経済審議会グローバリゼーション部会報告書

平成11年6月

はじめに

 グローバリゼーションの進展に伴い、個人や企業の活動の場が国や近隣地域を超えて大きく世界に広がっている。同時進行で起こっている情報通信技術の革新は、世界中でアクセス可能な情報の質、量、速度を飛躍的に向上させ、経済活動の効率化、迅速化と知的活動の充実をもたらしている。
 特に、企業活動の面では、国際的に取引可能な財・サービスの潜在的な市場規模が世界全体にまで拡大し、ひとたび成功した企業が短期間の内に世界的大企業にまで成長することを可能としている。また、多くの企業が多国籍化し、最適な活動拠点を世界の中から選択し立地しており、巨額の資本が有利な投資先を求めて世界の市場を動いている。
 一方、グローバリゼーションの進展に伴い、経済の各分野において国際競争の圧力が強まっており、これまで国際競争の対象外に置かれていた分野でさえも競争の波にさらされている。例えば、各国の市場の枠組みを形成している制度やルールも企業が国を選ぶ時代には、国際競争から無関係ではあり得ない。
 グローバリゼーションがもたらす競争の激化に対応して、各国政府は自国の制度を国内外の市場参加者に対して、より透明で、公正なものへと見直す方向にあり、企業は世界的な競争を生き抜くための厳しい効率化の努力を行いつつある。グローバリゼーションへの対応に成功した国では、その結果としてもたらされる経済効率の向上や供給される財・サービスの多様化が国民の生活水準の向上に寄与し、外国からの企業の立地や資本の流入が増加して、その国の経済発展の大きな原動力となることが期待される。
 ただし、こうしたグローバリゼーションのメリットが全ての国で一様に発揮されるわけではない。グローバリゼーションへの対応が上手くいかなかった国では、1)世界レベルで活躍できる企業や人がより魅力的な活動の拠点を求めて出て行く、2)自国の発展のために必要な外国からの資本や企業の直接投資が入ってこない等の理由から経済発展が停滞する。また、3)効率を十分に上げることの出来なかった企業は市場から退出せざるを得ない。
 さらに、情報通信技術の発展により、国境を超えて瞬時に巨額の資本移動を行なうことが可能となったことが、アジア危機や新興市場経済諸国での金融危機に見られるように世界経済への不安定要因の一つとなってきている。世界はこのような新しい道具を使いこなすための新しい制度を必要としている。
 以上のように、各国・各地域の経済は金融や生産要素の移動を通じて地理的な制約を超えて世界的な規模で連動性を高め、相互依存関係を深めている。それに伴い、経済取引に関する国際的な制度・ルールのあり方や我が国も含めたそれぞれの国・地域の経済社会のあり方が見直しを迫られている。
 本部会では、こうしたグローバリゼーションの持つダイナミックな影響に対する認識に基づき、グローバリゼーションの流れを念頭に置いた21世紀初頭の我が国のあり方として、1)世界における役割、2)アジアにおける役割、3)我が国自身の改革という三つの観点から検討を行い、その実現に向けた提言をとりまとめた。

1.グローバリゼーションの進展と国民経済-現状認識-

(1)グローバリゼーションとは何か

 1990年代に入り、情報通信コストの低下と各国間の制度上の差異が縮小することによって「グローバリゼーション」と呼ばれる流れが加速している。ここでの「グローバリゼーション」とは、経済的な側面から、様々な経済主体が効率性の追求を全地球規模で行うようになることである。90年代におけるその推進力は、第1に政治面におけるいわゆる冷戦構造の終結、第2に進展した貿易・投資の自由化、第3に高度に発展した情報通信技術である。
 いわゆる冷戦構造の終結の経済的な意味は、従来の資本主義市場経済諸国にとってフロンティアの拡大であり、多くの企業が新たなる市場を見出し、そしてグローバルに最適な立地選択を行なうようになった。また、旧社会主義諸国のほとんど全ての国が市場経済への移行を目指すことで自由貿易制度下でのプレーヤーの数が増加し、世界市場での競争が一層厳しさを増した(メガ・コンペティション)。
 企業活動のグローバル化を制度面から推進したのが貿易・投資の自由化である。関税と貿易に関する一般協定(GATT)のウルグアイ・ラウンド交渉によって関税は大きく引き下げられ、各国の比較優位に基づく貿易をより一層活発化させた。投資の自由化の進展は、企業の多国籍化を促進し、それに伴う直接投資の拡大は、先進諸国間の相互依存関係を一層強めたのみでなく、アジアNIEs諸国のような開放的な開発途上国が外資主導の経済成長をとげる起爆剤となった。
政治面と制度面の変化によって進展するグローバリゼーションを一層加速させる要因となったのが、情報通信技術の急速な進歩である。通信の容量と速度の驚異的な増加・高速化や通信コストの急速な低下は、単に貿易を活性化するのみならず、国際貿易には馴染まなかったような財・サービスを貿易可能にしていった。また、インターネット技術の進展は、電子上の商取引を拡大し、従来の制度・商慣習を大きく変化させようとしている。

(2)グローバリゼーションの進展と国内経済社会の変化

 以上のようなグローバリゼーションの進展は、我が国経済社会にどのような影響を及ぼすのだろうか。
 まず、企業活動に注目する観点からは、その活動拠点の立地選択の幅が格段に広がっていることがあげられる。企業に必要な組織がそれぞれにとって最適な環境を選択していくことから、企業の活動拠点のネットワークが世界大で形成される動きが強まっている。すなわち、我が国の企業であっても、その拠点の全てが国内に立地する必然性はなく、アジア諸国、北米諸国等に最適な立地を求めて拠点を新設ないし移動させる。
 このような企業活動のグローバリゼーションは、供給主体の多様化を通じて、消費生活における商品・サービスの多様化をもたらし、家計の満足度を高める効果をもっていると考えられる。多様化の利益に加えて、グローバリゼーションが競争促進的であるため価格低下の利益も生じている。
 また、グローバリゼーションは、各国の産業構造をより効率的な形へと変化させる力を持っているが、産業構造の変化は当然雇用に対しても影響を与える。グローバリゼーションのもたらす労働をはじめとする国内の要素市場や企業への影響は、過去のような財・サービスの貿易拡大に伴う間接的なものではなく、資本、企業立地、あるいは専門的職業人が最大利益を求めて国境を超えて移動するという、より直接的なものになっている。
 グローバリゼーションを進める大きな要因の一つである情報通信技術の進展や規制の緩和は、社会的側面にも影響を与える。我が国のみならず、世界中で個人の選好に対応する形で経済・社会情報の多様化(ローカル情報の拡散)が進展する一方で、世界中の地理的な空間を超えて同質の情報にアクセスすることが出来るという標準化(グローバルメディアの台頭)が同時に進行している。
 こうした状況は、個人レベルにおけるグローバルな情報ネットワークへのアクセスを容易にし、国内中心の情報流通構造が世界的な広がりを持つものへと変質することを意味する。また、情報の伝播速度の迅速化による国際的な情報集積が可能になると同時に、アクセス手段を持つものと持たざるものの間で格差が拡大する。
以上のような財・サービス、金融、情報のグローバリゼーションの進展に従って、経済活動にとっての国境の意味合いが薄れてきており、それに比例する形で一国内の各地域経済が、近隣諸国ないし世界的な広がりの中で、直接に独自性を発揮する面も出てきている。

(3)グローバリゼーションの進展と世界経済の変化

 世界の各国経済にみられる変化は、それらを結ぶ世界経済全体の変化としてもみることができる。まず、貿易にみられる変化は、累次の自由化交渉や各種円滑化措置による取引量と種類の拡大である。特に、サービス貿易が拡大しており、今後ともその重要性は増すものと考えられる。
 情報通信コストの低下、各国の規制緩和の進展、企業活動の国際的展開に加え、金融資産の蓄積と金融仲介技術の進歩等によって、金融面のグローバリゼーションも進展している。
 金融のグローバリゼーションの進展は世界的な資源配分の効率化を促しうるものと期待されるが、実体経済の取引に必要とされる金額を遥かに上回る巨額な資本取引を可能にすることで、例えば為替レートが実体経済に照らして相応しいと見られる水準から大幅に乖離するケース(ミスアライアメント)や、アジア通貨危機に見られるような資本の大量かつ急激な流出入が発生し、各国経済、ひいては世界経済に深刻な困難を引き起こす可能性が、これまで以上に高まっている。
 このような多面的に進展するグローバリゼーションの中で、経済発展の担い手としての政府の役割が相対的に低下し、民間企業のグローバルな事業展開がもたらす雇用創出、技術伝播等が重要視されてきた。多国籍企業の立地を首尾良く受け入れた先進国、開発途上国が高成長を遂げる一方、取り残された諸国、特に開発途上国は、貧困と社会不安の中で混迷を極めるという国際的な所得・富の分配の格差が拡大している。世界経済は、グローバリゼーションの根底に流れている効率性の追求のメリットとそれが併せ持っている社会的一体性を破壊しうるデメリットの間で揺らいでいる。このような中で、グローバリゼーションのメリットを活かし、デメリットを抑えるための国際間及び各国内での制度やルール作りがより重要な課題となっており、この面での政府の役割は以前にも増して大きい。

2.21世紀初頭の我が国経済社会の姿-グローバリゼーションの中で我が国が目指す方向-

 以上のようにグローバリゼーションの進展に対応して内外の情勢が大きく変貌する中にあって、21世紀初頭の我が国が目指すべき経済社会の姿としては、対世界及び対アジアを念頭に置いた方向付けとともに、引き続き世界の中で経済的な大国として積極的な役割を担いつづけるための国内改革の方向付けを行なうことが必要である。

(1)世界経済の発展と安定化を積極的に促進するコア・メンバーとしての役割

 我が国は、2010年頃においても、引き続き世界の経済的な大国であり、各経済主体が、それにふさわしい世界的な制度設計、問題解決等における役割を担うべきである。
 国際間での新たな制度やルール作りに対する我が国の役割は、これまで以上に重要なものとなっており、また、国内的にも企業や個人が自由で創造的な活動を行なえるようにするための環境整備等は、政府の重要な役割である。
 経済活動面での世界における企業のプレゼンスは、一層高まることになる。我が国企業の活動は、単に世界の人々に財・サービスの提供を行なうのみならず、雇用創出や技術の伝播を通じて世界経済の発展に大きく寄与することになる。
 経済活動における我が国の役割が大きく、かつ重要であることに併せて、文化的、社会的活動の面でも、我が国からの情報発信は拡大する方向に向かうことが望ましい。これは、政府レベルでの関連する活動が拡大するだけでなく、個人や非営利組織等の様々な主体が世界の進歩と安定に資する活動を拡大していくことによってもたらされるものである。

(2)世界経済のコア・メンバーとしてのアジア地域における役割

 アジア地域についてみても、2010年頃における我が国の経済規模は、依然としてNIES、ASEANに中国とインドを加えたものに匹敵するものである。それに加えて、我が国は、多くのアジア諸国と稠密な貿易・投資の相互依存関係を形成している。以上のような我が国の位置付けは、アジア地域において独自の役割があることも意味している。
 EU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易協定)といった世界経済の主要な地域が、経済統合を通じて域内における一層の自由化と制度調和を進めると予想される中、我が国は、アジア域内の各国間での経済自由化のモメンタムを維持・高揚し、制度間差異を縮小するための主導的な役割を担うべきである。
 特に、アジア危機による経済的混迷は各国の社会的な弱者を中心に多大な悪影響を及ぼしており、我が国が単なる緊急支援のみならず、長期的な観点から経済成長と社会的安定を促進することを念頭に置いた域内レベルでの経済活性化方策の策定と実施に中心的な役割を担うことが引き続き求められる。

(3)グローバリゼーションの中で「豊かで開かれた経済社会」を創造

 21世紀初頭においても、我が国が引き続き世界の中で経済的な大国であるためには、幾つかの前提条件がある。まず、必要なことは、経済の制度やルールをグローバリゼーションに対応したものに変革していくことによって、経済効率を高めるとともに、我が国を企業や人の活動拠点として魅力あるものとすることである。また、世界の中で流通している情報、技術、思考様式を生み出す国際的機構やネットワークの中で我が国政府や企業、個人等もその一翼を担うものとして積極的に参画していくことが求められる。
 さらに、企業や人の活動がより創造的なものになる必要があり、そのためには世界レベルでの競争力を持つ知的集積を作り出すことが不可欠である。これを実現するためには、異質な文化や多様性を許容する開かれた経済社会であることが求められる。

3.世界経済の発展と安定化を積極的に促進するコア・メンバーとしての役割

(1)21世紀の貿易投資体制構築とWTOの新ラウンド

 我が国は、世界経済市場の安定的な拡大のために、保護主義が台頭することを防止し、世界的な自由貿易投資体制の維持に努める必要がある。
 そのためには、従来からの自由貿易の促進に向けた努力に加え、国際的な投資ルール、競争に関する国際的枠組に係る議論においてリーダーシップを発揮し、海外の事業環境整備を進めると同時に国際的な貿易・投資活動が国家間で合意された原理・原則とそれに沿ったルールに従って実施されるよう積極的に貢献していくことが重要である。
 特に、アジア各国等の開発途上国が、投資協定の締結等による投資環境や競争政策に関するルールの整備を進め、経済活性化を図ることに対して支援をしていく。
 具体的には、次の項目が次期WTO交渉において交渉の対象に含まれるように働きかけると同時に、これらを中期的な課題として積極的に位置づけることにより、新しい時代に相応しい国際的な経済取引の枠組み作りに取り組む。

①投資に関するルールの整備

 投資の適切な保護と自由化を規定する包括的な多国間の投資ルールを策定することは、中長期的に投資環境の整備を通じ経済発展に貢献する。投資の自由化、投資の保護、紛争処理メカニズムを含む、包括的なルールが実現すれば、企業活動の自由度の増大、予見可能性の向上に資することになり、国際的な事業環境整備のために重要である。  ただし、投資ルールは、各国の開発政策の実施を一律に制約するのではなく、開発途上国の経済発展段階に応じた柔軟かつ適切な配慮を行うべきものである。

②競争政策に関するルールの整備

 市場において自由で公正な競争を確保することは経済厚生を高める。我が国としてはWTOにおいて競争に関する国際的枠組の形成に向けて努めることが必要である。そして、透明性、無差別性というWTOの基本原則の競争政策分野における確保、途上国における競争法制の整備、競争分野における国際協力の推進等の主要論点につき議論を深めていくことが必要である。また、競争を歪める影響を持ついわゆる貿易救済措置(Trade remedies)についても、競争政策の観点からの見直しが重要である。

③電子商取引ルールの確立

 電子商取引は、ネットワーク上での正確かつ低コストの情報交換により、国境を越えた遠隔地の財・サービスの取引を容易にする。21世紀に向けて、急速にこうした取引が増加するものと見込まれる。
 WTOにおける既存のルールの電子商取引に対する適用の適否及び適用する際の方法、プライバシーや知的所有権の保護についての議論を深めることが重要である。我が国産業の環境整備のためにも積極的に関わっていくことが必要である。

④知的所有権の保護と制度調和

 知的所有権の保護は、自由貿易及び経済の健全な発展に不可欠な前提であり、適切な保護により予見可能性の高い貿易・投資環境を整備していくことは極めて重要である。
 我が国としては、企業活動のグローバル化に対応した積極的な制度調和を進める重要課題の一つとして知的所有権を取り巻く諸制度を捉え、1)途上国におけるエンフォースメント(権利侵害の取り締まり)の強化、2)米国の先発明主義の転換と早期公開制度の導入、更に最終的には3)国際的権利取得システム(世界特許システム)の構築を目指す。
 なお、貿易・投資の自由化は経済成長に多大な貢献をなす一方で、無原則に行なわれれば、環境に悪影響を及ぼすおそれがあり、貿易・投資政策と環境政策は相互に支持的であることが求められる。

(2)21世紀の新しい国際通貨金融体制の構築

 情報通信分野における技術革新や規制緩和等を背景とする金融のグローバリゼーションの進展は、世界的な資金配分の効率化を促し、投資の活発化に寄与するものと期待されるが、他方、先般のアジア通貨危機にみられるように、資本の大量かつ急激な流出入がアジア諸国のマクロ経済に深刻な影響を引き起こし、アジア諸国の脆弱な金融システムとも相まって、危機の発生原因となるとともに、世界的な影響を引き起こしたところである。
 こうした近年の国際通貨金融体制の不安定化は、①現行の国際通貨金融体制による秩序維持への疑問、②先進国の機関投資家等のリスク管理能力への疑問、③開発途上国及び市場経済移行国の自由化プロセスへの疑問、等を呼び起こしたところであり、我が国としては、21世紀における安定的な国際通貨金融体制を構築・維持していくための適切な対応を関係諸国とともに行なっていく。

①国際通貨金融体制の改革

 21世紀における世界経済の繁栄を実現するためには、国際通貨危機を予防、解決し得る安定的な国際金融システムの確立が不可欠であり、そのためには、IMFを中心とする国際的な危機管理システムが更に有効に機能し得る枠組みを整備する必要がある。また、IMFを補完するものとして、地域別に危機管理メカニズムを設計することも有効であると考えられる。
 IMFの機能強化については、危機に際しての円滑かつ迅速な流動性供給の確保という観点からの改革が重要であり、いわゆる「最後の貸し手」としてのIMFの資金調達の多様化、緊急時において迅速な資金供給を可能とする弾力的な融資制度の創設等が必要である。
 更に、IMFが危機に陥った国に政策プログラムを提示し、その実施を融資の条件としている経済調整プログラムについて、その効果を一層高めるため、当該プログラムの妥当性・透明性を確保するとともに、危機に適切に対処し得る手続を構築する必要がある。
 他方で、国際的な経済安定化システムに関し、IMFの支援が投資家のモラルハザードを生み出す原因となっているとの指摘もある。かかるモラルハザードを回避するため、支援の条件として民間債権者の債権残高維持を求める等民間サイドの関与の強化について検討を進めることも重要である。

②先進国の金融機関・機関投資家等のリスク管理改革

 アジア通貨危機が短期的な資本移動に端を発するものであることに鑑みれば、グローバリゼーションが進展した国際金融資本市場においては、資本の流出入に対する規制のあり方が問題となる。
 資本移動に対する規制については、長期資本の流入は問題がないが、不安定な短期資本の流出入についてはこれを規制すべきとの考え方がある。具体的には、税や数量規制による流入規制が政策メニューとして想定される(例えばチリにおいては短期資本流入に対しその一定割合を中央銀行に強制預託させる等により資本流入を抑制している)。
 資本移動の規制については、長期間にわたり実施することの困難性や規制コストの問題があるが、資本移動に対するモニタリングの強化とともに、資金の受け取り手である国内金融部門に対する健全性維持に向けた規制の徹底が重要であり、健全な金融部門の構築に向けた取り組みが必要となろう。
 基本的には、自由化された国際金融資本市場において資金の流れを把握することが第一歩であり、その後は、金融部門の経営健全性を確保するためのプルーデンシャル規制について改革を行っていくことが望ましい。
 金融機関等がヘッジファンド等との間で行う取引に起因するリスクについては、当該リスクが金融システムに波及的に及ぼす影響を踏まえ、当該リスクについて十分にこれを認識するとともに、適切な管理体制の構築を図っていく必要がある。
 具体的には、金融監督当局が、個別金融機関のヘッジファンド等に対する投融資に係る継続的なモニタリングを実施する等、多様なリスク管理手法を確立する必要がある。さらに、資金の流れを把握し透明性を高めるという観点からは、各経済主体の説明責任(アカウンタビリティ)が求められるべきであり、ヘッジファンド等自身の情報開示のあり方についても検討を進める必要がある。
 我が国としては、このような国際的な合意形成と実効性の担保に向けた貢献を引き続き行なっていく。

③開発途上国及び市場経済移行国の自由化プロセスの改革

 財貿易の自由化は、産業構造調整に伴う失業をもたらす可能性があるものの、経済の生産効率を改善する効果がある。他方、資本取引の自由化については、直接投資を通じた技術移転、資源の再配分効果等に鑑み長期的な観点からは推進されるべきであるが、短期資本移動がもたらす影響を考慮すれば、経済発展段階を考慮した自由化が必要である。
 市場経済制度の整備が進展していない開発途上国及び市場経済移行国においては、その自由な取引を実現するために第一ステップが財貿易の自由化、第二ステップが直接投資等長期資本の自由化、そして第三ステップが短期資本の自由化と、段階的に順序だった自由化(規制の撤廃)が行われるべきである。
 なお、第三ステップにおける短期資本の自由化のプロセスにおいては、健全な金融システムの維持・運営及び個別金融機関のリスク管理体制の確立、あるいは国内外の銀行等、資金提供者に対する開発途上国及び市場経済移行国の借り手企業の情報開示といった体制整備が行われることが前提条件となる。これらの体制整備を抜きにした自由化は望ましくない結果をもたらすことになろう。
 このような考え方によって、グローバリゼーションが生み出すメリットを最大化し、デメリットを管理することが必要であり、我が国としては、国際機関を通じた支援に加え、開発途上国及び市場経済移行国への知的支援の一環として貢献していく。

(3)地球環境問題への対応

 地球温暖化問題に代表される地球環境問題は、一国のみで完全に解決することは困難なものであり、国際的なコンセンサスを得て、すべての国の参加によって取り組むべきものである。1992年の地球サミットにおいて「持続可能な開発」の概念が国際的に認識されるに至り、地球環境問題への取り組みが本格化したが、地球環境問題は深刻さを増しており、その取り組みはいまだに十分とは言えない現状にある。このような中で、1997年12月に開催された地球温暖化防止京都会議において京都議定書が採択され、温室効果ガスの具体的な排出削減目標が設定されたことは大きな成果といえる。これら地球環境問題の環境リスクの不確実性、影響規模の大きさと非可逆性、世界同時発生的な性質を踏まえ、予防的な対策を進める必要がある。
 途上国を中心とした人口の増加、都市化の進展や経済の発達による環境負荷は、今後ますます増大すると考えられ、今後とも、国際社会にとって地球環境問題への対応は重要な課題であり、その中で、我が国がリーダーシップをとって持続可能な開発に向けて積極的に取り組んでいく必要がある。このため、具体的には、以下の施策を実施する。

①地球環境保全のための国際的な枠組みの形成・強化

 地球環境保全に関する国際交渉に積極的に参画し、国際的な枠組みづくりに取り組む。特に、地球温暖化問題については、京都議定書の実施に向けて、排出量取引などの国際的なルールづくりに向けて引き続き国際的な調整作業が行われることとなっており、この作業に積極的に参画していく。

②政府開発援助等を通じた環境対策

 開発途上国に対して、環境分野の政府開発援助等を積極的に実施する。とりわけ、各国の実情に応じた環境技術の移転・人材養成、我が国の公害経験の紹介等による開発途上国自身の環境問題に対する対処能力の向上、環境教育の推進を支援していく。また、これらに対応するため、環境専門家の養成等、国内の基盤整備に努める。
 以上に加え、省エネや貧困対策など、環境保全を達成しつつ社会・経済の発展を図る分野に重点をおくことが重要である。
 さらに今後は、政府開発援助について、持続可能な経済社会のあり方を各国別に検討し、その達成のために必要な自助努力への支援を実施すべきである。
 なお、政府開発援助をはじめ、海外において行なわれる事業等の実施に際しては、適切かつ効果的な環境配慮を推進する。

③地球環境保全に関する調査研究・技術開発

 地球環境に関する調査研究や観測・監視の促進、地球環境保全に資する革新的な環境・エネルギー技術等の研究開発と普及の促進を図る。また、地球環境研究のネットワーク等の発展、地球環境に関連する分野の研究者等の養成・確保に努める。

④国際的な「循環型経済社会の構築」:リサイクル活動の普及

 加えて、「循環型経済社会を構築」するという我が国が目指す方向に鑑みると、環境との調和を図る一連の施策を確実なものにするためには、国内におけるこのような制度設計に併せて諸外国が同様の制度を採用するように働きかける必要がある。資源の循環は、単に一国で完結するものではなく、貿易・投資の関係を前提とした広がりを持っており、グローバリゼーションの進展に鑑みれば、世界的に訴える必要のある課題である。

(4)新たな国際経済協力の在り方

①国際経済協力の今日的な意義と課題

 我が国は、政府開発援助大綱(ODA大綱)を踏まえ、開発途上国の自助努力による経済発展、飢餓・貧困等に苦しむ人々を救う人道的見地、環境問題等の地球規模の課題への対応とともに、途上国経済の発展を通じた国際経済社会の健全な発展と安定への貢献を念頭に、ODAを実施してきた。これらの理念・原則の重要性は変わらないが、我が国経済及び我が国社会を巡る国際政治経済情勢が変化し、グローバリゼーションの進展が世界経済のあり方を大きく変化させている状況を踏まえて、21世紀における国際経済協力を行っていく必要がある。
 我が国の経済財政事情は厳しい状況にあるが、開発援助が国際社会全体として減少傾向にある中、我が国への期待は高い。ODAの実施に際しては、行財政改革の下、質的充実に一層力点を置くことが求められており、実施に際しては、はっきりした援助効果が期待されるとともに、国民への分かりやすい情報提供、さらに、ODAが国際社会経済の発展、ひいては我が国自身の安全と繁栄の確保に重要な意義を有し、平和の維持を含む広い意味での国益の増進に資することについての一層の理解の促進が求められている。また、ODAの一層の透明化・効率化にあたっては、途上国側の便益に十分配慮し、途上国からの信頼と評価の確保に努めつつ、我が国の各途上国ごとの国別のアプローチと共に、グローバルな戦略等を踏まえ、我が国の国際社会への積極的貢献を一層重視すべきである。さらに、その他公的資金(OOF)、民間資金(PF)等についての固有の理念・目的も踏まえた役割分担と一層の有機的な連携が望まれる。
 国際経済協力では、国及び援助実施機関のほか、民間企業、NGO、地方公共団体、国際開発金融機関等、多様な主体(アクター)が各々の目的に向け活動を行っている。これらの主体の持つ長所を最大限に活かし、これら主体による役割分担と連携のもと、人材、資金、技術等が有機的に結合されるよう努め、開発途上国側の立場に立った協力を進めることが重要である。また、その際、民間部門の活動の促進に努めるとともに、個々の協力が相互補完的に重複なく行われることが望ましい。

②効果的な分担の考え方

 国際経済協力における公的部門と民間部門の分担・連携に際しては、市場と政府の役割を整理し、民間の市場メカニズムだけでは資源配分が適切に行なわれない分野に重点をおいていくことが重要である。また、開発途上国の法制度や金融セクター等ソフト面のインフラ整備の不足、短期的な資本移動の高まりによる不安定性の増大等により、民間がリスクに敏感になり、直接投資等の経済活動が萎縮している事例も多く見受けられる。公的部門が、どの程度リスク分担し、民間のイニシアティブを引き出していくかも、重要な課題である。

③連携のための主な方策

 第一に、開発途上国における改革支援のための連携強化である。開発途上国の持続的開発を促進するため、市場メカニズムが有効に機能するような、金融、税、貿易制度等に関する制度改革が不可欠であり、我が国経済発展の経験を踏まえ、国際経済協力に関わる多様な主体の活動を視野に入れた総合的な国際経済協力活動が求められている。また、「良い統治」等の促進を通じて、開発途上国の経済成長の利益ができるだけ弱者・貧困層にも裨益することが重要である。
 第二に、環境、人口、食料、保健医療問題等の地球規模の課題への連携強化である。経済社会の持続可能な開発には、物の豊かさや効率性だけではなく、これら地球規模の課題への取組みが重要である。これらの課題の解決には、市場だけでは困難な場合が多いため、公的部門と国際機関、NGO等との適切な分担・連携を進める必要がある。
 第三に、援助実施機関におけるOOFとの連携の強化である。海外経済協力基金、日本輸出入銀行の統 合により、11年10月からの発足が決定されている国際協力銀行においては、両機関の情報・ノウハウを一元化し、資金供与相手国の経済社会状況、プロジェクトの特性等に応じたより効果的な資金供与を行なうことにより、国際経済社会に対して、一層機動的・効率的な貢献を図る必要がある。
 第四に、民間団体の参画等、国民参加型の援助の推進が重要である。特に、NGO活動は、地域に密着した支援、専門性あるアドバイス等に効果的であり、また、政府や援助実施機関とNGOとの連携は、開発援助の実施プロセスの透明化等に利点がある。
 第五に、国際開発金融機関との積極的な連携である。アジア経済危機を契機に役割・活動の見直しが行われている国際開発金融機関が、新たな国際金融システムの中で適切な役割を果たすよう、途上国の持続可能な開発の視点を重視し、我が国は積極的な連携を進める必要がある。なお、重債務貧困国支援のため、債務の救済が注目されてきているが、債務国の自立と発展に十分留意しつつ、関係国等との連携のもと積極的に対応することが必要である。
 第六に、現地実施主体相互間の連携の強化である。開発途上国の実情に即した国際経済協力を進めていくためには、我が国在外公館や各実施機関等の活用によって政策対話の充実や情報・ノウハウの共有化を図ることで、国際金融機関、開発途上国の受入れ主体、民間団体等の現地における実施主体相互間の分担・連携に資するよう努めることが大切である。
 第七に、途上国側のニーズのタイムリーな把握である。調査・分析を充実するとともに、関係機関の有する情報をネットワーク化し、開発途上国の現状やニーズについて、迅速な把握に努める必要がある。

④21世紀における国際経済協力

 以上の観点を踏まえ、開発途上国経済を巡る中長期動向について考察を深めるとともに、国際経済協力に関わる多様な主体による役割分担・連携に配慮しつつ、21世紀における国際経済協力の展望を明らかにする。

4.世界経済のコア・メンバーとしてのアジア地域における役割

(1)WTO補完的なアジア地域における貿易・投資の自由化、制度調和の推進

 貿易・投資の世界的な拡大と安定的な発展のためには、WTO等の場で制定された多国間における国際ルールに則った行動が必要であることは言うまでもない。しかしながら、経済の発展段階や利害関係がそれぞれ異なった開発途上国を含めた世界各国の調整は、多大なコストと相当程度の期間を要する。
 そうした中において、世界の各地域においては、NAFTAやEU等の地域の連携・統合が進展し、定着している。そうした利害関係の深い地域ごとに貿易や投資の枠組みを作っていくことにより、多角的通商システムを結果的に側面から推進する役割を果たす面もある。それゆえ、我が国も、21世紀の経済戦略として、地域の連携・統合の意義を認識し対外政策の1つの有効な選択肢として、積極的な位置付けを与えることが適切である。
 アジア地域において、危機の脱却と長期的に持続可能な成長経路への回帰を引き続き支援することを通じて、貿易・投資の自由化に向けたモメンタムを維持・高揚すべきである。また、アジア地域における民間直接投資が主導する経済発展の流れを加速するため、APEC等の場を利用しつつ、競争政策・制度などの制度設計支援と調和の促進に積極的に貢献することが重要である。
 さらに長期的には、我が国との間に貿易自由化に止まらず、制度の調和等に踏み込んだ「共同市場」を形成することを念頭に置き、その第一歩として最も近い隣国であり経済発展段階が比較的近い韓国との二国間の経済面における環境を整備していくべきである。

(2)アジア地域における通貨金融危機防止への枠組み作り

 アジア地域における通貨危機は、実質的な対ドル固定相場制の維持による通貨の過大評価、大幅な経常収支赤字と短期資本流入の急増、金融システムの脆弱性などが要因として挙げられるが、巨額の民間資本の短期的かつ急激な流出が直接的な引き金となった。
 我が国においては、昨年秋にアジア通貨危機支援に関する新構想(いわゆる「新宮沢構想」)が発表され、日本輸出入銀行融資、円借款の供与といった直接的な公的資金協力だけでなく、アジア開発銀行に創設されたアジア通貨危機支援資金によるアジア各国の国際資本市場からの円滑な資金調達に資するための保証機能の活用など様々な対策が順次実施されてきているが、今後もアジア開発銀行等国際機関及びアジア各国と協調して、マニラ・フレームワークの維持・強化等を含む危機予防のための体制を整えていくことが必要である。
 具体的には、域内サーベイランスを定期的に実施し、各国のマクロ経済政策、構造政策、為替政策等について綿密な意見交換を行うとともに、国際的な資本移動のモニタリングを実施してIMFのグローバルな危機管理を積極的に補完する体制を整えることが、アジア地域における通貨・金融危機防止のためには必要である。
さらに、アジア諸国において、自国通貨ひいては経済の安定を図るために対外資産の保有手段や通貨バスケットの構成要素として円のウエイトを高めることや、貿易・資本取引における決済通貨としての円の活用等に関心が向けられている。こうした中、いわゆる「円の国際化」が進展するような、円の利便性を高める諸施策に取り組む。

①マニラ・フレームワークの維持・強化

 97年11月に合意された「金融・通貨の安定に向けたアジア地域協力強化のための新フレームワーク」(いわゆる「マニラ・フレームワーク」)においては、IMFのグローバル・サーベイランスを補完する域内サーベイランスの実施、各国の金融セクター強化のための技術協力、金融危機へのIMFの対応能力の強化、アジア通貨安定のための協調支援アレンジメント、の4点のイニシアティブを柱としている。
 今後は、域内サーベイランスの充実に努めるとともに、機動的な支援体制の確立等、マニラ・フレームワークの維持・強化を図っていく必要がある。

②アジア通貨基金構築に向けた取り組み

 アジア通貨危機の教訓を踏まえ、短期的あるいは投機的な資本移動への対応を図るとともに、IMFのグローバルな危機管理機能を補完するものとして、地域的に流動性を融通する枠組みを強化することが必要である。その方策としては、地域的な危機管理メカニズム(いわゆるアジア通貨基金)を設計することが有効と考えられる。当該メカニズムの構築については、アジアと経済関係の深い我が国が、積極的に提案を行っていくことが望ましい。
 地域的な危機管理メカニズムについては、IMFとの役割分担の明確化、当該メカニズムを実効性あるものとするための体制整備が重要な課題となる。

5.グローバリゼーションの中で「豊かで開かれた経済社会」を創造

 前述したように、21世紀初頭においても、我が国が引き続き世界の中で経済的な大国であるためには、異質な文化や多様性を許容する開かれた経済社会であることが求められる。また、我が国自身の固有の文化や「良さ」を維持・発展するためにも知的な競争環境を整えることが必要である。
 また、我が国が時々の世界情勢の中で経済大国に相応しい役割をタイムリーに果たしていくためには、政府を始めとする各経済主体が世界の情勢の変化に対する感受性を高め、積極的な対応をすることが求められるが、こうした観点からも多様な多くの外国人や企業が国内で日本人、日本企業と交流を深めているという状況にあることが望ましいと考えられる。
 グローバリゼーションの進展する世界において、一国のみ孤立して繁栄を実現することは不可能である。グローバリゼーションの中で、豊かさを維持するための政策体系は、財・サービス、金融、企業、人というグローバリゼーションを取り巻く四つの側面に対応した改革・政策によって構成される。財・サービスと金融に関しては既に記してあるので、以下では、対外的な情報発信、そして企業、人のグローバリゼーションに関する事柄について示す。

(1)対外的な情報発信の在り方

①国際語学教育の強化

 国際コミュニケーション手段としては、英語が広く用いられている。これに対応し、我が国国民の英語によるコミュニケーション能力を高めることが必要となっている。
 国際コミュニケーション手段としての言語教育に関しては、従来からもその重要性が指摘され、強化策が実施されているところである。個人の能力開発が同時に社会的メリットを生み出す点に鑑みると、公的な立場からの支援策を実施する意義がある。

 
②日本と日本語の理解促進

 日本語の国際的な利用に関しては、その利用目標(例えば、諸外国の外国語教育における日本語選択比率を高める、国際機関や会議における日本語の公用語としての範囲を拡大するなど)と費用(金銭的費用と人的な資源の投入など)の適切な関係を踏まえて促進することが望ましい。
 特に、我が国企業がグローバルに事業を展開し、NGO等の活動がグローバルなネットワークを形成する中で、相手方が日本語をコミュニケーション手段として習得することにより、日本企業等が進出した先の人々に就業機会を多く与えることや相互理解が一層進展することが期待される。

 
③世界における知的活動のハブを目指して

また、コミュニケーション手段としての言語選択だけでなく、発信する情報の中身も重要である。知的生産の場を目指すとの観点からは、日本の文化、政策、出来事といった国内の情報を発信することだけでなく、世界的な課題に関するデータ、情報、見解といったものを求めて諸外国から我が国に対してアクセスしてくるような状態を生み出すことが求められる。
 我が国経済社会が、このような「世界における知的活動のハブ」というべき集合体になるためには、基本的には、個別コンテンツを発信する個人や組織の能力にかかっているが、彼等の自由な活動が生み出されるような社会を醸成するための諸政策に政府として取り組むべきである。例えば、社会的には有用であるものの、市場メカニズムでは供給されない文化・学術関係等の諸情報の保存・整備・発信、情報通信ネットワークの拡大と利用コスト低下に向けたインフラ整備、情報通信技術に関する利用から開発に渡る教育の充実、諸外国の高等教育機関等への留学機会の拡大を支援、研究機関等の非営利活動を支援するような行為に対するインセンティブ措置なども必要であろう。

(2)企業と人のグローバリゼーションに対応した政策

①企業のグローバリゼーションに対応した政策

 参入障壁のない競争的な事業環境を整備することは、経済活性化を通じて、不断のイノベーションと効率改善のインセンティブを生み出すことの前提条件である。すなわち、「透明で公正」な市場システムをつくり出すことにより、多様な背景をもった企業、特に外資系企業の参入を拡大する条件を整備する。企業の多様化は、働き方の多様化を生み出し、異質なものが共存する「開かれた社会」への基礎となる。
 更に、グローバリゼーションの流れに積極的に対応していくためには、我が国としても国際的なルールや基準の形成に積極的に参加していくことが求められる。具体的な構造改革の方策については、当部会での以上のような問題意識を踏まえ、構造改革推進部会において報告が取りまとめられている。

②人のグローバリゼーションに対応した政策

 企業のグローバリゼーションは、同時に人のグローバリゼーションももたらす。例えば、各国間でのビジネスに関する制度・慣行の差異を調整・克服するため、会計・法律等の専門家による、国を超えた活動の場が広がる。こうした状況の中で、我が国での生活を外国人にとっても魅力あるものとしていく必要がある。
 また、企業のグローバリゼーションは本国からの人の移動あるいは現地採用者の本国への派遣等を通じて人の交流を活発化させる。このような中、より多くの外国企業が日本に進出してくるようになるためには、労働市場において当該企業が必要な人材を確保できる状況を作り出すとともに、我が国の労働者が新たな職場に就業しやすい環境を整えることが必要である。
 1)外部労働市場の整備
 国内外の新規参入企業が事業を円滑に開始するためには、新卒者のみならず、既就業者が労働市場においてこれらの企業に移動・就業しやすい環境を整えることが重要である。このため、労働移動を円滑化するため労働者派遣事業、有料職業紹介事業等の規制改革を的確に実施するとともに、確定拠出型年金の導入による年金のポータビリティの確保についての検討等も積極的に進めるべきである。
 2)外国人の居住環境の整備
 外資系企業の進出の際、外国人家族の居住環境等も重要な条件となる。なかでも、外国人子女教育の充実は極めて重要である。いわゆるインターナショナル・スクールが外国人子女教育に重要な役割を果たしていることに鑑みると、今後、インターナショナル・スクールへの入学を希望する外国人子女の増加が予想され、これに対応する施策が求められる。具体的にはインターナショナル・スクールを設立・運営しようとする自主的な取組みを支援するため、廃校となった公立学校等の公有財産をインターナショナル・スクールに転用しやすくするとともに、インターナショナル・スクールへの民間からの資金支援を活性化するための措置を検討することが求められる。

(3)外国人労働への対応

 進展するグローバリゼーションの中で、多様な知恵の時代を迎え、我が国がこれからも世界の中で豊かさを維持するためには、多様で異質な才能の積極的活用や創造的な発想に基づく経済活動の拡大が不可欠であるが、こうした観点からは我が国の国内で、海外の異質な文化的背景をもつ人々や企業が日本人や日本企業と協力し合い、あるいは、競い合いながら活躍するという状況を作り出していくことが望ましい。

①専門的・技術的分野の外国人労働者の積極的な受入れ

 専門的・技術的分野の労働者や外国の文化に基盤を有する思考または感受性を必要とする分野の労働者の受入れは、我が国の経済社会の活性化に資するものと考えられる。また、我が国において開かれた経済社会を構築し、異質の文化を持つ外国人が安心して我が国で就労・滞在しその能力を発揮できるようにすることは、我が国の経済社会の多様性に資するものと考えられる。

 こうした観点に立って、専門的・技術的分野の労働者の受入れをより積極的に進めるための方策を推進していくべきである。

 このため、上記で述べた方向での我が国の構造改革を進めることにより内外の人材にとって魅力の高い就労・生活環境をつくることが必要である。

 また、留学生宿舎の整備等支援策の充実により、留学生の受入れ拡大を図ることや卒業後の就職支援等を推進することが必要である。

②経済社会の状況変化への対応

 在留資格及び在留資格に関する審査基準によって規定される外国人労働者を受け入れる範囲については、今後も我が国の経済社会の状況変化に対応して見直していくことが必要である。ただし、受入れ国としてみた我が国には、周辺に巨大な人口を有しかつ経済的に発展途上にある国が多いことから、巨大な潜在的流入圧力が存在していることに留意すべきである。このため、我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案しつつ、失業情勢の悪化など我が国労働市場の状況を反映して的確かつ機動的に入国者数の調節ができるような受入れのあり方についても検討することが必要である。
 なお、技能実習制度については、開発途上国への技能移転の観点から、研修生送出し国のニーズも踏まえ、対象とする職種の見直しを進める等、一層の制度の適正かつ円滑な推進に努めていくことが必要である。

③いわゆる単純労働者や移民についての検討

 一方、いわゆる単純労働者や移民の受入れについては、我が国の経済社会と国民生活に多大な影響を及ぼすとともに、送出し国や外国人本人にとっての影響も極めて大きいと予想されることから、国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対応することが不可欠である。このため、国民各層において、長期的視点から様々な側面を考慮に入れて、この問題についての議論を行っていくことが必要である。また、政策決定に至るプロセスをできる限り透明にし、十分な情報開示を行いつつ検討を進めることが必要である。

④各国政府等との連携

 秩序ある国際労働力移動を実現するため、各国政府等との国際的な労働力移動と外国人政策に関する情報交換に努めることが必要である。
 また、不法就労対策についても、効果的な施策の推進のため、各国政府等との連携が必要である。

6.21世紀初頭におけるリスク要因とその対応

 戦後に限ってみても、紛争、事件、災害等世界を揺るがす様々な出来事が発生しており、我が国もその時々に多大な影響を受けてきた。21世紀初頭において、我が国の望ましい経済社会の構築と世界経済の発展と安定のために、様々な主体的努力を行う過程においても、当然に多くのリスク要因が存在している。それぞれのリスクへの対応策は、個々の蓋然性とその未然防止ないし発生した場合の影響の軽減のために必要な費用を総合的に勘案した包括的危機管理対策として示す必要がある。
 また、リスク対応の方策については、国際機関を通じた多国間の枠組みによるもの、地域的もしくは二国間の協力関係によるもの、そして我が国単独で実施するものがあり、これらを適切に組み合わせることもリスク管理には重要である。
 特に、考慮すべきリスク要因は次のとおりであろう。なお、重要なリスク要因である国際通貨金融問題及び地球環境問題については、21世紀の制度設計に関連する問題として既に取り上げている。

(1)食料分野

①農業生産・農産物の特徴

 農業生産は自然条件の制約を強く受けるため、生産量が変動しやすいという特質を持っており、また、農産物は、生産量のうち貿易に回されるものの割合が低く、かつ、少数の特定の国が輸出量の大きな割合を占めているという特徴がある。

②食料供給のリスク

 農業生産あるいは農産物貿易の特殊性等から、世界の食料需給は、そもそも不安定な側面を有しているが、加えて、

  • 需要面では、開発途上国を中心とする人口増加や畜産物消費の拡大に伴う飼料穀物需要の増加等から大幅な増加が見込まれる一方、
  • 供給面では、砂漠化等地球環境問題から生ずる制約や異常気象による生産の変動等
    から、今後、短期的な不安定さが増すとともに、中長期的にはひっ迫する可能性もある。
③リスク対応の方向

 以上のように、世界の食料需給について中長期的にはひっ迫する可能性もあると見込まれる一方、我が国においては食料自給率が一貫して低下してきている。国民生活にとって最も基礎的な物資である食料について、平時における安定供給を確保するとともに、不測の事態における安全保障を確保することは、国の基本的な責務である。
 このため、国民に対する食料の安定的な供給については、国内の農業生産の増大を図ることを基本に、これと輸入及び備蓄を適切に組合わせて行う。また、不測時における危機管理体制として生産・流通面にわたり、米・麦等の緊急増産や熱量効率の高い作物の生産転換、食料の価格監視、流通の確保策等の整備を行う。
 さらに、食料及び農業に関する研究開発や国際協力等により、世界における潜在的な食料危機の可能性を低下させることも重要であろう。以上のような施策を実施することにより、国民に対する食料の安定供給を図っていく必要がある。

(2)エネルギー分野

①将来の世界のエネルギー需給及び価格の動向

今後の世界のエネルギー需要は成長するアジア地域に牽引される形で増加していくと見られる。需要に対する供給は2020年程度までは量的な対応は可能であり、エネルギー価格も極端な急騰や急落はなく比較的安定的に推移していくと見られる。しかし、これらには不確実性、リスクが存在し、需給のひっ迫や価格急騰の可能性は否定できない。

②エネルギー供給面でのリスク

今後も依然として世界の一次エネルギー供給の中心は石油と見られる。需要の大きな増加が見込まれる地域では石油の中東依存度が増大するものと見られる。中東地域は様々な政治経済上の不安要因があり、またアジア地域の域内においても種々の紛争要因を抱えており、供給途絶が生じる可能性は否定できない。その場合、アジア地域においては危機管理の不十分さから、各国経済に混乱が生じる可能性がある。

③リスク対応の方向

エネルギー問題に対しては、エネルギー源の多様化や中東を始めとする産油国との関係強化等によるリスク分散に加え、省エネルギーの推進、新エネルギーの導入促進、新技術の研究開発を進めること、原子力開発利用と原子力安全の確保には国境がないとの認識に立った安全対策の推進、石油備蓄等による潜在的リスクの低下を試みる。

(3)地域紛争、大量避難民問題

①グローバリゼーションと地域紛争

東西冷戦の終結により、世界的規模の武力紛争が起こる可能性は減少したが、開発途上地域等において、市場経済への移行・民主化過程で起こるカントリーリスク、及び政治・領土・民族・宗教等の様々な要因に基づく地域紛争の発生リスクは増大しており、これに起因する政治的不安定や経済活動の停止・停滞を原因とした大量避難民の発生リスクも大きくなっている。
また、我が国の主要貿易相手国における地域紛争等による我が国への影響も考えられる。

②リスク対応の方向

 まず、我が国近隣地域における紛争の発生を防ぐには、政治的な手段による紛争予防措置を採る必要があり、我が国も憲法の精神を踏まえた上で可能な限り積極的に対応する。次に、紛争が発生してしまった後は、その段階に応じて緊急人道援助、復興支援、本格的な開発支援がスムーズに展開されることが不可欠であり、各国政府、国際機関、NGOなどと調整・連携し、支援をしていくことが重要である。さらに、我が国の近隣諸国での危機発生時における大量避難民の受入に関する基本方針の確立と施設などの整備・確保が必要である。

(4)情報通信技術分野

①グローバルネットワークの拡大・深化

 社会経済活動における情報通信ネットワークの高度な利用の進展に伴い、個人や企業の活動の場が地理的制約から開放されて世界に広がり、また、アクセス可能な情報量と速度が驚異的に向上して、知的活動が質・量ともに飛躍的に拡大する一方で、情報通信ネットワークの上で、権利のない者が不正にアクセスして情報の盗用・流用や不正書き換えを行う事案や、匿名性の高い中で生じるサイバーテロ等のハイテク犯罪等、新たな社会問題が発生している。
 また、ネットワークを通じた電子商取引などにおける制度未整備により、経済取引の混乱も考えられる。

②リスク対応の方向

 情報通信ネットワークの制度整備として、利用者から信頼される安全・確実な情報通信の実現のためには、電気通信事業者による情報通信ネットワークの安全・信頼性対策の推進、本人確認や内容確認等の認証技術、不正アクセス防止技術などが必要となる。
 特にハイテク犯罪については、その具体的な予防策とともに、国内に限らず、国際間での緊密かつ迅速な捜査の協力が必要である。
 また、電子商取引等におけるデータ不到達等により発生する損害について、取引当事者と電気通信事業者がどのように損害を負担すべきか等制度設計を行うことが必要である。

(5)国際犯罪への対応

①犯罪のグローバル化

 90年代に入り、犯罪のグローバル化も進んでいる。密航幇助や女性・児童の密輸、薬物・銃器・武器や核物質の不正取引、来日外国人による組織的窃盗と盗難品の海外流出、マネー・ローンダリング(資金洗浄)等による犯罪収益の海外移転、インターネットを通じた国際的なハイテク犯罪、暴力団と国際犯罪組織又は国際犯罪組織同士の提携というように国際組織犯罪が世界的に深刻な状況となっている。

②リスク対応の方向

 健全かつ透明な経済システムを構築していくとの観点から、犯罪者や犯罪収益が逃れることができるループホール(抜け穴)が存在しないよう刑事法制面や捜査共助等の分野で国際的に新たな枠組みを構築していく必要があり、我が国としてもこれに積極的に国際協力していくことが重要である。