経済審議会国民生活文化部会報告の概要

平成11年6月29日

経済審議会国民生活文化部会報告の概要

 経済審議会国民生活文化部会(部会長:清家篤 慶應義塾大学商学部教授、委員については別添参照)においては、本年2月よりこれまで9回の部会を開催し、この度、検討の成果を最終的にとりまとめた。

 以下では、主要なポイントにつき説明する。なお、引用にあたっては報告書本文によられたい。

1.「個」が中心となる社会へ

(1)企業中心型社会の変容

ポスト規格大量生産型社会の到来、バブル崩壊による企業体力の低下や経済成長の鈍化、人口構造の高齢化といった企業を取り巻く環境の大きな変化により、これまでの企業中心型社会が変容してきている。それを受けて、今後の個人と企業との関係は、個人の仕事能力を媒介とする契約関係という性格が強まり、それに伴って、雇用形態は多様化し、仕事能力が重視されるようになる。こうした結果、従業員にとっての職場とは、従来のような生活集団としての機能は弱まり、個人の自己実現を図っていく場といった意味が強まる。

雇用形態の多様化により、企業は従業員から選ばれることにもなる。企業にとっては、個人の希望する働き方に柔軟に対応し、自己実現を可能にするよう目指していくことが重要となる。

≪雇用形態の多様化に対応した制度を確立するための具体策≫

ⅰ)長期継続雇用等、特定の雇用形態を有利なものとしたり、自らの希望による労働移動に抑制的に働く制度を中立的なものとするため、以下のような制度のあり方について検討していく必要がある。

  • 福利厚生の実施に対しインセンティブを与えてきた税制措置のあり方
  • 退職所得控除制度のあり方
  • ポータビリティが確保された企業年金制度の導入

ⅱ)転職や中途採用を阻害しないよう外部労働市場を整備するとともに、個人が職業生涯を通じた能力開発を可能にするための制度を整備する。

ⅲ)雇用形態の多様化に伴い、労働者の権利を守る環境の整備を図る。

(2)家族の変容

日本の家族は、核家族化や女性の社会進出に伴って、育児や介護、家事等の機能は弱まり、それを補完するものとして社会保障制度が充実し、家事のアウトソーシング市場が広がった。こうした家族機能の外部化によって、家族構成員は自分自身の関心や目的意識を大切にするようになり、その結果、家族構成員の個別化が強まっている。

一方で、企業中心型社会の変容は、これまでの家族のあり方を見直し、その機能を再構築しようとする動きを生み出す可能性を持つ。家族が望ましい関係を構築するためには、単に一緒に住むというだけではなく、意識的に努力をすることが重要となる。

今後の家族は、社会規範を確立するための基本単位、心の安らぎを得る場、夫婦どちらかが失業しても家計を維持していけるという意味での経済的側面といった機能を果たすことが重要となる。

≪家族構成員の個別化の進展に対応した施策≫
  • 配偶者という地位に対する控除である配偶者控除、配偶者特別控除のあり方
  • 年金制度における第3号被保険者・遺族年金の廃止等の問題を検討

(3)個人と新たなコミュニティとのかかわり

企業中心型社会の変容や情報通信ネットワークの発展を受けて、企業、家族といった従来の帰属先とは異なる第三の活動の場として、個人が自発的な意思によって参画する様々なコミュニティ活動が生じてきている。

新たなコミュニティ活動の中核的な存在として、NPOの果たす役割が期待されている。NPOの果たす役割としては、市民意識に支えられた本当の意味での組織を日本の社会に根付かせていくこと、高齢者の活躍の場を提供すること、新たな雇用機会の創出等が考えられる。

≪NPOの活動を推進するための具体策≫
  • NPOの活動実態を踏まえた税制措置の見直しの検討
  • NPOの活動内容や会計の透明性についてのNPOによる積極的な情報公開の実施

(4)「個」を主体とする「複属社会」の形成

21世紀初めの我が国では、人々はある特定の組織や共同体に全人格的に帰属するのではなく、企業での仕事や家族との生活を分かち合いながらも、それらとは別に自分自身の興味と関心に従ってビジネスともプライベートとも異なる、社会的な目的や関係性を求めて参加する帰属先を見つけることになろう。これによって、「個」を主体とする「複属社会」が形成され、人々の自己実現の場が多様になっていく。

2.「個」中心社会における「経済的豊かさ」の確保

我が国においては、今後、労働力人口の減少や労働力の高齢化が見込まれる。このような社会で経済的な豊かさを維持していくためには、高齢者や女性も含めて各人が、経済的自立を得て「個」としての立場を確立し、その意欲と能力を十分発揮し得ることが重要である。このためには、高齢者や女性がより一層活躍できるよう就業環境の整備や働き方の多様化・柔軟化を図る必要がある。

老後の所得保障については、公的年金が今後とも引き続き最も重要な位置を占めることは変わりないが、少子高齢化の急速な進展の下では給付水準の抑制をはじめとする種々の改革を早急に行うことが必要である。また、公的年金を補完する手段として企業年金、個人年金の役割が増大すると考えられ、公的年金に本人の自己選択、自助努力を尊重した形で、企業年金、個人年金等を組み合わせた全体で老後の所得を保障していくことが重要になってくる。

≪高齢社会における雇用制度についての具体策≫
  • 今後10年程度の間における「65歳まで希望者全員が雇用される継続雇用制度」の普及促進
  • 今後の各企業の賃金・処遇制度等の動向を踏まえつつ、政府においては、将来的に定年制が広く普及している社会が望ましいか、あるいは年齢差別禁止という考え方を基本とした社会が望ましいのかについての検討
≪能力開発についての具体策≫
  • 教育訓練給付制度の充実
≪年金制度と雇用システムについての具体策≫
  • 将来世代の負担の軽減及び公的年金制度の維持のための給付水準の見直し、報酬比例部分の支給開始年齢引上げ、60歳代後半への在職老齢年金導入等の制度改正を行う
  • 厚生年金の積立方式への移行、厚生年金の廃止(民営化)、基礎年金の財源の税方式化等の論点について、公的年金制度の基本に関わる様々な考え方、問題点を踏まえ、幅広い議論を積み重ねる
  • 企業年金については、加入者に対する運用に関する教育、意識啓発、運用等に関する情報開示等の措置を行った上での確定拠出型年金を早期に導入する
  • 個人年金については、商品内容の十分な説明と運用実績の適正な開示、運用機関の業務、情報開示に対する的確な監視を行う
  • 老後のより安定した消費生活を可能とするために、住宅資産の活用法としてリバースモーゲージの啓発、普及を行う
≪女性が働きやすい環境の整備についての具体策≫
  • 都市部を中心にした2歳児以下の保育体制、延長保育、乳児保育、休日保育等、多様化する保護者のニーズに対応した保育サービスを整備する
  • 認可保育所の設置主体、定員要件等を緩和することで利用しやすい保育所を整備する
  • 放課後児童健全育成事業等を、原則として小学校区に1個所の整備、夜間も延長事業を行う等地域の特性や保護者のニーズに対応した整備

3.「個」中心社会における「安心」の確保

「個」中心社会は、自己責任を基本とする社会であるが、それを支える部分でのセーフティネットの存在もより重要になる。特に、これまで家族によって支えられてきた高齢者の「安心」の確保が重要な課題となってくる。

高齢化の急速な進展に伴い、今後、介護に対する需要は急速に増大する。「個」を中心とする社会においては、この役割を家族のみに担わせることは困難であり、介護を社会的に支援していくことが重要である。介護保険制度はこれを公的に保障する仕組みとして来年度施行されるが、在宅介護を中心としたサービス提供体制の整備、生活の質(QOL)の向上を目的とし、高齢者の自立を目標とした「ケア」に着目した医療サービスとの連携等、制度の充実を図っていくことが必要である。

また、可能な限り寝たきりを防止するために高齢期の健康の維持、若年時からの生活習慣改善や、今後増加が予想されるひとり暮らし高齢者が安全に暮らせるような仕組みの整備が求められる。

≪高齢者医療と介護に関する具体策≫
  • 介護保険制度について分かりやすい説明と情報開示
  • 在宅介護に必要な質の高いマンパワーを確保する
  • 介護サービスについて、利用者保護を考慮した上で民間企業等多様な提供主体を参入させ、情報公開、市場監視体制を整備する
  • 医療への民間企業等の参入について、今後さらに検討する
  • 医療サービスの広告事項の拡大、客観的な機能評価を推進する
≪「寝たきり」の予防とひとり暮らし高齢者の安全に関する具体策≫
  • 高齢者寝たきり予防を推進するとともに、若年時からの生活習慣改善を推進する
  • 情報通信技術を応用した緊急通報システムを整備する
  • ひとり暮らし高齢者に対する訪問・相談活動を推進する

4.「個」中心社会で創造性を持続的に保つには

経済社会が成熟化し、少子化が進む我が国においては、今後、経済的活力の源を、知識や知恵等「個」の有する「創造性」に求め、依拠する傾向が一層強まっていく。

このような社会の要請に応え活力ある経済社会を実現していくためには、創造力ある人材の育成が不可欠である。創造力ある人材を育成するためには、社会全体が人材育成に対する責務や役割を負っていることを再認識し、個人や組織が連携して、新たな人々のネットワークを構築する中で取り組んでいくことが必要である。

さらに、創造的な社会を維持していくためには、新しいものが生まれやすく、また生み出しやすい気風や環境を我が国社会に醸成していくことが重要である。

≪地域における体験機会の充実のための具対策≫
  • 「探求・冒険心」を興し、「社会的ルール」等を学ぶことができる長期自然体験活動
  • 「豊かな感性」や「自己表現力」をはぐくむ美術活動、舞台芸術活動、音楽活動、伝統文化継承・発展活動
  • 「創造性」をはぐくむ科学技術教室活動
  • 「社会貢献の精神」や「職業意識」を涵養するボランティア活動、職場参観・体験活動
  • 「たくましい心身」や「目標に向けて努力する姿勢」等の育成により人間形成に寄与するスポーツ活動
  • 「異質なものへの寛容」や「国際性」をはぐくむ外国の青少年との交流活動
≪学校運営体制の改善・充実のための具対策≫
  • 特別非常勤講師制度や特別免許状制度の活用拡大等による優れた知識や経験等を有する社会人の積極的活用
  • 保護者や地域の有識者等の意見を取り入れて学校運営を行うシステムの整備
  • 保護者や地域住民に対する学校の教育目標や教育計画、その実施状況に関する自己評価の積極的な公開や説明
≪学校選択の機会の拡大≫
  • 公立小・中学校通学区域制度の弾力的運用の積極的推進

5.「個」中心社会で自由と責任のバランスを維持する方法と仕組み

経済的には豊かである現状や個人の意識の変化を踏まえると、今後は、個々人の希望・要望や選択の多様性に一層の価値が置かれ、社会の制度や慣行も、それらを実現する自由を高める方向へと変化していくこととなる。

しかし、このような個人の自由の一層の拡大は、個々人に自己責任が強く求められるとともに、他の人の自由を侵害してはならないという自由に対する制約とのバランスを図りながら実現していかなければならない。そして、自由と自由に対する制約との適切なバランスを図るための社会規範が国民の間に明確に確立していることが、「個」中心社会では不可欠である。

(参考)

経済審議会国民生活文化部会委員名簿
氏名 所属
部会長 清家 篤 慶應義塾大学商学部教授
部会長代理 大田 弘子 政策研究大学院大学教授
委員 井堀 利宏 東京大学大学院経済学研究科教授
委員 川勝 平太 国際日本文化研究センター教授
委員 黒木 武弘 社会福祉・医療事業団理事長
委員 鈴木 勝利 日本労働組合総連合会副会長
委員 ピーター・タスカ ドレスナー・クライン・オートベンソン・証券会社ストラテジスト
委員 永井多惠子 世田谷文化生活情報センター館長
日本放送協会解説委
委員 西垣 通 東京大学社会科学研究所教授
委員 浜田 輝男 エアドゥー北海道国際航空咜代表取締役副社長
委員 原 早苗 消費科学連合会事務局次長
委員 福武 總一郎 (株)ベネッセコーポレーション代表取締役社長
委員 森 綾子 宝塚NPOセンター事務局長
委員 湯浅利夫 自治総合センター理事長

(敬称略)

部会開催経過と審議事項
  時期 内容
第1回 平成11年
2月10日(水)
10:30~12:30
  • あるべき姿、基本理念について
  • 部会の検討内容について
第2回 平成11年
2月25日(木)
10:00~12:00
  • 部会の検討内容について
  • 人々を結びつける新たな機能(人材育成、教育)について
第3回 平成11年
3月19日(金)
10:00~12:00
  • 年金制度と雇用システムについて
第4回 平成11年
3月31日(水)
10:00~12:00
  • 高齢者等の意欲と能力が発揮される社会システム
  • 人々を結びつける新たな機能(NPO・ボランティア)について
第5回 平成11年
4月8日(木)
10:00~12:00
  • 人々を結びつける新たな機能(家族、企業)について
  • 会社人間からの脱却と新しい生き方に関する調査(平成10年度経済企画庁委託調査)について
第6回 平成11年
4月22日(木)
10:00~12:00
  • 医療と介護の相互関係について
  • 単身赴任について
第7回 平成11年
5月13日(木)
10:00~12:00
  • 部会報告(素案)について
第8回 平成11年
5月27日(木)
10:00~12:00
  • 部会報告(案)について
第9回 平成11年
6月18日(金)
10:00~12:00
  • 部会報告(案)について