能の強化、中枢都市の育成。これも東京都の人たちが、東京都は全国に貢献するのだという意識でマネージメントされているか、あるいは、福岡が九州全体のことを考えていろいろなことをしているかというと、どうもその辺の意識が希薄で、常に、自分の県、自分の街ということだけを意識してやっている、ということがあろうかと思います。

 次のページで、リサイクル産業を書いています。これは突拍子もないのですが、今度リサイクルの法律ができましたが、どの程度本気でやるかで、重量何パーセントリサイクル、こういうことを言っている限りはまだあまり本格的ではないかと思うのですが、本当にリサイクルを複合、つまり、ある製品を同じ製品でもう一回使いましょうということだけではなくて、もう少し複合的にやろうとすると、この立地が今までの生産と消費の関係と全く違う関係になります。

 例えて言いますと、北海道は、ビニールの袋にしろ、車にしろ、ほとんど何もつくっていない-と言うとちょっと言い過ぎですが-、非常に生産機能が低いところが苦しみであったわけですが、リサイクルするために、あそこで使われているものを全て東京に持って来て、また持ち出すかというと、そういうことはないはずで、ここに1つの地方のチャンスがあるかもわかりません。

 ただ、産廃と違って、自分のところは自分の自治体で処分する、こういう格好で責任を持つという格好ではなくて、当然、マーケットメカニズムに乗っかった格好になりますから、もう少し集約的になります。しかも、所詮は使ったものですから、内陸のどこでも持ち込めるということではなくて、港湾の地域が大変大きな役割を果たすことになります。そうなりますと、港湾の位置づけが全く別の格好になってくるかもしれない。こんなことが起こるかという気がいたします。

 3のところからは、少しとばしていきたいと思います。生活環境は、大変重要ですが、主として、安全をどう考えるか、防災投資水準をどうするのかというときに、第1回のときに申し上げましたように、安全は、100%建前上は安全です、こういう話から脱却しない限りはなかなか論理の社会に入ってこない、こういうことが1つございます。

 もう一つは、密集市街地の問題です。これも密集法という、かなり憲法違反すれすれのような大変ドラスティックな法律が去年、作られました。立ち退きを命ぜられるとか、借地借家法を適用免除にするとか、こういうことを入れた法律です。それでも、そう進むようには思えません。これを何とかしなければいけないというのは、大変大きな課題のような気がいたします。

 その下の四角に囲ってあるところで、「環境を非効率投資の対象としないために」ということで、いろいろな環境対象を分離して、その目標をはっきり設定して、どこがどこまでできたかと、こういう格好にしないと、大変無駄なお金の使い方がされる可能性があります。この辺をどう考えるかも大きな問題かと思います。

 その上に、「自治体単位のワンセット主義の限界」と書いてあります。これも全総の中で議論されていることで、すべての市町村が美術館を持ち、病院を持つという格好ではなくて、できれば、30万とか40万とかという人口単位で、それぞれ違う施設を持って、広域的にそれを使うような仕組みに変えていきたい、こういうことがございます。

  4の地域格差では、四角に囲ったところで、40年ぐらいまでは、雇用をつくることによって人口移動の政策をやってきて、ある程度成功したわけですが、都市の魅力ということについてうまく政策が打てなかったのではないか。例えば、理想的な分散型地域計画をやっている山口県、この若者はすべて広島に行ってしまう、こういうことが起こります。東京に一旦住んだ人は、奥様がついて行かないために単身赴任を皆さんがする、教育の問題もございますが。都市の魅力ということが政策に乗らなかった。この辺をどうするかという問題が1つあります。

  それから、全総の中では、ブロック単位ぐらいで自律的に1つの国のようになってほしいということですが、県単位とか県間競争、こういったところから脱却できなくて、東北の各県は仙台が中心になるのは嫌だとか、九州の中では福岡が中心になるのは困るとか、こういう議論が常に出てまいります。しかも、分権ということで、今の枠組みの市町村、県に分権してしまうと、二度と複合的な構成はできなくなりますから、私自身は、もうちょっと複合的になったところに分権していくような、こういうスキームを作る必要があるのではないかと思っております。

  時間がもうきましたので、あとはずっと見て行っていただきたいのですが、2.「社会資本整備の重点」というところはご覧のとおりで、こういうところをこれから重点的にやっていけばいいのではないかということを、ずらずらと書いてございます。4ページの半ばまでです。

 4ページの最後のところですが、こういうことは、できれば直していった方がいいかなと思うことを、3.「社会資本整備の進め方」で書いています。

 1は、公共事業に時間管理概念を入れる。すぐは難しいかもわからないので、第1段階として、事業評価を、費用便益などをやるようになりましたので、この事業を1年遅らせると、いくら損になるかという計算ができます。事業が始まりますと、金利概念的に割引率の概念を使いますと、1年事業の期間が長くなると破綻する。こういうことが財務的に計算できます。そういうことができるのだとすると、常に、日本中がやっている公共事業について、この事業はこの1年は、遅れがいくらに相当しているかということを公表する、このようなことをやってはどうか。それによって、住民とのトラブルで、反対している人も、自分が反対していることがいくら損失を与えているのだということを意識することになります。文化財でいろいろ発掘しているところも、いくらに相当している。こういうことを意識することによって、もう少しみんなが納得して「早くやりましょう」と、こういうことになるのではないか。

 それから、省庁間の調整も、河川と何とかの協議ですとか、都市計画の協議ですとか、いろいろなことがありますが、これも1年間遅れるといくら損失を与えているかということが常に公表されている。こういうことによって、今の政府の効率化はお金のことですが、時間概念を入れてもう一歩進めてはどうかというのが、第1点でございます。

 あとはいろいろ申し上げていることで、2)、3)、4)、5)と書いてございます。

 ちょっととばして恐縮でございましたが、以上でございます。

〔 部会長代理 〕 ありがとうございました。

 それでは、次にB委員の方から委員発表をお願いいたします。やはり、ご発表の方は、15分~20分程度をメドにお願いいたします。

〔 B委員 〕  私は、生来怠け者でございまして、レジュメが極めて簡単で申しわけございません。これに沿って進めさせていただきます。

 〔1〕「日本の社会資本の整備は十分か」。結論的には、十分ではない、こういうことを言いたいわけです。談合であるとか、賄賂であるとか、あるいは年度末になると事業が増えるとか、道路の掘り起こしがどうだとか、一般国民の間に公共事業に対する一種の不信感のようなものがあって、それが、何か公共事業というものはすべて悪であるがごとき議論に発展しかねないようなことがあると思います。

 そういうことで、ちょっと割を食っているような面があるのですけれども、社会資本の整備というものを考えた場合に、昨日か一昨日、事前に送っていただいた経企庁の資料によっても、様々な分野において遅れというのは、国際的な比較でも目立っているわけです。

 ここでは、都市部における社会資本の整備が遅れているということを指摘したいと思います。特に道路であれば、都市内の交通と、通過交通とを、本来的に分離する必要があると思うわけですけれども、全く十分ではないということがあります。

 首都圏とか近畿圏におけるこれからの道路整備ですけれども、とにかく計画ではずっと前からありながら、ほとんどそれが実現していないというようなことが、あまりにも多過ぎる。従来のように、用地を買収して、立ち退いてもらってというやり方だけでなくて、これから本格的に大深度を含めた、地下に道路を通すというようなことを検討する時期に来ているのではないかと思っております。

 あと、これは古くて新しい問題ですけれども、鉄道の混雑解消の問題です。ごく最近の統計では、また東京都への人口の流入が、この2年間連続して増えているという実態もあるわけで、日本の人口は将来的には減るわけですけれども、当面、生産人口そのほかの集中というものはあるわけですから、混雑解消対策も手を抜くことのできない問題であろうと思っております。

 この公共事業を執行する国の体制のことに関して言えば、20年前と比べて、現在の各省別のシェアというものは、ほとんど固定をしているという実態があります。社会のニーズは変化しているのだけれども、なぜそういうことになっているのか。一方では、一部の干拓事業とか、あるいは地方の漁港であるとか、OBも指摘しているような無駄というのもあるわけで、本当に日本の将来にとって必要な投資とは一体どういうものなのかということを、もう一度考え直す必要があるのではないか、このように思っております。

 次の〔2〕「社会資本のハードとソフト」というのは、言いたいことは、私たち、とかく統計とかで数字を引っ張ってきて議論をしがちです。病院であれば、ベッドがいくらあるとか、医者が何人いるとか、看護婦は何人いるとか、そういうことに目が行きがちですけれども、いい医療がどれほど適切に提供されているかということが、ある意味ではそれ以上に大事なわけです。例えば、病院でいえば、日常の診療体制がどうなっているのかとか、あるいは救急医療体制がどうなっているのか。つまり、今まで、モノをつくるというようなことにあまりにも目が行き過ぎてきたのではないか。

 地方でせっかくホールをつくったけれども、なかなかそれが使われないという問題が指摘されて、ずいぶん前から時間がたっているわけです。これも、ホールの規模、椅子がいくつあるとか、そういうことに目が行くわけですけれども、問題は利用率であり、どれほば住民のニーズに応えた講演が行われているかということだと思うのです。

 図書館であっても、座席や建物のスペースではなくて、蔵書がどれほど充実しているかというところに、目をつけなければいけないと思うわけです。

 そういうようなことで、社会資本整備を見てみますと、〔3〕「これまで何が欠落していたのか」というところに移るわけですが、ここでは3つばかり指摘したいと思います。それは、社会資本整備の1つは、総合的な視点という問題です。交通体系1つとってみても、道路、鉄道、空港、港湾、これらの連携というものが必ずしも十分ではなかった。今でも、地方空港などに行く場合に、鉄道網が入っていないとか、高速道路がつながっていないとか、様々な問題があるように思います。せっかく投資した高速道路の近くを立派な農道が走っていて、ほとんど信号もないものですから、そちらが多く使われている、というような実態のところもあります。

 下水道なども、関係3省の調整はここ数年、行われてはいるわけですけれども、現場の市町村に聞いてみますと、やはり、それぞれ各省からアブローチしてきたりして、一体どれで整備したらいいのかというようなことで、戸惑っているという例もあるわけです。

 欠落している部分の2つ目として、事業評価という問題を挙げたいと思います。これも関係省がもう既に始めております。ですから、全くやっていないということではないわけですけれども、I委員の言われた、時間的な要素も含めて、さらにこれを充実拡大していく必要があるのではないか。継続と中止と停止、たしかその3種類に分かれていますけれども、実はその中間のものを、例えば継続でも、ある程度の一定の条件を付ける必要があるとか、いろいろこの応用編というのはあるわけで、今の評価システムそのものも十全とは言えないと思います。

 3番目としては、パートナーシップということを強調したいと思います。このパートナーシップの相手は、社会資本整備ですから、パブリックセクターが税金を使ってやるというのは当然なわけですけれども、それだけではなくて、1つは民間企業―企業を含めた民間と言ってもいいかもしれません。それと、住民、市民との連携という問題です。

 まず、前者の民間との連携については、新しい手法として、PFI等もしきりに議論されているわけで、それを推進していくための環境を整えていくということは大事であろうと思っております。3セクであるとか、公設民営であるとか、民間委託であるとか、特に3セクなどは今、世の中で目の敵にされているようなところがありますけれども、やはり、3セクとして成果を上げているものも地方の都市などで結構あるわけで、要は、どれが一番適当なのか始めのスタートの段階で間違えると、これはどんどん泥沼に入って行くようなところがありますので、初めが肝心であるということを強調しておきたいと思います。

 後者の住民とのパートナーシップの問題ですけれども、私は、それを進めるための前提条件としては3つほどあるかなと思っております。それは1つは、一方の相手である市民の意識が成熟している。つまり、多くの市民が一緒になって地域のあり方、あるいは社会のあり方を考え、それに参画していくような心構え-自律という言葉もよく使われますけれども-、そういう気持ちが多くの市民の間にみなぎっている、一部のリーダーだけではなくて。

 2つ目としては、国・地方公共団体を含めた行政側の情報公開の体制がしっかりしているということであります。地方公共団体は、情報公開においては、先導的役割を果たしていると言われますけれども、ただ、個別の条例を検討した場合に、決してまだ十分ではないところがありますし、国も一刻も早く情報公開の制度を法律として整える必要があると思っております。

 3つ目としては、行政と住民との役割分担、これを初めから明確にしておく。行政は、例えば用地買収に行き詰まったりすると、突然、市民参加などということを言いだしたりすることが起こりがちですけれども、初めから十分住民との意志疎通をしておくことが大事であろうと思います。

 レジュメの方の2枚目になりますが、〔4〕「21世紀型社会資本を整備する視点」として、ほかにもありますけれども、私としては、(1)環境、(2)安全・防災、(3)長寿時代、という3つの視点を特に挙げたいと思っております。

 (1)の環境の問題は、実は2つの意味がありまして、1つは、あらゆる社会資本の整備を環境という視点でチェックをするということです。2つ目は、積極的にエコロジーな都市を創造していくという問題でございます。

 1番目の問題は、そのとおりのことなのですけれども、私は個人的な意見では、例えば夜間の道路工事などというのはやめたらいいのではないか。ヨーロッパの一部の都市などでは、土曜日、日曜日、夜間はもちろんですけれども、芝刈りしていただけで罰せられるなどというところものあるわけです。日本はまだ、騒音とか、安寧の生活ということに関して、やや無頓着な面があるのではないかと思ったりしています。

 2番目のエコロジーな都市ということに関して言えば、上水道・下水道と並んで中水道の普及、あるいは雨水の利用-これも一部自治体で積極的に取り組んでいるところもありますけれども-、あるいは廃棄物を地域に出さないというゼロエミッション、こういうものの考え方をもっと応用していける余地があるように思います。

 (2)の安全・防災ですが、社会資本の整備を安全・防災面からチェックをするという問題と、積極的に安全で防災に配慮したまちづくりを進めるという、2つの意味で申し上げたいわけです。20分以内に収めようと思いますので、詳しい説明は省略いたします。

  (3)長寿時代ですけれども、今、日本人は世界で一番長寿の国民なわけですけれども、この長寿化のスピードがほかの国に比べて早かったということが、1つ特徴としてあるわけです。それが故に社会資本の整備において、長寿化ということを配慮していないことが多いのではないかということです。

 3枚目のレジュメに、これはそう特別なことではなくて、従来型の社会とこれから目指す長寿社会というものを簡単に比較してみるとこんなことなのかな、ということでまとめてみました。この中で、一番下に、都市の設計としてバリアフリーという言葉とユニバーサルデザインという言葉を使い分けているわけですが、この点を少し強調したいと思っています。

 次の4枚目のレジュメですけれども、これはあるところで説明したときに使った資料ですけれども、下に図2として、「従来型社会のシステム」ということで書いてあります。これは高齢化ということを意識して言えば、底を流れる思想というのは、その下に書いてある「バリアフリー」ということであろう。国とか自治体は、高齢者を支援するという高齢化が強くて、例えば病気になれば、それは医療機関が対応する。介護とか困窮者については、福祉でやっていく。そして、最近はそうでもありませんけれども、かつては、相当の年を取った場合に隠居・引退という社会のパターンだったと思うのです。上の図ー1の場合に、これを高齢社会と言わずに、あえて「長寿社会」と、長生きをことほぐという意味で、そういう言葉を積極的に使おうとしているわけですけれども、保健・医療・福祉この三位一体となる、従来から議論されていることですが、なるたけ予防して健康を保持していく。この長寿者も、そういうわけで、就業をする、あるいはボランティア活動、文化活動などに精を出す。つまり、社会として、こういうことが可能になるような仕組みを、これからどういうふうに築いていく必要があるのか、ということが大事だと思っております。

 それによって、世代間交流も行われるし、結果として社会貢献になり、長寿者自身が自立をする。それは結局は、自己実現につながるわけですから、個人ベースで見ても生きがいになる。そういう個人の集積が、風格ある都市の形成に寄与するのではないだろうか。

 その場合に、ユニバーサルデザインというものの考え方ですけれども、バリアフリーよりもう一歩進んで、バリアフリーというと、例えば、障害をもっている人のために何かをやってあげるというような、やや恩きせがましい響きも感じたりするわけですけれども、人間には健常者もいれば、障害者もいる。その障害をもっているというのは、人間としての1つの特徴だ。それぞれ特徴をもった人間が社会生活を営んでいる以上、すべての人に、あらゆるタイプの特徴をもった人に対応できるような社会のシステムにしておく必要がある。それは、言ってみれば、それぞれの特徴ある人にとっては権利である。それは当然のことなのだ、そういうものの考え方です。つまり、ユニバーサルデザインという言葉そのものは、商品の開発から出ていると思いますけれども、それを都市づくり、あるいは社会資本整備の1つの思想としてもっと高められないものか、ということを申し上げたいわけです。

 ちょっと時間をオーバーしましたが、以上でございます。

〔 部会長代理 〕 ただいまのI委員及びB委員のご発表内容を踏まえて、21世紀型の社会資本整備について、委員の皆様の自由なご意見を伺いたいと思います。どなかからでもどうぞ。

〔 C委員 〕 最初にI委員、かなり社会資本、特に公共投資について、体系的なご説明をいただきまして非常に参考になりました。

 その中で、冒頭の需要対応の議論の中で、人口減少期の社会資本整備の議論が出ております。この議論と絡んで、1つは、要するにこれまで投資してき社会資本を維持管理していくという問題。あわせて、既存の投資された社会資本をどうやって使っていくのか、そういう若干後退的な考え方かもしれませんけれども、これから人口が減少していく時代の社会資本を考えるための重要な視点と思っております。

 私ども、ここ数年、都心居住の議論をやってきまして、都心居住がなぜ必要かという議論をずっとやってまいりました。

  いろいろな議論ができるのですが、1つは、社会資本整備との関連で、ある想定をしまして、東京の都心部に、例えば人口20万人がこれから増えた事例、それから郊外部に改めて人口20万人の市街地を形成してみる場合と、公共投資・社会資本投資の面でどういう対応を考えることができるかという議論をいたしました。それにあたっては、経済的な利益、例えば、通勤の時間がかなり縮小される。その結果として、交通混雑がなくなり、議論に出ておりました、人口が郊外に出ればそれに対応して一定の鉄道投資をしなければいけない、それが省かれるとか、そういう計算をかなり細かくやらせていただきました。その結果、数千億という単位で、郊外部に投資するよりも、一定のまとまった人口がそこに居住するということの意味合いが、既存の社会資本を使ってプラスに向く。そういう評価をやったことがございます。

  そういう面から考えてみて、先ほど、B委員から、東京に人口が再度増えてきたというお話がございましたが、その人口が増えてきたということをどう評価するかということともつながってまいりまして、恐らく、都心部、あるいは東京都心近くに人口が回帰してきている現象を、社会資本投資との関係で少し議論しておく必要があるのではないかという気がいたしました。それが1点でございます。

 もう一点は、先ほどB委員が、ハードとソフトの議論をなさいました。その議論も、私、社会資本の議論をやるときに非常に重要だと思っていまして、B委員の方からPFIの議論が出てまいりました。経済企画庁のPFI研究会のレポートもいただきました。その中で、PFIはいくつかのパターンがあって、1つは公共投資型と申しますか、具体的に公共事業を行う、モノ・道路とかそういうものをつくるということ。もう一つは、そこに重点が置かれるのではなくて、むしろ公共サービスが提供されるという、サービスに重点を置いてPFIを考える、という2つの流れがあって、PFIの先進国はどちらかというと、サービスを提供するという側面をかなり強調してPFIを使っていると思っております。我が国ではどちらかというと、公共投資、公共事業をPFIでどうかと、そういう色彩が強いのではないかと思います。恐らく、今後を考えていくにあたっては、社会資本のソフトの面を考える必要があると考えると、PFIを公共サービスを提供する、そういう役割として認識していく必要があるのだろうと思っております。

 ただ、PFIの少し勉強をさせていただいたときに、例えば、イギリスの方から、こういうお話をいただいたのです。例えば、イギリス、アメリカを含めて、欧米社会は職能団体があって、横につながっている。あらゆるところで同じサービスができるような職能団体が全国的に展開している。したがって、PFIによってサービスをやっても、全国どこでも一律的な、かなり一定の水準をもったサービスができる。

 しかし、我が国で考えてみた場合、そういう公共サービスに、例えば民間が携わった場合に、そういう職能団体が横並びであるわけではなくて、一律的な公共サービスが要求されるようなサービスが本当にできるのかどうかという問題を、我が国ではもっているのではないかという指摘をいただきました。その辺の議論が1つあり得るのではないか。

 特にこれからの高齢化社会の中で、福祉関係ではもう既にその分野がかなり出てきておりますが、そういう面での議論が1つあるのではないかと考えております。

 とりあえず、2点です。

〔 部会長代理 〕 I委員いかがですか、今の、都心回帰問題を議論すべきだということについて。

〔 I委員 〕 おっしゃるとおりだと思います。ただ、日本でずっとそういう議論があったかというと、2つの問題がポイントで、1つは、全総が閣議決定で、あそこで人口が確定されます。そのために、かなり政策的な人口予測がされたに近いことが起こっていて、実態はいつも、東京についてはアンダーエスティメイト。そこでマスタープランを作ったときに、それの実行率が半分とか7割とかですから、常に過小供給、こういうことが起こっています。

 これから次の時代にどうやって地域間所得格差を埋めていくかということですが、公共事業で支えることをやめたとすると、今予測されているよりも相当な人口が東京に集まってくる。これをどうやって処理するかという話が、1点です。

 2点目は、どうしても日本というのはなかなか論理的な議論にならなくて、都心居住がいい。当然、そうなのですが、それで今の問題が全部解決できるかというと、そうではない。しかしながら、こうやればいいから鉄道はもういらない。こういう議論にすぐなってしまう、ここは大変残念なところです。

 あとは、おっしゃるとおりです。

 PFIの方は、本来は政府の都合でそういうことをやった方がいい、と。政府の都合というのは、国民全体のためにそうやった方がいい、こういうことですから、もっとドラスティックに実行できるようなことを考えた方がいい。

 具体的には、今、法律案ができていますが、例えば、最初、民間がなかなか乗りにくければ、暫定的に最初はうんと政府がリスクをしょうようなことをやってたっていいかもしれない。それをいつも平等主義、あるいは適正利潤主義でやっていたのでは、うまくいかないでしょう。

 それから、適正利潤主義も、入札その他すべてがそうなっているのですが、今までやっているよりは安ければいいので、適正利潤でなくて、うんと儲けてもいい、こういう思想を入れてくるとか。つまり、今までの仕組みをもうちょっと大きなところで、原則を外さないと、なかなかうまくいかないかな、こんな印象です。

〔 部会長代理 〕 B委員、今の点についてはいかがですか。

〔 B委員 〕  PFIで、確かにイギリスなどでは3つの類型があって、その中で、サービス提供型のものに可能性が相当あるのではないか、というC委員の指摘でございますけれども、私も基本的に同感でございます。

 つまり、そういうことを通じて、従来の公共事業の隙間のようなものも埋められるかもしれないし、あるいは新たなサービスも提供できるようになるかもしれない。いろいろ可能性を秘めているように思っております。

 もう一つ、先ほどからの議論で、格差とか、違いとかということ。C委員のお話で、職能別の組合等がしっかりしていて、それが比較的均一なサービスを提供できる、こういう背景があると言われたわけです。この点に関しては、私は、多少違ったニュアンスで考えております。それは、要するに物事の違いというものを、これまでは、例えば経済企画庁が県民所得などを発表して、それによって東京と沖縄との間の所得格差とか、ずっと議論をそういうふうにしてきたわけですけれども、これからは、むしろ差というのは格差ではなくて、それこそが地域の個性なのではないか。だから、ある部分では、確かに数字を見れば遅れているのだけれども、別の面ではもっと進んでいる部分があって、それが我が地域とか、都市の特徴になるのではないか。つまり、違いというものを、むしろ積極的に認めたらどうかというのが、私の個人的な考えでございます。

〔 C委員 〕 その点は、私、言葉足らずで……。

 サービスをやるときに、民間と公共があって、さらに最近は、その中間のNPOがある。公共が提供する公共サービスというのは、私は、基本的には比較的均質の方がよろしいと思っております。民間は、民間のできるだけ利潤を追求するという立場です。その差を、むしろ埋めるもので、その地域の特性にあった差を生み出すサービスができるのは、将来的には、NPOではないかと私は思っておりまして、そういう分野が各地に生まれてきている。そこを、かなり元気な高齢者が担っていったり、特に福祉関係では、そういうセクターを開いていく必要があるだろう。そういう棲み分けを、私はする必要があると思っています。

〔 部会長代理 〕 別の件でも結構です。皆さんいかがでしょうか。

〔 A委員 〕  公共投資の需要サイドからいろいろ議論が、I委員の方からもございましたが、そのときに、1つ大きな論点として東京の通勤鉄道の例が出ましたけれども、鉄道に限らず、特に道路、足回りの件については、ピークが日本の場合には極端に集中するということについてどう考えるのか。これが、公共投資の総額、総枠をかなり左右すると思うのです。

 電力の問題でも同じようなことが議論されていますけれども、ピーク時をもう少し平準化する。そこの工夫がセットで議論されてもいいのではないかと思います。

 我々の地方の中小都市の場合でも、フレックスタイムとか時差通勤などもやってまいりますと、渋滞とか車内の混雑の緩和が顕著に見られるわけです。ですから、その辺、学校から始まって、通勤・通学についての一定時間への集中というのを少し考え直す、そういうメンタリティも必要ではないかと思います。道路も然りだと思います。

 それから、全体の配分の問題にもかかわるのですけれども、先ほどB委員の方から、公共投資の配分がここ20年間固定化されているという話がありましたが、私は、今後の公共投資のあり方の中で、分野別の配分をどうするか、これをどう仕組みとして組むかは非常に重要な問題だと思うのです。

  これについて従来は、各公共投資の種別ごとに、各省が5カ年計画をもって対応していたわけです。これの始期・終期がバラバラになっています。これも非常に問題があると同時に、各省ごとに5カ年計画を立てて、始期も終期もバラバラということでずっと進んでいるというのは、縦割りの弊害の最たるものだと思うのです。一方でそれを全部括った経企庁の公共投資の基本計画もある。ですから、これからは、これを全部一緒にして、国家的視点から進めるべきものについては、国家として、日本国として、全体、今後5年とか10年間、何百兆投ずるという目論見書と同時に、分野別に、今各省がバラバラでやっているのを全部、その下の下位計画として一緒に決める。あと、国家プロジェクトとしてやらないもの、地方に実際に実施を任せるものについては、むしろ分野別のガイドライン程度の数字にするか、あるいはそれも示さない。地方における配分はもう地方に任せる。ただし、日本国全体としてはどれだけ投資力があるのかということは、全体としてのガイドラインを示す。あと、日本政府全体として、各地域に、こういう分野をもっと頑張ってもらいたいとかいうような、国家政策的に地方を誘導したいものがあるのだったら、今までのような補助金政策で誘導するのではなくて、税制、あるいは融資、そういう面で誘導する。

 経企庁で評判の悪い総合生活指標、暮らしやすさ・豊かさ指標ですか、あれをもう少し内容を練り直して、国が各地方に対する格付機関的な機能を果たす。今までの豊かさ指標はそういう性質を持っているものだと思うのですけれども、あのままでは地方から見て非常に問題の多い分野がたくさんありますから、これをもう少し練り直して、そういう一種の格付機関としての役割を国が果たす。あるいは税制で誘導する、あるいは融資で誘導する、そういう方向へ行くべきではないかと思うわけです。

 もう一つ、I委員の方から、一種の時のアセスメントというのでしょうか、時間管理をするというお話がありまして、これは私は大変いい視点でご指摘いただいていると思うのですけれども、この際にぜひもう一つ国として整えてもらいたいのは、これをやるときに考え直してもらいたいのは、現状で公共事業をやろうとした場合に一番問題になるのは何かというと、用地買収です、用地の確保です。これも、私、前々回に出席したときに申し上げたと思うのですけれども、私権に対する制限は憲法でも、土地利用基本法でも、公共の福祉の観点から制約があっていいのだということは明示されているのですけれども、実態は、現実はなかなかそういうところに行かないわけです。これはなぜかというと、1つには、土地私有権に対する絶対観念があると同時に、もう一つ、国の法律制度として、都市計画をはじめ各種の土地利用に関する、地域計画に関する法律と、最終的に土地を公共で確保するときの担保となっている土地収用法の関係が、極めて明確ではないのです。かなり入念な長期間の準備や手続きを経て都市計画決定がされながら、その決定とは全然別個な原理で土地収用法というのがまた発動される。

  したがって、計画決定されて20年も、30年も手つかずの道路がある。先ほど、大都市などにもそういう事業がいっぱいあるというようなお話がありましたが、地方でも同じようなことがいっぱいあるわけです。これは、土地利用に関する規制法あるいは計画法と土地収用法との関係が非常に連携がとれていない。入念な手続きを経て計画決定されたものは即収用対象になるのだ、というようなオートマチックにいけるような仕掛けを考えるということにしていかないと、各地で、成田空港の二の舞が発生するわけです。これはおかしいのではないかと思うのです。

  そのために、計画法そのものも、もう少し入念な手続きを経るように改正すると同時に、その決定の力、位置づけをもっと明確にして、行政側に対して、土地を買収するにあたっての武器を持たせるということは必要ではないかと思うのです。そういうふうに私は存じます。

〔 部会長代理 〕 大変大きな問題が指摘されたのではないかと思うのです。今、3つか、4つあったと思いますが、特にピーク時足回りの問題。これは、私の個人的なことで言うと、社会資本を云々する前に、あれほど不法駐車を放置しておいたのでは、いくら道をつくったってしょうがないという感じを、私はいつも受けているのですけれども。そういう、使い方と、既に投資された社会資本との関係というようなことも論じないと、お金がいくらあっても足りないということにもなるのではないかと思うのです。

 そういう意味で、ピーク集中の問題、あるいはソフト、使い方と既に投資された資本との問題、あるいは省庁ごとバラバラの始期・終期の問題、これはトータルな投資という考え方がいるのではないかということ。また、今の最後のところでは、都市計画と土地収用法との関係がバラバラでうまくつながっていないのではないか。それがいろいろな問題を生んでいるのではないか、というようなこと。ほかにもあったかもしれませんが、そんなご指摘だったと思います。これに関して、またそのほかに、このレベルでいろいろ問題が

あると思うので、どうぞ。

〔 D委員 〕 I委員、B委員の意見をお聞きして、私は、まさに中山間地域と東京をこの5、6年、チャンスをいただいて行き来している中で、都市の社会資本整備が大きな課題ですというのは、よく理解できまして、あの通勤ラッシュに我々が入りますと大変な思いをするわけです。

 ただ、私も中山間地域とこちらと行き来して、東京とか大都市に通勤ラッシュがなければ、まさに日本の若者は全部東京へ来ちゃうな、と。多少リスクがないと、日本というのは……。やはり、人間の世界ですからね。

 図書館はある、すべて社会資本は揃っているのですから、私は、そういう概念もあまりやると、ますます東京へ集めてしまうのか、という危惧すらするわけです。

 この辺は、今、I委員もおっしゃっているように、少し国土軸の問題も触れられたように、私は交流というこれからの視点での社会資本整備というのをやっていきませんと、私も、田舎をやめて、東京へ来たくなる。あのラッシュがあるから、村がいいと、村がよく見えているわけであります。その辺は、ちょっと気になります。これは田舎者の主張であります。

 それと、今、村に生活しまして、60歳になって定年して村に帰ってきたいという方が、定年されて帰られて大変難儀をしているわけです。というのは、交通機関はなくなる、自分で車を運転できなくなった。じゃあ毎日病院に通うとき、大変なリスクが出て、むしろ高齢者になったら都会に住むべきだ、こういう意見が出始めているのです。その辺もよく考える必要がある。「年取ったら東京がいいよ」というような社会資本が整備されている。これが1点です。

 もう一点は、PFIは、私は、これから法律が早くできることを願っているし、これは非常に大きなテーマだろうと思っているわけです。今、C委員の方から少し触れられたのですけれども、私は、英国の行政救済的な政策にならないで、むしろ、新しい日本の国づくりの中に、国民が参加しているのだという、そうした仕組みをぜひ作っていただきたい。国民が、社会資本整備と言えば、行政がやるのだ、大企業がやっていることだ、国民はわからないよ、これでは、これから行き詰まっていくのではないか。ある程度は利益を上げながらPFIのモデルをどこかにおつくりいただくのが良いのではないか。

 その場合、例えば、B委員がおっしゃった、環境ということは我々は大変意識しているのですが、農水省も言う、建設省も言う、環境庁も言うというのでは、国民は迷ってしまいます。その辺は、A委員もおっしゃったのかもしれませんが、これからは、もう少し新しく、各省庁が一体となった1つの国ということにならないか。我々国民から見ると国なんです。ですから、社会資本整備をする場合は、省庁もあるけれども、我々国民からみると、国だ、県だ、こういうふうに見えている。それを、もう一つ国民が参加できるような仕組みを、PFIなどを活かしながらできたら、というのを夢見ているということでございます。

〔 部会長代理 〕 年取ったら都会、ということは言ってる人がわりあい多いですね。

 私も、実は何年も前にそういうことを。田舎に行ったら年寄りは暮らせないということは、病院、その他をみましても、そうだと思います。

 ほかにどうぞ。

〔 E委員 〕 私は、第1回、第2回を欠席いたしまして非常に申しわけなかったのでございますけれども、議論の流れを掴んでいないかもしれませんけれども、もしそうであればお許しいただきたいと思います。

 非常に啓発されるご報告をいただきまして、多少関連することを申し上げたいと思います。

 少し戻るようですけれども、最初に、公共事業の時間概念の導入ということ、私、全く賛成でございまして、少し補足するようなお話になるかと思いますが、事業そのものがスタートできないということもございますけれども、ものによってはずいぶん長い時間がかかるものがあるわけです。特に深刻なのは、社会資本に分割不能性のあるようなもので、最後までできないと全く役に立たない。トンネルとか、水路とかが典型的だと思いますけれども、多くの社会資本の場合には分割不能な性質をもっていまして、その場合に、例えば極端なケースとしては、20年間かかって、最初にできたところはもう腐り始めているようなことがある。そのあたりについてどう考えるか、というのが1つあるかと思います。

  用地の問題ですが、いろいろな問題があるかと思いますけれども、1つは、公共事業自体に雇用を創出するというか、維持するというか、こういう機能が期待されていたということが一面であって、これは平等に薄くまくというようなことにも、あるいはつながっていた面があるのではないかと思うのです。その面を全く無視していいということにはならないかと思いますけれども、公共事業依存型の地域経済から脱却することによって、実は公共事業自体もかなり集中的に、特別会計方式なりで行うことによって、かなり効率を上げることのできる要素が私はあると思っております。

 それから、一旦できたモノのメンテナンスといいますか、利用ということについても、もっと多目的利用といいますか、他目的の利用への門戸を開いていいものがあるかと思います。私自身の専門領域に近いところで言えば、例えば漁港のプレジャーボートによる利用とか、いろいろあるだろうと思うのです。恐らく、これは技術的な問題と、実はもう一つ、制度的な問題でそう簡単に、せっかくできてあまり使われていないものを別の形では使えないということがあるのではないかと思っています。

 そういう意味では、既にでき上がったものの利用についての制度上の障害なり問題を少し洗ってみる必要がありはしないかと思っております。

 それから、社会資本整備ということになりますと、当然、モノをつくるということがあるわけですけれども、これは私の全く個人的な考えというか印象ですけれども、特に、私どものように、農村に近いところを見ながら仕事をしていますと、当然、景観ということ-もちろん土地もそうですけれども-に配慮する必要があるわけです。アメニティということを考慮した場合には、モノをつくる、いかにいいモノをつくるかという視点も大事ですけれども、過剰なものというか、失敗したものを取り除くといいますか、少なくとも更新はしない、そういう発想からの制度というものも必要ではないかと思っております。

 せっかくの良い農村に、非常に下品なものができているということは少なくないわけです。これは憲法違反の制度になるのかもしれませんけれども、私は、もう少し踏み込んでいいのではないかと思っております。また、それぐらいのことをしないと、農村の良さということはちょっと言えないような状況の地域も少なからずあるような気がしております。

 もう一つ、先ほど来のお話で、弊害というご指摘もあって、これもまさにそうだと思います。多少違う視点から、その問題についての私の考えを申し上げますと、今、こういった社会資本整備については、いわゆる費用対効果について厳しくみるということが言われていまして、これはこれで、私、特に異論はないわけですけれども、どうも評価が、ある特定のプロジェクトなり、箱物でも結構ですけれども、ホールでも結構ですけれども、ホールについてはやっているかどうかわかりませんけれども、特定の事業について、これをやるべきかどうかという、その判定基準として実質的に使われているケースが多いような気がしております。代替案はない。やるか、やらないか。こういう格好で費用便益分析というようなことを利用すると、どうしても効果を甘くみて、鉛筆をなめると言うとちょっと言い過ぎでありますけれども、そういう結果になるという点が間々あるのではないかと思っております。

 それから、個々の事業なりモノについての評価ということはいろいろ欠点がありまして、今の地方のホールなどは、まさにそれでございますけれども、一つ一つで評価をすれば、相互の影響関係なり競合関係というのがほとんど考慮されないということがあるわけです。したがって、私は、この評価についてはもう少し、ある地域で必要なこれこれの社会資本のストックの量を、例えばこの程度だというふうに見て、その最もコストの安い配置なり、形成の仕方が何であるかというような、圏域レベルで考える、あるいはいくつかのプロジェクトをセットで考えるというような形で、少し視野を広げるということ。それから、それをやや一般的に言えば、選択肢の中から選ぶという形の使い方がされないと、結局、費用対効果の議論も、事業を正当化するためのアクセサリーになってしまう可能性があるのではないか、こういう気がしております。

〔 部会長代理 〕 公共投資依存体質から脱却することが必要ではないかということですが、それは何かいい知恵がございますか。

〔 E委員 〕 私の農村での感触でございますけれども、実は公共事業に依存しているとはいうものの、これだけ公共事業の投入が資本・設備の非常に大きなものを使うということになりますと、地元への雇用というのは、実はそんなに大きいものであるかどうかというあたりを、まず評価してみる必要があると思うのです。その意味では、言われているほど、地元に落ちていない可能性があると思うのです。そのあたりの見直しをもう少ししてみる必要があると思います。むしろ、都会に流れている可能性もあると思います。

〔 部会長代理 〕 ほかにいかがでしょうか。

〔 G委員 〕 ホールという話があったので、少し話させていただこうと思います。

 イギリスのコンペティションによくトライして、最後まで残ったりしているので、よくPFIという言葉を聞いたりしてきたのですけれども、もちろん様々なサービスということや、そういうことを主体にしているのですけれども、そういう方法をとることによって、運営する人材が確保されるみたいな、そういう感じがあるのです。それに適した運営者を用意してください、そういうことが見えて、自分で設計しているものについて、すごい積極的な提案をしても、それに見合う運営者がどうも見えてきそうだという感じが、2度ほどコンペティションに残ったときに、そういう感覚を得たのです。

 今、私たちの国で、地方でホールをつくったり、様々な箱物というものをつくるときに、スタートがどうもつくる論理なのです。使う側からの論理ではない。まず、つくるということがあった、そのつくる事業ということの中で、決められた内容で私たちは設計をするということで衝突をしたりするわけです。

 私は、建築というのはまず使う側の論理があって、どういうものを誰が運営して、どう使うか、その方法論から入っていくということが、つくる最初のスタートにあるべきだというように考えて、私は、自分で自負していますが、そういう方法でやっていけば施設は大変よく使われるし。

 先日、私がつくった新潟市民芸術文化会館は、2カ月ぐらいのオープニングにチケット18万人を集めたと、朝日新聞に出ていました。相当赤字だろうと言われていたのが、黒字運営できて、これからどのようにやっていくか勝負ですけれども。そういう利用する側に立った論理でやっていくことによって、市民とか、専門家も巻き込んでいるということがあるのです。

  私は、公共施設をつくるときに、人が見えないでつくるということでその機能を果たしていないで、箱物だけが残るということに、今まで日本の政策上なってきたように思うのです。

  使う側の論理でいけば、環境の問題ももちろん市民からは出てきますし、雇用の問題も出てきますし、様々なことが市民の側から出てきて、そうしたことが可能になったとき、運営の方法が出てくるようになってきて、もっと街全体の問題にもなっていける、というような方法論が組めるのではないかと思っています。

  私は、そういうことをしながら、地方に行きますと、既存のホールとかが全く使われてないので何とかしてもらえないかという話があって、私は、自分のまわりに、そうした運営の人材がよくいるのに、どうも公共の場所との関わりがもてない人がたくさんいる。そういう人達と、何か運営の方法ということや、そういうものを提案しながらやっていきたいと思って、ある市で頼まれたので少し動いてみようとすると、そうしたことについての運用に対しては全く費用を使おうとしないのです。設計料は出しても、運営に費用を使おうという方法がない。

  ですから、私たちがそれを動かすために人を集めていろいろなことをする、交通費も出ないという答えが出るとやれなくなるというように、利用するというその方法論から出てくるソフト作りに、お金は使わないというのも、やはりモノづくりの論理だからだと思うのです。

  その辺のところの、隙間をまさに埋めるためにPFIというのがあるならば、私は、そこに人材が見えてきて、そして、もっと積極的な活動の方法論も出てくる。既存のものも、そうした運営の管理の方法を導入していけるようになるならば、それは大変なストックがある、というように言えるのではないかと思うのです。

  もう一つ、私、今遅れて来て少しわからないことなのですが、別な問題ですけれども、田舎に下品なものがあるとおっしゃっていたので……。観光というのが、I委員のところで課題になっていたのですけれども、例えばヨーロッパなどは、戦後、大切な都市の伝統建築の復元をやったということも関わっていて、様々なアジアの人間にとっては、特にヨーロッパというのは観光都市で、観光に出かける。どの都市でも、ヨーロッパの都市は観光都市ですけれども、私がバブルの時期から大変たくさんの外国人が、極東と言われるここにやって来るようになったのは、経済活動をしていて都市がものすごい勢いでつくられているさま、かつカオスと言われながら、ヨーロッパの人たちが、活力というものに魅力を得てやって来た、というように私はとっていたのです。しかし、外国からたくさんの人が来るというときに、通産省とかでは、観光の委員会を作っていたと思うのですが、積極的に観光事業を誘導しようと全国的にやってきた中で、本当に逆だったような気がするのです。大切な、外国の人に見てもらいたい伝統というものや、日本の美しい風景というのを壊すような、そして、あまり美しくないものを残してきたという気がして、持続ということの中に都会とか風景の大変難しい問題があるということを、最初にこの委員会でお話しした気がしますけれども、観光というのは、できたら、人が来なくて何もないところにひっそりとあるものの方が魅力があったりするわけです。それが、観光を積極的に地方でやるというとき、どうも矛盾が起きるという気がするのです。

  魅力ある都市にしていきながら、動いている、すごい活動をしていて、ずんずん変化している日本の都市を魅力あるものにしていき、人々を呼び込むということは賛成ですが、どうも地域の観光というのは、戦後、全くうまくいっていないのではないかということを私は感じます。

〔 部会長代理 〕 先ほど、I委員の方から、観光にマーケティングをという話があって、マーケティング、これは浅薄に解釈すると、汚いものをつくってお客を呼ぶとマーケティングですが、多分、今のものづくりの世界などから言うと、実はもっと上手に、ごく自然に相手が満足しちゃうというところまでやるのがマーケティングだと思うのです。

  今のお話、共通しているんですね。G委員のおっしゃった、マーケティングを考えない、箱づくりではだめだということ、それから、E委員のおっしゃった、トータルな地域と選択肢の中からもう一回考え直そうというのも、実はこれはマーケティングということではないかと思うのです。

 マーケティング的な視点が必要だということが、皆さんの意見のかなりの中に共通しているような感じがします。モノを作るというのとマーケティングというのは、反対の概念ではなくて、少なくとも、製造業では、むしろ完全に一致した概念ですから、そのあたりが1つご指摘の共通項としてあるような気がします。

 ほかにいかがでしょうか。

〔 H委員 〕 さっき初めに、社会資本整備というところで、どうも都市の論理といいますか、都市を整備していく、力をつけていく、国力をつけていく、ということに偏り過ぎていて、本来の、さっきD委員の方からもご指摘がありましたけれども、特に農村といいますか、地方というものをどのように位置づけていくか。都市がある、その対岸には地方があって、その地方の魅力をどれだけ蓄えつくっていくかということがあってはじめて、社会資本の投下が成り立つのではないかというように、まず思いました。

 東京の交通体系でございますが、私ども、東京というのがより便利にという、それはさっきのG委員のご指摘のように、観光という施設も、どんどんハードなものをつくっていって、人を呼び込むというのと何ら変わらないのではないか。そうではなくて、その地域の魅力をどういうふうに高めて磨き上げていくかという、その辺のそれぞれの役割分担で、もうそろそろ、都市の方の社会投資よりも、地方こそ、私は投資をしていくべきではないかと思います。

 現に、親御さんたちをほとんど故郷に残されている皆さんにとって、奥さんたちは、恐らく、その故郷へ帰ろうとしない。そして、親だけを残していくという現実を、私たちはかいま見ておりますが、そういう面での地方での利便性なり、地方の魅力をつくっていくための投資は、どういうふうにしていくのかという視点がほしいなと思いました。

 それから、観光という1つの視点の中で、旅館、ホテルの建物が観光に優先されて、その地域の環境なり、地域の土壌といいましょうか、そういうものがどうも後でといいますか追随で、旅館ありき、ホテルありきということが、これだけ1つの市場になっているときに、観光が低迷していったことではないか。地域があって、地域の魅力によって、世界に有数の観光地、観光国であるはずなのですから、その辺を世界的な視野の中で位置づけていき、そういうふうな面での社会的な投資、資本投資をやり、景観への投資といいましょうか、美しくあるべきための保護・保存、そういう視点を持っていく必要があると思います。

 それから、D委員からご指摘がありましたが、交流という、1つのグリーンツーリズムを中心にした、農村への魅力をつくっていくことによって、それが全体的な社会的な1つのバランスを保ち得るものになっていくのかなと思います。

 それから、農村を無視していった場合に、これから先の暮らし、生活、特に食料問題まで含めて、その環境に、大きな負荷が都市の皆さんにかかってくるのではないかということを、私どもとしては大変危惧しております。そういう面での、生命体としての農村、そういうふうなものの維持のための社会投資、資本をぜひ考えていく必要があるというように思います。

〔 部会長代理 〕 異論、反論なども出ていただくと話がおもしろくなるのですが、田舎にはもう金はかけない方がいい、なんてご意見の方があると大変におもしろいですが、いかがでしょうか。

〔 F委員 〕 B委員のレジュメの一番最初でございますけれども、日本の社会資本の整備は十分か。2010年の日本の「あるべき姿」をみた場合に、いつの時代も十分ではないのではないか。ただ、先ほども時間的概念というところがありまして、10年のときには、国家的なプロジェクトとしてどういうふうなマスタープランがあるのか、これが非常に大事ではないかと思うのですが、そのマスタープランの中に、攻撃型と守備型、これが必ずあるのではないか。

  例えば、攻撃型の最たるものは、委員のレジュメの1つですけれども、「人命は地球より重し」から脱却。これは袋叩きに会う攻撃型なのですけれども、しかし、これは、僕は大変重要な問題ではないか、と。

 守るべきものと攻めるべきもの、これは十分考える必要があるのではないか。例えば、環境の問題。これは環境をつぶしていくけれども、近い将来、人間のために非常にためになるのだという前提であれば、ある程度環境をつぶしていくことはやむを得ないな。しかし、この環境は守られねばならない。日本、人類のために守らなければならないナショナルトラストだ、というふうなことなりましたら、これは大義名分もありますし、そこは開発する必要がないわけです。その棲み分けを、このマスタープランの中ではっきりすべきであるし、さっき言いました攻撃型で、例えばここを開発するために騒音であるとか、ほこりであるとかに対しては、ご辛抱していただきたい、という1つのものを作っておかないといけないのではないか、かように思うわけであります。

 そうしましたら、先ほどの地方の問題でございますけれども、地方の開発しなければならないところと、開発してはいけない部分、その地方のためには残しておかなければいけない部分が、はっきり棲み分けできるのではないか、かように思うわけであります。

 もう一つは、これは全く問題外の話ですが、先ほど、渋滞の話がありましたけれども、昨日、僕は、和歌山から奈良まで帰ったのですが、高速道路でずっと奈良から和歌山50kmもないのですが、帰れるのです。ところが、料金所が5箇所あるわけです。10kmごとに料金所があるわけです。この料金所ごとに全部渋滞が起こっているわけです。最近はニューヨークの橋を渡る場合はプリペードカードみたいのものですっと通過できるようになっていますけれども、そういうところを整備することが、その渋滞解消になる方法ではないのか。これは1つ、私の体験として、そういうふうに昨日考えたわけです。

〔 部会長代理 〕 今の攻撃型と守備型、防衛型というか、こういうことはたくさんあるのですね。その時代時代の絶対的な価値観みたいのがあって、例えば、戦前でいうと、満州は生命線だとか、あるいは国体を護持するとか。戦後になると、平和とか。今は生命・環境、環境と言ったら、水戸黄門の印籠みたいに、みんな下がるだろうというので、ぱっと出てくるというのがある。この辺のところが互いに矛盾したときどうするかということについては論議がされていないということがありますので、そういう種類の最終的な価値観のところがただむき出しに出てきて、あとは全部引き下がれということでないようにしなければならない、というようなご意見として承ったのですが、そういうことですね。

〔 F委員 〕 そうでございます。

〔 部会長代理 〕 ほかにいかがででございましょうか。

〔 E委員 〕 先ほどのH委員の発言に関連して申し上げたいのです。私は、反対するという意味ではないのですけれども。

  私自身、中山間地域の農業を、後ほど申し上げますが、丸ごとというのはなかなか難しいと思いますけれども、これからも健全な形で維持していっていただきたいという気はするのです。ただ、中山間地域、あるいはI委員のご発表との関係でいいますと、人口減少地域での社会資本整備ということを考える場合に、まず、非常に基本的な認識なのですが、中山間地域というところに我々が訪れますと、農業あるいは林業という土地利用が優勢でありますので、当然、そこでの産業は農業あるいは林業だというふうに思うのですけれども, 実際の所得の稼得の構造をみると、これは全然違うはずであります。土地利用のパーセンテージと所得に占める農林業のパーセンテージは全く違うというふうに考えるべきだと思います。

  北海道の中山間地域のように、専ら農業あるいは農業関連産業という地域もございますけれども、多くの都府県の中山間地域は、むしろ農業以外の主たる所得があって、あるいは、仕送りというようなケースも含めてというふうに言っていいかと思いますけれども、そちらがメイン。なおかつ定住するに足るだけの環境があって、地域社会が維持されている。それによって、むしろ農業はそれにぶら下がって、維持されている、そういう関係があるわけです。

  ただ、その農業も、機械も入らないようなほ場ということになりますと、だんだんすたれていってしまうことになるわけですけれども、問題は、地域社会を維持している所得の源泉なり、それの見込みがないのに、農業の部分だけについて整備を行っても、これはいずれ、その整備の投資は無駄になってしまうということがあるわけです。ですから、そのあたりの地域の存立構造について、きちんと冷静に見ておく必要があると思います。

  もう一つは、最初にちょっと申し上げたことでありますけれども、農地をすべて維持できるかどうかということについては、あるいは集落をすべて維持できるかどうかということについては、これはなかなか苦しい部分もあるのですけれども、ある種のゾーニングということを考えるべき時期に来ているのではないかと思います。つまり、農業として自立できるような経営ができないような、傾斜などの非常に悪い条件があって、なおかつ30分、あるいは1時間かけても安定した雇用機会がないというところで、その地域社会がずっと維持されるということは、私は、率直に言って、非常に難しいと考えるべきだと思います。

 問題は、ではそれからどうするかということでありますけれども、そういった地域社会の人々の福祉ということを考える場合に、フローのレベルで、とにかく最後まで面倒をみる。私は、集落移転という格好で下りてきてもらうというのは、実際には、あまりいい政策ではないというふうに思っておりまして、そこにおられる限りは、いろいろなサービスを供給する。しかし、ストックを形成するような形でインベストメントを行うということは、これはむしろ控えるということもあっていいのではないかと思います。

 しかし、ここは長期的に守るというような地域については、これはきちんとした整備なりを行っていく、そういうゾーニングということを、これは国がやるというよりも、そこの現場の状況を一番知っている市町村ということになるのかもしれませんけれども、考えるべき時期に来ているのではないかと思います。

〔 D委員 〕 今、中山間地域の問題が出ましたので、私の思いを少し申し上げます。

 私たち、今、中山間地域を何とかしてほしいという言葉を言っていますと、「また、補助金がほしいのかよ」、こういう非常に冷たい意見が返ってくるのが多くて、これはなぜだろうと思ったのです。

 私は、今、地域社会は短縮し、地域経済は膨張しているという概念の中で、そういう社会ができておりますので、その辺から考えますと、1つは、地域で集落(自治も含めた)の非常に小さいものが依然として、明治以来ずっとその単位が守られてくる。これは日本を組み上げていく1つのシステムですから、そう簡単に動かせないかもしれませんが、もう少し広域的な集落システムというものに、思い切った整備をし変える。そこに社会資本というものも必要ではないかということが1点。

 皆さんにこれはご議論いただきたいのですけれども、中山間地域をどうしますか、というのを言葉で言うと、どうも誤解が出るので……。僕は、中山間地域というのは都市の里山ですよ、と。例えば、栃木に雨が降ると、3時間もしないうちに水戸市にどっと水が来てしまう。だからと言って、水戸市に社会資本整備して堤防を上げれば、うまく国づくりになっているのかということから考えますと、必ずしもそれがイコールではないと思います。

 私は、国民の概念の中に、都市も中山間地域も一緒になって中山間地域を考え、また都市をお互いに考えるという、都市の里山という位置づけをしていただけるなら、少し国民の理解がいただけ、社会資本整備においてもいけるのではないか、という気がいたします。

〔 部会長代理 〕 中山間地域の問題が出ていますが、先ほどのE委員のおっしゃっていること、あるいはH委員のおっしゃっていること、互いに矛盾はしておりませんね。矛盾はしていないけれども、ただ、中山間地域の問題をどうつかまえるかについて少し視点が違うというか、そういうようなことがあるような気もします。

〔 H委員 〕 1つは、国土保全という視点で、社会資本投下ということで、私は申し上げた。そのためには、農地法の問題とか、相続の問題とか、税制上の問題が大きく立ちはだかる。それを何らかの形で解決する、改善していくことによって、ある意味では解決できる問題ではないかと思います。

〔 A委員 〕  今、中山間地域の議論が出ていますけれども、これは最初に私が申し上げましたこととずいぶん関連するのではないかと思うのです。今の国土のあり方、あるいはそれに関連した社会資本の投資について、国・中央政府で、海岸から山の天辺まで全部責任をもって、あらゆる需要に視点を考えて配慮して、全部細かいところまで仕切るというか、決定をして実行段階まで指導するという、そういう仕組みそのものがおかしいのではないかと思うのです。これを変えないで、いくらここでいろいろ議論していてもダメなので、地域のあり方は、もう少し地域で選択をさせる、そういう方向へ公共投資の配分のあり方そのものも、分権的にすべきではないかと思うのです。そこを議論しないで、いくら議論しても、なかなか政治的に決着がつかない。

 そうすると、都市と農村の引っ張り合いとか、そういうことになってしまうと思うのですけれども、もう少しこれを、例えば都道府県とか、あるいはもうちょっと広域でもいいのですけれども、ブレークダウンしていきますと、例えば、静岡県の例で考えると、私は、中山間地域のあり方というのは、都市のためにこそ中山間地域がきちんとしなければダメだ。したがって、そこへのアクセスも、一見そこの中山間地域の住民のための投資であるように見えるけれども、現状、例えば建設省などの思う便益の効果分析の指標をとってみると、みんな、交通渋滞がどれだけ解消された、それを経済効果に換算して、これだけが投資が行われたというような、極めて、単純と言ったら語弊があるかもしれませんけれども、一面的な見方の費用対効果分析を尺度にして、都市部の方の投資を優先すべきだというような議論になるのですけれども、生活実感からみると、今日の都市部の住民の要求は、ウィークデーは都市で生活するにしても、休日は、すぐ間近にあるところへ、自然の中に入っていきたいという希望があるわけです。ちょっと整備すれば、そういう希望が叶えられる。そこになかなか今まで投資がいかないということを地域で議論すると、都市部の人も「そうだな」ということになって、そういうところの投資がスムーズに行くということがあり得るわけです。

 また、その投資をするのに中央まで出て来て、建設省や、農水省や、説きまくって、補助金をもらわないとそのことが実現できないというのでは、これはいつまでたってもうまくいかないと思います。

 私は、そこの投資の配分決定について、今ある補助制度を、今度の地方分権推進委員会の勧告にも統合補助金の勧告が出て、12年度以降、それが一部導入されるようなことになっていますけれども、もっと大胆にこれを踏み込んでやっていくべきだと思うのです。経済審議会でも、そういう観点からぜひ、私は答申を出してもらいたいと思うのです。

〔 部会長代理 〕 今のご意見についていかがでしょうか。

〔 I委員 〕 静岡県は四国全体あるいは北陸3県より大きい力を持った、そういう県なので、今のように非常に納得がいくのですが、3,300の市町村、それから今の県単位で言いますと、多くのところはどうもまだ小さ過ぎてうまくいかない、こういう面が多々あります。

  片や、九州と北海道を比べと、九州の方が競争している活力があって、隣の知事さんのことを常に気にしている。北海道は、競争が相手がいない、こっちの逆の問題もあります。

  そういう意味で、道州制とかいう議論はあるのですけれども、どうもまだ熟していない。そういう意味で、繰り返しになりますが、私は、今の市町村を単位にして分権化することは、長期的には非常に危険だと思っています。

  静岡は別です。静岡ぐらいのまとまりのあるところでこそ、そういうことが可能です。

  もう一つは、残念ながら、公共事業の発注形態、中小企業優先、あるいは議員さん何人が建設会社の人かと、こう見ていきますと、極めてプアな状況にあります。しかも、ばら蒔きは非常に激しく行われています。こういうことを考えると、計画調整機能を地方にわたしても、発注権限はしばらくは、今の状況を絞り込んだ方がいいぐらいに、実は思っているのです。政治的にはそれは非常に難しいのですが、何かそういうことをしないと、動きが出てこない、そんな気がしています。

〔 部会長代理 〕 ちょっとこれは意見が対立しているようですが、A委員、どうですか。

〔 A委員 〕  私は、今の公共投資の配分の中で、市町村の現状を考えると、確かにI委員がおっしゃるような難点があると思いますし、都道府県レベルでも同じだと思います。したがって、まずは社会資本、それも基盤になるような分野で考えると、私は、現状でも市町村が担っていないわけで、都道府県単位でそういうことは、任せれば、能力はあると思います。また、一方で都道府県も、私は、道州制に移行する前の段階で、合併をもっと促進するような手だてを講ずるべきだということを、あわせて申し上げているのです。

  これは、私は、政令県制度というようなものを導入すると、都道府県の合併が促進されるのではないかという観点から申し上げているのですけれども、これまた別な機会があれば、敷衍しても結構ですけれども。

  基本的のところは、あまり変わらないのではないかと思うのです。

〔 部会長代理 〕 道州制はまだちょっとだめだ。しかし、静岡のような恵まれたところは例外だというと、しかし、問題解決はなかなか難しいですね。

〔 I委員 〕 まとまりと、ある一定の規模があるのですね。どのぐらいの人口がいい、どのぐらいのパワーがあるかということでみていきます……。

〔 A委員 〕  私は、我田引水ということを避けるために、政令県は、450万とか500万ぐらいの県を政令県とする。ここには国の地方支分部局の権限を全部下ろす。したがって、何とか地建とか、地方農政局とか、そういうものの権限は全部そこへ下ろす。そうでない県は、今までと同じ。

  そういうふうになりますと、住民の側は、ちょうど都市のレベルで政令市というのがあって、中核市というのが今はございますが、中核市になったところは、政令市になりたい、あるいは政令市になろうではないかという動きがずいぶん各地であるわけです。中核市になっていないところは、少し周辺と一緒になって力を合わせたら中核市になれるかもしれないという動きがあるわけです。

  これと同じようなことを都道府県にも導入するということを、私は、道州制の前段階でやるべきではないかと思って、提案はしているのです。

〔 C委員 〕 比較的まとまった広域の自治体の方が、これからの社会資本投資その他、効率性その他の面から, 恐らく有効であろうという議論ではないかと思うのです。

  ただ、今までの皆さんのご意見をお聞きして、私もそうだと思うのは、モノなり施設をつくるというところから、モノをどうやって利用するか。さらに、それを利用する人材がいるかいないかということが、モノをつくる上で欠かせない、というお話をそれぞれの委員の方からいただいているわけです。

  そのように考えてみますと、モノを有効に利用する。そういう主体なり、人材がどこにいるか、そういうものを輩出できる地域こそ重要ではないかという感じがしております。あるいは、モノを利用するというのは、利用する主体、その利用する地域こそ重要ではないかというふうに考えてみると、大きくまとまってより効率・有効に社会資本投資が機能する分野と、そうでない分野が、どうもありそうな気がするのです。その辺の分別を少しやってみないと、一方の議論に与するわけにいかない。

  実は、昨年、都市計画中央審議会で都市施設のつくり方について、県知事さんと市町村長とお招きして、いろいろヒアリングしたのです。そのときに、市町村の首長さんのお話は、どちらかというと、都道府県がけしからんというご意見でした。例えば、公園1つをつくるにしても、自分たちは住民参加でこういう公園をつくりたい、というふうなことを言って、そういう地域の利用者の声を聞いて、こういう公園がいいというふうなことを言ったのに、都道府県の担当者は、そういう公園は都市計画の公園としては今までないから、そんなのはダメだと、2年間ほっておかれた。そういう状況がるる説明されました。

 それは都市計画、機関委任事務であった、そういう背景が実と制度的な仕組みはあるのですけれども、その辺は、今のお話と絡めて少し慎重に考えておくべきではないかというのが1点です。

 もう一点は、先ほど国土の保全の議論が出まして、我々都市のサイドから、確かに国土の保全が必要だと、これからはデカップリングの議論などが出てくるという話をすると、国土の保全を担うべき、国土の経済力をどういうふうにつけていくかという議論の中で、都市こそ、そういう意味での経済力を担うべきではないかという議論がまたいろいろなところであるのも事実で、私もそう思っております。

 ところが、国土を支える経済力をかなりの部分を生み出す都市が今後、どういう形で経済力を支えていくかというと、従来からの社会資本投資というセンスではいけないのではないか。より個別の道路や公園をつくるということではなくて、都市の空間を全体としてどうつくるか。先ほど、地方においては地方の環境を含めた、地域の景観、環境をどう考えるかと同じレベルで、都市の環境なり、都市の空間を新しい空間としてどうつくり変えていくかという、そういうトータルな都市空間のイメージをつくり出す社会資本投資が必要で。それがないと、次の時代の経済力を支える都市としては、どうも成り立たないのではないか、そういう時代に入ってきているのではないかと思っております。

 その議論もぜひ、今後まだ時間がございますので、していただきたいと思っております。

〔 B委員 〕  先ほどのA委員の発言に関連したことなのですけれども、「新たなる時代のあるべき姿」を考える際に、必ず現状とか現実がこうなっているという議論がまず出てまいります。その実態を見極めるということは大変大事なことですけれども、一方、「あるべき姿」を描く場合には、相当大胆な発想をしていく必要がある、ということが一面であるわけです。

 そこで、中国の一国二制度ではないですけれども、日本で様々な制度とか仕組みを考える際に、すべてを一律に、同じ時期にこうしなければいけないということを考えた場合には、相当難しさも出てくるわけですけれども、できるところからやっていくというような考え方をすれば、案外それが1つのきっかけになって、全体の、例えば構造改革等につながっていく可能性もあると思うのです。

 ですから、さっき言われた政令県-言葉はどうするかということはともかくとして-、確かに47都道府県の実態は違うわけですから、一律にというわけにはいかないかもしれない。しかし、できるところには、それなりの地域における自立、一定の地域における自立と、それから自己責任というこれからの「あるべき姿」を考える場合の1つのキーワードになると思いますけれども、そういう姿を築いていくということが大事ではないかと思っております。

〔 部会長代理 〕 あまり綺麗に格好がよくなくても、静岡県は理想的に行くけれども、某県はそうでないということがあってもいいじゃないか、こういうことですか。

  まだいろいろとご意見もおありかと思いますが、時間もちょうどになってまいりましたので、本日の審議につきましては、いろいろな視点が出たのではないかと思うので、後で事務局にまとめていただきますと、いい形になっているのではないかと思います。

  さらにご意見がございましたら、事務局までどうぞご連絡いただきたいと思います。

  それでは、次回の日程について事務局からご説明願います。

〔 事務局  〕 お願いとご連絡をしたいと思います。お手元に「『新たなる時代のあるべき姿』を考えるにあたって(案)」、委員限りと右上に書いてある資料がございます。これにつきましては、「新たなる時代の姿と政策方針」の基本的な考え方についての大きな方向性を示して、広く国民の意見を聞く必要があるだろうという観点から、委員の皆様方からいただいたご意見をもとに、現在、企画部分中心に取りまとめ作業を進めているところのものでございます。

 今後、大枠が、今この資料でお示ししているような形で、企画部会と基本理念委員会の名において一度、4月中旬ごろに公表しまして、各方面の意見を聞いてみようということになっております。

 つきましては、この(案)に関しまして、ぜひにというご意見がございましたら、4月2日中という短期間で恐縮でございますが、事務局の方までファクスその他の方法でお寄せいただきますようにお願いいたします。

 連絡事項でございますが、次回は4月16日金曜日の午前10時から12時まで、場所は本日と同じ404号室の会議室を予定しております。別途開催通知を郵送し、ご案内させていただきます。

 以上でございます。

〔 部会長代理 〕 えらい急で恐縮ですが、エイプリルフールにならない程度で、ひとつ書き上げていただきたいと思います。

  それでは、第3回の地域経済・社会資本部会の審議は以上にいたしたいと思います。

 本日は長時間のご審議、誠にありがとうございました。

以上

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