経済審議会国民生活文化部会報告書

平成11年6月

はじめに

 人はいずれかの共同体や組織に帰属して、生活の糧を得ながら身の安全と心の安らぎを得ている。それらの形態は、時代をおって社会環境が変化するとともに変容する。産業化ないし工業化以前の農業中心の社会では、家族及びそれを取り巻く共同体が、その内部で生活上のあらゆる必要を満たすために相互扶助を行い、緊密な関係を結んでいた。やがて、産業化社会を迎え核家族化が進むとともに、伝統的共同体家族がそれまで担ってきた機能は縮小し、それに代わって企業や充実し始めた社会保障制度が、生活保障上の重要な役割を果たすようになる。特に我が国は、戦後、企業が人々の生活水準の向上、安定化に大きな役割を果たし、家族が企業のサブシステムとして位置付けられる「企業中心型社会」を作り上げた。

 現在、こうした「企業中心型社会」が歴史的潮流の変革を受けて大きな転換期を迎えている。経済社会が成熟化した今日、規格大量生産型のシステムではさらなる社会の発展は困難となっており、今後は、知識や知恵を新たに創造したり使いこなしたりすることによって生み出される価値が、企業収益や人々の満足を高める上で重要となってくる。さらに、経済成長の低下により企業の体力が低下したことや、我が国の人口構造が高齢化してきたことも加わり、これまでの年功序列的な企業組織、処遇、賃金といったシステムを維持することが難しくなってきている。また、予測を上回る少子高齢化の進展により、現在のままでは、社会保障にかかる給付が急速に増大し、同時に将来世代の負担も上昇することが見込まれている。これらのことが国民の多くがこれからの高齢社会の生活に不安を抱く一因ともなっており、さらに最近の雇用状況に対する不安等とも相まって消費低迷を招き、我が国経済の停滞につながっている。

 歴史的潮流が大きな変革期にあることは、ある意味で我々の生活の将来に大きな希望を与えることともなり得る。即ち、今こそ、我が国の将来社会システムを大きく変革することによって現在直面している困難を克服し、国民一人一人の生活をもっと豊かに、そして安心なものへと変革していく絶好の機会であるからである。そのような意識で見た場合、これからの21世紀初頭における国民の生活を取り巻く経済社会システムはどのようなものとなっていくのだろうか、また、どのような姿に変革していくべきなのだろうか。

 結論的に言えば、国民生活を取り巻く我が国の経済社会システムは、「個」を中心とした社会となるであろうし、その中で「個」が新たなネットワークを形成していく、そうしたものに作り変えていくことが望ましい。言いかえれば、ポスト「企業中心型社会」とは「個」が主役となる時代である。

 しかしながら「個」の自由は、それが放縦されたままになると、時には「個」の生活の破綻を生むリスクを増大させる。また、時には社会秩序の維持を困難にさせ、人々の生活の安心をゆるがせかねない。そこには、自ずと生活上の「安全ネット」と一定の社会的制御が求められる。これからの時代は「個」を主役としながらも、人々の間でいかに生活上の「安全ネット」を形成し、自由と責任のバランスを適正に保つかが求められる時代である。

 「個」が主役である時代像と、「個」が作り出す新しいネットワーク、そしてそれを支える生活の「安全ネット」ともいうべき年金、医療、介護、福祉といった社会的な制度や仕組みをいかに築き上げていくかが明確に示されることによって初めて、人々は安心してこれからの社会の中での自分の生活を豊かに画くことができるのではなかろうか。

 以上のような認識の下で、国民生活文化部会では、検討を行ない、提言するものである。

第1章 総論:「個」が中心となる社会の全体像

1.「個」が中心となる社会へ

 戦後、我が国では企業が人々の生活水準の向上、社会の安定化に大きな役割を果たしてきた。そして、家族もそうした企業を支えるサブシステムとして機能してきた面が強い。しかしながら、現在、企業を取り巻く環境は大きな転換期を迎えており、家族もまた従来果たしてきた家族の機能の脆弱化と構成員の個別化の現象が進んでいる。その一方で、新たなコミュニティ活動が活発になりつつあり、自己実現の場が多様化していく可能性が高まっている。

 すなわち、21世紀初めの我が国は「個」が主役となる時代を迎える。人々の企業、家族、その他の社会活動等とのかかわりが変化し、個の自由を活かすにふさわしい社会の仕組みの構築が求められることになる。

(1)企業中心型社会の変容

 戦後の高度成長期を通じて、日本は、主として企業活動を通じた生活水準の向上、社会の安定が追求され、成功した社会であったといえよう。企業は、終身雇用、年功序列等に代表される日本的雇用慣行や福利厚生により従業員の生活の安定を図ると同時に、従業員の間に企業への帰属意識、一体感、忠誠心等を持たせることとなった。

 しかし、これまでの企業中心型社会を可能にしていた環境がこのところ大きく変化してきている。

 ポスト規格大量生産型社会を迎えて、知識や知恵を新たに創造し使いこなすことによって生み出される価値が重要になるとともに、バブル崩壊による企業体力の低下や経済成長の鈍化により、産業・就業構造の調整が必要となっている。また、我が国の人口構造が高齢化する中で、景気の低迷を背景に中高年層を中心に雇用過剰感が増大している。企業の能力重視による従業員評価も強まっている。こうした動きを背景に、終身雇用や年功序列型の組織・処遇を見直す企業も見られるところである。

 今後の個人と企業との関係は、個人の仕事能力を媒介とする契約関係という性格が強まり、献身の度合いや生活態度ではなく仕事の成果によって、従業員の能力が測られるという傾向が強まる。その結果、企業はその従業員にとって、従来のように生活的機能も含めて全面的に帰属できる場ではなくなっていく。

(2)家族の変容

 日本の家族は、戦後、産業化・都市化が進展する中で、核家族化が進行するとともに女性の社会進出も進み、それに伴って家族の持つ機能も変化していった。家族の機能のうち、老人の介護や育児、家事といった機能は弱まり、それを補完するものとして、年金、医療、介護、保育に関する社会保障制度が充実した他、家事のアウトソーシング市場が広がった。

 このような家族機能の外部化は、家族という共同体の束縛からその構成員を自由にした。家族という特別なつながりによる「情緒面」での拠り所としての機能は依然として重要ではあるものの、それぞれの家族構成員がもはや家族の中だけでは完結し得ない生活を行い、意識の上でも行動の上でも、自分自身の関心や目的意識を大切にするようになった。こうした結果、家族構成員の個別化が強まり、家族は単に一緒に住むというだけでは望ましい関係を築くことが難しくなっている。

(3)個人と新たなコミュニティとのかかわり

 企業、家族といった従来の帰属先とは異なる第三の活動の場として、個人が自発的な意思によって参画する様々なコミュニティの活動が活発化する条件が整ってきている。情報通信手段・情報通信ネットワークの発展が、距離や時間の制約を離れて個人間の情報交換を格段に容易にし、幅広い人間関係の新たな形成を助ける。また、これまで女性が積極的に活動してきたコミュニティ活動に、会社人間を脱して時間的余裕を持った男性が参加していく可能性も高まる。そうした新たなコミュニティ活動の中核的な存在として、NPOの果たす役割が期待されている。

(4)「個」を主体とする「複属社会」の形成

 企業中心型社会の変容を受けて、人々は企業への強い帰属意識から離れることになる。また、企業を離れた人がそのまま家族に帰属できることにはならない。構成員の個別化が進んでいる家族にあっては、構成員一人一人が意識的に参画して家族を築き上げる努力をするのでなければ、帰属の受け皿とはなり得ない状況にある。

 21世紀初めの我が国では、人々はある特定の組織や共同体に全人格的に帰属するのではなく、企業での仕事や家族との生活を分かち合いながらも、それらとは別に自分自身の興味と関心に従ってビジネスともプライベートとも異なる、社会的な目的や関係性を求めて参加する帰属先を見つけることになろう。これによって、「個」を主体とする「複属社会」が形成され、人々の自己実現の場が多様になっていく。

2.「個」中心社会における「経済的豊かさ」の確保

 我が国においては、今後、急速なテンポで少子・高齢化が進行し、若年労働力が減少していくことから、労働力人口全体が減少するとともに、労働力も高齢化していくことが見込まれる。

 このような社会で経済的な豊かさを維持していくためには、高齢者や女性も含めて各人が、経済的自立を得て「個」としての立場を確立し、その意欲と能力を十分発揮し得ることが重要である。

 このためには、高齢者や女性がより一層活躍できるよう、雇用や生きがい発揮の場を整えていくことが必要である。さらに、NPO活動や地域活動等を自らの意欲と能力を発揮する場として支援していくことが必要である。とりわけ、子供を持つ女性が「個」として能力を発揮していくためには、男女の固定的な役割分担意識の是正を図るとともに、就業と育児の両立を支援していく仕組みを整備することが求められる。こうした仕組みは、出生率の低下を押さえる方向にも寄与し得る。

 一方、我が国では、戦後の産業構造の転換に伴い都市化・産業化が進展し、家族の形態も農村部における大家族が減少し都市部での核家族が増加してきた。このため、従来子供が担ってきた老後の親の扶養が次第に困難となってきたが、公的年金制度の充実が図られ、社会的に高齢者の扶養を行う制度が整備されたことで、老後も、他人に頼ることなく自分自身で生活を続けることが一般的になった。

 しかし、今後、高齢化がさらに進行すると、公的年金の給付総額が急速に増大し、同時に将来世代の負担が大きく上昇することから、公的年金制度の将来像が明確でないことに対する不安感が増大してきている。将来世代の負担を過重なものにせず、老後の所得保障において最も重要な位置を占める公的年金制度の給付と負担の均衡を図り、安心して信頼できる制度とするために、給付の伸びの抑制をはじめ、種々の改革を早急に行うことが必要である。

 老後の生活を豊かなものにしていくためには、公的年金に加え、企業年金や個人年金等を組み合わせた形で、老後の生活資金を現役時代から準備することが一層重要になってくる。また、貯蓄等の効率的な運用や住宅資産の活用等を通じて、自己責任に基づき自らの選択により老後の生活の安心を確固たるものとすることも必要である。

3.「個」中心社会における「安心」の確保

 「個」中心社会は、自己責任を基本とする社会であるが、それを支える部分でのセーフティネットの存在もより重要になる。特に、これまで子供等家族によって扶養されてきた高齢者の「安心」が重要な課題となってくる。

 高齢化の急速な進展に伴い、今後、介護に対する需要は急速に増大する。「個」を中心とする社会においては、この役割を家族のみに担わせることは困難であり、介護を社会化することが必要である。介護保険制度はこれを公的に保障する仕組みとして来年度施行されるが、サービス提供体制の整備、「ケア」に着目した医療サービスとの連携等、制度の充実を図っていくことが必要である。

 また、高齢者がひとり暮らしになった場合でも安全に暮らせるよう、家事や食事等生活支援サービス、情報通信技術を応用した緊急通報システム、セキュリティシステムの整備や、ひとり暮らし高齢者に対する訪問・相談活動の推進が求められる。

 さらに、「個」を主体とする「複属社会」では、様々な帰属先において多様なかかわりあい、いわば人脈を築くことが可能となり、生活の安心を支える一助となる。

4.「個」中心社会で創造性を持続的に保つには

 経済社会が成熟化し、少子化が進む我が国においては、今後、経済的活力の源を、知識や知恵等「個」の有する「創造性」に求め、依拠する傾向が一層強まっていく。

 このような社会の要請に応え活力ある経済社会を実現していくためには、創造力ある人材の育成が不可欠である。特に、初等中等教育段階の子供たちに、独創性や個性、豊かな感性を有する人材と成る芽をはぐくむとともに、他人の異なる資質能力や言動を認め、理解し、尊重することができる力を身に付けさせていくことが必要となる。

 このような創造力ある人材を育成するためには、社会全体が人材育成に対する責務や役割を負っていることを再認識し、学校、家庭、地域住民、企業、NPO等、個人や組織が連携して、新たな人々のネットワークを構築する中で取り組んでいくことが必要である。

 さらに、創造的な社会を維持していくためには、新しいものが生まれやすく、また生み出しやすい気風や環境を我が国社会に醸成していくことが重要であり、異質なものや失敗に対する寛容や、文化的な活動を重んじる精神、地方や地域の文化を継承・振興する姿勢等、独自性や多様性の発露を促すような社会的思潮を形成していくことが必要である。

5.「個」中心社会で自由と責任のバランスを維持する方法と仕組み

 経済的には相当豊かな生活が実現されている現状や個人の意識の変化を踏まえると、今後は、個々人の有する希望・要望や選択の多様性に一層の価値が置かれ、社会の制度や慣行も、それらを実現する自由を高める方向へと変化していくこととなる。

 しかし、このような個人の自由の一層の拡大は、個々人に自己責任が強く求められるとともに、他の人の自由を侵害してはならないという自由に対する制約とのバランスを図りながら実現していかなければならない。そして、自由と自由に対する制約との適切なバランスを図るための社会規範が国民の間に明確に確立していることが、「個」中心社会では不可欠である。

 こうした社会規範を確立し、自由と責任のバランスを維持していくためには、「個」それぞれが、主体的・意識的にそれらに資する言動を行っていくことが基本となる。

 また、家庭は、しつけ等を通じて重要な役割を担うとともに、地域社会は、子供たちが異年齢や様々な立場の人々とのふれあいを通じて、社会生活を営む上でのルールを学んだり、社会貢献の精神等をはぐくむ場として、大きな役割を果たすことになる。

第2章 各論:「個」が中心となる社会の構築に向けての方策

Ⅰ.人々の新たな結びつきと活動機会の拡大の方策

第1節 企業と個人とのかかわり

 これまでの企業中心型社会を可能にしていた環境がこのところ大きく変化してきている。

 ポスト規格大量生産型社会を迎えて、知識や知恵を新たに創造し使いこなすことによって生み出される価値が重要になるとともに、バブル崩壊による企業体力の低下や経済成長の鈍化により、産業・就業構造の調整が必要となっている。また、我が国の人口構造が高齢化するに伴い、中高年層を中心に雇用過剰感が増大しており、企業の能力重視による従業員評価も強まっている。こうした動きを背景に、終身雇用や年功序列型の組織・処遇を見直す企業も見られるところである。こうした状況を受けて、企業とのかかわりあいにおいて、「個」が主体的に行動するための方策を示す。

(1)働き方の多様化と仕事能力の重視

 企業中心型社会の変容を受けて、今後の個人と企業の関係は、個人の仕事能力を媒介とする契約関係という性格が強まり、献身の度合いや生活態度ではなく、仕事の成果によってその能力が測られる傾向が強まる。これに伴い、労働者の側の能力形成にも変化が生じ、ある会社に固有の能力を形成することだけではなく、労働市場で評価される仕事能力の形成に力を入れる労働者が増加する。また、こうした能力形成も、企業が行うものから次第に個人が行うものへと変化することとなる。

 今後の雇用形態は、中核的な雇用者については終身雇用制度が存続する一方、中途採用や派遣労働者、短時間労働者(パートタイム労働者)といった形で多様な雇用が増加し、これらの様々な雇用形態の人々がひとつの企業内に混在する姿が増加していくであろう。また、企業に属さず、在宅での就労等企業外で働くという可能性も高まり、その選択肢も多様化する。企業のコスト削減を目指したアウトソーシングが盛んになり、低レベルの作業だけではなく、高度なレベルの仕事も外部化する傾向が高まる。

 こうした結果、従業員にとっての職場とは、生活の大部分を規定する生活集団としての機能は弱まり、従業員同士の結びつきを作っていく場、あるいは個人の自己実現を図っていく場といった意味が強まる。また、家族が仕事のサブシステムとなっていた構造が変化していくことにより、従業員を通しての企業と家族とのかかわりも薄くなっていく。

(2)企業も選ばれる側へ

 働き方の多様化が進む社会では、従業員が企業から選ばれるだけでなく企業側もそこで働く個人から選別されることになる。このことは、今後の企業経営が、従業員に「この企業でこの仕事を懸命に行えば、自分や家族が幸せになる」と実感できるような方向を模索する必要があることを示している。帰属を強要するような家族主義的な企業集団ではなく、もっと居心地のよい、自己実現が可能となるような企業を目指していくことが重要となる。個人にとって働き方の選択肢が豊富でフレクシビリティが高く、魅力的な仕事のある企業には優秀な人材が集まり、従業員の定着度も高まることになる。

(3)企業の福利厚生の変化

 従業員の企業への帰属意識を高めてきた福利厚生も変化を余儀なくされる。経営環境の厳しさによる利潤の低下や法定福利費の上昇、雇用期間の短期化した従業員の増加、あるいは福利厚生よりも賃金による支払いを望むという従業員の意識の変化等により、福利厚生費を減少しようとする企業が増加する。こうした中で、今後の企業の福利厚生は2つの方向が考えられる。1つは、福利厚生をできる限り現金化させ、支給にあたっても業績主義的な考え方を持ち込む方向である。もう1つは、給与と福利厚生給付を明確に切り離し、従業員のストレスを緩和する手段として福利厚生を位置付け一律給付とする方向である。

(4)雇用形態の多様化に対応した制度を確立するための具体策

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  ○福利厚生の実施に対しインセンティブを与えてきた税制措置のあり方

  ○退職所得控除制度のあり方

  ○ポータビリティが確保された企業年金制度の導入

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  ○個人の能力開発に対する支援の実施

  • 教育訓練給付制度の活用の促進を図る。
  • 教育訓練休暇制度の普及等教育訓練機会の拡大を図る。
  • 能力開発に関する情報提供・相談援助の充実を図る。
  • 企業の内外で求められている労働者の職業能力を適正に評価できるよう職業能力評価制度の整備、拡充を図る。

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  • 年俸制等業績主義的な人事管理制度の広まりや、就業形態の多様化の進展等、人事管理の個別化が進む中で、労働契約における個別的な契約の役割が高まるものと見込まれる。こうした契約の交渉、解釈、履行の過程において生じる苦情・紛争について、労働者にとって簡易・迅速に処理することが可能なシステムを企業の内外において整備する。

第2節 家族のあり方

 日本の家族は、戦後、多くの人々がよりよい生活機会の入手を期待して大都市へ移動したことにより核家族化が進み、それに伴い世帯当たり人員数も減少してきた。戦前の家族のあり方を規定していた伝統的な「イエ制度」が解体されたことも、こうした動きに精神面からの影響を与えたものと考えられる。その後の日本の家族のあり方は、すでに見たように企業中心型社会の影響を強く受けてきた。今後、企業中心型社会が是正され、人々が会社人間から脱したときの家族の機能や役割について示す。

(1)家族の果たす機能の変化

 家族の果たす機能としては、「心の安らぎを得るという情緒面」「子を産み育てるという出産・養育面」「親の世話をするという介護面」「日常生活上必要なことをする家事面」「家計が安定するという経済的側面」「対外的信用が得られる社会的側面」の6つが挙げられる(経済企画庁「家庭と社会に関する意識と実態調査:平成6年」)。

 産業化・都市化が進展する中で、こうした家族の機能のうち、「介護面」「出産・養育面」「家事面」での機能は脆弱化してきた。それを補完する等の役割を果たすものとして、年金、医療、介護、保育に関する社会保障制度が充実し、家事のアウトソーシング市場が広がった。さらに、女性の社会進出が進み、夫婦共働きが一般化していけば、女性個人の経済力の高まりにより「対外的信用が得られる社会的側面」という機能も比重が低下する。

 このように、本来、家族がその内部に包含していたいくつかの機能は、社会保障制度や市場の発達によって外部化されるという形で脆弱化していった。

(2)家族構成員の個別化の進展

 家族機能の外部化は、家族という共同体の束縛からその構成員を自由にした。それによって、それぞれの家族構成員がもはや家族の中だけでは完結し得ない生活を行い、意識の上でも行動の上でも、自分自身の関心や自分固有の関心領域を大切にするようになっている。

 これまでの企業中心型社会は、こうした家族の個別化を助長するものであった。残業や休日出勤が当然のことと考えられ、労働時間以外の時間にも従業員としての責任を課せられている状況は、家庭においては夫不在の生活を作り出し、父子関係や夫婦関係を希薄にしたのである。

 こうした家族の個別化という現象は、現在の家族に、介護や育児といった面であまりに重い生活保障の機能を期待すると、家族全体が不幸になるという危険をはらんでいることを意味する。

(3)脱企業中心型社会がもたらす家族への影響

 企業中心型社会の変容は、一方でむしろこれまでの家族のあり方を見直し、その機能を再構築しようとする動きを生み出す可能性を持つ。

 今後、人々の働き方が多様化していく中で、従来より時間的余裕を持った男性の中には、家事、育児、介護といった生活場面への参加ということも含めて、家族と過ごす時間を従来より長く取ろうとする人が増加すると考えられる。このことは、企業中心型社会が生み出した家族構成員間の関係の希薄化を修復する方向に働こう。

(4)これからの家族の機能
 ①社会規範を確立するための基本単位

 経済的には相当豊かな生活が実現してきている現状や個人の意識の変化を踏まえると、今後は、自由の実現や選択の多様性に一層の価値が置かれるようになる。家族においても、構成員が個別に活動領域、関心領域を拡大させていくという動きは続いていくものと考えられる。しかし、自由の一層の拡大はその一方で、他の人の自由を侵害してはならないという前提に支えられたものであるという社会規範を明確に確立しておかなければならない。家族は、子供に対するしつけ等を通して、そうした社会規範を確立するための基本単位として重要な役割を果たすことになる。

 ②心の安らぎを得る場としての家族

 家族は、夫婦あるいは親子という特別なつながりであり、企業や地域の仲間等とは違った結びつきである。個人の自由が社会の中で一層重視されるようになる中で、「参画も自由、離脱も自由」といった他の帰属体とは根本的に異なる、心の安らぎを得るという意味での「情緒面」の拠り所としての機能がより重要なものとして認識されることになろう。家族という特別のつながりがあるがゆえに生じる情緒的な気持ちがあればこそ、育児や介護において、家族のために自らが何らかの役割を果たしたいという気持ちが生じ、家族のきずなが強まってくることとなるのではなかろうか。

 ③経済的側面の機能

 夫婦共働きが今後も増加し主流となっていく中では、労働市場の環境が厳しくなった際に、夫婦どちらかが失業しても家計を維持していけるという意味で、「経済的側面」の機能も重要になると考えられる。このことからも、労働条件についての男女間の平等を確保することがより重要になる。ただし、現在の賃金水準は世帯単位の生活給として決定されている面があるので、夫婦共働きが一般化していけば、こうした賃金水準について再検討する動きが生じる可能性もある。

(5)家族を築き上げるための意識的参画

 家族は、単に一緒に住むというだけでは望ましい関係が構築されない。家族は、企業中心型社会から男性が家族に戻ってきたからといって、そのことだけで修復されるものではない。

 もはや誰もが理想とする家族像というものは存在しないが、家族構成員が互いに共有できるコミュニティ原則を持ちながら、意識的な参画によって家族を築き上げていく努力がなければ、心の安らぎは得られない。21世紀のこれからの社会にあっては、それぞれの個人が、どのような家族でありたいと望むのか、あろうと相互努力するのかが重要なのである。

(6)家族構成員の個別化の進展に対応した施策

 上記のように、家族構成員は基本的に個別化する中で、新しい時代にふさわしい関係を構築していくものと考えられる。家族、特に家計を取り巻く制度については、そうした中で、世帯単位から個人単位への移行の是非について、専業主婦と就労女性との負担の公平、有配偶者の労働供給に対する中立性、あるいはサラリーマン世帯の専業主婦が約1,200万人存在するという実態等の幅広い観点から検討していく必要がある。

<具体策>

  • ○配偶者という地位に対する控除である配偶者控除、配偶者特別控除のあり方
  • ○年金制度における第3号被保険者・遺族年金の廃止等の問題を検討

(コラム:単身赴任)

 転勤を命じられた会社員は、様々な生活上の問題に直面する。子女の教育、住宅、高齢両親の世話・介護、配偶者の仕事等の問題である。そして企業と家族との関係、家族間のつながりといった事情を考慮して、現実的な解決策として「単身赴任」を選択するケースが増加している。

 単身赴任は会社人間の典型的行動という受け止め方もできよう。企業の命令一本で、家族とも別れて、どこにでも転勤していくという姿である。しかし、本人も自らのキャリア形成等のために転勤とそれに伴う単身赴任を望む場合もあると考えられるため、一概にこれを問題視するわけにはいかない。

 様々な事情があるにせよ、夫(父親)あるいは妻(母親)が仕事のために家族から離れて暮らすということは、いろいろな問題をはらむ。本人や家族が希望する場合には、可能な限り、単身赴任を避け得るような社会的制度や環境を整えることが必要である。

 高等学校の転校生の受け入れ枠の一層の拡大、持ち家を安心して賃貸に出せる市場の整備、介護施設の充実、転職や再就職を阻害しない労働市場の整備といった重要な社会問題が解決されていけば、単身赴任も減少していくものと考えられる。

 また、今後、従業員の会社への帰属意識が薄らいでいく企業側が、従来のような発想・手法で従業員に転勤を命じることは困難になるということも考慮しておく必要がある。

第3節 個人と新たなコミュニティとのかかわり

 企業中心型社会の変容を受けて、地域、NPO、スポーツクラブ等同じ好みや趣味・志を核とする組織等、個人が自発的な意思によって参画する様々なコミュニティの活動が生じてきている。

 生活の比重が企業に傾きすぎていた個人にとって、こうした新たなコミュニティとどのようにかかわって、新たな「個」のスタイルを形成し得るのかを示す。

(1)新たなコミュニティ構築への動き
 ①集団主義の社会から信頼の社会へ

 これまでの日本社会は、集団の内と外があまりに区別されすぎており、内だけを大事にする傾向があった。特定の集団の中では緊密な信頼関係を築くが、外部に対しては冷淡、無関心というのが日本の集団主義であった。これからは、人々が多様な場に帰属先を求め、様々な人と出会う中で、自己実現を追求する社会となる。そうした社会の中では、特定の集団の枠にとらわれず、様々な場において、他人との信頼関係を構築していくことが重要となる。

 ②情報通信手段の発達と新たなコミュニティの形成

 情報通信ネットワークの発展が、距離や時間の制約を離れて個人間の連絡、情報交換を格段に容易にする。また、従来のメディアが情報提供の一方通行の流れであったのに対し、双方向での情報のやり取りにより個人から社会に対しての情報発信が可能になる。これにより、地域を超えたネットワークが広がり、幅広い人間関係の新たな形成を助けることになる。同じ好みや趣味、志を持ったコミュニティが多数発生する可能性が高まる。また、情報通信ネットワークは、高齢者間の結びつき、あるいは高齢者とその家族の結びつきというものを、これまでよりもはるかに充実させる可能性を持っている。加えて、情報通信技術を応用したセキュリティ・システムや在宅医療等により、独居老人の安全を図ることも可能となる。

 ③男性のコミュニティ活動への参加

 男性のコミュニティ活動への参加は、参加する男性とコミュニティ活動の双方にとってメリットがある。ビジネス社会で培ってきた男性の知識・経験は組織を運営していく上で有用である。これらの知識・経験に基づいた男性の視点と、すでに従来からこうした活動に取り組んできた女性の、子育て、介護、教育、環境といった日常生活に密着した視点とが組み合わされることにより、住み良い「街づくり」や新しいビジネスを起こす契機ともなる。また、参加する男性にとっては、仕事や家族以外の人間関係が広がり、視野が広がる。

 コミュニティ活動へ参加する時間を拡大するという観点からは、サマータイム制度の導入についての国民的議論の展開も重要である。

(2)NPOの果たす役割

 利潤動機にそぐわず、公的サービスのみでも全面的に対応することができない社会的有用財・サービスを供給する主体として、NPOの果たす役割は極めて大きくなる。また、こうした社会活動は、身近な人間が本当に必要としている財やサービスを供給していくという意味で、そこに参加する人々に企業活動とは異なる「生きがい」を与える新たな雇用機会の創出につながる。

 ①NPOのマネジメント

 これまでの日本においては、行政、民間企業とは異なる市民意識に支えられた本当の意味での組織の活動は低調であった。NPOは個々の活動を通じてこうした組織を日本の社会に根付かせていく役割も担っており、それが今後の活動の大きな目的となる。そのためには、市民意識の目覚めが重要で、行政に頼るのではなく、自分たちのできることは自分たちの責任においてやるという発想が強く求められる。

 継続性を持って活動を実施していくためには、ボランティア精神のみでは足りず、経営能力を伴った適切な組織が必要であり、そこにNPOの意義が存在する。また、NPOの活動に参加したい人々を適切にコーディネートし、NPO活動を支援する役割を果たすNPOのサポートセンターの役割が重要である。

 また、行政からの独立性を保ち、自律性を持った意思決定によって組織を運営していくことが重要である。公共性の高い活動を行うNPOに対する行政からの助成金は重要な役割を果たすが、行政からの資金補助がある場合は、その使途の透明性を図りつつ、独立性が失われることのないよう留意する必要がある。

 ②高齢者に活躍の場を提供するNPO

 NPOにとって定年退職後の人々が有する組織運営の知識・経験は非常に有益であり、これらの人々が積極的に参加することが期待される。その際、彼らの持つ利潤追求という企業の精神とNPOという組織の持つボランタリーな精神とを適切に調整していく必要がある。また、今後、規制緩和が進む中で、様々な分野においてかなり専門性を有するような第三者機関が設置されることが予想される。このような場で、特定の分野に専門性を持つ高齢者の活躍できる機会が出てくることが予想される。

 こうした高齢者のNPO等への参加に際しては、ハーフタイム、パートタイムといった多様な活動形態を整えることにより、参加を容易にしていくことが重要である。

 ③働く場としてのNPO

 NPOはそれが生み出すサービスによってのみではなく、雇用の創出等を通じても広く社会を支える役割を果たす。NPOが雇用の場としても機能していくためには、NPOに就職した人々にも適切な賃金が支払えるよう、NPOが提供するサービスへの適正な対価を受け取るシステムを作り上げる必要がある。また、ボランティア的な動機によって参加している人にとっても、経済的なインセンティブが加わった方がより望ましいというケースも多く、こうしたシステムは活動の継続性にも資するものと考えられる。NPOが収益を上げた場合には、その収益を事業に還元することにより、より充実したサービスの提供が可能となる。

 また、NPOの活動を進める中で、市場経済の中で成立し得る事業が出てきた場合には、それをベンチャービジネスとして育てていく道も開ける可能性がある。このことは若者がNPOを就職の場として選択する誘因を高めることになる。

 ④NPOの活動を推進するための具体策
  • ○NPOの活動実態を踏まえた税制措置の見直しの検討
  • ○NPOの活動内容や会計の透明性についてのNPOによる積極的な情報公開の実施
  • ○労働時間の短縮と自由な勤務形態の促進

Ⅱ.「個」の時代を担う人材育成、教育における新たなネットワークの構築

 今後の我が国経済社会の発展のためには、新しい発想に基づき物事を生み出していく創造性や豊かな感性に優れると同時に、確固たる自己責任意識や規範意識を有し活動していくことのできる、独創性・個性や自立・自律心に富んだ人材の育成が強く望まれる。

 このような人材を育成するためには、多様な教育機能を学校のみに期待し任せるのではなく、地域や家庭等社会を構成する様々な主体が有機的に連携することにより、新たな人材育成システムを築いていかなければならない。

 また、我が国が創造的な社会を維持していくためには、人材育成システムを整備するのみならず、社会の有り様そのものが、新しいものが生まれやすく、また生み出しやすいものとなることが必要であり、異質なものや失敗に対する寛容や、文化的な活動を重んじる精神、地方や地域の文化を継承・振興する姿勢等、独自性や多様性の発露を促すような社会的思潮の形成を図っていくことが重要である。

第4節 子供の育成環境の整備

 我が国の子供の育成においては、知育偏重のあり方を是正すべきと言われて久しい。しかしながら、子供たちの中には、依然として、過度の塾通いに追い立てられる等、知育に片寄った気忙しい生活環境に身をおいている者もいる。

 これらの状況は、企業が、従前、採用方針として学歴や偏差値、学業成績を重視していたため、これらにより生涯が決定してしまうかのような観念に国民の多くが囚われていたことに起因している。しかしながら、昨今の企業の採用方針の変化に見られるように、我が国は今、独創性や個性を有する人材を求めており、これに呼応して、国民も、従前の人材育成のあり方に対する観念から脱却すべき時を迎えている。

 今後の子供の育成においては、知育偏重ではなく、子供たちの独創性をはぐくみ個性を尊重するような、新たな取組みを始めなければならない。

 創造性や豊かな感性に優れた人材と成る芽を子供たちにはぐくむためには、子供自身が様々な活動機会を得て、見たり聞いたり、創意工夫を凝らし試行錯誤したりしながら物事に取り組んでいく中で、探求心、期待感、躍動感、感動、発見・やり遂げる喜び等を感得・体得していくことができる環境を整えることが重要である。

 また同時に、他人の異なる資質能力や言動を認め、理解し、尊重することができるとともに、社会貢献の精神や社会生活を営む上でのルール等を重んじる人材と成るよう、異年齢や様々な立場の人々と数多くふれあうことのできる機会を設けることが必要である。

 さらに、将来子供たちが各々の目指す道に進むためには、前提として、まず、子供自身が、将来の進路や生き方を主体的に考え、目指す道を明確にし、目標に向かって努力する意欲や態度を培うとともに、幅広い選択の可能性を有し得るよう、その礎となる基礎的・基本的知識・能力の着実な習得を図らなければならない。

 これら子供の育成にあたっては、社会全体が人材育成に対する責務を負っていることを再認識することが重要であり、地域社会、学校、家庭が各々担うべき役割を果たし、連携を図って取り組んでいくことが必要である。 

 多様な教育機能は、学校のみに期待し任せるべきものではなく、地域社会は、異年齢や様々な立場の人々とのふれあいや多彩な活動の機会を提供すること、学校は、基本的・基礎的知識・能力の習得を図ること、家庭は、子供と過ごす時間を確保する中でしつけ等を行うことが、各々に求められる主たる役割であると考えられる。

 上記を踏まえ、今後の子供の育成環境の整備という観点からは、特に、(1)地域における体験機会の充実、(2)学校運営体制の改善・充実、(3)教育委員会の取組みの促進の3点に留意して取り組んでいくことが必要である。

(1)地域における体験機会の充実
 ①体験機会の必要性

 近年、特に中学、高校生を中心として、家庭における親子のふれあいが希薄化したり、子供たちが地域において異年齢の多くの子供や大人と共に活動する機会の低下等が指摘されているが、子供たちの成長発達過程においては、自ら感得・体得していくことができる活動機会や、異年齢の様々な人々と接することのできる機会を数多く得ることが重要である。

 このためには、家庭や地域社会が連携して、子供たちに安全な空間とゆとりある時間を護るとともに、子供たちが、様々な人々と共に過ごしたり活動したりすることができるよう、地域において、児童館等の活用促進をはじめ、子供たちの居場所や活動拠点となるような多彩な活動機会や場を設け、積極的な参画を促していくことが求められる。

 例えば長期の自然体験活動は、自然とのかかわりの中で子供たちに探求心や冒険心を興し、安らぎを与え、発見の喜びや感動を通じて創造性や豊かな感性をはぐくむ。かつ、様々な年齢や立場の子供や大人とふれあう中で、社会的ルールを学んだり、他人への思いやりの気持ちをはぐくむ等、子供たちの成長発達に大きな効果をもたらすものとして、企業やNPOを含めた様々な主体が積極的に取り組んでいくことが望まれる。

 また、芸術文化活動は、子供たちの心にうるおいやゆとり、表現する喜び等を与え、豊かな感性や自己表現力、独創性等をはぐくむことに大きく資する。特に、芸術文化活動によりはぐくまれる「自己表現力」は、将来社会人として、自らの意思を明確に言動で示し、これに基づき自らの立場を確立し活動していくために欠くことのできないものであり、子供たちが意欲的に芸術文化活動へ参加したり享受したりできるような多彩な取組みを地域で進めていく必要がある。また、芸術文化活動に関する資質能力は、子供の頃に見出し伸長することにより、将来プロフェッショナルとして文化的・創造的活動やこれらを基盤として活躍していく人材と成ることが期待される分野でもあり、このような観点からも、子供たちの芸術文化活動への参加を積極的に促していくことが必要である。

<具体策>

  • 「探求・冒険心」を興し、「社会的ルール」等を学ぶことができる長期自然体験活動
  • 「豊かな感性」や「自己表現力」をはぐくむ美術活動、舞台芸術活動、音楽活動、伝統文化継承・発展活動
  • 「創造性」をはぐくむ科学技術教室活動
  • 「社会貢献の精神」や「職業意識」を涵養するボランティア活動、職場参観・体験活動
  • 「たくましい心身」や「目標に向けて努力する姿勢」等の育成により人間形成に寄与するスポーツ活動
  • 「異質なものへの寛容」や「国際性」をはぐくむ外国の青少年との交流活動
 ②体験機会充実のための環境整備

 地域における多彩な活動を実りあるものとしていくためには、実際にそれぞれの場において各種の活動を担う人材や組織の存在及び体験活動に関する情報の提供が重要である。

 例えば、長期自然体験活動において活動プランを企画し提供する専門スタッフや子供たちの活動をリードし援助するボランティア指導員、博物館・美術館等において子供たちの興味関心を喚起するよう展示物を分かりやすく解説したり質問に答えたりするボランティア解説員等の活躍、いろいろなスポーツを大人も子供も一緒に行う総合型地域スポーツクラブ等の活動等が望まれる。政府や地方公共団体等がこのような地域社会における活動を担う人材の育成や個人や組織が活動しやすい環境づくりを支援していくことが必要である。

 また、大学や企業の研究所等による科学技術教室等の体験教室の開催や、企業や商店街、NPO等における職場参観や職場体験、農協等の連携による農林漁業体験の実施等、各機関が社会貢献として積極的に参画していくことが望まれる。

 さらには、各種の活動への参加を希望する保護者や子供、または活動を支援したいと考えるボランティア等が、地域において行われる活動に関する情報を簡便に得たり活動について相談したりすることができるようにする必要がある。このため、行政や企業、NPO等が連携して、郵便局やコンビニエンスストア等の身近な拠点を利用して包括的かつタイムリーに情報を提供できる媒体や、情報連絡組織相談体制等のシステムを整備していくことが求められる。

(2)学校運営体制の改善・充実

 学校の主たる役割は、子供たちの基礎的・基本的知識・能力の習得を図ることや、地域社会及び家庭との連携により豊かな人間性や社会性等を育成することにある。

 学校が本来の役割を有効に果たしていくためには、学校の役割をスリム化することが重要であり、部活動や体験活動等発展的な学習や活動は、地域社会等と積極的に連携したり、委ねたりしていくことが必要である。

 また、特色ある学校を実現するためには、校長がリーダーシップやマネジメント力を発揮し、その教育理念や教育方針の下に、地域社会との連携を図りながら創意工夫ある学校運営を進めていくことが必要である。学校教育の活性化を図る観点からは、社会人の積極的な活用を図る等の取組みを進めていくことも求められる。

 さらに、家庭や地域住民の期待や信頼に応え得るよう、学校の経営責任を保護者や地域住民に明らかにし、その透明性を確保していくことが重要である。

<具体策>

  • 校長任用資格や選考、研修のあり方の見直し
  • 学校予算の執行や教員人事、教育課程の編成に関する学校の裁量権限の拡大
  • 特別非常勤講師制度や特別免許状制度の活用拡大等による優れた知識や経験等を有する社会人の積極的活用
  • 保護者や地域の有識者等の意見を取り入れて学校運営を行うシステムの整備
  • 保護者や地域住民に対する学校の教育目標や教育計画、その実施状況に関する自己評価の積極的な公開や説明
(3)教育委員会の取組みの促進

 子供たちの育成に望ましい環境を整備するためには、地方の教育行政を担う教育委員会としても、学校運営体制の充実・改善に向けた取組みを推進していくことや、地域社会における各主体の有する教育機能を引き出し、結合・融合してより一層高めていく等、学校や地域社会を支援する機能を発揮していくことが求められる。また、地域の意向を積極的に把握し施策に反映することや地域住民に対する説明責任を十分に果たすこと等、各地方において、創意工夫を凝らした取組みを進めていくことが必要である。

 特に、公立小・中学校の通学区域制度に関しては、学校選択の機会を拡大していく観点から、弾力的運用を積極的に進めていくことが求められる。その際には、教育機会の均等に留意しつつ、それぞれの地域の実情、保護者・地域住民の意向に即して、進めることが必要である。学校選択の機会を拡大することは、保護者の学校に対する関心を高めることとなり、積極的な協力や参画が促進されるとともに、地域において、子供の育成のための新たな連携や活動の可能性を広げるものとなることが期待される。

Ⅲ.安心し活き活きと暮らせる社会の構築

第5節 年金制度と雇用システム

(1)安心できる老後のために必要な条件
 ①老後への不安の現状

 少子・高齢化の予測を上回る速さと停滞の長引く日本経済の現状等から、国民の間には老後に対する不安が広がっている。平成10年度国民生活選好度調査によると、73%の者が自分の老後の生活に対して不安を感じるとしている。この傾向は中高年だけでなく、若年世代も同様であり、30歳代前半でも69.5%の者が老後に不安を感じることがあるとしている。

 「不安に思うこと」を項目別に見ると、経済(生活費等)に関する不安を挙げる者の割合が全体で52%と最も多い。将来への不安の解消を図る上では、生活費に関する不安を取り除くことが最も重要な施策であることが分かる。

 2010年頃は、いわゆる「団塊の世代」が高齢者(2010年、1947年生まれの者は63歳)になる時期である。戦後生まれのこの世代は、大きな人口比を示すとともに、新たな生活スタイルや消費需要を生み出してきた。この「団塊の世代」は、自分達の生活スタイルに合った、願わくは豊かな老後を、しかも元気で生きがいのあるものとして過ごしたいという気持ちが強い。その一方で、公的年金等の負担を行う将来世代の負担を過重にすることも問題だという意識も強い。

 ②老後への不安を解消するための年金の役割

 高齢期の生活費の収入源として、働けるうちは働きたいとする者も多いが、主たるものとしては年金と考える者が多い。それだけに、個人が自分の老後の所得保障について明確なビジョンを持ち、公的年金・企業年金等の給付水準についての展望と、それを前提として個人が自らの指向に基づき、個人年金等を利用して老後の生活資金を現役時代から準備することが重要である。

 そのためにも、高齢期における生活の安定を担う公的年金、企業年金、個人年金に期待される「役割分担」と、雇用との関係を明らかにし、安定した老後の所得保障政策を総合的に推進する必要がある。

 ③年金の支え手としての高齢者

 年金制度に関する高齢化問題に対処する方法としては、出生率を向上させることが考えられる。しかし、育児環境の整備や雇用環境の改善といった少子化対策は必要な措置であるが、その効果が現れるのは20年以上先であり、目の前の高齢化問題の解決策にはならない。

 この観点から、年金制度に関する高齢化問題への対処としては、女性の社会参加を進めるとともに、高齢者になっても、働く意思と能力のある者にはできるだけ長く社会を支えてもらう、つまり支え手の裾野を広げるという観点からも、高齢者が自分の意思で就業を続けられること=「生涯現役社会」の実現が重要となる。

(2)年金の役割
 ①基本的考え方

 厚生年金の給付水準は、現在、高齢者世帯の通常の支出をほとんどカバーしており、人々の期待から見ても、公的年金が老後の所得保障において最も重要な位置を占めることはこれからも変わりはない。

 しかし、将来世代の負担を過重なものにしないために、これからは負担と給付の適正化の観点から給付水準の見直しを図っていく必要がある。

 年金のあり方としては、「安全ネット」として通常の支出をまかなう役割は公的年金が担うが、それ以上のより豊かな消費については自助努力により実現することを基本とすべきである。したがって、これから公的年金の給付水準を補完する手段として企業年金、個人年金の役割は増大すると考えられ、今後は公的年金に企業年金、個人年金等を組み合わせた全体で老後の所得を保障していくことが重要になってくる。その際、企業年金については、個人の自己選択、自助努力を支援する仕組みを整備する必要がある。

 また、本人の自助努力によって、より豊かな消費を実現する手段として、個人年金等の金融商品の役割が重要となるため、消費者が自己の資産を安心して運用できるような仕組みを整備する必要がある。

 ②公的年金のあり方

・ぢ 妨従・般簑蠹@

  現在の厚生年金の給付水準は、夫婦2人で現役の手取り総報酬の62%になるように設計されている。この水準は、定額部分については、夫婦2人分を合わせて高齢者夫婦世帯の食料、住居、被服等に関する消費を、報酬比例部分を合わせると、教養娯楽費や交際費等までを含む通常の生活の支出のほとんどをカバーする額となっており、欧米諸国の年金の給付水準に比べても十分な水準である。なお、この給付水準については、高齢者の生活費としては高すぎるのではないかとの指摘もある。

  年金の給付額全体について見ると、平均寿命の伸長等により増加を続けており、賃金スライドを維持した現在の給付水準や支給開始年齢等を維持した場合には、最終的な保険料率は現在の2倍程度になり、将来世代の負担が過重となる。この結果、世代間負担の不公平感を助長し経済社会の活力の低下をもたらし、年金制度自体の維持も困難となることが予想される。

・ぢ◆鵬・廚諒・!

 少子・高齢化の進展による給付費及び負担の増大に対応する上で、公的年金の改革については、国民の合意を得やすい方法として以下のものを検討すべきである。

 a)給付水準の見直し

 将来世代の負担の軽減及び公的年金制度の維持のためには、給付のある程度の抑制が必要である。この場合、定額部分と報酬比例部分については、その性格上、区分して考えることが必要である。定額部分は生活の基礎的消費支出をカバーする役割として考え、報酬比例部分と合わせて通常の支出をまかなう中心的な役割として公的年金を考えることが適当である。公的年金の給付の抑制については、報酬比例部分の給付の伸びの抑制とともに、購買力の維持を図りつつ全体として賃金スライドを廃止することが考えられる。このような給付の抑制策をとっても、加入期間の伸長等により一人当たりの年金額は大きく抑制されることはないと見られる。

 ただし、急激な給付水準の低下は公的年金の所得保障機能を損なうことになるため、この措置により給付水準が現役世代の収入に比べて過少にならないよう、配慮する必要がある。

 また、既に支給開始年齢の引上げが決定されている定額部分と同様に、報酬比例部分の支給開始年齢についても引き上げる必要がある。

  <具体策>

  • 厚生年金の給付水準の見直し(将来新たに裁定される年金額の伸びを抑制)及び裁定後の賃金スライドの一部廃止
  • 報酬比例部分の支給開始年齢の引上げ(60歳から65歳へ段階的に)

 b)60歳代後半への在職老齢年金制度の導入

   賃金所得を得ている者について、年金の給付額の一部を調整する在職老齢年金制度については、既に60歳代前半への導入が決定されているが、60歳代後半についても、

1.年金が高齢期の所得保障であるとの考え方に立てば、一定以上の収入等のある人は稼得能力の喪失という保険事故は発生していないと考えられること

2.一定以上の収入のある人は公的年金に依存する必要性が薄いことから、やはり将来世代の負担軽減を図るために実施すべきである。なお、賃金支給に合わせて年金の給付を減らすことは高齢者の就業を阻害しているという考え方もあり、導入の際には高齢者の就業を阻害しないという点に配慮する必要がある。

  <具体策>

  • 60歳代後半への在職老齢年金制度の導入

 c)議論の積み重ねを必要とする課題

   上記に加えて、厚生年金の積立方式への移行、基礎年金の財源の税方式化、厚生年金の廃止(民営化)、第3号被保険者問題という論点が指摘されているが、それぞれについて、公的年金制度の基本に関わる様々な考え方、問題点があることから、今後とも幅広い議論を積み重ねていく必要がある。

 ③企業年金のあり方

・ぢ 妨従・般簑蠹@

  企業年金は、雇用主である企業及び雇用者が拠出し給付されるものであり、代表例としては、老齢厚生年金の一部を代行するとともに独自の上乗せ給付を行う厚生年金基金と、税法に要件が定められた適格退職年金がある。

  最近では賃金の伸びに比べて退職金の伸びは小さくなっているが、今後、公的年金の支給開始年齢が引き上げられることから、今まで以上に大きな役割を持つことになると考えられる。

  近年の経済環境の変化に伴い、中途や不定期採用が増加している等、従来の日本的雇用慣行における終身雇用や年功賃金にも変化が出てきている。企業年金は雇用者にとって所得保障の大きな柱となっているが、定年まで同一企業で勤務することを前提として長期勤続者に有利に設計されている企業年金が多いこと、ポータビリティが十分でないことから、転職の際に不利に働いていると考えられる。

・ぢ◆鵬・廚諒・!

  企業年金におけるポータビリティの確保を解決する方法の一つに確定拠出型年金の導入がある。確定拠出型年金の導入により、企業が倒産した場合や雇用者が企業を移ったときにも、本人の積立金を次の就職先の年金制度に持ち込むことが可能となり、企業年金が転職に中立的に働くことになる。

  確定拠出型年金には、1.確定給付型に比べ企業にとっての追加の負担がない、2.一定の範囲内で加入者(雇用者)が運用方法を選択できるという長所がある一方、1.運用リスクをすべて加入者(雇用者)が負うことになる、2.運用成績により給付額が決まるため、将来の給付額が事前に見込めない等の短所があると言われている。

 老後の所得保障についても個人の自助努力が重視されるのであれば、基本的に雇用者の自己責任において運用される確定拠出型年金の導入は早期に必要である。

  ただし、導入の検討にあたっては、

  1. 雇用者の側に不利益が生じないように、受給権の保護のために必要な措置を講じること
  2. 加入者に対して運用に関する教育、意識啓発を行うこと
  3. 運用等に関する情報の開示を行うこと

 に留意する必要がある。

 <具体策>

  • 確定拠出型年金の早期導入
 ④個人年金のあり方

 個人年金は、個人が生命保険会社等の運用会社と契約して保険料を支払い、契約期間終了後に年金として給付を受けるものであり、多様な形態があり、取扱い機関についても、生命保険会社の他に、信託銀行、証券会社、農協、生協等様々である。

 中小企業は大企業に比べて企業年金の導入率が低く、企業年金の給付主体としては脆弱な中小企業にとって、個人年金は雇用者の福利厚生の観点から大きな役割を持つ。

 これからは、個人の指向に基づき、自助努力により個人年金を活用して老後の生活を設計することが重要になると考えられるが、商品形態が複雑であること、給付額が経済状態に左右され不安定であることや、既存の年金商品では税控除の額及び対象が限定されている等の問題がある。

 近年、金融の規制緩和の動きが進行しているが、国民が金融資産の運用・管理をできるだけ安全に、かつできるだけ効率的に運用できる制度が望まれる。このため、商品内容の十分な説明、運用実績の適正な開示が必要である。また、国民にも自己の資産管理に対する責任を自覚して取り組む姿勢がこれまで以上に期待される。

<具体策>

  • 商品内容の十分な説明と運用実績の適正な開示
  • 運用機関の業務、情報開示に対する的確な監視
 ⑤住宅等の資産の活用

 高齢者は現役世代に比べて多くの資産を保有しており、特に住宅等の実物資産を保有する者の割合が高くなる。この住宅資産を有効に活用することで、より安定した消費生活が可能となる。

 子育てを終えた後、一人または夫婦のみで生活する高齢者にとって、自宅を売却・賃貸し、自身はバリアフリー化された住宅に住み替えることによって得られる売却代金や賃貸借料の差額によって、より安定した消費生活を送ることができる。また、自宅に住み続けながら、自宅を担保に融資を受けて生活資金とし、契約期間終了後に自宅をまとめて処分する等の方法で返済を行うというリバースモーゲージ(逆住宅ローン)方式を活用することで、より安定した消費生活が可能となるが、現在のところ、利用状況は低調である。今後は、制度の啓発、普及等の措置が必要である。

<具体策>

  • リバースモーゲージの啓発、普及

第6節 高齢者や女性の意欲と能力を発揮する社会の構築

 我が国においては、今後、世界に例を見ない急速なテンポで少子・高齢化が進行し、若年労働力が減少していくことから、2005年頃の約6,900万人をピークに労働力人口全体が減少するとともに、労働力も高齢化していくことが見込まれる。

 このような社会の中では、高齢者や女性が名実ともに新たな社会の主役として、意欲と能力を十分に発揮し、年齢にかかわりなく活き活きと活躍することのできるシステムの存在が、21世紀の我が国社会を豊かで活力あるものとするための大前提である。

 このためには、我が国の現在の雇用システムを、高齢者や女性がより一層活躍できるものに変えていく必要がある。

 なお、このような少子・高齢社会への対応の観点においては、公務部門についても、民間の動向と整合的なものとしつつ、国が先導的な役割を果たすことも検討すべきである。

(1)高齢者の雇用・就業、社会参加の促進

 現在、我が国の雇用制度は、一人の労働者について、終身雇用として定年年齢までの雇用を保障しながら、年齢と勤続年数に応じて賃金が上昇し、定年年齢で長期的に貢献度と賃金をバランスさせるという年功賃金を中心としていることから、60歳定年制を前提とし、65歳まで希望者全員を雇用するという制度が約2割という状況であり、60歳以上の高齢者が意欲と能力に応じて働くことができるというシステムとは言いがたい。したがって、このような日本の雇用制度を、能力や業績に応じたものにしていく等高齢者の意欲と能力をも活かせるものに変更していく必要がある。

 また、労働者自身についても、年齢が上がるがゆえの指導者・管理者意識を払拭し、意欲と能力に応じた働き方により就業における自己実現を図るといった意識改革を進めることが重要である。また、現役時代から、自らの生涯にわたる生活設計において、自己の責任と選択を重視していくことが求められる。

 ①高齢社会における雇用制度

・ぢ 亡靄榲・佑・}

  産業構造の転換や、少子・高齢化の進展により徐々に企業の賃金・処遇制度は能力や業績を重視したものに変化しつつあるが、賃金・処遇制度を抜本的に能力や業績に応じたものに変更していくには、能力や業績をどれだけ正確に評価できるか、評価結果を労働者に対してどれだけ開示していくか等公平・公正性や透明性の確保が重要になると考えられる。こうしたものを確立することができるならば、将来的に年齢にかかわりなく働くことができる社会を構築することも可能と考えられる。

  この意味においては、今後、賃金・処遇制度等の動向を踏まえながら、高齢者の雇用促進の観点から、年齢差別禁止という考え方について、定年制と比較し、検討していくことが求められる。

  しかしながら、向こう10年間のうちに、平成13年から厚生年金の支給開始年齢の引上げが開始され、最終的に65歳からの支給という状況になるということや、団塊の世代が60歳代にさしかかり、60歳代前半層の労働力人口が急増することを考えれば、当面60歳代前半層の雇用機会の創出が最重要課題であり、働く意欲と能力のある高齢者が少なくとも65歳程度までは現役として働くことができる社会を構築していくことが必要である。

・ぢ◆剖饌虜v

  • 今後10年程度の間における「65歳まで希望者全員が雇用される継続雇用制度」の普及促進
  • 今後の各企業の賃金・処遇制度等の動向を踏まえつつ、政府においては、将来的に定年制が広く普及している社会が望ましいか、あるいは年齢差別禁止という考え方を基本とした社会が望ましいのかについての検討
 ②能力開発

・ぢ 亡靄榲・佑・}

  労働者が意欲と能力に応じて働ける社会になり、能力・業績主義的な賃金・処遇制度に変更していく場合、その前提として、それぞれの労働者に公平な能力開発機会を付与していくことが重要であり、企業内教育訓練等において、年齢や勤務年数だけではなく、職務に応じた機会提供を積極的に行っていくことが求められる。また、同時に、若年期から個人が自ら職業能力開発を行うことができるよう、企業が労働者に対して教育訓練のための休暇を附与していくとともに、教育訓練に要する費用や情報提供等について、政府として支援を充実していくことが必要である。

・ぢ◆剖饌虜v

  ・教育訓練給付制度の充実

 ③働き方の多様化・柔軟化

 高齢者の就業目的は、生きがいや社会参加、健康のため等、必ずしも経済的理由によらない場合も多く、そのため、就業形態においても、短時間での就業や、雇用という形態によらないもの等多様な希望を有している。こうした高齢者の就業機会を拡大していくためには、企業において、それぞれの高齢者に応じて労働時間の短縮・弾力化等を進める他、このような多様な希望に応じた就業機会を確保していくこと等により、高齢者が働きやすい環境を整備していくことが必要である。

 ④開業・創業

 高齢者の意欲と能力を発揮する場として、自ら開業することも、大きな選択肢の一つである。自営であれば引退年齢も自ら決定できる面が大きいことや、近年、創業者の年齢が高齢化していること等も踏まえ、開業に対する支援策については、高齢者の創業を視野に入れて実行されることが重要である。

 ⑤社会参加

 多くの高齢者が、経済的理由のみならず、生きがいや健康のために働く意欲を持っており、市場原理に基づく企業セクターではない領域において、NPO活動や地域活動等により、社会参加を求める者も多い。このため、企業セクターの外において、自らの意欲と能力を発揮できる社会参加の場を提供する活動を支援していくことが必要である。利潤追求を前提としない世界で、自分の好きなことをし、自己実現や社会貢献を図る面白さを見出すことができるNPOや地域社会における活動は、経済面において他世代にくらべ比較的余裕がある高齢者にとっては、好ましい活動の場であり、また、これらの場において、高齢者が各々の職業経験や職業能力を活かして、例えば経営面や広報面等で、中心的な役割を果たしていくことが期待される。

(2)女性が働きやすい環境整備

 我が国は、戦後、職場と家庭における男女の固定的な役割分担を前提として、様々な社会制度を作り上げてきた。しかしながら、今後さらに進行する少子・高齢社会の中において我が国が豊かで活力ある社会を築いていくためには、女性と男性が共に職業生活と家庭生活を両立させ、生涯を通じてその能力を十分発揮することのできる環境を整備することが必要である。

 そのためには、妊娠、出産や育児、介護等の理由で雇用の継続が妨げられることのないようにしていくとともに、ライフサイクルに対応して、多様な就業ニーズを持つ労働者の多様で柔軟な働き方を可能とする就業環境を整備していくことが重要である。

 実際には、例えば子供を持つ女性の雇用の継続と育児の両立は困難な状況にあることから、女性の就業を促進することは、少子化をさらに進めるものになるのではないかとの指摘もあるが、少子化の基本的な要因の一つは、子供を持つ女性の雇用継続と育児の両立が困難な環境にあり、これを解消していく必要がある。

 また、結婚、出産等でいったん離職した場合であっても、それまでのキャリアを活かして再就職し、能力や業績に応じた処遇を受けることができるような環境を整備していく必要がある。

 ①就業環境の整備

 具体的には、育児について男女共にその責任を負うべきことに留意し、男女が共に働き育児に参画できる環境を整えていくことが重要である。

 企業において、妊娠、出産等の時期における母性保護の法令の遵守はもとより、職務による母体への負担について配慮することや、産休・育休あけの時期に職場復帰がスムースに行われるよう配慮することが望まれる。また、労働者が男性・女性を問わず育児休業を取得しやすくすることや、事業所内保育所の整備等を行うこと等、企業が積極的に育児支援を図って行くことが望まれる。

 また、労働者が必要に応じて、労働日数・時間、勤務場所(在宅等)等の勤務形態を変更できるよう、就業環境の整備を図りつつ働き方の多様化や柔軟化を促進することは、労働者が職業生活と家庭生活を両立してくための職場環境整備として極めて重要であり、労働者がライフサイクルの変化にかかわらず、職業生活を継続していくことや、出産や育児等のために一時期職業生活から離れた場合にスムースに再就職していく可能性を高めるものとして、積極的に取り組んでいくことが必要である。

 ②保育サービスの整備

 保育サービスについては、育児支援の中心的な役割を担う存在として、利用者のニーズに対応した多様なサービスの整備をさらに進めていく必要がある。そのためには、限られた資源を最大限活用し、保育需要に迅速かつ弾力的に対応することが重要である。また、小学校低学年児の安全は就業している母親にとって大きな関心事であることから、児童福祉法に位置付けられた「放課後児童健全育成事業」(いわゆる学童保育)の整備も育児と就業の両立を支援する効果がある。

<具体策>

(保育所)

  • 都市部を中心に特に不足が指摘されている2歳児以下の保育体制を中心に整備するとともに、延長保育、乳児保育、休日保育等、多様化する保護者のニーズに対応した保育サービスの推進
  • 認可保育所の設置主体について、民間企業等が参入できるよう主体制限を見直し、利用しやすい保育所の設置を推進
  • 認可保育所設置促進のための定員要件等の緩和
  • 広域入所保育について、市町村における情報交換や円滑な実施のためのガイドライン等の作成

(幼稚園)

  • 地域の実態や保護者のニーズを踏まえた預かり保育の推進等幼稚園の活用

(放課後児童健全育成事業等)

  • 原則として小学校区に1個所の整備、夜間も延長事業を行う等地域の特性や保護者のニーズに対応した整備

第7節 高齢者医療と介護

(1)医療を取り巻く環境と課題

 我が国の医療の主な問題は、戦後間もなくは結核等を中心とする感染症であったが、その後、高血圧症、糖尿病等の慢性疾患へと移り、高齢社会が現実のものとなってからは、高齢による身体機能の退化による老人退行性疾患へと移ってきている。高齢化が一層進展する21世紀初頭においては、医療のあり方についても、この変化に即した対応が求められる。

 高齢者に対する医療のあり方については、老人退行性疾患の特性を考慮する必要がある。身体の生理的機能が不可逆的に低下しがちな高齢者に対し、やみくもな治療を行うことはかえって高齢者の生活の質(QOL)を損なう場合があり、通常の慢性疾患への医療とは質的に異なる対応が必要となる。すなわち、疾病の治癒や救命を目的とする医療だけではなく、生活の質の向上を目的とし、自立を目標とした「ケア」の要素が必要となってくる。高齢者のケアにおいては、その「障害」に着目し、残存機能の活用を通じて生活の質を高めることが重要である。

 他方、急速な人口の高齢化、医療の高度化等により、近年、医療費は増大する一方であり、経済基調の変化に伴い、医療費の伸びと経済成長との間の不均衡が拡大している。

 国民医療費と老人医療費の推移を見てみると、1996年の国民医療費は29兆円、老人医療費は10兆円の規模に達しており、1973年には10.9%であった老人医療費の国民医療費に対する割合は、1996年には34.1%になっており、老人医療の増大が著しい。2025年頃まで70歳以上人口が増加することを勘案すれば、今後とも老人医療費は引き続き増加するものと見込まれ、この抑制を如何に図るかが課題となっている。

 2000年度から介護保険が導入されるが、国民経済的に見れば、介護サービスの提供はサービス活動であり、民間企業やNPOにとっても広く活躍の場を提供し得る分野である。こうした面も考慮して、医療・介護サービスにおける重複等による無駄を省き、費用負担をどのように軽減していくかが大きな課題である。

(2)高齢者医療と介護
 ①基本的考え方

 高齢者医療については、老人退行性疾患の特性を考慮し、これまでの感染症や慢性疾患への対応とは異なった考え方をとる必要がある。すなわち、疾病の治療のみを目的とするのではなく、障害に着目し、残存機能の活用を通じて生活の質を高めることも目的にして対応する。そのサービスの提供体制については、医療から福祉へ、施設から在宅へ転換を図ることにより医療と介護を協同させるとともに、サービス供給を効率化することで、質の充実と費用の圧縮を図る。

 公的介護制度としては、2000年4月に導入される介護保険制度の実施の円滑化を図りつつ、その実績を見ながら、法施行後5年を目途として行うとされている制度全般の見直しを行う際等において、制度の適正化を図っていく。

 介護サービスの提供にあたっては、悪質なサービス提供者の排除を担保しつつ、民間事業者の介護サービス市場への参入を促進する。このことは、サービス内容の多様化をもたらし、利用者の選択の幅の拡大に資することになる。

 また、高齢期に寝たきりとなることは、本人及び家族にとって介護負担等大きな不安要素であり、生活自立期間を伸長させるためにも、「寝たきり」の予防に重点を置く。

 ②介護についての考え方

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  70歳代以下では多くの人々は健康であり、要介護者の状態になるリスクが急速に高まるのは80歳以上になってからである。このように見ると「介護」は一部の人々の問題と見ることも可能であるが、高齢者死亡者の生前の状況を見てみると、平成10年度人口動態社会経済面調査によれば、生活自立できなかった平均時間は17.1月で、寝たきりになる平均期間は8.5月である。また、死亡の1ヶ月前には7割程度、1週間前には8割程度の高齢者が生活自立できない状態になっているというように、ほとんどの高齢者が死亡直前には、生活自立ができない状態、すなわち介護が必要な状態になっている。「どの程度の期間、介護が必要となるのか」は、誰にも事前予測はできないので、要介護状態になることはすべての人にとって生活上の大きなリスクであるといえる。

  また、要介護状態になることは、高齢者にとってのみの生活上のリスクではない。要介護状態になった高齢者を支えることになる家族にとっても生活のリスクとなる。「収入が減った」、「ストレスや精神的負担が重い」、「十分な睡眠がとれない」こと等、様々な困難を抱えながら、要介護状態になった高齢者を家族が支えている。

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  従来の医療では、ケアの視点はあまり必要とされてこなかった。先に見たように、従来の病院においては対象となる患者は主として急性期にある患者であり、目的も短期間での疾病の治癒にあったことから、医療を受けている間のアメニティには、あまり注意が払われてこなかった。一方、慢性疾患により長期に入院する者に対しては、疾病や障害の治療のみならず、介護サービスを伴って提供することが求められていることから、その特性を踏まえ、院内での患者の療養環境にも配慮した療養型病床群が誕生しており、多くの高齢者が医療と併せてケアを受けている。

  また、家族による介護が重要であることに変わりはないが、ひとり暮らしの高齢者や高齢者夫婦のみの世帯が増加していることや、介護の長期化が進んでいることを勘案すれば、家庭内介護が次第に難しくなってきており、介護を社会的に支える体制が必要となっている。

 ③介護保険とその課題

 社会的に行われる介護においては、利用の仕方に個人の選択が尊重される必要がある。介護保険では、従来の措置・利用決定の方法(行政処分としてサービスの利用形態を決定し、費用は原則として税金でまかなう他、利用者の所得等に応じて徴収する仕組み)によって提供されてきた福祉サービスについても、契約による方式(介護保険の指定事業者を自由に選択し、費用は保険と利用料で対応する制度)に転換する。この点で、介護保険には、個人の選択を尊重する仕組みが備わっている。

 在宅介護を中心としながら、介護を社会的に支えるシステムとして2000年4月より介護保険制度が導入される。

 現在、各市町村等において、制度施行の準備が進められているが、この制度の成否は、サービス水準の設定や利用者の利便性の配慮等、保険者である市町村の努力にかかっている。例えば、サービス利用促進の観点から、保険の給付への利用券方式の導入が考えられる。利用券方式は、償還払い代理受領の実現方式の一形態と位置付けられ、市町村の裁量により任意に導入することが可能である。また、どのような介護サービスにニーズが発生するかは、地域毎に、世帯類型の特徴や地理的条件により多様になるものと予想されることから、地域の特色を十分に勘案して、施行準備に取り組む必要がある。その際には、ケアハウスや痴呆性老人のためのグループホームといった多様性のある生活施設についても考慮する必要がある。また、国及び都道府県においては、保険財政の安定化や事務の円滑な実施のために、広域化の推進など市町村等を適切に支援する必要がある。

 また、新制度の導入に際して、現在の介護サービスの利用者には期待と同時に不安が生じている。その背景には、新しい制度であることから、制度の趣旨や仕組みがよく知られていないことも考えられるので、制度を浸透させ不安を解消するために分かりやすい説明や情報開示を徹底する必要がある。

 特に中心となる在宅介護サービスについて、将来の安心のためにも、望ましい提供体制のあり方を示すとともに、必要とされる質の高いマンパワーを確保するべきである。

 介護サービスの供給については、利用者保護の観点から、それぞれの事業の性格に応じ、サービスの質、事業の継続性・安定性の確保等を十分考慮しつつ、民間事業者等多様な提供主体の参入を図り、市場原理を生かすことが適当である。このため、既に在宅介護サービスに関しては民間企業等が一定の条件の下に広く参入が認められている一方、特別養護老人ホームに対する民間企業の参入については、入所者が生活の拠点を失うことがないよう、他の事業活動が特別養護老人ホーム事業に直接影響を及ぼさない仕組みの検討と併せ、社会福祉法人制度の見直しや介護保険施行を含めた規制緩和の効果等を踏まえつつ、今後さらに検討し、結論を得る必要がある。

 また、医療への民間企業の参入の問題については、規制緩和推進計画に基づき、現在検討が進められている医療保険制度や医療提供体制の見直しの状況を踏まえつつ、今後さらに検討する必要がある。

 なお、医療サービスの広告については、これまでも緩和されてきているが、利用者の医療機関の選択にも資するよう、さらに客観性・正確性の確保に留意しつつ、引き続き広告事項の拡大について検討する必要がある。その際、第三者による客観的な医療機能評価も推進し、その評価結果を広告事項として追加することについても併せて検討する必要がある。

<具体策>

  • 介護保険制度の分かりやすい説明、情報開示の徹底
  • 在宅介護に必要な質の高いマンパワーの確保
  • 介護サービスの提供について、利用者の保護を十分考慮した上での民間企業等多様な提供主体の参入
  • 介護サービス提供についての情報公開、市場監視体制の整備
  • 医療への民間企業等の参入について、今後さらに検討
  • 医療サービスの広告事項の拡大、客観的な機能評価の推進
 ④「寝たきり」の予防とひとり暮らし高齢者の安全

 高齢期に健康で自立している状態と寝たきりになる状態とでは生活の質に大きな差が生じ、また、寝たきりになった場合に要する家族等の負担も大きくなることから、高齢期の健康を如何に維持するかが大きな課題となっている。

 体力の衰えた高齢者は、急病や骨折等の事故が発生すると、回復力が低いことから、そのまま寝たきりになる例が多い。そのため、高齢者に対するリハビリテーション事業の推進、脳卒中、骨折等の予防のための保健事業等を内容とした「寝たきり老人ゼロ作戦」が推進されているところであり、介護保険制度の施行後もリハビリ等のサービスの提供を最大限活用し、寝たきりを予防・減少させることが重要である。

 また、最近、寝たきりの防止等高齢期における予防措置に加えて、高齢期の障害の原疾患ともなる生活習慣病を若年世代から予防することの必要性が指摘されており、高齢期の健康維持に向けて、若年時から、食生活のあり方に留意する等、生活習慣の改善を図ることが重要との認識も生まれつつある。

 寝たきりの予防を視野に入れた健康の維持のためには、単に病気の早期発見や治療といった狭い範囲の医療にとどまらず、現在の健康を増進し発病を予防することが最も重要であり、生活習慣の改善を主とした若年時代からの健康づくりや啓発活動等を推進することが重要である。

 また、特にひとり暮らしの高齢者の安全を図る観点から、家事や食事等生活支援サービス、情報通信技術を応用した緊急通報システム、セキュリティシステムの整備や、ひとり暮らし高齢者に対する訪問・相談活動の推進が求められる。

<具体策>

  • 高齢者の寝たきり予防の推進
  • 若年時からの生活習慣改善の推進
  • 情報通信技術を応用した緊急通報システムの整備
  • ひとり暮らし高齢者に対する訪問・相談活動の推進