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グローバリゼーション部会(第2回)議事録

時:平成11年3月5日

所:共用第2特別会議室(407号室)


グローバリゼーション部会(第2回)議事次第

日時 平成11年3月5日(金)14:00~16:00

場所 共用第2特別会議室  (407号室)

  1. 開会
  2. 議題1:(共通課題)「あるべき姿」における我が国の国家像
  3. 議題2:21世紀初頭に想定される世界の状況と我が国の位置付けについて
  4. 議題3:グローバル・スタンダードと構造改革の推進について
  5. 閉会

(配付資料)

  1. 資料1  「あるべき姿」における我が国の国家像をどう考えるか
  2. 資料2  21世紀初頭に想定される世界の状況と我が国の位置付けについて
  3. 資料3  グローバル・スタンダードと構造改革の推進について
  4. 参考資料1:我が国の国家像についての意見集計
  5. 参考資料2:21世紀の世界経済について
  6. 参考資料3:グローバル・スタンダードについて

グローバリゼーション部会委員名簿

部会長 八城 政基  シティバンクジャパン会長 部会長代理 田中 明彦  東京大学東洋文化研究所教授 糸瀬 茂   宮城大学事業構想学部助教授 國谷 史朗  弁護士 高阪 章   大阪大学大学院国際公共政策研究科教授 篠原 興   国際通貨研究所専務理事 下村 恭民  政策研究大学院大学教授・埼玉大学教授 高木 剛   ゼンセン同盟会長、連合副会長 中西 輝政  京都大学総合人間学部教授 浜  矩子  株式会社三菱総合研究所経済調査部長 ロバート・アラン・フェルドマン  モルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト グレン・S・フクシマ  アーサーD ・リトル(ジャパン)株式会社取締役社長 松本 大   ゴールドマン・サックス・グループLPリミテッド・パートナー  若林 之矩  労働福祉事業団理事長


〔 部会長 〕 それでは、時間になりましたので、ただいまから、第2回のグローバリゼーション部会を開催させていただきます。

 本日は、ご多用中のところご出席いただきまして、ありがとうございました。

 A委員と、B委員、C委員がご欠席ですが、その他の方は全員ご出席ということでございます。

 今日は、今井政務次官がご出席なので、よろしくお願いいたします。

 それから、本日の議題に入ります前に申し上げますと、堺屋経済企画庁長官が3時頃からご出席になるそうでございますので、そのときまた改めてご挨拶をいただくつもりでございます。

 それでは、本日の議題に入ります。本日の議題は、3つございまして、まず、議題1について事務局からのご説明をお願い申し上げます。

〔 事務局 〕 それでは、まず初めの議題でございますが、資料1と参考資料1をご覧いただきたいと思います。

 資料1の7つの設問で、「「あるべき姿」における我が国の国家像をどう考えるか」ということで、一応先月いっぱいを目処にということで各委員から書きもので事務局に提出いただいたところでございます。参考資料1は、それを大まかな形でございますが、取りまとめたものでございます。本日、午前中にございました企画部会でも、これについてご紹介したところでございますが、皆様からいただきましたご意見については、事務局でこれからの作業の参考にさせていただきたいということで考えております。

 本日は、まずグローバリゼーション部会の本題に入ります前に、皆様からいただいたご意見についてどんなものがあるか、ざっとご覧いただければということで、時間の関係もありますので、簡単に見出しを見るという感じで紹介させていただきたいと思います。

 参考資料の1に沿って、まず、「世界における我が国の位置付けについて」ということで、最初が「世界秩序への関わり方」ということでありますが、「積極的に関わるべき」、あるいは「与件とすべき」ということについては、「積極的に関わるべき」というのがほとんどのご意見でございました。

 例えば2ページでありますけれども、上から2番目に、「自国の利益だけでなく世界秩序の形成に積極的に関わるべき」、あるいは本部会の委員からは、「アジア地域の「中心的な国」として、アジア経済圏の繁栄、秩序維持のために積極的に関わっていくべき」というご意見。あるいはその一方で、その横にございますけれども、「大国という意識の下に世界秩序の形成に積極的に関わるという道はとるべきではない」というご意見も一部いただいております。

 3ページにまいりまして、同じ設問で、「尊敬される国であるべきかどうか」ということでございます。「尊敬される国であるべき」というご意見と、「尊敬されることが重要ではない」というご意見、大まかに言って半々ぐらいの感じで寄せられております。「尊敬されるべきである」ということでは、「「世界から信頼され、尊敬される国」でなければ、世界秩序の形成にも関与できない」ということで、「もちろん尊敬される国になるべき」といったご意見。

 4ページにまいりまして、右の欄の上から3つ目、一方で、「尊敬される国であるべきかは実績の後からついてくるものであり、それを目標とするとか、そのためにコストを払うといった議論はおかしいのではないか」というご意見もいただいております。

 また、5ページにまいりまして、国民生活文化部会の方から寄せられた意見としては、「世界からはリーダーシップを期待されているが、それに応えられる人材が不足しているではないか」といったご意見もいただいております。

 2番目の設問が、「自由と社会的秩序などのトレードオフについて」ということでございますが、まず、「自由、個人、応報」をこれからの社会では優先していくべきである。

それ対して、「社会的秩序、組織、安全ネット」が優先だということで言えば、「自由、個人、応報」を優先していくべきだという考え方の方が圧倒的多数でございました。例えば内容的には、6ページの上から2つ目でありますけれども、「現代に求められていることは、保護・規制・指導・画一性が重視された社会から、他人の自由を侵さない限り個人の自由や個性が保証され、またすべての人・企業に機会の平等が約束された社会に変革すること」とか、その下の後半で、「従来は自由よりも秩序に重点が置かれすぎており、これを思い切って自由化するべきであるのが現在の状況」といった意見が寄せられております。

 7ページにまいりまして、これに関連して、この2つにまとめ切れないその他のいろいろなご意見が出されております。一つは、タイプとしてかなり多かったわけですが、この両者の概念、自由と社会的秩序というのは必ずしも相対峙する問題ではない。要するに、スポーツにおけるルール作りのようなものであって、社会的秩序を守るというルールに反した人に対しては厳しい罰則が適用されるべきということで、この両者は相対峙する概念ではないという主旨で、いろいろな形でご意見がございます。

 また、7ページの下から2つ目では、セーフティネットの構築ということでご意見をいただいております。「優勝劣敗が生じることから、高齢者、失敗者に新たな挑戦の機会を創設するなど、生活者の視点を重視したセーフティネットを構築することが必要である」というご意見ですが、同じようなご意見が多数セーフティネットとの関連で寄せられております。

 9ページにまいりまして、第3番目の設問で、「産業・技術等のワンセット主義について」ということでございます。これは「ワンセット主義の維持」と「ワンセット主義の一部又は全部放棄」ということで言えば、ワンセット主義はもはや維持できないというお考えがかなりの部分を占めておりました。「ワンセット主義の維持」という方も、例えば9ページの最初にございますが、「産業は分業しても、技術レベルにおいてはフルセット型を維持しておく必要がある」ということで、部分的なフルセット型。あるいは後の方にも出ておりますけれども、安全策。要するに、保険的なものとしてのワンセット主義を考えておられる方が多いようでございました。また、ワンセット主義を廃棄ということでは、例えば、1番目に「農業だけは除外して考えるべき」ということで、ワンセット主義を放棄するという方の中にも、一部分その例外もあるといったことを言っておられる方もございました。ただ、大勢は、グローバリゼーションの中でワンセット主義は維持できないという考え方が大勢のようでございました。

 11ページにまいりまして、4番目の設問で、「日本固有の良さについて」ということでございます。これはA対Bという対比がなかなか難しい問題でございましたので、それぞれのご意見を並べてございます。例えば最初に、「日本固有の特質(根回し、慣習による全会一致)は廃止しようとしても残るであろうから、あえて日本固有の良さなどということを打ち出す必要はないのではないか」とか、あるいはその次には、「現在の教育制度は多くの問題を抱え、崩壊しつつある。教育に支えられて日本固有の良さがあったのだ。日本固有の良さを守るためには、教育の抜本的な改革が重要」といったご意見とか、日本の良さの中身については、治安の良さ、義務教育による国民の高い教育水準といったような意見をいただいております。

 12ページにまいりまして、国民生活文化部会からいただいたご意見にも同じように、3番目に、「治安の良さや勤勉さなど守りたい日本の良さはある」、ただ、一方で、「情緒的に「守る」ことを議論しても意味はない。経済的安定、政治的安定を維持する努力が、固有の良さを守るために重要」といったことでご意見をいただいております。

 また、当グローバリゼーション部会の委員から、「社会・経済システムは、それぞれの時代要請に合ったものが存在する」、「今日のシステムが「日本固有」のものであると考えること自体に違和感がある。また、文化についても同様であろう。ただ、治安の良さはできる限り維持すべき」といった意見でございます。

 次に、14ページにまいりまして、「経済成長」の問題でございます。まず、「経済成長の重要性」ということでありますが、「経済成長は重要である」という方と、「経済成長以外に追求する価値がある」という方で、いろいろなご意見があったわけであります。いずれにしても、経済成長を否定するというご意見はなかなか見られなかったと思います。

「経済成長以外に追求する価値がある」という方のご意見としては、例えば、一番上ですけれども、経済成長は手段であるということで、手段的な位置づけ。あるいは2つ目には、「今や成長率だけで経済社会を見る時代ではない」ということでありますけれども、成長の重要性について否定するというご意見はあまりございませんでした。また、「成長は重要な要素である」といっても、成長至上主義ということで考えておられる方もあまり見られませんでした。成長の重要性の協調の度合に差があるということで理解しております。

 16ページにまいりまして、これとの関係もありますが、移民の問題でございます。移民について、「積極的に受け入れるべき」、「受け入れは慎重であるべき」ということで分ければ、どちらかといえば「慎重であるべき」という考えの方が多かったように思います。ただ、一方で、「積極的に受け入れるべき」という方の中には、これから「国民の幸福を追求するために、必要であるならば受け入れるべき」とか、17ページですが、当グローバリゼーション部会の方ですけれども、「人口減少阻止のためとしてだけでなく、日本のアジアにおける位置づけを考えると、受け入れるべきであり、それに伴うメリットの方が大きい」といったご意見もいただいております。

 19ページにまいりまして、「個人の帰属先」という問題でございます。「日本人の帰属先・人のネットワーク」の問題について、これも対比させて論ずるという感じではございませんでしたので、それぞれご意見を併記させていただいております。例えば「国民皆同一帰属先でなく、人それぞれの選択に任せるべき」というご意見が多かった訳ですが、これからは帰属先は家族に回帰するのではないかということで、家族の役割を重要視するご意見がかなりございました。それから、「地域・家庭に重点を置くべき」ということで、地域についても強調する方が多かったように思います。

 あるいは、国民生活文化部会の2つ目に、「今の社会の帰属先を分けると、第一の領域は家庭、第二の領域は学校・職場、第三の領域は地域、第四の領域は新たなNPOである」ということで、今後は社会性、公共性のある団体NPOが主流を占める。今までのNPOは趣味とか感性が多かったけれども、これからは公共性のあるNPOが主流を占めて、それが帰属先の一つとして大きな役割を果たすのではないかというご意見の方もかなりございました。

 最後になりますが、21ページにまいりまして、「地域のあり方」ということでございます。「過疎・無人地帯」について、許容するのか、許容しないのかということでございます。これもいろいろなご意見がございまして、「許容する」、「許容しない」、同じぐらいのご意見をいただいております。「許容する」という側のご意見としては、最初にありますけれども、「これまでの過疎対策は、「はじめに住居ありき」にウェイトを置き過ぎていたのではないか」。あるいはその下で、「国土全体を均一に開発することは非効率、不可能で、無人・過疎を許容せざるを得ないのではないか」といったご意見。

 一方で、22ページの上から2つ目に、「過疎・無人地帯が発生し、国土保全・環境維持の上で問題があるとすれば、そこに住んでくれている人には国土・環境保全委員にでも任命して給料を払う。いわば管理する人に管理費を払うといった形で給料を払うというのはどうだろうか」といったご意見とか、「日本の国土は広くないので、過疎・無人地帯が出現する可能性は低い。もし出現するとすれば、それは政策の問題として取り上げるべきである。情報化、あるいは交通アクセス手段の多様化・高度化が進めば、そういう地帯は国土の新しい利用方法を追求すべき機会ととらえるべきだというご意見をいただいております。

 また、23ページにまいりまして、「その他」としてまとめておりますが、ここでは地方と中央の関係でかなりご意見をいただいておりまして、地方分権がこれからはもっと進められなければいけないという趣旨のご意見がかなりございました。中には、連邦制といったことも考えるべきではないかというご意見を出しておられるところもございます。

 以上、時間の関係で非常に簡単にご紹介いたしましたけれども、多様な意見をいただきまして、これをこれからの参考にさせていただきたいと思います。以上でございます。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 これはいろいろな方々からの意見をまとめたものでございますので、ここで議論をするには、時間の関係もありますが、特に何かおっしゃりたいことがあれば別でございますので、どなたかあればご披露いただけますか。なければ次の議題に移らせていただきますが、いかがでしょうか。よろしゅうございますか。

 それでは、次の議題に移りたいと思います。議題2につきまして、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 それでは、資料2をご覧ください。「21世紀初頭に想定される世界の状況と我が国の位置付けについて」でございます。21世紀初頭に想定される世界の状況認識についての次の見解の妥当性いかんということで、事務局として便宜見解をまとめております。

 1つ目の「21世紀初頭に想定される世界の状況認識」のうちの一つとしまして、「様々な面でのグローバリゼーションの進展」でございます。グローバリゼーションの進展は、経済主体間の相互依存を居住地・立地に関わりなく深化・複雑化することを促しており、結果として、一国で生じた動きやショックが極めて速い時間で伝わっていく。グローバリゼーションの進展は、すべての国・地域を経済主体の活動につきまして、一つの意思決定の対象範囲とする動きでありますけれども、同時に、人為的な国境線の意味を低下させることで、一国内の地域の独自性を促進する作用があるとも言える。経済面での市場原理(資本の論理)の徹底が進む。これは情報通信・技術革命によりまして、情報・文化の伝播力が一層強化され、専門的な労働を行う人の移動も拡大し、世界の一体性は高まる。但し、一方ではこの世界的なネットワークの外には従来と同様の生活を送る人々が存在するわけでございまして、両者の間の格差が広がる可能性を抱えるといった面ももちろんあるわけでございます。

 第2の柱といたしまして、「国の枠を超えた関係の強まり」でありますが、ユーロの誕生に伴うヨーロッパの求心力の高まり、南北アメリカの経済的統合の進展は、世界が主要な複数の極にまとまっていくことを示唆している。残りのアジアにおきましても、地域的な枠組みを制度化することで経済的な安定化を図る動きが生まれる。

 第3の柱といたしまして、「日本の近隣、即ちアジア経済、特に中国経済の巨大化」であります。中国をはじめ、アジア諸国の経済規模は拡大していく。今回の通貨金融危機の影響はありますものの、その潜在的な成長力は高いのではないか。成長は結果として産業・就業構造、ひいては家計の消費構造の変化を生み出すわけでございまして、その結果としまして、貿易・投資の流れにも変化が生じ、我が国とアジアの関係も資本財と消費財の補完関係から、産業内の貿易比率が高まる方向にあるのではないかということでございます。次に、他地域で国の枠を超えた関係が強まる中、地域的にも経済的にも既に関係の深いアジア諸国・地域においても、APEC等を制度的に強化した枠組みが必要とされるのではないかということでございます。

 2ページにまいりまして、第4の柱といたしまして、「緊密な日米関係の継続」であります。我が国とアメリカの関係は、21世紀においても緊密なものであり続けることを選択することが前提になるのではないか。日米関係に構造的な変化を与えるものは、アジアの成長と我が国経済の成熟化ではないか。アジアの成長は、我が国からの直接投資、企業進出が大きく関係しているわけでありまして、日・米・アジア間の貿易は、一層水平的な構造への動きを見せる。また、我が国経済の成熟化の進展に伴い、生産と家計需要のサービス比率が高まり、消費財・製品輸入が拡大する。

 第5の柱といたしまして、「世界経済の展望における予測リスク、不確実な要因」であります。これは幾つかあり得ると思いますが、食糧、エネルギー、地球環境問題等の事柄についての世界的な資源制約、米国経済等主要経済圏の成長低迷。あるいはアジア等、特に我が国近隣地域における政治関係、安全保障の枠組みの変化。あるいはアジアに限らず、途上国、市場経済移行国の地域紛争等のカントリーリスクといった、政治的、軍事的なリスクももちろんあるわけでございます。

 こういった認識を踏まえまして、世界の中での我が国の位置づけについての次の見解の妥当性いかんということでございます。

 まず第1に、「我が国の位置付け」でありますが、引き続き、世界の中で、主要先進国の一員としての政治経済的な立場を確保することを目指す。そのためには、構造改革を通じた経済活性化を進めることが必要ではなかろうかということでございます。次に、我が国はグローバルな問題解決に向けたリーダーシップをとる。何故ならば、グローバリゼーションの進展により、様々な面での相互依存が高まり、様々な面での変化の相互波及が進んでいるため、自らの安定を図るためには地域的、世界的な安定への取組みが一層重要になるからであります。

 次に、我が国と「アジア等の他国、他地域との関係」でございます。グローバリゼーションの進展とアジアの経済発展を通じて、従来の資本財に特化した日本が供給者、アジアが需要者という垂直的な関係から、より水平的な相互依存関係へと変化するのではないだろうか。将来の我が国は、「アジア諸国の輸出市場」になるという現在のアメリカのような立場になることを目指すべきであるし、また、そうなる蓋然性は高いのではないだろうかということでございます。

 次に、特にアジアNIEs諸国と我が国の関係が水平的なものに移行することで、相互に消費財を中心とした貿易が広がり、経済統合に向けた条件が整う。我が国がアジアとの密接な関係の維持・発展を中心にするといった方針を示すことは、NAFTAやEUのような他地域との関係に影響を与えるリスクがあるわけでありますけれども、主として我が国がアジア地域の対外開放と成長を支援することは、結果として世界全体の利益となるのではないだろうか。

 第3に、国際通貨金融体制や貿易投資体制の改革。これはWTOの次回のラウンドのようなことを指しております。こういった世界的な課題の解決には、まずは、EU、アメリカ、日本が核となり、それぞれの近隣地域において主導的な役割を担うべきではなかろうかということでございます。

 参考資料2をご覧いただきたいのでございますが、ご議論の参考になればということで、事務局の方で図表を26ほど用意しております。表紙に目次を掲げておりますけれども、8~11ページ辺りが、我が国の世界経済におけるプレゼンスを示しております。8ページが「世界GDP、人口に占める我が国のプレゼンス」、9ページが「金融資産に占める我が国のプレゼンス」、10ページが「外貨準備高の各国比較」でございます。

 11ページは、昨年、グローバリゼーション・ワーキンググループで計算したモデル分析に基づきまして、世界におけるGDPの中での日本のシェアの移り変わりを2010年まで予測しております。量的なボリュームでは、一国としては極めて異例なほどの大きさがありますし、2010年におきましても、若干ウェイトは下がりますけれども、依然規模としては大きな存在であり続けるであろうということを示しております。

 さらに、質的な意味での存在のありようということで、12ページ、「世界の枠組みにおける我が国の位置付け」、13ページが「現行の国連通常予算の分担率」、これは経済のボリュームに従って付加されますので、経済のボリュームどおりの大変大きなプレゼンスになっております。14ページは、国際機関、国連で働く日本人の数といったようなことでございます。

 それから、地域的な協力の枠組みが近時非常に大きく増えているわけでございますけれども、そういった動きにつきまして、15ページ、16ページに掲げております。17ページ、図表10がアジア諸国との貿易投資の関係でございます。

  19ページ、図表11以降が、グローバリゼーションの様々な局面。財・サービスの貿易、あるいは金融・資本の国際資本移動の姿とか、あるいは企業のグローバリゼーションということで、我が国企業の国際的事業展開。人のグローバリゼーションということで、移民、外国人労働の現状。59~64ページにかけまして、経済協力の中身につきまして掲げております。

 以上でございます。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 それでは、ただいまご説明のありました点について、ご議論いただきたいと思います。

どうぞどなたでも口火を切っていただければと思います。

〔 D委員 〕 この資料、大変勉強になりましたけれども、1点気になることがあるのです。

 参考資料もそうですが、資料2の視点が、21世紀初頭の世界というのは、非常に大きくて多様な要素から、あるいは部門から構成されるものを対象としているのに、非常に経済、特に金融とか生産といったもののウェイトが高過ぎるという気がするのです。21世紀初頭の世界ということで考えるときに、もう一つの以前から提起されている視点は、グローバル・イシューといいますか、世界全体、地球全体が共通に取り組まなければいけないいろいろな重要な課題があって、それが今のままだと21世紀になってからは相当取り返しがつかない状態になるのではないかということが言われているわけです。

 それで、21世紀初頭の世界、あるいは21世紀へ進んでいく世界を考えるときに、グローバル・イシュー、代表的なものとして環境とか貧困、あるいは人種、ジェンダーの間の格差がありますけれども、その辺が、このまとめ方ですと、2ページの5)に、漠然とした与件として、あるいはリスクとして取り上げられているという感じがするのです。どちらかというと、何となくオプティマルな現在状態を作るためにどういうことが必要で、どういう制約条件があるか。政治的なものを含めてですね。この切り口も重要だと思いますが、その辺で少しとどまっている。もう少し広く視野をとらないと、政策論議をする上では不十分ではないかという懸念を持ちます。

〔 E委員 〕 基本的な認識の問題なのですけれども、資料2の1ページの1)のところで、「経済面での市場原理(資本の論理)の徹底が進む」ということが指摘されている。それに続いて、「世界の一体性は高まる」という指摘があります。その次の2)で「国の枠を越えた関係の強まり」というのがあって、これは一つの例として、「ユーロの誕生に伴うヨーロッパの求心力の高まり」といった言い方がされていますけれども、市場原理の徹底が進む、そして非常に一体化する中で競争が激しくなっていく。そのことが国という枠を越えた相互関係につながっていくという中で、はたして求心力というものがどこにおいても高まると認識していいのかというところが、私は少し引っかかります。

 非常にシームレスな状態の中で市場原理が働いていくところにおいては、むしろ、今までの既存の形でのまとまりを崩していく原理が働いていくのではないか。国の枠を越えれば越えるほど実は、例えば、ヨーロッパにおいても、求心力が高まるというよりは、むしろ、遠心力というか、分散の力学が働いてくる面がある。そういったことが、このグローバライゼーションというものの持っている一つのモチーフではないかと思います。ですから、1)の最後と2)の辺りで書かれていることを、すんなりこのように向かうであろうという認識で議論するのは少しいかがかなということが一つです。

 もう一つ、我が国の世界の中での位置付けというところで、1)「世界の中で、主要先進国の一員としての政治経済的な立場を確保をすることを目指す」とありますが、日本の位置付けというのは、主要先進国の一員といった生易しいものではないと私は思います。日本は世界最大の純債権国でありますから、そういう意味では本当に軸になる、核になる位置付けになっていかなければいけない。本来ならば、そうである特性を持っている国でありますから、今この時点で、「主要先進国の一員としての立場を確保することを目指す」といった認識では、日本はグローバルな意味での社会的責任を果たせないと私は思いますので、もう少しそういうところで自らの位置付けをきちんと把握していく必要があるのではないか。そうでございませんと、グローバリゼーションというものの中で何をするのかということについて、しかるべき回答は出てこない。

 「経済構造改革を通じた経済活性化を進める」、これはまさに決定的に重要なことでありますけれども、それは単に日本が先進国の一員としての立場を確保するといったことではなくて、日本が何とかならないと、今の非常に不安定度を高めている世界のバランスもどうしても均衡の方には向かわないという発想で考える必要があると思うので、こはもう少し踏み込んだ発想が必要だと思います。

〔 F委員 〕 2つぐらいですが、今、E委員がおっしゃったことと関連しています。その前に1つだけ細かい話をします。

 今のところで、「経済面での市場原理(資本の論理)」と書いてありますけれども、細々したことを言い出すのは、あまりうまくないかもしれないですけれども、「資本の論理」というのはどうなのですかね。こういう言葉を聞くと、私はわりと新マルクス主義者なのですけれども、それでも何となく「資本論」を読まされているような感じがしてしまいます。「資本の論理」というのを経済審議会で言っていくと、日本の経済審議会はややマル経的になってきているのかなという感じがします。「市場原理」というだけで済まさないで、あえて括弧して、「市場原理」(資本の論理)としているのですが、これは特別な意味があるのですか。何かキャピタリストの悪いやつが裏でいろいろやっているとか、そういうことを言いたいのでしょうか。単に価格を主要なインフォメーションとして物事のディストリビューションを決めるようにしていくという、そういったある程度ニュートラルな話と少し違うことがあるのかしらという感じも少ししました。それは単に質問です。

 そこで、今の点でですけれども、「世界の一体性は高まる」というのは、もちろんそういう方向はあると思いますけれども、これはかなりいろいろなプロセスだと思いますね。

 2020年といったことを考えて世界の一体性といくら言っても、2020年にすべての発展途上国が日本のようになっているということはまず考えられないし、アジア太平洋に限っても、全ての国が今のシンガポールのようになるということも少し考えにくいと思います。   もちろんグローバリゼーションの進むところは大変進むというのはよくわかるのですけれども、地球が全部そうなるといった発想は、今の人類と地球の多様性を無視しているようなところがあろうかと思います。中国とかインドといった巨大なところでも、もちろん一体化の方向に進むのでしょうけれども、その間はあちらへ行ったりこちらへ行ったりという大変な社会混乱を伴うプロセスではないかなと思います。

 ですから、仮にグローバリゼーションの定義で示されたようなことが日々促進するということはそうであり、しかも、それによって、アグリゲートで見れば世界の一体性は強まるということは言えるかもしれませんけれども、それが一様に進むといったことではなくて、その間のプロセスにおいては、かなり局所的に格差の拡大とか、あるいは戦争とか、いろいろなことが起きるということを想定に入れておかなければいけないのではないかと思います。

 もう一つ、日本の役割の決定的なということで言いますと、特にアジアのことを言ったときに、ここでの書き方だと、日本がアジアを放っておいても、アジアは何となくどんどん大きくなるといった印象の書き方が少し見えるのですけれども、アジアがここで書かれているような想定で、潜在的な成長率を高くしていくというのは、日本が相当しっかりしないとダメなのではないかという感じがするのです。その点はどんなものでしょうか。

 最後に、これはこの紙というよりは、参考資料と、前回の「我が国の国家像について」のところで出てきた問題に関連するのですけれども、いわゆる移民の話です。私は今、特にここで定義しているような外国人労働者ということについて、問題にしようと思っているわけではないのですが、この参考資料で挙げていただいた統計も、基本的には労働者ということで挙げているし、日本での問題意識の場合でも、どちらかというと、やや未熟練労働者の方向に傾いた労働者といった統計のとり方が多いような気がします。ここで、私はもう一つ、外国人の方のことについて考える場合は、労働者というよりは、タレンツと言ったらいいのでしょうか。タレンツが日本で大量に働いてくれるということの方が、外国人労働者問題といったことよりも、私などにははるかに重要に思えるわけであります。

 データといったものがあるのかどうかわかりませんけれども、外国人タレンツ、タレンツと言うとテレビに出る人みたいになってしまうのだけれども、有能な人ですね。外国人の有能な人の統計というのはないのでしょうか。どのぐらい増えているとか減っているとか。増やすとしたらどうしたらいいのかといったことなのですけれども、そちらの方が、21世紀初頭の日本のバイタリティーということから考えるとはるかに重要ではないかという気がします。

〔 G委員 〕 順番は逆になるかもしれませんが、資料2の位置付けの2ページの2)「アジア等の他国、他地域との関係」の1つ目。我が国の市場としての受け皿といいますか、将来、アメリカと同じような立場で「アジア諸国の輸出市場」となることを目指すべきだというところがあるのですが、これは確かに聞こえはいいのですが、物理的に非常に難しい、もしくはかなり困難なことを目指すことになるのではないかと直観的に思います。

 受け皿になろうと思うと、まず国土がある程度広くないといけません。それから、圧倒的に人口がある程度の基盤を持っていないと輸入市場、受け皿としては、最終的にキャパシティーをオーバーしてしまうということが客観的な数字として明らかになっています。例えば、これは譬喩的によく言われることなのですが、アメリカと日本の人口比は、大雑把に1対2。大体支出が同じレベルとして、貿易を同じようにやった場合、アメリカが買うのは日本の2倍で圧倒的に多いわけですね。これでは貿易のアンバランスが生じるのは当たり前で、中国とかほかの国も、日本と同じぐらいのGDPとか消費のレベルを目指しているわけですね。技術導入をして、高度な技術を持った市場社会をできるだけ早い段階で達成しようということが、これはアジアの共通の目標の一つになっています。これは共産主義をとろうが、社会主義をとろうが、資本主義をとろうが、それは関係なく、市場的な原理という意味ではそういうことを露骨に目指しているわけです。

 ですから、技術導入などを見ましても、許認可の条件として、高度な技術をくれるか、例えば、大体10年ぐらいの一定期間、技術を使わせてくれるか、自由に使わせてくれるか、こういうことを条件としてくるわけです。中国などは非常に端的な例です。そうしますと、そこで目指しているのは、高度な技術を持って、消費もできる、支出もできる、最終的な商品の購入力もあるということをみんなが目指しているわけですね。しかも、日本と比較すると、人口は圧倒的に多い国が幾つか存在する。そういうアジアの中で、本当に日本がアメリカのような受け皿になり得るのか。それを目指すべきなのか。これはパンクしてしまうのではないかというのが私の率直な感覚です。

 もしこれを目指すとすれば、狭い意味での日本という国土の中だけではなく、もう少し広い枠組み、日本といろいろな水平分業というものがありますけれども、そういうものを念頭に置かないと、これは動かないのではないかと思っております。

 それとの関連で、現在の位置づけ、認識なのですけれども、確かにいわゆるグローバライゼーションというのは、国際的な枠、国の枠を取ります。けれども、その中で、ここでも1の1)の2つ目で、「国内の地域の独自性を促進する作用がある」とご指摘いただいているのですが、いわゆる広い意味での民族主義的な動きは、ヨーロッパ先進国でもかなり強くなりつつあると思われます。それから、アジア地域におきましても、その傾向はもちろん上回ると私は思っておりません。

 それから、先ほどの各委員の位置づけにあったように、日本の中でもコアとなるべきものの主体が、国もしくは企業から、地域とか家族とかに移ってきているということからしますと、家族、地域、民族的な動きをもう少し重視した位置付けをしておく方がいいのではないかと思います。

〔 部会長 〕 堺屋大臣がご出席になりましたので、ご挨拶をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

〔 堺屋経済企画庁長官 〕 企画庁長官の堺屋太一でございます。国会に出たり入ったりしておりまして、あまり皆様方に同席できなくて恐縮でございます。後ほど議事録等を拝見させていただきますので、よろしくお願いいたします。

 今、経済審議会に対しては、この1月18日に小渕総理大臣より、10年程度の先を見越した日本のあるべき姿と、それに至るべき政策を書いてくれということで審議をお願いしているわけでございますけれども、5つの部会でそれぞれにご担当願っております。

 このグローバリゼーション部会におきましては、日本がどんどん世界と交わっていく。

その中でどのような状況が生まれるか。ただいま説明させていただきました資料2では、かなり議論を呼ぶような問題を含めて書いているつもりでございますけれども、皆様方の目から見られてどうであるか、率直な意見を聞かせていただきたいと思っております。

 今、日本には、グローバル・スタンダードに日本も近づくべきだという説と、逆に、日本の良さといいますか、固有のものを残すべきだという意見と、2つの意見がございます。その中間にいろいろな意見があるわけでございまして、いいとこ取りができればそれにこしたことはありませんが、なかなかそうもいくまいと思います。

 さらに、人口動態から考えますと、非常な勢いで少子高齢化が進んでおりまして、将来は日本も人口について外国からの移民を考えなければいけないのではないか。そういう声も出ている次第であります。

 経済の面で言いますと、今、大変いろいろな論争がございますけれども、そもそも成長率とか、あるいはそのもとになります労働生産性とか、そういった概念が成立するのかどうか。これはこれから10年先については議論の分かれるところかもしれません。これは外国の本にも何百回も引用された例でございますけれども、1986年に私の「知価革命(ノレッジ・バリュー・レボリューション)」が翻訳されまして、その中に、同じ百人の人間でノーブランドの 3,000円のネクタイを作っていた会社が、ある日、ブランドを取り入れて3万円のネクタイを5分の1生産しだしたときの生産性をどう見るかという定義を出しました。これは従来のデフレーターでは考えられない話なのですね。サービス業につきしては質の問題がありまして、今、アメリカでもいわゆるニュー・パライダイム派というのが質の問題を議論して、大論争でもありませんが、すれ違い論争みたいなことになっておりますけれども、一体日本がこれから目指すべき経済は、従来のように何パーセントの成長率があって、どれぐらいの所得があって、どのような産業構造といったものを、同じ形で出せるのかどうかさえわからなくなってきているのではないかという気がいたします。

 今まで十数回、経済企画庁では経済計画という形で出しておりましたが、この度、計画という文字を取りました。これは中国でさえ成長計画の数字を来年から取るそうでありますが、計画の時代ではないだろうということもありまして、取ったわけでございますが、さて、それに代わるものとして一体何があるのか。これは大変難しい問題です。

グローバル・スタンダードだけではなしに、日本的良さを残してというその日本的とは一体何かという問題も、人によって一人ずつ違いますし、はたしてそれが本当に日本的なのか、あるいは法律的に世界に対応できるのか。皆様方にお尋ねしたいことがたくさんございます。

 10年といいますと、世の中は相当変わると思いますね。これからの10年は。したがって、どんな時代が起こってくるのか。そういうことも見つめながら、皆様方のご意見をいただき、それを各部会で集約して一つにしていく。大変な仕事を短時間にお願いして恐縮でございますが、できるだけ幅の狭い報告をいただきたい。いろいろな意見が出て拡散してしまう予測拡散の起こる可能性があるのでございますけれども、一つの方向性が明確に見えるようなご答申をいただければありがたいと思っております。

 今回ご説明させていただいている資料は、そういう意味ではかなり議論を呼ぶような形を作ったつもりでございますけれども、さらに皆様方から大いにこれを突つき叩き、そして本当にオリジナルなことを書いていただければ幸いかと思います。どうかよろしくお願いいたします。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 まだ時間がありますが、この議題については、大体3時20分ぐらいまで続けたいと思います。H委員が挙げられておりますけれども、その前に、今までの議論の中で出た幾つかの問題についてコメントがあれば、それも含めてご意見をいただきたいと思います。今まで出た中で私が感じました重要な問題は、一つはD委員がおっしゃったグローバリゼーションの話の中で、どうも経済とか金融の問題にウェイトがかかり過ぎているのではないか、もっと他のグローバル・イシューは、環境とか貧困とか、そういったものもあるのではないか、これをこの委員会で採り上げるか、あるいはもう一つ国民生活文化部会がありますから、事務局を通じて、ある程度意見の交換をやっていただくということがあるかと思います。

 それから、必ずしも求心力が働かないというE委員のご意見があったと思うのですか、これについても、ヨーロッパが一つになっていると言いながら、しかし、一方でグローバリゼーションが進む結果、そういった求心力と言うよりも、むしろ分散する力も働くのではないかというご意見があったと思います。

 それから、F委員から、「資本の論理」はマル経に戻ったのかとのご指摘がありました。恐らく筆が走ったのだろうと思うのですけれども、これは事務局の方から説明していただきたいと思います。

 その他いろいろありましたので、今までのところでご意見が出たことについて、さらにご意見があれば皆様から伺いたいと思います。

〔 H委員 〕 少し自己縫着を起こしそうな気がしつつ話し始めますが、2ページの2の2)の2つ目、「経済統合に向けた条件が整う」と書いてあるのですが、「経済統合」というのが何となくアルティメットな理念系のゴールとしてあるのかなと読めなくもない。これはアジア地域、NIEsと我が国の経済統合というのは、それだけで大論議を呼ぶような議題かなという感じもします。

 これから話すことは多分、E委員がおっしゃったこととよく似たことになるかもしれません。

 ほんの短い1年半ぐらいの期間に、アメリカも含めた格好とご報告してしまっても間違いではないと思うのですけれども、アジアの通貨危機から始まって、これがぐるっと回った結果、これまで我が世の春を謳歌してきたがごとき姿にあるアメリカの金融機関、あるいは金融界そのものですら、今、自信喪失に陥っているという状況にありそうに思っています。

 グローバリゼーション、あるいは市場原理、これがそれこそどこに行っても語られていたのがそうでなくなりましたということは、つい最近、ダボス会議の報告で面白く読んだ点であります。その中で、例えば、国際的な短期資金の移動が悪さをするので、これを何とか規制すべきであるという議論が去年1年間出ていましたけれども、誰がどのようにどう規制することをもって国際的な短期資本移動の規制であるかと思って論を見ていくと、誰も答えを出していないということがわかると思います。これは論理的に詰めていくと、今の状況では、マレーシアがとった自国を守るということが一番時宜に合った規制の方法ではないかという答えに縫着しそうです。これは論です。グローバリゼーション、あるいは市場至上主義みたいなものが、そんなに簡単に今後とも統一のパラダイムとして金融界を引っ張っていけるのかどうかということに関して、多少、僕は疑問を持ち始めています。

 それに対するアンチテーゼみたいなもの、あるいはリージョナリズムに対する対応策として、1ページの1の2)の2つ目、「アジアにおいても、地域的な枠組みを制度化することで経済的な安定化を図る動きが生まれている」。これは大変に生まれておりますし、ここはもっと、日本はアジアと一緒になっていかないと国は成り立っていかないのだから、これは積極的にリードして関与していくべきであると、そのぐらい踏み込んだ問題意識として持ちたいなと思っています。そうすると、最初の「経済統合」というのはアルティメットな目標なのかもしれないなという気も少ししますし、ここのところに少し書き方が出てくるかなという気もします。ここの問題を金融の方から、もう少し僕は考えてみたいと思っています。

〔 I委員 〕 グローバライゼーションは、不可避、必然だという前提で議論が進んでいるようでございますけれども、グローバライゼーションを、正といいますか、プラスのサイドでプロモートする側と、ネガティブのサイドで受容する側というのは、どうしても両方あるのだろうと思うのですね。

 そういう意味では、自由と秩序というご設問がありましたけれども、グローバライゼーションについて、今の論理は非常に自由の論理ばかりが先にいっているように感じます。資本の論理という言葉がいいかどうか私もよくわかりませんが、例えばOECDで行われている投資に関する国際協定についての論議などを見てみましたときに、今あの議論がどこまでいっているのか私も詳細は存じませんが、少なくともどなたかがお作りになったドラフト等を読ませていただいた限りにおいては、資本にとって勝手のよい、都合のよい論理で、例えば移動の問題、あるいは環境等の制約をいかにして逃れるか、あるいは人権問題等とどのように切り離された世界で資本が活動するか、そういう視線が非常に強い中身だったように私は記憶しています。

 そういうことも含めまして、グローバル・スタンダードの議論もありますが、同時に、グローバル・レギュレーションの世界も議論がされていかないと、その中には環境やら人権の問題等も当然、包含されるわけでございますけれども、そういう意味で、今グローバライゼーションと言いますが、それを両面から律するルールが、どれだけの分野でどれだけあるのでしょうか。それも実効性が担保された格好で言えばどれぐらいあるのでしょうかと言ったら、現状は非常に秩序のない世界という方向が非常に強いのではないか。

 だから、このペーパーで言いますと、1の1)の3つ目、例えば、「但し」と書いてあるようなところがもう少し掘り下げられて議論される必要があるのではないか、とりあえずそう思います。

〔 E委員 〕 2つほど申し上げたいと思います。一つは、部会長からコメントがございました、今までの発言に対してのレスポンスというところで申し上げたいことが一つと、それと別のことが一つあります。

 今までの議論へのレスポンスというところで、これはF委員が言われた外国人タレンツの点でございますけれども、これは非常に重要なご指摘だと思います。外からタレンツを受け入れるということについて、今の世界、少なくともヨーロッパの状況は、非常にホームグローン・タレント、内生タレントを非常に優先し、重視するということで、結構外からタレンツを入れることに対しては抵抗が大きいシステムを持っているように思います。

 そういう中で、日本がいわばタレンツについてのウィンブルドン化を恐れずといったスタンスを出していくとすれば、それは非常にグローバライゼーションに対して一つの面白い貢献をすることになるだろうなと思います。それにはかなりのリスクが伴いますし、また、優秀な人だけ選別的に受け入れる、有能ではない人はダメよというのはまずいですし、片や何でもありの受け入れというのもまたそこにはリスクがあるので、どういう対応をするかというのは非常に難しい問題で、まさに議論をきちんとしていくべき問題だと思います。けれども、このことについて日本が一つのはっきりした姿勢を示すというのは非常に重要なことだと思います。

 外からタレンツを受け入れて、ウィンブルドンになりますよというのは、最終的にはホームグローンの部分に対しても非常に大きな刺激効果を持っていくということで、内部的な、それこそ知価といいますか、そういうものの活性化と創造力を引き出すという意味でも非常に大きな貢献をすることであろうと思います。したがって、ここは非常にいろいろな難しい問題を含んでいますけれども、そこについてきちんと考えていくというのは非常に重要なことかなと、F委員のお話を伺いながら思いました。以上が第1点です。

 もう一つは、これはペーパーの方に戻ってしまいますけれども、2ページの5)「世界経済の展望における予測リスク、不確実な要因」という点でございます。これは挙げられているものが、非常に軟弱と言いますか、コンベンショナルなと言いますか、グローバルな世界というのではない従来の世界の枠組みの中で、20年前にも同じようなリスクをリストアップしていたような雰囲気のするものでありまして、10年後の日本のあるべき姿、21世紀に向かって世界を展望するというのであれば、もう少し違う側面からリスク、不確実要因を考える必要があるのではないかなと思います。

 その中の一つのポイントになるのは、先ほどの若干繰り返しになってしまいますけれども、既存の国という枠が崩れていくというグローバライゼーションが、今議論しているグローバライゼーションの一つの軸になることかと思いますが、そのことがもたらす不確定性、不確実性、不価値性と言った方がいいのかもしれませんけれども、そういったものをリスクとして考えていかないと、現状及び21世紀の展望をきちんとは設定していくことはできないのではないかと思います。ここで列記されているのはプレ・グローバライゼーション、グローバライゼーション以前の世界を見たときのリスクのリストではないかということで、少しここは気になります。

〔 D委員 〕 冒頭申し上げたことについて、部会長の方からレスポンスをいただきましたけれども、先ほどおっしゃったことで基本的には結構ですが、既にお示しのこのペーパーにも受け皿は用意されていると思いますので、少し申し上げます。先ほど申し上げましたのは、21世紀初頭の世界ということを考える上で、もっぱら非経済的なと言った方がいいと思いますけれども、非経済的な要因であるグローバル・イシューをどう取り込むかということが、グローバリゼーションを考える上でも、あるいは21世紀の日本及び世界を考える上でも重要だろう。

 そういう点は、2ページの2の1)「我が国の位置づけ」の2つ目のパラグラフに、「我が国はグローバルな問題解決に向けたリーダーシップをとる」と書いてあるのですけれども、グローバルな問題がグローバル・イシューだとすれば、それは軍事的な危険、要するに軍備とか核兵器とか、そういうものについての危険を解決するとか、民主化を進めるとか、市場化を進めるといったところから今始まって、環境も含まれるし、社会的な問題も含まれるし、貧困の問題も含まれる。あまりにも多様であるわけで、そういうすべてにリーダーシップをとるということも不可能でしょうから、その中で恐らく日本の比較優位を考えて、あるいは日本の持っている資産を考えて、選択的に問題を選んでリーダーシップをとるというご趣旨だと思います。既に日本はそのようにしているわけで、特に環境についてのイニシアティブは随分とっていると思いますけれども、それをどれだけ進めるかということが、21世紀の時代にどうなっているかということと絡ませて、もう少し力を入れて書いていただければと思います。

 さらに2点、簡単に申し上げます。2ページの下から2つ目のパラグラフですけれども、他の地域ということを考える上で、「他地域(例えばNAFTAやEU)」、これは先進国しか入っていないので、アジア以外の途上国も目配りをしていただければありがたいと思います。

 それから、「グローバルな問題解決に向けたリーダーシップ」ですけれども、これを考える上で日本が今、比較優位を持っていると思いますのは、これは21世紀の世界を考える上で非常に重要な問題で、日本もそうなっているかもしれませんけれども、日本以外の先進国が、非常に内向きになっているという感じが強くいたしまして、さらに内向きになっていく過程で世界がどうなるかというのはかなり重要な問題だと思います。

 いかに内向きになっているかというのは、参考資料の63ページに主要なドナーのODAの実績が書いてありますけれども、これは64ページにあるように、民間資金がどんどん増えているからいいのだということではなくて、自ずからODAでないとできないものがあるわけですが、そういう責任からだんだん遠ざかっている。援助疲れということですけれども、そういう内向きの現象がさらに強まるということも十分踏まえておく必要があるのかなと思います。

〔 J委員 〕 F委員のおっしゃられた移民と外国人タレントの件ですが、人口が減少していく中で、移民を受け入れようという話は恐らく、アメリカという国がある意味では二層構造になっていて、低賃金で経済を支えている層があります。そういうのと同じような話なのだと思うのですけれども、そういうある意味で低層の移民を受け入れてやっていこうかという話と、外国人のタレントを受け入れようという話とは、少し違う切り口だと思うのです。

 外国人タレントに関しては、受け入れるべきかどうかという話もありますけれども、受け入れようと決めても本当に来てくれるかという問題も実は大きいと思います。一つは言葉の壁があって、日本に来る留学生の日本への定着率は極めて低いと思うのですが、一方で、アメリカにおいてはアメリカに来る留学生の定着率は恐らくかなり高くて、例えばインドの人などは大変優秀な人が多いのに、インドのために働いている人は逆にあまりいなくて、アメリカで働いていい仕事をしている人が大変多いのではないかと思います。アメリカはそういった形で言葉という点や、賃金の体系においても、大変得をしていて、優秀な人をどんどん受け入れて国全体の経済を伸ばしていくといううまい仕組みを作っていると思います。しかし、日本にはそれがないわけなので、もし外国人タレントを受け入れるためには、言葉とか賃金などの部分まで考えていかないと多分ダメだろうと思います。

 ただし、一方で、そういうことをするということは大変リスクがある。リスクは双方にあって、日本の優秀な人間がどんどんアメリカに逃げていってしまうというリスクも放っておいたらあるでしょうし、一方で、日本でそういう人を受け入れられるようにすると、そういった人がどんどん入ってきてしまって、日本人にとってかえって具合が悪くなるということもあり得るとは思います。

 もう一つは、これはもしかしたら議題の3の方に関係することかもしれませんが、21世紀初頭の想定されるべき状況をまず踏まえてから、その中で、グローバリゼーションが進んでいく中で日本はどのようにすべきかということを議論しているのだと思うのですが、例えば、グローバル・スタンダードというものは一つのルールですけれども、それは決まっていても変わらないものではないと思います。

 例えば、今日の段階で何がグローバル・スタンダードかとか、そういったことを決めて、それに追い着こうとしても、追い着こうとしたときにはもう変わってしまっているかもしれないわけです。そういうルールに対して影響を与える力と、新しいルールに適応していく力と言いますか、そういったもっとダイナミックな能力が必要であって、そのためには、前回も申し上げましたけれども、コミュニケーションとか、言葉の壁というのは私は極めて高いと思います。したがって、そういった点をよく考査して、そういうダイナミックな点できちんとついていけるような仕組みのようなものを考えるのが大変大切なのではないかと思います。

〔 K委員 〕 先ほどお話がございました資料2の1ページの2)の2つ目で、「アジアにおいても、地域的な枠組みを制度化することで経済的な安定化を図る動きが生まれる」、あるいは2ページの2の2)の2つ目で、アジアで「経済統合に向けた条件が整う」、このように書いてございますけれども、こういう中で、中国をこういう場合どのように位置づけていくかというのが一つ重要なポイントではないか。その辺、どのようにお考えか、事務局の方でもしお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。

 私は、これからは欧米という一つの大きなパワーと、中国という大きなパワー、そういうものに日本がどのように伍していったらいいのかということが、一つの大きなテーマではないかと思うのでございます。

 まず、それには日本が経済的な面で国際競争力をつけていかなければならないということが重要だと思いますけれども、今言ったような問題意識に立ちますと、私は、日米関係が大変重要なのではないか。この順序が優先順位かどうかはわかりせんけれども、ある意味ではますます日米関係をしっかりしたものにしていくというのは相互に相当の努力が要ることになるのだろう。これをしっかりすることは大変に重要なことではないか。順序から言えば、これがアジアとの関係よりも上にいくマターではないかと思います。そういう中で、アジアの関係をしっかりしていかなければならない。そのときに、中国をどのように考えていくかということではないかと思っております。その辺、何かお考えがございましたら、お聞かせいただきたいと思います。

〔 事務局 〕 幾つかコメントをいただいた点でございますが、なかなか答えられないことが多いわけですけれども、最初、F委員からご指摘のあった「市場原理(資本の論理)」というのは、部会長も言われたとおり、ヘッジファンドのあのような動きを見たら、これは資本の論理だろう、それぐらい言わないと気がすまないなという感じでありました。

 また、「地域統合」という言葉を使っておりますけれども、それは内部で議論していたときに、アジアでも地域統合の方向に進まないといけないのではないかというのが事務局で議論していたテーマでありました。ただ、その場合、これだけアジアがまだばらばらな状況ではそれは無理なわけですから、当面、例えば韓国とか台湾などが少し対象になってくるけれども、まだまだASEANというところまではそうはならないだろう。ただ、こうやってどんどん発展が進んで水平分業が進んでいくと、そういう条件はだんだん整ってきます。そういう気持ちであそこに「地域統合」という言葉が出ていまして、まだ明確に地域統合を目標にしてこれからやっていくべきだというところまで打ち出すほどの勇気がなかった。そこはもしそういう方向をもっと強く出すべきだというご意見であれば、事務局としてはそれは強く出してもいいのでは、と思います。

 もう一つ、中国の話が出ましたけれども、中国についてどう考えればいいかというのは事務局もよくわからないところであり、むしろ沿海部辺りは非常にやりやすいのではと思いますけれども、内陸の大きなところまで考えたときに、アジア、アジアと言いながら中国をどうとらえればいいかというのはわからないままに、NIEsとASEANで大体アジアというイメージで書いておりまして、中国は、一方で中国としてある。どうもアジアと言いながら少し割り切れていないところがありまして、そこはむしろ委員の方から、どのように中国との関係を考えていくべきなのかということで、ご示唆いただければ非常にありがたいと思います。

〔 部会長 〕 G委員が先ほどおっしゃった、日本をアジア諸国の消費市場として考えるかということとすごく関係があるのですね。

〔 事務局 〕 おっしゃるように、例えば、本当にアメリカ的な意味でどんどん消費財等を受け入れて、いわば彼らはドルのたれ流しですけれども、円のたれ流しといった形にまで持っていけるかということは、わかりませんけれども、少なくとも水平分業がどんどん進んでいくという形で、アジアから財・サービスをどんどん受け入れていくといった貿易の拡大という意味で、アジアから財・サービスの輸入を水平分業的に受け入れるということは、これから当然の方向だし、そこは実現できると思います。そういう意味で書いておりまして、本当の意味のアブソープションがどのぐらいできるかということはなかなか難しい面もあると思います。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 それでは、引き続いて、議題3についてのご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 議題3、資料3「グローバル・スタンダードと構造改革の推進について」でございます。

 まず、第1に、「グローバル・スタンダードについて」でございますが、グローバル・スタンダードにつきましては、様々な議論がなされているわけでございますが、ここでは次のような考え方で、分類と申しますか、分析しております。その実態の第1のカテゴリーといたしましては、公的に決められるデジュアリなスタンダード。国際標準化機構のようなところで公に決められるデジュアリなスタンダード。それから、ある企業の商品など私的な市場での競争を経て、競争の勝者となることによって標準化するデファクト・スタンダードがある。さらに、近時の議論の中で広範に用いられる語法といたしまして、デファクト・スタンダードの語法をより広義に用いまして、例えば米国流の市場原理重視型の経済の運営、あるいは企業の経営の経済行動原理に関するある考え方、様式が広く受け入れられる場合にも、これを指してグローバル・スタンダードという用語が用いられているのではないかという整理でございます。

 このうち、国際標準化機構のような国際機関等で公的に決められる共通基準であるデジュアリ・スタンダードへの日本の積極的な取組みをより強化すべきであるということについては、あまり異論のないところではないだろうかと思われます。

 次に、商品・サービス等の世界で独占的な地位を築くことで生まれる事実上の標準となるデファクト・スタンダードにつきましては、基本的には個別企業での市場競争の努力によるものでございますが、これを国、政府が後押しすべきなのか。あるいは市場原理の中での淘汰のプロセスで決まるものでございますので、これは下手に政府が関わりを持つべきではないのではないか、という両論があり得ると思われるわけでございます。

 第2に、広義の用語法で最近用いられますところの企業経営をめぐるグローバル・スタンダードにつきまして、議論を整理してみました。我が国の企業、経済が低迷を続ける中で、コーポレート・ガバンナスを含む企業経営のあり方が、特にいわゆる日本的経営のあり方の是非につきということで、グローバル・スタンダードに関する議論で取り上げられることがしばしばあるわけでございます。

 中身といたしましては、グローバリゼーションの進展は、異なる企業経営のあり方の間で競争を生み出したわけでありますが、その結果、世界のすべての企業経営に共通している基準が、資本収益率という考え方に収束することが改めて明らかになってきたと見てよいか。

 次に、資本収益率に最重点を置くことは、アングロ・サクソン的な文化風土から生まれた企業経営の考え方や仕組みと整合的である一方、日本的と呼ばれる企業経営には整合的でないと言えるか。日本的と言う場合に、総論としての日本的というのではあまり議論が進みませんので、もう少し日本的経営の特徴ということで、各分野、各パートに下りて議論をすべきではないかと考えられるわけでございます。日本的経営の特徴につきましてはいろいろ挙げられるわけでございますが、ここでは雇用維持の継続、あるいは売上最大化、長期的な取引関係維持といったことが考えられるということを挙げております。

 次に、整合的であるか否かということにかかわらず、グローバル化した資本市場から資金を調達せざるを得ない限り、格付け等の問題もございますので、企業経営で成功を収めるためには、最終的には、一定率以上の資本収益率をあげるような経営を行わざるを得ないのではないかということでございます。

 2ページにまいりまして、さらに具体論に進みまして、こういった問題意識の下に、構造改革の方向性ということでございますが、グローバリゼーションの進展によりまして、企業が共通のグローバル・スタンダードの下で競争することが求められているとするならば、そういったグローバル・スタンダードに取り組む企業活動にとりまして、それを邪魔すると申しますか、不都合な事業環境を改善しない国・地域、都市は、企業がそこから退出してしまうということになるわけでございます。その結果、そういったところは雇用機会、あるいは消費財を与えることもできず、ひいては行政サービスの提供もできなくなっていくという制度間競争における敗者となってしまう。

 こうした観点に立ちまして、日本におきましても、規制緩和、構造改革に取り組んできたところでありますが、我が国経済、産業、企業の最近のパフォーマンスの悪さは依然として問題を抱えていることを示唆しているわけであります。グローバル・スタンダードという観点から、特に早急に改革が求められている分野、課題は何かといった問題意識でございます。

 個別具体論につきましては、構造改革推進部会の方の話となろうかと思いますが、そちらの議論への橋渡しともなるべき部分についてのご議論をお願いしたいところでございます。

 次に、社会の変化でございます。経済の制度や仕組みといった面におきましては、自由主義資本市場経済原理を貫徹することがグローバル・スタンダードというべきものになっているわけでございますが、その上部構造と申しますか、経済活動に関する人々の行動のあり方、文化といいますか、人々の考え方といった面におきましても、グローバル・スタンダードと呼ぶべき基準が存在するのか。それとも経済活動でのグローバル・スタンダードを支えるものはそういったことではなくて、特定の文化に収斂せずに複数の文化的特質が共存するというものなのかといった問題意識でございます。

 次に、特定の文化に収斂せずに複数の文化的特質が共存するためには、異質な文化の共存が可能、即ち多様性を許容する社会となることが求められるわけでありますが、これは具体的にはどのような条件を必要とするのかといった問題でございます。

 次に、先の構造改革が進展し、透明で公正な市場システムが我が国に確立すれば、多くの外国籍企業、外国の人材が事業機会を求めて我が国に参入してくると期待されるところでありますが、この動きが本格化するには多様性を許容する社会の確立が必要なのではないかといったことでございます。

 企業立地、専門的な職業人の移動パターンからは、我が国の企業・人材が諸外国に流出し、それなりに成功することの度合いに比べ、諸外国から我が国に外国の企業、外国の人材が流入し、同様の成功を実現する度合いは少ないと見られるわけでございますが、この原因は何かといったことでございます。

 参考資料3をご覧いただきたいと思います。グローバル・スタンダードにつきまして、デジュアリなスタンダードとは何か。これは先ほど申し上げました国際標準化機構といった機関、あるいはWTO、BISの規制、あるいは証券監督国際機構などによって作られているというわけでございます。それから、デファクト・スタンダード。

 具体的な語法例を少しかいつまんで引いてみましたが、例えば、先般出ました戦略会議の答申では、グローバル・スタンダードに合致した金融市場やシステムを構築する必要があるということで、グローバル・スタンダードとは何かということについては、特に精密に定義せずに用いて、いわゆるグローバル・スタンダードという言い方をしております。あるいは著者によりましては、ナレッジ・マネージメントがグローバル・スタンダードであるとか、そういったやや抽象的な議論を展開されている方もおられます。

 3ページにまいりまして、デジュアリ・スタンダードの例ということで、ISO、IECを取り上げています。IECは電子関係の国際標準化機構でございますが、こういう個別の技術分野につきまして、各国が幹事を引き受けて、幹事が中心となって国際規格を作るわけでございますが、幹事引受け数を見ますと、日本は経済的な規模の大きさということを考えますと、オランダ、スウェーデンといった国並みの幹事しか引き受けていないといった現状がございます。

 4ページにまいりまして、同じような話でございます。

 5ページにまいりまして、企業経営の世界共通基準の資料でございます。製造業の総資本当期利益率、非製造業の資本当期利益率につきまして、日、米、独についてプロットしてみました。ご案内のように、日本は他国に比べて低いという数字でございます。

 6ページにまいりまして、企業経営をめぐるグローバル・スタンダードの議論の参考資料といたしまして、コーポレート・ガバンナスにおける提言ということで、イギリスとアメリカの最近の勧告を挙げております。

 7ページから、我が国の企業が重視している経営方針の比較ということで、少し最近の調査をかいつまんで列記してみました。従来の経営方針の重点、今後重視すべきであるという経営方針ということでアンケートをとっているわけでございますが、従来からの日本的経営の特色であった終身的な雇用の維持が困難となると同時に、必要な人材を中途採用といった形で確保することが読みとれます。また、積極的なリストラを進めるということで、収益率の改善を目指すことも将来の目標としていることが読みとれるわけでございます。

 8ページにまいりまして、日本の企業経営者が業績判断をする指標の変化ということでございます。これも現在と今後ということでアンケートという形、経済同友会の企業白書から引かせていただいておりますが、今後の経営指標として重要視すべきものとして、キャッシュフロー、あるいはROE、ROAといった利回りに関する指標が挙げられておりまして、売上高や経常利益といったボリュームそのものといった水準を示すものは低下しております。

 9ページは、ステークホルダーの重要性に見られる変化ということで、アンケート結果からは、今後重要視すべきステークホルダーとして株主・資本家を挙げる一方、従業員にウェイトを置く考え方が低くなっていくことが示唆されております。

 10ページは、雇用方針の変化ということで、長期的な雇用を維持することが困難になっている。それに伴いまして、年功序列型の賃金構造も放棄する可能性が示唆されるということで、日本的経営の特徴に変化が見られるところでございます。

 11ページは、将来の企業の姿に関するイメージでございますが、規模ではなく収益、業界内の協調より競争、権限と責任の現場委譲、内部留保よりは株主への配当、といった形でイメージしているところでございます。

 説明は以上でございます。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 皆さんからご意見をいただく前に、一言だけ申し上げたい私の印象なのですが、英語の問題なのですけれども、恐らくデファクト・スタンダードで日本で混乱を起こしているのは、日本語では、ザ・グローバル・スタンダードという言い方と、グローバル・スタンダーズという言い方の区別がつかないのですね。ザ・グローバル・スタンダードというものはあり得ないのです。つまり、金本位制みたいなゴールド・スタンダードのようなものはなく、それはしょっちゅう変わっていくもので、ダイナミックなものであり、いろいろな種類のものがあるからです。恐らく英語で書くとすれば、グローバル・スタンダーズというのがあって、ザがつかないはずで、しかも、複数だろうと思うのですね。だから、C委員がグローバル・スタンダードという言葉はないとおっしゃるのは、ザ・グローバル・スタンダードはないということを言っているのではないか。そうするとかなりわかりやすくなるような気がいたします。これは私の一人言だと思ってお聞きいただければよろしいのですが。

 それでは、どうぞ皆さんからご意見をいただきたいと思います。

〔 F委員 〕 大変わかりやすい説明をしていただきまして、ありがとうございました。それから、部会長のお話を伺ってそうだろうと思いましたが、このグローバル・スタンダードというカタカナの言葉で、資料3の3ぐらいのところまでにこの言葉を使うのはそれほど違和感はないのですけれども、「社会の変化」というところまでグローバル・スタンダード、これも、ひょっとするとここのところはザがついているのではないかという感じがするのは、私は少し違和感があるのですね。私はやや偏見があって、特にデジュアリ・スタンダードは、はたしていいものか悪いものか、決めてしまうのだか、よくわかりませんけれども、概ねデファクト・スタンダードになるものというのは、私は判官びいきですから、大体一番いいものはならないのです。2番目にいいものぐらいが大体デファクト・スタンダードになるわけで、私の美的センスからすると、ウィンドーズよりはマッキントッシュの方がいいし、タイプライターのクナルティーなどというのはインチキなタイプの基準だという感じがしていますし、今のワープロでも、日本語のワープロだからグローバル・スタンダードではないけれども、ジャパニーズ・スタンダードがみんなローマ字かな漢字変換になったというのはどう考えても変な話で、親指シフトキーボードの方がいいに決まっているのですが、それは仕方がないことです。

 たから、デファクト・スタンダードというものもそうやって決まっていくのはわかりますし、インクリーシング・リターンの世界ですからそういうことはあるのだろうと思うのですが、それを「社会の変化」のところで言うと、これは明らかにデファクト・スタンダードなのだと思います。「社会の変化」を決めるというのは、世界政府でも作らない限りはなかなか難しい。

 そうすると、デファクト・スタンダードは、この社会ぐらいの大きなところになると、あまりユニットとして、そんなスタンダードの、前に議論しているようなアナロジーがきくような話ではないのでは、という気がするのです。「自由主義資本市場経済原理を貫徹することがグローバル・スタンダードとなっている」というのも、確かにそれは社会主義とか封建主義などと比べれば、これがグローバル・スタンダードだというのはわかりますけれども、何となくそれは写本やガリ版やタイプライターよりはパソコンの方がグローバル・スタンダードだと言っているような感じがします。まだパソコンの中でも、グローバル・スタンダーズというのは、いろいろなものがあって競争しているのだと思います。自由主義資本市場経済原理というものも、いろいろなものがあり、これだと決まっているものはまだよくわからないのだろうと思うのです。

 ですから、それを予めグローバル・スタンダード、それも定冠詞がついているかのように話すのは私はやや違和感がありますし、まして、それを文化とか人々の考え方というところまで進めると、グローバル・スタンダードという言葉として妖怪のようにその辺を漂わせる、あるいは人を驚かすにはいいかもしれないのですけれども、具体的に定義してください、文化でグローバル・スタンダードとなる文化とは何ですかと言われたら、よくわからないと思います。

 例えば、英語は言語としてグローバル・スタンダードの一つであるということはいいと思いますけれども、英語も話せばそれなりの文化が言語収束に伴ってくっついてきますけれども、そうは言っても、インド人も英語を話しますし、オーバーシーズ・チャイニーズも英語を話しますし、アメリカ人でも英語を話すという中で、これは同じ文化だと言うのは何か少しおかしいなという感じがするので、できればこの辺りまでグローバル・スタンダードのアナロジーを持ってくるのは、私はやめた方がいいのではないかと思います。

〔 L委員 〕 資料3は私はわりと素直に入ってきたのですけれども、グローバル・スタンダードは、私の個人的な分け方は、一つは尺度とかルールがあると思います。私はどうしても金融が専門なのでそちらを例にすると、例えば、金融機関の財務諸表が日本の銀行が原価法、簿価主義を採用していて、欧米の金融機関が時価主義を採用していると、比較可能性が担保されません。特に金融市場はグローバル化してしまったので、そうすると共通の尺度、ルールとして時価主義を取り入れようというのは自然な流れだと思います。例えば自己資本比率にしても、8%という数字そのものに特別な意味があるわけではなくて、国境を超えて業務を行うのであれば、運転免許証みたいなもので8%という考え方もできると思うのです。

 ここまでは日本の企業もエイヤッで仕方がないと取り入れることができると思うのですが、先ほど堺屋長官がおっしゃられたように、今議論になっているのは、そういうルールとか尺度の部分ではなくて、もう少しソフトなところです。それが企業経営に関わる部分だと思うのです。この企業経営に関わる部分が具体的にどこに影響がいくかというと、人事とか雇用システムです。これが今までの日本型の雇用とか人事とあまりにも違い過ぎるので、ここに非常な抵抗感が広くあるのだと思うのです。

 私は個人的には、それでも勝ち組のシステムなので、私自身アングロ・サクソン型と呼んでしまった人間の一人ですけれども、アングロ・サクソン型の対極にあるものとしてではなくて、勝ち組のシステムで汎用性がある部分についてはどんどん取り入れた方がいいのではないかと主張している人間ですけれども、その一方で、経済企画庁とか政府がこれに対してとやかく言わなくても、先ほどJ委員が言ったとおり、日本の企業は取り入れざるを得ない方向に今あると思います。例えば分社化というのは、私の本の中ではアングロ・サクソン型経営の一つの特色としているのですけれども、これは日本型と相入れないかというと決してそういうものではなくて、それをすることによってメリットが多いと判断した企業は今続々と導入しています。ですから、放っておいてもそういうソフトの部分についても生き残らなければいけないという意味で企業は自然にとっていくのではないかと思うのです。

 そこまで申し上げて、ただ、日本にはそれを政府が支援する、しないという意味ではなくて、それを阻害している要因があると思うのです。その一つが正に不良債権問題なのです。今回、公的資金の投入が決まりそうで、枠としては25兆円あるわけですけれども、それによってとりあえず銀行のバランスシートはきれいになるわけです。バランスシートがきれいになるということは、25兆円が結果的に導入されて、それによって不良債権に対する引当を積むということで銀行のバランスシートはきれいになります。ところが、不良債権として残った部分は、引当を積んだからといって、そのまま銀行のバランスシートの中に残しておいたとすれば、劣化する、棄損する可能性が非常に高いわけです。これが棄損しないためには、景気が目に見えてよくなるか、あるいはインフレーションが起きる、あるいは起こすか、不動産価格が上がるしかないわけです。この3つが可能性が低いとすれば、銀行にとって今回の25兆円の枠を有効に活用するためには、不良債権をバランスシートからはずさなければいけないわけです。それを今後銀行がやるのかどうかということは個人的に非常に疑問視していて、これが非常に不安なのです。

 もう少し話を続けさせていただくと、具体的には、例えば、建設業、不動産業界を中心にそういう不良債権が、銀行の反対側である企業のバランスシートの資産勘定にあります。ここにメスをこれから本当に入れようとするのか。これは金融再生委員会の仕事でもないし金融監督庁の仕事でもないし、誰がリーダーシップをとるのかというのは非常に疑問なのです。しかし、これをやらないと、せっかく25兆円のお金を使っても、既に競争力を失った、再編整理をしなければならない業態に残っているお金が全然戻ってこなくて、他の産業に回らないという事態があります。これがそういった経営システムの部分を日本に投入する足枷になっている一つだと思うのです。

 もう一つ、誤解を恐れずあえて言うと、雇用関連の法律だと思うのです。日本の労働基準法自体は非常にリーズナブルなのですけれども、判例のおかげで非常に企業から人を出しづらい法体系になっています。今たまたま労働省の別の研究会で金融機関における労働事情をこの半年間やってきましたが、いくら日本の金融機関が競争力を身につけたいと思っても、結局ネックになっているのが雇用関連の法律です。これは実は出口のところを出しやすいようにするというのは、もしかすると日本にとって非常にいいことかもしれないのです。先ほど「誤解を恐れずに」と言ったのはそういう意味なのですけれども、ここについても、ここの部会でやるかどうかは別なのですけれども、どうしても言及しておきたかったことの一つなのです。

 最後に、非常に不安なのは、先ほど景気が目に見えて回復するか、不動産価格が上がるか、インフレが起きれば放っておいてもいいという話をしたのですけれども、放っておくと永田町の空気はインフレに走りそうな気が非常にしています。この間の戦略会議のペーパー、唯一非常に不満だったのは、国債の買切りオペの拡大がついに盛り込まれてしまって、日銀に対しては新発債の引受けまでという、そういう圧力が非常にかかりつつあります。インフレで借り手のバランスシート、それこそ不良債権の含み損の部分が水面下に沈んで見えなくなるのですけれども、そうすると、構造改革は全く進まないのです。ですから、これについてもこの場を借りて指摘させていただきました。

〔 G委員 〕 今、最後にL委員がおっしゃったことに関連して、私も常々感じていることがありますので、まずそれから述べたいと思います。

  これはペーパーでは2枚目の一番最後のところで、なぜ日本には人が来ないのか、その原因は何かということなのですが、一つの大きな原因は、日本の会社は一旦雇ったらなかなか首が切れない。したがって、雇うことに非常に慎重になるということなのです。これは借地借家法と同じ理論でして、借地借家法は弱い人を保護しようというのが一つのテーゼで、弁護士会などはよく言っていて、みんなそちらの方向に活動家は流れています。しかし、それはむしろ、逆の立場からしますと、保護し過ぎますと貸さなくなりますので、供給が止まってしまう。外資系企業は、日本の慣行とか判例に対して、非常にクレイジーだと言う。こんなに首が切れないのであれば雇えないということなのです。契約があっても、契約自由の原則がきかない。ですから、そういうところが、まず雇いにくいということです。

 それから、これは会社組織的な意味では今申し上げた通りですし、個人的な意味からしますと、多分これはいわゆるジャパニーズ・ドリーム的なものがアメリカン・ドリームと比較するとないということだろうと思います。平等化社会過ぎて面白味がない。いわゆるタレントと呼ばれている人、これは必ずしも高学歴な人を意味しないと思うのですけれども、フロンティア精神とガッツのある人が学歴の有無を問わず、なかなかやってきても面白味がないということがあろうかと思います。

 それから、最近いわゆるグローバル・スタンダード的なコーポレート・ガバナンス、出向役員制度とか、そういう中にも大きく2つ傾向があります。

 ソニーをはじめとするように、外国人株主比率が非常に高い、40%を超えたり50%に近づいているようなところ、法律的な観点から言うと、3分の1を超えますと重要事項については拒否権が発生する。中には、50%を超えまして支配権を脅かされているような企業があります。当然ながら、それは変な企業ではなくて、むしろ超優良企業になればなるほど外国人の投資家が増えます。そうしますと、外国人の投資家というのは収益率を気にしますし、コーポレート・ガバナンス的な意味でもグローバルなアングロ・サクソン的な、いわゆる資本の論理が入ってくるのですね。そうしますと、これは理想論ではなくて、やむにやまれずやらざるを得ないのです。そうしないと自分たちの役員の首が飛んでしまう。会社の経営が脅かされるというところがあると思います。

 片や、すべてそういう企業ばかりかといいますと、株式を公開していない企業は全くそういうことはありませんので、ファイナンスさえつけば、そういうことは全く気にせず、いわゆる独自の社風で会社の経営はできると思います。

 会社とは何のために存在するのかというのは、主に4つ言われておりまして、資本、株主のため、従業員のため、取引先のため、最終的には社会のため。これをどの程度どれを重視するかというのは、国によってかなりニュアンスがございます。ドイツなどはかなり労働者とか社会等を重視する。フランスも同じだと思いますが。英米系は資本の論理を重視している。日本がどの辺りに会社経営を位置づけるのかというのは、これは必ずしもいわゆる今で言う事実上のグローバル・スタンダードだけにとらわれる必要はないのではないかと思うのです。

 特に、公開企業でなく、日本の経済を支えてきたと言われる中小企業にとっては、あまり外国人資本家の論理を重視する必要性もありませんし、そこにファイナンスが流れる仕組み、例えば日本人によるファンドとか、こういうものが発達してくれば、ある会社の経営にとっても、ある意味での2極化によってスムーズに経済活動ができる地盤が整ってくるのではないかと思うのです。

 したがって、経営についてグローバル・スタンダードというのは、あまりにも単数でザをつけたような形でとらえ過ぎると、実態にも合わないし、日本がかえって成長していく上で阻害要因になるのではないかと思っております。

〔 D委員 〕 このテーマになってから冒頭でF委員が言われたことに全く賛成なのですけれども、実は社会の仕組みとか、ひょっとすると文化とか、そういうところまでザのついたスタンダードが入り込んできているというのが実態ではないかという懸念をするのです。

 参考資料3の最初のところで「いわゆる」という定義がありまして、その最後にありますが、「世界の経済社会が向かっている方向を規定している考え方や理念」。まさにこういうことで、冷戦終結後、普遍的な規範というのがよく言われるようになったのですけれども、その中でガバンナスという言葉があります。このガバナンスが普遍的な規範だということが強く言われるようになっただけではなくて、97年の8月に今まで政経分離を最も金融に限定して活動していたIMFの理事会で、新しいというか、リバイズされた業務ガイドラインが採用されて、そこに相手国の政治的な状況を考慮することは正当であるということが言われました。

 これは政治に介入するというシステムではもちろんなくて、政治的な状況がガバナンスに影響し、ガバナンスが金融の規律とかビヘイビアに影響し、それが通貨とか金融の不安定性、あるいは安定性に関連するからということなのです。しかし、残念ながら、もともとのガバナンスという言葉は非常にふわふわした言葉ですから、これを振り回されると、まさにF委員が懸念された、私もその懸念は共有しているのですけれども、そういうことが起こるという気がします。

 特に、いろいろな理由でエマージング・マーケットで、あるいは普通の途上国で、経済危機がこれから随分起きてくると思います。その中で、それを支援する側がガバンナスという、非常にどうにでも使える言葉を使って支援をしていくと、こういうことが実際に、ザがついた形でいろいろな社会の仕組みの中に入ってくるのではないかという気がします。したがいましてこの辺は、この事務局のペーパーが引き続き考えていただければと思います。

〔 E委員 〕 今、D委員、F委員がおっしゃいましたこととある程度はオーバーラップしてしまうかと思うのですけれども、我々がここで議論すべきことは、比較文化論ではないのだと思います。

 そういう意味で、資料3の1ページの2番目のポイントで、「アングロ・サクソン的な文化風土」、あるいは「日本的と呼ばれる企業経営」というアングルから議論していくということは、あまり適切ではない。正確に言うと不毛ではないか。これは要するにエイジアン・バリューズ対アングロサクソン・バリューズの攻防の中で、どちらが勝利したのかといった議論が盛んにアジア危機をめぐって展開されてきましたけれども、こういう発想になってきてしまいますと、何をやっているのかということが非常に見えなくなってくると思います。

 重要なことは、グローバライゼーションという問題提起の関わりで、物事を日本はどうするのかということを考えていくときには、日本というものが現在の経済のスケール、あるいは経済の成熟度などに合った展開をするためには何が合理的であって、何が不合理なのかというところから考えていくところだと思います。

 繰り返しになりますけれども、そういう自らの経済のスケールと成熟度、進度にふさわしい展開をするということがなければ、グローバルな観点から見た社会的責任を日本は果たせないということになっていくと思うので、そういう観点からこの問題は考えていかなければいけないことであり、さも日本特殊論は是か非かといった話になってきてしまい、議論の軸がズレていくと思います。

 そういう意味で、私もナンバー4の「社会の変化」というのは、この議論の中では非常に座りの悪い部分だと思います。

〔 K委員 〕 この1ページの2で「企業経営をめぐるグローバル・スタンダードについて」ということ、いままで雇用システムなどについてご意見がありましたけれども、このようにグローバル・スタンダードについて、一つ一つの具体的な問題について議論していくのは大変いいことではないかと思います。

 雇用のシステムについて考えますと、いわば大変急激な産業構造の転換を迫られているというときでございまして、とかくすればそういう中での議論になりやすいと思うのです。しかし、長い目で見て、本当に何が国際競争力を持ち得るシステムなのか。雇用システムという面で言えば、何が国際競争力を持ち得るシステムであるのか。それは当然、国際競争力を持つ雇用システムであればそれで雇用を創出していくわけでございますから、働く人にとってもプラスになるわけですが、何がそういうものであるか。また、国の守るべき価値としてどう考えたらいいのかということであろうかと思うのです。

 これからは人材の時代。人材育成というのは非常に重要な時代ですけれども、数字で申しますと、日、独の勤労者の勤続年数と、アメリカの勤労者の勤続年数は違うわけで、日、独の方が長いわけでございます。これからどのようになっていくかわかりませんけれども、それは人材の育成という面でプラスとなっています。日、独でそのように勤続年数が長いということは人材の育成にプラスしているのだろうと私は理解してきております。

 それから、今、EUでいろいろな形で労働法制といいましょうか、そういったものをEUの中で議論しておりますけれども、その方向は、かなり日本のものと近いものが議論されているということだと私は理解しております。むしろ日本のシステム+市民権的なものといいましょうか、そういった規制をそれに乗せていくといったものが、現在EUで議論されているわけでございますから、アングロ・サクソン的なシステムとその他のシステム、これらをよく考えて長期的に判断していく必要があるのではないか。今、日本は大変厳しい状況でございますし、確かに雇用が、余剰労働力が大きな足枷になっているということは否定するものではございませんけれども、長期的に見てどういうシステムがいいのか、そこはじっくり考える必要がある問題ではないかと私は思っております。

〔 H委員 〕 どなたもお触れにならなかったようなので、一言だけ。

 1ページの1の2つ目のポツ。「個別企業の対市場努力によるものであるが、これに対して政府はどのような関わりを持つべきなのか」。これですけれども、僕は単純なことしか言いませんけれども、陰に陽にでもいいですし、陰に陰でもいいのですけれども、デファクト・スタンダードを個別の企業がある品目についてある市場で世界的なスタンダードとして成立しそうなときには、ありとあらゆるサポートをすべきだろうと思います。USTRが保険問題とか、あるいは写真のフィルム問題というところで、ほとんど個別企業のヨイショをして平気な顔をしていた。これに対して、日本側は同じような迫力とエネルギーでぶつかっていたかどうかよくわからないのですけれども、ああいうことを日本は全体として、あるいは政府として、国益ということを腹の中にしまって、これは一生懸命やっていただきたいなと思います。

〔 I委員 〕 4の「社会の変化」についていろいろなご意見がありまして、そういうご主張の意味はわかりますが、グローバル・スタンダード、あるいはグローバライゼーションそのものが、国民生活なり社会にいろいろな変化という面も含めて具体的な影響を与える。その辺の兼ね合いは、今、E委員が言われたような面は確かにあると思いますが、全く触れなくていいのかという意味で、留意しておく必要があるのではないかと思います。ここに書いてあるような語感なのどうか、あるいは中身なのかというのは、もう少し吟味してもいいと思いますけれども。

 それから、参考資料はどういう位置付けになるのでしょうか。例えば具体的な用語法令云々のところや、同友会の「第14回企業白書」です。例えば「第14回企業白書」9ページの「ステークホルダーの重要性にみられる変化」。これはまさにいろいろ議論があるところでして、従業員の重要性が低下すると言われて、そう思う人がおられても別にそれはそれなのですけれども、社会的なそれぞれの仕組みの中で調整する仕組みをどう持つかという議論に裏打ちされて、こういう議論というのは成り立つのだろうと思います。

 例えば、ドイツで言えば、共同決定法なるものが、内部留保等、従業員の配分という意味も含めて内部留保と株主への還元というところを、ある種、論議する場として機能させていこうという仕組みがあるわけです。日本の場合、それが今どういうことで担保されているのか。あるいはアメリカの場合、そういう議論はどういうことになっているのか。それぞれの国の持っている仕組みとステークホルダーとの関わりに関する、提示された、あるいは暗黙裏にある感覚といいますか、そういったものを含めて議論していかないといけないお話であるにもかかわらず、作られた人の感覚でこういうものは出てくるのだろうと思いますけれども、こういうときに参考資料としてお出しになるものは、もう少し両論あるなら両論あるような資料が一緒に出るべきではないでしょうか。そういう意味で、この参考資料がゆくゆくベースになるものとして引用されるとしたら、その辺のご配慮を持っていただきたい。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

時間がまいりましたので、今日の会合を閉めたいと思いますが、今、I委員のおっしゃったグローバル・スタンダードが社会に与える影響と、ほかの委員がおっしゃった、社会のあり方とか文化までグローバル・スタンダードをやられてはかなわないよということは両立する議論なのだと思います。ですから、I委員のおっしゃるのは、いわゆるグローバル・スタンダードと言われているものを、日本にそれがいろいろな形で入ってきたときに、それが社会に好ましくない影響を及ぼすなら、そういうものは入れないのだという議論が出てくると思います。

〔 I委員 〕 好ましい影響もある。

〔 部会長 〕 好ましい影響もあるし、悪い影響が出てくるものもある。そういう話だろうと思いますので、必ずしもそれは矛盾した話ではないと思います。ご意見はよくわかりました。

 それから、参考資料の方は、これはあくまで参考資料で、ご覧になって、そういうものがあるかという程度ではないでしょうか。例えばいわゆるステークホルダーについても、3年ぐらい前の日本経済新聞の調査とかいろいろありますけれども、世の中は変わっています。そういう意味では参考になるという感じがしますが、事務局の説明を聞いて、今日の会合を終わりたいと思います。

〔 事務局 〕 これは今のご議論の参考ということで、少し議論を呼ぶかなという感じの資料を集めたところでありまして、そういう意味では、言及いただいて、それはそれなりによかったのかなと思います。

〔 部会長 〕 それでは、どうもいろいろとたくさんのご意見をいただきまして、ありがとうございました。

 次回以降の日程について、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 次回は3月15日(月)午後2時から4時まで、場所はこの庁舎の4階の 404会議室を予定しております。別途通知を郵送し、ご案内させていただきます。

〔 部会長 〕 それでは、第2回のグローバリゼーション部会の審議は以上にいたしたいと存じます。

 本日は、長時間どうもありがとうございました。

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