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第2回基本理念委員会議事録

時:平成11年3月29日

所:官房特別会議室(729号室)

経済企画庁


経済審議会基本理念委員会(第2回)議事次第

日時 : 平成11年3月29日(月) 18:30~20:20

場所 : 経済企画庁官房特別会議室(729号室)

  1. 開会
  2. 「新たなる時代のあるべき姿」の基本的考え方について
  3. 閉会

(配付資料)

  1. 資料1  基本理念委員会委員名簿
  2. 資料2  我が国の国家像についての意見集計
  3. 資料3  「新たなる時代のあるべき姿」を考えるにあたって

経済審議会基本理念委員会委員名簿

経済審議会会長 豊田  章一郎   トヨタ自動車(株)代表取締役会長

(企画部会)

部会長   小林  陽太郎   富士ゼロックス(株)代表取締役会長

部会長代理   香西   泰   (社)日本経済研究センター会長

(構造改革推進部会)

部会長   水口  弘一   (株)野村総合研究所顧問

部会長代理   江口  克彦   (株)PHP総合研究所取締役副社長

(国民生活文化部会)

部会長   清家    篤   慶應義塾大学商学部教授

部会長代理   大田  弘子   埼玉大学大学院政策科学研究所助教授

(グローバリゼーション部会)

部会長   八城  政基   シティバンクジャパン会長

部会長代理   田中  明彦   東京大学東洋文化研究所教授

(地域経済・社会資本部会)

部会長   森地    茂   東京大学大学院工学系研究科教授

部会長代理   安土  敏   サミット(株)代表取締役社長、企業小説家

出席者

(委員会)

  • 小林陽太郎企画部会部会長、香西泰企画部会部会長代理、江口克彦構造改革推進部会部会長代理、清家篤国民生活文化部会部会長、森地茂地域経済・社会資本部会部会長、安土敏地域経済・社会資本部会部会長代理

(事務局)

  • 堺屋大臣、今井政務次官、塩谷事務次官、中名生総合計画局長、高橋審議官、牛嶋審議官、梅村企画課長、大西計画課長等

〔 A委員 〕 本日は、本来進行役を務められる豊田会長がご欠席でありますので、私が代わりに進行役を務めさせていただきます。

それでは、ただいまから、第2回の基本理念委員会を開催させていただきます。

本日は、委員の皆様にはお忙しいところ、また夜分にお集まりいただきまして誠にありがとうございます。

本日は、「新たなる時代のあるべき姿」の基本的考え方についてご意見を伺いたいと思います。早速、資料の説明をお願いします。

〔 事務局 〕 お手元に資料2、資料3がございます。資料2は、各部会でいただきました、「我が国の国家像について」7つの質問についての意見集約、それからペーパーでいただきましたものの集約でございます。できるだけ左右に対照することと、少し小見出しを付けまして読みやすくする努力をいたしました。後でご覧いただければと思います。

資料3「『新たなる時代のあるべき姿』を考えるにあたって(案)」をご覧いただきたいと思います。

「あるべき姿」は、基本理念としまして、今議論をしているわけですけれども、広く国民の意見を聞く必要があると考えるに至り、議論が国民の間で交わされることを期待してその材料を提供する、という位置づけであるということで、できるだけ意見を言っていただけるような形にするという工夫をしております。

当初の予定では、桜が咲く頃にはこれをまとめてと考えているわけですが、いろいろと現在やっていまして、できるだけ早くまとめて発表したいと思っているところでございます。

それでは、中身をご覧いただきたいと思います。まず、「1.内外の歴史的転換とは」、ここで「1)新たなる時代への歴史的潮流とは」ということで変化について述べておりますが、「2)社会への10の影響は」で、それによって社会に大きく10の影響があるだろうということで、切りよく10という数字にまとめてみました。

「3)社会的正義の考え方~5つの発想の転換」では、発想の転換というので5つ書いております。ここで言っていますのは、これまで、効率、安全、平等を社会正義として主に考えてきたわけですが、これに自由というものを大きく位置づけて考えるべきであろうということで、自由について述べております。

次に、「2.21世紀の初頭のあるべき姿」では、「あるべき姿」としてまとめようとしているところでございます。

コンセプトは、1)が「個々人が『夢』を追求できる社会~あるべき姿の基本的考え方」ということで、『夢』という言葉が出てまいります。

次に、2)では「21世紀型社会への適応」、「3)国際社会のコア・メンバーに」というところは、グローバルを意識して書いております。

最後に、「3.検討すべき政策課題」ですが、これにつきましては各部会で、現在並びにこれからも検討されるわけですが、「あるべき姿」の基本的理念を示した上で、政策を体系的に考えるということで、いくつかの政策課題を例示しておきたいということで3.がございます。

〔 A委員 〕 ありがとうございました。

それでは、今の「新たなる時代の姿と政策方針」に関する基本理念に関し、ご意見を伺いたいと思います。

この間の企画部会では、この前段も含めて一応説明があって、議論をいたしました。各部会は、課題の方は、それに関連するところをいろいろやっていらっしゃると思いますが、目指すところはどういうところかということは、今日初めてかもしれませんので、その辺を含めて、ひとつご意見を伺いたいと思います。

〔 B委員 〕 私は、今日、これを初めて伺ったので、小さいのから大きいのまで含めてざっとコメントさせていただいてよろしいですか。

〔 A委員 〕 どうぞ。

〔 B委員 〕 最初は、人的資源の有効活用に関することについてです。経済のダイナミズムにともない失業率の問題が生じると思います。そもそも、完全失業率あるいは失業率というのは、働く意思と能力があって、なおかつ仕事が実際にない人がどのくらいいるかということを表す、いわばマクロでの労働力の活用度を表す指標ですので、不満足度を表すということもあるかもしれませんけれども、完全失業率の第一義的な意味にはならないでしょう。

不本意な就業をして失業率が低いよりは、自分の好きな仕事が探せて失業率が高い方がいい、ということもあるかもしれませんが、失業率が高いということは働く意思と能力のある人たちの意思が活用されていないということを示し続けていることは間違いありません。

次に、消費者性向の上昇のところでは、ご承知のとおり経済学では昔から、ライフサイクルモデルとダイナスティモデルとの対決があって、まだ決着がついません。人々の消費行動は、自分の世代だけで完結するのか、あるいは遺産動機というのはどのぐらい強いのかということについては、私の知っている限りでは、まだ決着がついていません。

【2】挑戦の可能性と人権の擁護のところでは、安全ネットが重要です。安全ネットは事後的に人権を守るためにあるのですけれども、もう一つの重要な役割は、安全ネットがあるから、みんな安心して競争に参加できるという、競争を促進する意味があると思うのです。つまり、ライフジャケットがあるから、みんなは海に飛び込むことができる。海に飛び込んだ人が、万一溺れたらライフジャケットを投げましょう、という意味ももちろんあるけれども、競争にみんなが安心して参加できるためにも安全ネットが必要です。

【3】多様な帰属先と個人の選択のところですが、「男の人はそうだったかもしれないけれども、女の人は昔からいろいろなところに所属していますよ」というコメントが必ず予想されるので、この辺は注意深く、先ほどの男女役割の話などと絡めないと、職場単属というのはお父さんだけの話ではないですか、という非常に単純な反論が出てくると思います。

その下の4)のところで、「公」とか「個」の概念、という話がありました。会社の仕事が公で、家族のために尽くすことは私だ、そういうのはおかしい。多分、そういうことだろうと思います。それはわかるのですけれども、同時に、多くの人は、自分の仕事とか、あるいは営利を伴わない活動を通じて、社会に貢献したいという強い動機をもっているはずです。もちろん、それは奇麗事だという部分もあるかもしれませんけれども、会社人間だって、自分は会社のためだけに、あるいは会社に儲けさせるためだけにやっていると思っている人はむしろ少数派で、自分は仕事を通じて何らかの形で社会に貢献しているというふうに考えていると思うのです。自分たちはパブリックのためにいろいろな職場や家庭で頑張っているんですよ、という反論が出てくるのではないかと思います。ただ、経済モデルでいう動機がどうかというのは別の問題です。

あとは私の専門分野のところに入るので技術的な話になるかもしれませんけれども、定年に関することです。定年を65歳にするとか、定年をなくすというのは、22歳で雇った人を65歳までは雇い続けなければいけないとか、あるいは死ぬまで雇わなければいけないということではなくて、例えば65歳定年にするというのは、65歳までは年齢を理由にして退職を強いることはできないという、そういう単純なルールでいいと思うのです。

今の定年制度には、ある一定の年齢までは雇用をギャランティーしなければいけないという考え方があるので、なかなかややこしくなるのです。定年というのが問題になっているのは、年齢を理由にした解雇、退職の強要であって、それをやめましょうということだと思います。

事実、例えば65歳まで働くという形で個人の職業生涯が長くなれば、一方で、企業の競争が厳しくなっているわけですから、企業の寿命の方が短くなっているので、1つの会社で1人の個人の雇用生涯が全うできる確率というのは低くなってくるわけです。

そういうふうに考えれば、定年の延長というのは、1つの企業に今までよりも長い雇用保障を強いるということではなくて、どんな企業も年齢を理由に、あるいは定年の延長ということであれば、一定の年齢までは年齢を理由に退職を強要することができないルールなのだというふうに、単純に考えばいいと思うのです。

個人の立場からみれば、雇用を守りきれなくなった企業から守れる企業に移りながら、最終的には、社会的な定年年齢までは、どこかの企業で雇用が全うできるように、むしろ政策的に雇用をギャランティーする。つまり、今までの雇用政策というのは、企業に雇用を保障しなさいというような形で、雇用政策を、いわば企業にまる投げしていたような部分があるわけですけれども、雇用の保障というのはまさに社会の責任、あるいは社会的な政策の責任であって、労働市場全体で雇用がギャランティーされるようにする。しかし、雇用が守れなくなった企業から守れるような企業に人が移っていく形で雇用を守るようにするというのが、市場全体で守るという仕組みの考え方だと思います。

ただ、その中でルールとして、どんな企業も、例えば定年を65歳にするというのであれば、65歳までは年齢だけを理由に、ある個人に退職を強要することはできない。そういう新しいルールを作るのだという考え方に立った方がいいのではないかと思います。

ちょっと話がとぶのですけれども、少子化の話が出てくるのですが。

〔 A委員 〕 何回か言っていただきますから、ファーストラウンドは適当にしていただきまして。今日は8時に終わりますから。

〔 B委員 〕 じゃあ、これでやめます。

〔 A委員 〕 では、また後でお願いします。

〔 C委員 〕 前半というのは、どこまでですか。今、前半の議論とおっしゃったのは。

〔 A委員 〕 前半とは別に。

〔 B委員 〕 私の話が長過ぎたのです。

〔 A委員 〕 今日の最後が8時ですから。ずっと言っていただいても結構ですし、課題に絞っていただいても結構です。

〔 C委員 〕 書いてあることの問題より、こういう視点を入れたらどうかというのを、少し申し上げたいと思います。

第1点は、ここにもありますが、開発対環境、こういう枠組みをまだこのペーパーは維持しているような気がするのですが、今の問題は、環境対環境。つまり、こっちの環境を良くしたらこっちの環境が悪くなる、こっちの問題の方が深刻な時代に入ってきて、これが非常に解きにくくなっているという気がします。そういう視点をどこかに入れなくていいか。

第2点は、規制緩和とか、民間活力とか、こういう視点がずっとあって、この20年ぐらいはそういう視点が非常に強く世界に出た時代ですが、90年代に入って、ほんの一部ですが、民間が活力を得てきたとき、モノポリーの問題、その他いろいろな問題が起こってきて、まずいじゃないかというので規制が入ってくる。規制が入ってくると、資本がそのマーケットから逃げ出す。すると、公が出ていかざるを得なくなって、補助金がだんだん出てきて、それが効率を落とす。効率を落とすと、民営化しなければいけないのではないかという話になる。こういうサイクルを起こしているのではないかという議論もあります。

アメリカのエアラインマーケットがそうなっています。僕は交通が専門ですが、メキシコの公共交通の分野が20年のそういう振れをしていています。アメリカのエアラインも、ちょうど20年です。

そういう視点で考えると、今までの政策のように、こっちが正しいとやるやり方よりも、そもそもサイクリックに動いているのだから、この期間はこうやる。しかし、それは永続ではない。こういう視点の政策がもしかするといいのかもしれない。

非常に小さな例ですが、日本では、一旦外した路面電車をまたつくるというと、いろいろな人が批判をします。しかしながら、それをサイクリックな問題だと認識すると、それでいいのだ、ということになります。

そういう意味で、この20年の流行をずっと追いかけたシナリオ立てでいいのか、これが第2点です。

第3点は、この間の地域経済・社会資本部会のときに、大臣もいらっしゃるときに申し上げたのですけれども、安全に対する絶対視、これは日本特有です。したがって、科学にならなくて、ここが危ないからもうちょっと投資してこうやろうとか、この程度で我慢しておこう、こういう議論にならない。人命は地球より重し、ああいう言葉が政策のところまで入ってくる、妙な社会だと思います。これを何とか変えていくようなことをしなくていいのか、こういう視点はいらないのかなという気がします。

それから、公共事業について、効率性をいうとき価格の話だけがでてきます。特に政府の関係のところでは、時間管理という概念を抜いて議論してはいませんか、こういう指摘がいらないのだろうか。

例えば、住民が反対して動かなくて1年たつと、その損失はいくらかということを誰も計算しない。それから、役所間の協議をするときに、延々とやっているけれども、それがいくらに相当しているかということを意識していない、こんなことがたくさんあります。役所は金利を意識していないということは、いろいろな人が言っていることです。

それから、地方分権の話が、この場所ではないですが議論されています。今のところ分権化にしろ、あるいは今の議論はまだ不十分なので財源も渡すとしていますが、今の枠組みのままの自治体にそういうをしてしまったら二度と、もう一回広げることはできないわけです。もし、広いことがいいことだとすると、そうなったことを前提にして、いろいろな分権をしたり、あるいは計画のシステムを作るようなことを議論しなければいけないにもかかわらず、今の日本での議論はややおかしくないか。

こんなことが、総論として入れなくていいのでしょうか、ということです。

あとは、環境との調和では、リサイクルの問題があります。リサイクルと、海外資本・アジア資本の2次産業投資、この2つは、私はもしかすると日本のローカルなエリアの最後のチャンスかもしれないという気がしております。

リサイクルに関して北海道を挙げますと、北海道はほとんどモノをつくっていない社会です。リサイクルするときに、北海道で使っているものを、もう一回リサイクルしようと思って東京に持ってくるか。多分、そういうことはなくて、リサイクルということは材料も、市場も、北海道にあるわけですから、そこで何らかの生産機能を持つことになります。そうなると、その時点の技術最短レベルの生産施設を入れることになりますから、「もしかすると最後のチャンスだ」と申し上げました。そういう視点はいらないだろうか。

同じように、海外の、かつてホンダや松下などがアメリカに行ったように、ヒュンダイとか、サムスングが日本でもっとマーケットを広くしようとすると、2次産業系のところにも投資しなければいけないかもしれない。そのときは決して東京ではなくて、九州であったり、東北であるかもしれない。これも、もう一つのチャンスかと思います。

リサイクルのところは、そういう視点はいらないだろうか。

港湾についても同じで、大都市のリサイクルを内陸部では、ゴミですから、とてもできない。臨海部でやらざるを得ない。そうすると、臨海工業、輸出型のところで使う港と全く違うコンセプトの港(港ではないかもわからない)、臨海部というのがあるかもしれない。そんな視点を入れなくていいだろうかという気がします。

あと、国土の多様化については、今までの用途別都市計画の問題があると思います。70年代頃から複合型の用途が技術的に可能になりました。シリコンバレーや、ウォーターフロントが例です。産業革命直後に、人命に関わるような環境問題で、土地利用純化という政策ができたところにルーツを持つ都市計画と全く違うコンセプトのものが出てきました。これは事実で大変重要なことです。しかしながら、その複合型のことで、用途地域を全部否定することの、そのマイナスとそのプラスのことを考えますと、どう考えてもマイナスの方がまだ多いような気がします。そこで、用途は置いといたままで何ができるかという論の方が、より論理的だし、現実的な気がします。

〔 A委員 〕 あと一点ぐらいで、次の方に。

〔 C委員 〕 もう一点だけ。

完全失業率、B委員のお話しになったところに係るのですけれども、NPO雇用をどういうふうに考えるか。今、財団などで役所の人がこうやっているとか、あるいは、アメリカで私の分野では、環境団体NPOが都市交通計画を作り、自治体がもらう。こういう構図が非常に多くなってきています。そのNPOは、役所を辞めた人だとか会社を辞めたような人を雇用しています。多いところは 300人とか、我々の分野の人間を抱えているNPOもあります。そういうことが、ほかの国はわかりませんが、財団ではなくて、NPOという格好で、それがもう少し社会的機能をもち、広く支えられるような、そういう視点というのはあるのかないのか。これはあまり自信がありません。

一応、これで終わります。

〔 D委員 〕 私は、これを拝見して、中身は大変にすばらしいというか、ずっと読んでいきますと、ストレスが解消するような、気分が非常にいいのです。言葉も美しい単なる美辞麗句ではなくて、そうだと思うことがたくさんございました。

一方、現実の自分が過ごしてきた日本、また今私が現実に知っている日本の、特に民間企業ということを頭に入れてみますと、先ほどちらっとお話が出ましたが、企業の生命が短くなり、どんどん企業がつぶれて変わってしまうかというと、そういうことはないと思うのです。基本的な大多数の企業は、数十年、数百年、合併したりなどはあるかもしれませんけれども、ずっと続いていって、そこに雇用というものがある。ベンチャービジネスが出たり引っ込んだりしている中で、個人がばらばらに移っていくというような社会ということは、現実的には考え難い。設備というものがある以上は、難しいと思うのです。すると、そういう現実の企業の中で、いろいろな新しい企業が生まれてくるだろうけれども、大きな構造をそのままにした中で、本当にこういう夢が実現できるようなこととの整合性はどうなるのか、という感じを非常に受けるわけです。

私は、1960年、大臣と同世代でこの世に出たわけですけれども、あのときに既に同じようなことが言われていたのです。これからは個の時代だ、創造性の時代だ、終身雇用がなくなって、企業間を移動するのだということが盛んに言われていました。みんなそう思ったのです。ところが、全く違う時代がやって来て。

我々の過ごしてきたワンクールを振り返ってみますと、この間、私は日経のコラムに書いていたのですけれども、昭和30年代の中頃に銀行に勤めた人間が、最後までほとんど辞めませんでした。どうしてだと聞くと、決して楽しくて残ったわけではない、給料格差だという。給料が他の産業に行ったら3割、へたすると5割減る。そういう状況の中で、変わりたくても変われないということで、ずっと1960年から90年代まで勤めてしまったということです。

そのもとはどうなっているかというと、日本人が就職するときには、まさに縦社会といったらいいのか、業界の順序で、金融機関、商社あたりを上にして、あと巨大メーカーから縦の序列がある。それぞれの業界の中でまた、商社でいえば、財閥系商社から、そうでない商社まで含めて順序がついていて、その順序のとおりに給与水準が大体なっている。就職するときには、一番高い人から、この順に就職していく。そうすると、上の企業には秀才がどんどん集まって、下の企業には非常に鈍才が集まるという構造が見事に維持されている。

したがって、上の人がよそに移ろうと思うと、必ず、転職ではなくて転落になる。ずっと転落にならざるを得ないから、どんなに嫌でも、しがみつかざるを得ないという構造がある。これが一言で言えば、就業における縦社会ということだと思います。

〔 A委員 〕 そこは、現実に今、ものすごく変わっているのじゃないですか。

〔 D委員 〕 変わっていません。

〔 A委員 〕 実際に、もう銀行の時代ではないですよ。

例えば今、大手と言われるのが、創立百周年なんてできるところの数なんて、一体どのくらいだと思いますか。

〔 D委員 〕 そうですが、変わっていません、構造は。

その辺が議論になるところで、私は、変わっていないという感じを受けています。

そういう縦社会的な構造で、私は、流通業界にずっといたわけですが、商社の世界と流通業の世界における人材の二重構造みたいなもののすごさというのを、この数十年味わい続けてきているわけです。具体的なことは、ちょっとまた別にいたしまして。

そして、それが変わっているということですが、私が見ている限り変わっていない度合いの方が──どっちを強調するかというのはありますけれども──かなり高いわけです。

さらに、企業の中で、今、定年とか肩たたきとか、いろいろなことが行われ、またリストラの問題もあります。企業そのものが評価制度を本当にきちっと運営するならば、理論的に定年なんていらないはずです。その人の働きに応じて完全に支払っていれば、年齢を理由にして辞めさせる必要もないはずです。つまり降格することができれば、一言でいえば、大相撲の世界のように仮に企業がなっていれば、そういうことも必要ない。その問題が解決できなかったために、定年を作ったり、肩たたきをやったり、いじめをやって辞めさせたりするというようなことが過去ずっと起こってきているわけです。

そういう現実があったので、いろいろな日本企業の過去の問題は多々あったと思うのですが、その問題を感じていれば感じているほど、ここに描かれた世界は本当にすばらしいと思うし、こうあってほしいと思う。

この架け橋のようなことを、何かビジョンを多少でも示さないと。私企業は私企業で、それぞれ厳然として存在しています。確かに、長い目で見れば、かつての名門企業が落ちていくというところもあるけれども、ではその程度はというと、言われているほど本当に激しいのかなと思います。その辺について、どういうプロセスでこういう夢やビジョンに結びつくのかという何かが示されないと、人々は「結構だ。だけど、信じられないな」と思うでしょう。

〔 A委員 〕 10年後だからというのではなく、例えば、これが20年でも、そういうお感じですか。

〔 D委員 〕 それが非常に問題ですね。その辺、大いに討議が必要だと思います。

〔 A委員 〕 10年ぐらいでは、ちょっと危なそうだ、そういう感じがしていらっしゃいますか。

〔 D委員 〕 そういう感じを非常に受けるのと、恐らく、それこそ夜明け前に暗闇が一番暗くなると言われますが、その種類のことが起こる企業は非常に増えてくると思います。

そういうようなことで、10年後にこれを目指すのか、それとも、こうなると言うのか。現実の企業社会との間に非常なギャップがありますので、何か夢を広げるようなものを付け加えておく必要があるのではないかという感じがいたします。

〔 A委員 〕 あと、さっと伺いましょう。

〔 E委員 〕 私は、以前一度に会議で伺いましたから。

〔 F委員 〕 私は、そんなにたくさんございませんけれども、こういう「あるべき姿」ということについては、先ほどのお話もありましたけれども、よくまとめられているというか、非常にいい内容になっているのではないかと思うのですけれども、では具体的にどう実現するのかというところまで、政策的なものでなくても、もう少し触れていただいてもいいかなという感じがします。

〔 A委員 〕 後半の「政策課題」だけでなく。

〔 F委員 〕 だけでなくて。

どういう形で備わってくるのかと言うことを、もう少し、そのあたりまで書いていただくと親切かなという感じがしました。

もう一つ、先ほどのご指摘と重複するかもしれませんけれども、これからは、縦の時代から横の時代ということになると、地方分権、そういうものをもう少し強調していただくといいと思います。1つの日本の国全体の「あるべき姿」という方向で、それによってずいぶんと新しい日本のイメージというものが出てくるのではないだろうかということです。

次に、経済審議会ということで、これでよろしいのかもしれませんけれども、精神的な面はどうなのかということです。日本人の精神状態というか、心理的な側面というか、「あるべき姿」を日本が実現したときに、また10年後ということを想定するならば、そのときの日本人の精神的な側面は、どうなるのだろうか。

最後に、これは大臣にお尋ねしたいのですけれども、今、総理が、富国有徳国家ということを言っておられます。富国有徳国家と、この「あるべき姿」というのは、連続性があるのか、ないのか。富国有徳国家への線上に「あるべき姿」をドットしなければいけないのか。また、そういう方向で自然にまとめていかれるのか。

ちなみに、富国有徳国家という表現が、私は、ちょっと合わないのではないかと思います。本当は、富民有徳国家と言うべきではないだろうか。国が富んで有徳というのではなくて、民が富んで徳がある国家ということになるべきではないか。

いらぬことを付け加えましたけれども、その関連性について、大臣、お教えいただきたいのです。

〔 A委員 〕 ファーストラウンドで、お話し残したところがありましたら、簡単に触れていただいて、その後で大臣にお願いいたします。

〔 C委員 〕 あといくつもないですが、1つは、人口が減るときには不安感があります。企業がそれに対してどう行動するかが気になります。

例えば、東京の鉄道は、もう全く投資をしたくないと言いだしました。なぜなら、需要が減るからだそうです。しかしながら、ひどい状態です。

日本だけが私企業に鉄道をやらせていた構図が、ヨーロッパ、アメリカ型にしないと、サービスは改善できない時代がきます。ここで諦めるのか、「小さな政府」の時代になおかつそういうことをやるのか、こういう選択の問題がありますので、需要が減るときの問題を個人からだけ見ないで、産業から見るという視点がどこかにほしいという気がしました。

それから、インターナショナルな話が、抽象的インターナショナルで、アジアとか、中国とか、そういう視点のことがありません。ODAを例に挙げてみますと、ヨーロッパは、恵みのODAから産業政策のODA、それから人口流出対策としてのODA、こういう格好に動いてきています。やや、政府の計画としては書きにくいかもしれませんが、北朝鮮の問題が解決すると、そういった視点が日本でも必要になるかもしれません。

そのようにアジアを見ると40年代、50年代まではまだ地価が安い、人件費が安いといって、空港ができると、一部の先端産業が行ったという時代がありました。しかし、無限に近い土地や人口のある隣の国をはじめとして、かつてのマーケットメカニズムでの生産の移行はなかなか難しくなって、情報だけでは無理かもしれません。

そのときに、さっき言ったリサイクルや海外資本という話が、だからこそ、可能性がないのかということを僕自身は言いたいのですが、そんなことがちょっと気になりました。

次に、首都機能移転についてですが、私も首都機能移転は必要だと思います。大臣とは、議論をしたこともありますが、私自身は、首都だからこそ特別立法して、日本人にもちゃんとした街がつくれることを示すべきだと思います。1つのものをつくってみせることが多分ほかの街にずいぶん影響を与えるだろう、こんなことを思っています。

そういう視点をこういうところに入れるのは、ちょっと個人の趣味が出過ぎかもわかりませんが、いかがでしょうか。

そのようなことを感じました。時間をとりました。

〔 A委員 〕 大臣、どうぞ。

〔 大臣 〕 富国有徳国家というのはどうかというと、経済審議会ですから、富国有徳国家の中の「富国」方を書いているのかなということなのですけれども、では、富国と有徳と切って富国だけがあるのか、誰かがまた有徳だけを書くのかというと、そうでもないですね。だから、両方想像して、そのうちの経済面だけを書くのかなという気がするのですが。

有徳という意味は、明日からまた懇談会をやるらしいですけれども、正直言って、さっぱりわかりません。国に徳があるというのは、どういうことか。

尊敬される国とか、愛される国とかというようなのは何となくわかるのですけれどもね。

日本は、よその国に愛されたいのか、それとも恐れられたいのか、あるいはあまり関心も持ってほしくないのか、どうなのでしょう。それは、よくわからない非常に難しいところです。

現在までの日本のやり方を見ますと、結局、最後は銭儲けなんです。つくづくひどいと思うのは、例えば、ある人がどこそこでこういう音楽の講演をします。アメリカで展覧会をします。オリンピックに選手団を出します。どうしてそういうことを、と聞きますと「これは日米の理解につながり、アジアとの親善につながります」。アジアとの親善につながったらというと、「いや、貿易摩擦の解消になります」。最後はそこへ来るのです。必ず最後は、「結局、銭儲けしやすいということですか」という話になるのです。それを抜いて最後まで話をした人は、極めて少ないのです。

恐らく、有徳国家というのは、そうではない国家。要するに、お金儲け以外を真剣に考える国ということなのでしょうか。

〔 A委員 〕 以外も、ですか。

〔 大臣 〕 以外を。

以外を、真剣に考える国ということですかね。

徳のある人というと、劉備玄徳は徳があるという。諸葛孔明や、関羽というのは頭がいいとか、力が強いとかわかりやすい。どうして、劉備玄徳が一番偉いのかというと、徳があるからだと。どこに徳があるのか。

〔 A委員 〕 さっきF委員が出された点について、むしろ、総理に確認しなければいけない。

単純に人が豊かで、しかも徳がある。国も、豊かで徳がある。会社だって、豊かで徳がある──徳があるとは言わないけれども、アメリカだって、ずいぶん長いことモスト・アドマイア・コーポレーションズをしています。必ずしも利益率だけではないということをわかっていて、ほかに何を入れるかというのは、わかったようなわからないようなことがありますが。毎回少しずつ変えているが、何となくみんなわかったような形で。

ということは、徳という言葉がいいかどうかは別にして、何かイメージはあるのではないですか。

〔 F委員 〕 イメージは、ありますね。

〔 A委員 〕 だから、それが国であったって、人であったって。

富国有徳の国で、民が貧しくて国が富んでいるという例は、よほどの例外でなければないでしょう。

〔 F委員 〕 そうでしょうけれども、これからの重点的イメージとして、国から民という意味も込めて、私は、富民という方がイメージ的に合うのです。

それよりも、ここのペーパーの中で、そういう精神的なところをちょっとでも強調しておく必要はないですか。

〔 A委員 〕 F委員におっしゃっていただいたのは、ここに書いてある目指す姿が、ちょっと良すぎるのではないかというお話ですが、しかし、何となくこれでイメージは出ていますか。

目指すところは、「21世紀初頭の日本のあるべき姿」ばかりではなくて、前半も含めて、考えなければいけない。

すぐ終わってしまうのだけれども、これだけではないでしょう。この前のものも入っているのでしょう、目指すところのイメージというのは。

だから、いろいろな要素を入れて、最終は20年後か、30年後かわからないけれども、10年後のイメージは何となく皆さんがおわかりかどうか。

〔 B委員 〕 あとの質問は別にして、富国と有徳がどうつながるかですけれども、私もよくわからないのですが、今の議論を聞いていて思い出したのは、ある国際カンファレンスでドイツ人の経済学者と議論をしていたとき、ドイツは日本よりも出生率が今は低くなっているそうです。彼らの計算だと、ちょっと忘れてしまいましたけれども、今から何百年後かにドイツの人口がゼロになる。それで彼が言ったことが非常に印象的でした。それはそれで非常に心配なことなのだけれども、自分がもっと心配なのは、ドイツの人口が西暦二千三百何年かにゼロになるということを心配しているのがドイツ人だけだということで、まわりの人は、誰もそんなことは心配してくれない。そのインプリケーションは、恐らく、有徳の意味は何かわからないけれども。

日本は、もっとひどいと思うのです。日本人がゼロになったって、本当に寂しいなんて思ってくれる人がまわりにどのくらいいるか。

だから、有徳というのは、日本だろうが、ドイツだろうが、「日本人がゼロになっちゃったら、ちょっと寂しいな」とまわりの人がどのくらい思ってくれるか。それは徳かどうかはわかりませんけれども、日本がなくなるとテクノロジーの面で困るとか、あるいは重要マーケットとして困るとか、それでもいいと思うのだけれども、少なくとも、まわりの国が「日本がなくなるとちょっと寂しいな、困るな」と思ってくれるような国になるというのが、私のイメージです。それが富国と有徳のつながるところではないかという気がします。

少なくとも、日本はなくなってもいいと思われないようにしよう、と。

〔 A委員 〕 富国有徳と言うかは別にして、10年後の、それが最終の姿ではないにしても、日本の好ましい姿としてのイメージは十分かと思います。いろいろご指摘いただきましたことを踏まえて、大体触れるところは触れているという感じでしょうか。

〔 大臣 〕 C委員のおっしゃった中の、時間軸というものを入れなければいけないでしょうね、恐らく。

これは役人の共通の弱点で、時間軸が入らないのです。特に日本の役人の特徴なのですけれども、空間軸ばかりが入って、時間軸が全然入らないというのは、確かにあるでしょうね。

〔 D委員 〕 民間企業のあり方に対してですが変わらない部分と変えられない部分というのがいっぱいあります。これを規制でやるというのはナンセンスですから、では、どういうふうに民間企業を変えていくのかという問題があります。

非常に長い時間においては、競争の原理で自然に優れた企業が生き残っていくということになるのかもしれないけれども、日本の中で支配的な地位にある企業の中における社員のあり方というのは、非常に問題になるわけで、これに対してどういう。

お役所の問題、役人の問題は、むしろ簡単だと思うのです。何とか操作できる、マニピュレできる。しかし、民間企業はそうはいきません。これはどんなふうに考えたらよろしいのでしょうか。

〔 大臣 〕 私たちの思うのは、民間企業と役所はどう違うかといいますと、民間企業は、失敗すると、どんどん規模が小さくなって社会的影響力が減ります。ところが、役所は失敗すると、どんどん組織が大きくなって、社会的影響力が拡大するのです。したがって、気をつけないといけません。

例えば、日本の軍部などを考えるとよくわかるのですけれども、日本の陸軍は、シベリア出兵以来、失敗ばかりです。シベリア出兵で失敗すると、これはいかんというので、大正軍縮をやめて、また軍備を拡大する。その次に、田中義一内閣のときに失敗すると、また陸軍を強化する。二・二六事件という、最も恥ずべき事件が起こる。そうしたら、軍部大臣現役制にして権力をうんと強くしないといけない、そうでないとまた暴れるぞ。そういってどんどん強くなって、しまいにはアメリカに負けるということになりました。

どうも役所というのはそういうところがあるから、危険なのです。

民間企業は、自然淘汰に任せたらいいのかどうか。イタリアへ行きますと、中小企業問題はこの国にはありません。あるのは大企業問題です。なぜかと言えば、中小企業は、悪ければつぶれるから問題ない。大企業は、悪くてもつぶれないから問題です、という話がありました。

本当に自由経済に任せて、民間企業はどんどんよくなるという、良貨が悪貨を駆逐するという、美しき神の手に委ねて安心していられるかどうかというのは、大問題です。

〔 A委員 〕 それは、次年度の経済同友会の最大テーマです。乞うご期待です。

50年前の修正資本主義に対抗するかどうかは別にしまして、真面目な話、その辺は非常に重要な問題です。

〔 大臣 〕 E委員、どうですか一言。

〔 E委員 〕 おっしゃるとおりだと思います。

〔 A委員 〕 予定の時間が来てしまったのですが、あまり大幅の超過は問題だと思います。しかし、この後、部会でずっとやっていただくにつけて、大体このようなものを目指しているというところについて、足らない点があるというご指摘はいただきましたけれども。

そういうところを踏まえて、これを修正したものが今度また出るわけですか。

〔 事務局 〕 今日の基本理念委員会で各部会長からいただいたご意見を入れて、全体をまとめる企画部会で、さらに。

〔 A委員 〕 企画部会で、今日のご意見を入れたものを議論します。その結果、修正したものは各部会に間髪を入れずお届けすることになるわけですか。

〔 事務局 〕 皆様にお集まりいただく機会はないqかもしれません。個別にお配りいたします。

〔 A委員 〕 その前に言っておかないといけないことがありましたら、どうぞ。

〔 B委員 〕 いろいろ言いたいことはあるのですが、1つだけ。少子化についてですが、私は、子供を生み育てたい人がもっと生み育てられるような環境を整えることはすごく大切だと思いますが、マクロの経済政策との関連ではあまり意味がないと思うのです、特に短期的には。

例えば、年金財政などについて言えば、これはエコノミストの間でほとんど異論がないところですけれども、西暦2040年ぐらいまでの年金財政というのは、もう過去の出生率ですべて決まっていますので、今から少子化対策とかをやっても、それはほとんど関係がありません。これは、去年の経済学会で、日大の麻生先生などが非常に綿密に計算しています。

もう一つは、ここのところはコメントになりますが、少子化を一方で言いながら負担の先送りをするというのは、ある面ではコンシステントなわけですので、先送り先をもっとつくらなければいけない。けれども、私は、現在の意思決定に参加していない人たちに著しく負担を転移するような考え方──もちろん、今の経済対策はそんなに僕は批判しませんけれども──には、議論があると思うのです。

〔 C委員 〕 これがどういうペーパーの位置づけになるのかわかりませんが、私が地域経済・社会資本部会のところで議論するときでは、さっき申し上げた都市計画の用途別の話は、日本の人口移動政策が雇用をつくるという時代、20年代にそういうことをやり、30年代まである程度機能したのですが、40年代ごろから、都市の魅力で集まるようなことが起こってしまいました。ただし、そこは民間がほとんどのパワーであって、政府はなかなか介入できないと考えていたところでもあります。それがどうも、失敗だったかもしれないし、これからはそこを何とかしなければいけない。そういう意味では、もっと魅力な街をつくるのにどうしたらいいかという問題の問いかけとして、用途別の問題があった方が、我々としては受けとめやすい。

つまり、用途別をやめるかとすると、個人的には「そんな無茶な」と、頭が古いのかもしれませんが思ってしまいます。ちょっと議論が矮小化したところでしかできないのですが、魅力的な街をつくるというにしてもらった方がいいかもわからない、という気がします。

もう一つ、ちょっと理解できなかったのは、21世紀の交通情報体系というのは。

〔 大臣 〕 今おっしゃった、民と官の循環の話がありますけれども、21世紀の交通情報体系としてpetanetを考えています。日本列島の真ん中にズドンと1本通すわけです。これは民間企業が共同出資でやってもいいし、1社で行ない貸してもいいのですが、やはり鉄建公団になるのではないか。新幹線みたいなものを政府が持って、それでみんなに貸すという仕掛けが一番原理的かなと言いますと、「それなら何でNTTを分割したんだ」という反論がたちまち出るのですが、10年ぐらいで考えたら、そういうものがあるのかなという気がするのです。

〔 C委員 〕 仮に、マーケットメカニズムでやるともっと違った格好になるから、これがふさわしいとしても、全部を国がやるという話になる論理的帰結はなく、国が助ければいい、という形になるかもわからない。

〔 大臣 〕 petanetというのは、恐らく、日本列島の背骨に1本入るだけだと思うのです。それ以上は細かくはいかないと思います。それは、鉄建公団かなという気もするのです。

もう一つ、先生方にお聞きしたいのは、こういういくつかの前提を置くべきかどうか。1つは、労働人口を減らさない。日本の労働人口がどんどん減っていくようなことは、やはり避けた方がいいという前提を、置いてもいいかどうか、置いた方がいいかどうか。

それから、経済は、長期的にずっとマイナスになるのは避けるべきである。常にプラスであるのが基本だ、というのを置いた方がいいかどうか。

それから、人間の「個」。もう一ぺん家族主義や国家主義に戻ることはないのだというのは、与件として考えていいのかどうか。

〔 A委員 〕 これも10年のスパンですか。

〔 大臣 〕 10年の先を見越して。

労働人口ですが、95年が労働適正年齢のピークです。これは15歳から64歳までというから、ちょっと現実離れしたところがありまして、本当は20歳ぐらいからしか働かないからちょっと違いますが、それにしても今がピークで、これからは減ってゆきます。そうすると、高齢者を使う、女性を活用するということを言っても、だんだん減る可能性があるから、その分は移民を入れていいのではないか、と。

移民を入れるかどうかというのは、これからの日本の大変な問題なのです。それが1つです。

それから、今もそうですけれども、常に経済は成長しなければいけないという前提に立っているのですが、マイナス成長でも、みんなが相似形に縮小するのならいいではないか。特定の人に失業は押し付けられるということになるのが問題なので、全体の成長は絶対正義と思う必要があるのかどうか。

〔 B委員 〕 それは、1人当たりGDPとか、パー・キャピタルでみた場合も成長しなくていいということですか。

〔 大臣 〕 そうなるでしょうね。

循環で考えると、人口が減少しだしたら、一定のところまで行くと必ずパー・キャピタルも下がるはずなのです。10年では大丈夫ですけれども、その先へ行きますと。

だから、過疎地帯などは、国からの補助金がなかったら、パー・キャピタルは必ず下がるのです。それは許容していいのかどうか。

それから、ここの4番目の正義に「自由」を入れることはいいかどうか。これは3つ目の大問題なのです。自由を入れたら、個の方に偏りますね。戦後の正義というのは、効率、安全、平等、これは絶対正義でした。

ところが、考えてみると戦前は、安全というのは正義でも何でもなくて、戦場へ行くのは危険だから嫌だと言ったら非国民だ。人糞をまくのは回虫がわくから危険だなんて言うと、農林省に怒られる。健康を害するような重労働をして、12歳の子供が病気の親を養っていたら知事さんが表彰していました。今、そのようなことは労働基準法で一発でやられてしまう。

自由というのを、正義に入れるべきか。あるいは、その3つの正義に加えて、あった方がいい程度のものなのか。ここは一番問題点だと思うのです。

〔 A委員 〕 この間の企画部会では、今最後におっしゃったことについて、自由を入れることはいいのだけれども、自由というのは本来責任を伴う。むしろ、戦後は、はっきり言って、インチキな自由がはびこっているので、本来の意味での自由であれば堂々と入れなければいけない。本当は、それに加えて、自由と責任(あのときは「責任」ではなくて、何と言ったか。)、少なくともペアである、それを書かなければいけない。基本は、当然入れるべきだということだったと思います。

それから、今日の新たな「あるべき姿」について、今皆さんに「どうでしょうか」ということについては、すぐにはなかなか、今晩一晩かかっても大変ですが。

これは一応は10年です。しかし、50年先に視点を置き、視野を定めながら、通過点としてどうかということをイメージしなければいけないものもいくつかあります。

一方で、アメリカみたいな国で、本当にひどい時からかなり目に見えてよくなるまで、明らかに10年はかかっています。アメリカでさえも。だから、この10年というのは、先の非常に深遠なことをいくつかについては考えなければいけないだろうけれども、この10年の中で、いくつかここにあるようなことをかなり思い切って、皆様からのご指摘のようにやっていけば、結果的に、今の成長率はプラスを常に前提としなければいけないのかというところについては、そんなに考えなくたっていいのではないか、と。実際には、プラスも出てくるのではないかという気もしていますけれども。

ただ、おっしゃるように、いくつかのことは少し先に視野を定めて、10年というのは通過時点という認識をして考えていかないと、目指す絵も、あるいはそのために必要な政策も誤ることもあるかもしれないというのはあるかもしれません。この辺は部会でいろいろご議論もいただいて、それから、今日のいただいたご意見を少し整理したものを企画部会で議論し、場合によっては、皆さんのところにお配りしてもよろしいですから、並行で議論していただいてもいいのではないかと思うのです。

その後で、またどこかで一ぺん、物理的に集まるかどうかは別にして、最終的に10年の絵というものを、またそこに至る政策、プラスもう少し具体的なものなども書けるようにしていきたいと思います。

企画部会の方は、4月半ばまでに2回ぐらいやろうということです。

今、大臣が重要なことをいくつか。

〔 大臣 〕 それも含めて考えていただきたいと思います。

〔 A委員 〕 佳境に入ったところですが、時間も過ぎていますので、本日の審議はこれで終了させていただきます。

今日はお忙しいところをお集まりいただきましてありがとうございました。

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