地球環境ワーキング・グループ報告書 平成10年4月20日
- 目次
- 地球環境ワーキング・グループ委員名簿
- はじめに
- 1 CO2対策等を巡る展望
- (1)我が国の温室効果ガス排出等の現況
- (2)我が国のエネルギー起因CO2削減対策(合同会議対策)の概要
- (3)合同会議対策から京都議定書への「ギャップ」を埋めるための方策
- 【1】 議論されている方策全体の見取り図
- 【2】 国内でのエネルギー起因CO2のさらなる削減方策
- 2 CO2対策と我が国経済―経済モデルによるシミュレーション分析―
- (1)分析テーマ
- (2)分析に使用したモデルの概要
- 【1】 モデルの基本的設定
- 【2】 CO2排出制約と消費・生産の変化
- (3)シナリオの設定について
- 【1】 基本分析用シナリオ
- 【2】 発展分析用シナリオ
- (4)シミュレーション結果の特徴
- 【1】 エネルギー起因のCO2排出量
- 【2】 我が国経済の姿
- 【3】 産業別GDP成長率
- (5)考察と留意事項
- 【1】 考察されるポイント
- 【2】 留意事項
- 3 低排出型社会の構築へ向けて
- (1)技術
- (2)産業構造・企業行動
- 【1】 環境関連産業の展開
- 【2】 企業の自主行動
- 【3】 企業の環境情報の開示
- (3)社会システム・インフラ
- 【1】 リサイクル
- 【2】 交通システム
- (4)ライフスタイル・社会意識
- (5)政策・制度等推進手段
- 低排出型社会の構築へ向けて-提言
- 地球環境ワーキング・グループ審議経過
地球環境ワーキング・グループ委員名簿
座長 | 深海 博明 | 慶應義塾大学経済学部教授 |
槌屋 治紀 | システム技術研究所所長 | |
中上 英俊 | 住環境計画研究所所長 | |
伴 金美 | 大阪大学経済学部教授 |
はじめに
昨年12月、我が国の京都市で、2000年以降の地球温暖化防止のための新たな国際的枠組みを決定する気候変動枠組条約第3回締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)が開催された。京都会議では、先進国全体の温室効果ガスを2008~2012年において1990年比▲5%強削減するという数値目標などを含む「京都議定書」が採択され、この中で我が国についての数値目標は1990年比▲6%とされている。
温室効果ガスの人為的排出の大宗を占めるのが、エネルギーの燃焼に伴って発生する二酸化炭素(CO2)である。我が国は、石油危機以降積極的な省エネルギー努力を行った結果、産業部門のエネルギー利用効率は世界最高水準にあり、GDP当たりの一次エネルギー消費も米国の約3分の1、ドイツの約2分の1と他の先進国と比較して低い水準にある。しかし、近年の運輸、民生部門を中心としたエネルギー消費の著しい伸びに伴い、エネルギー起因のCO2排出量は、1995年度には1990年度比8%強の大幅な増加となっている。このことから、京都議定書の目標の達成に向けては、直ちに最大限の対策に着手していく必要がある。
京都会議を目前に控えた昨年8月から11月にかけ、内閣総理大臣の要請を受けて、地球温暖化対策に関係する9つの審議会の代表が集まり、エネルギー起因のCO2削減のための具体的対策を中心とする我が国の地球温暖化問題への基本的対応方向がとりまとめられた(「地球温暖化問題への国内対策に関する関係審議会合同会議及び同報告書(平成9年11月)」、以下「合同会議」及び「合同会議対策」とする)。合同会議対策は、エネルギー起因のCO2排出量を、2010年度に1990年度の水準まで戻すことを目指して対策メニューを積み上げたものとなっており、京都議定書の目標の達成のためにも、まずは合同会議対策を着実に進めていくことが重要な第一歩である。
しかしながら、京都議定書の目標の達成のためにはさらなる追加的努力が必要である。京都会議を受けて、現在、技術開発等の様々なアイデアが、政府はもとより内外各方面で議論されている。そこでは、技術による可能性がまだまだ存在するという指摘が出されている一方で、対策を一層強化することは経済全体に無視できない影響を及ぼすのではないかという問題も提起されている。
本ワーキング・グループでは、上のような情勢を踏まえつつ、21世紀初頭の我が国経済社会の展望を行うという経済審議会経済社会展望部会の審議に資するため、地球環境問題のうち地球温暖化に関する議論に焦点を絞り、エネルギー起因のCO2削減対策と我が国経済との関係、並びにCO2排出のより少ない社会を実現するために有効な仕組みやメカニズムを中心に検討を行い、今般ここに報告書をとりまとめた。
1 CO2対策等を巡る展望
(1)我が国の温室効果ガス排出等の現況
京都議定書において温室効果ガスとされた6種類のガス(二酸化炭素(CO2)、メタンガス(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6))の我が国における排出量は、1995年度において1990年度比+8.6%の増加となっている(コラム参照)。このうち、全体の9割近くを占めるとともに、経済社会活動全体と密接な関わりを持つのが、エネルギーの燃焼に伴って発生するCO2である。我が国におけるこれらエネルギー起因のCO2排出量は1980年代後半から急激な増加傾向にあり、特に近年は運輸、民生部門の伸びが著しく、1995年度には1990年度比+8.1%の大幅な増加となっている。したがって、我が国で今後国内の温室効果ガス対策を考える際の中心的課題となるのが、運輸、民生部門での対策強化をはじめとしたエネルギー起因のCO2削減対策である。
なお、CO2については、正確な量の把握は難しいものの森林等の働きによって吸収されるといわれており、またCO2固定技術に関する研究開発も進められている。さらに、代替フロン類(HFC、PFC及びSF6)については、半導体洗浄や製品の中の冷媒として使われ、市中に残存しているものを回収し、分解するための技術開発等が進められている。このように、温室効果ガス対策の全体においては、ガスの排出削減対策を進める一方で、森林・農地の保全・整備や代替フロン類の回収に係るシステム作りなど、ガスの吸収・固定や回収・分解等に係る各種の対策を進めることも極めて重要である。
(2)我が国のエネルギー起因CO2削減対策(合同会議対策)の概要
昨年8月から11月にかけて、COP3を控えて我が国のエネルギー起因CO2の削減対策をとりまとめた合同会議は、最終的に、【1】具体的な積算の根拠を持つ省エネルギー対策の積み上げ(需要サイドの対策)と、【2】現行「長期エネルギー需給見通し」に基づく原子力発電や新エネルギーの供給拡大を含むエネルギー源構成変化の見込み(供給サイドの対策)とにより、2010年度に1990年度比±0%にCO2排出量を抑制することを目指した対策(以下「合同会議対策」とする。)をとりまとめた。
このうち、中心的内容である【1】の需要サイドの対策は、対策を行わない場合(標準ケース)と比べて原油換算で約5,600万klの省エネルギーを行うものである。ここに含まれている対策としては、高性能ボイラー等(抑制効果140万kl)、高効率照明等(同110万kl)、電気自動車等(同40万kl)の開発・普及など「技術」の開発普及に係る各種のメニューがある。また、情報通信を活用したテレワークの推進(同150万kl)や各種の交通対策(同400万kl)など、インフラ整備を中心とする「社会システム」に係る各種のメニューも挙げられている。このほか、冷暖房温度の適正化等(310万kl)などライフスタイルに関わるメニューもいくつか取り上げられている(図表1-(2)-1)。
合同会議対策の主眼は、あくまでこうしたエネルギーの需要サイドでの対策であり、【2】の供給サイドの対策については特段新たな追加施策等をまとめたわけではなく、原子力発電の拡大や新エネルギー導入目標(図表1-(2)-2)の実行などを包含する現行「長期エネルギー需給見通し(図表1-(2)-3)」の実現を従来通り謳っているにとどまっている(なお、長期エネルギー需給見通しについては、本年6月を目途として改定へ向け検討作業中である)。したがって、【1】の需要サイドの対策を全て実行したとしても、【2】のとおりにエネルギー源構成の変化が進まなければ、CO2排出の抑制効果は一定程度減殺されてしまうことに注意が必要である。
(3)合同会議対策から京都議定書への「ギャップ」を埋めるための方策
【1】 議論されている方策全体の見取り図
合同会議対策は、京都会議を直前に控えた時期に、エネルギー起因のCO2をとりあえず1990年度当時の水準にまで戻すことを目指してとりまとめられた対策となっている。
しかし、京都会議の結果採択された京都議定書においては、「6種類の温室効果ガス全体について、2008~2012年において1990年比▲6%(我が国についての数値目標)削減する。ただし、森林等による吸収分の控除並びに共同実施、排出権取引、クリーン・ディベロプメント・メカニズムなどを通じた国際協調による削減策を補助的に認める」という内容となった。
6種類の温室効果ガスとは、先述のとおり、CO2のほかメタンガス、亜酸化窒素並びに代替フロン類3種(HCFC、PFC及びSF6)を指している。また、CO2についてはあらゆる人為的な排出を含むこととされており、エネルギー起因のもののほかに、セメント製造工程における石灰石の分解や、プラスチックなどの廃棄物の焼却による分なども含まれる。一方、森林や農地の炭酸ガス吸収の働きを一定の条件の下で考慮するとともに、先進国における数量目標の達成の実現性を高める工夫として、【1】先進二国間において削減費用の安い国において共同で排出削減プロジェクトを行い達成量を按分する「共同実施」、【2】同じく複数の先進国間で当初の削減義務量を基に過不足分の有償取引を認める「排出権取引」、【3】共同実施と同様の事業を途上国において行い達成量の一部を先進国が利用できるとする「クリーン・ディベロプメント・メカニズム」、の3つの国際的オプション策が条件付きで認められることとなった。ただし、森林等の吸収源の取扱いや国際的オプション策については、具体的な算定基準やガイドラインなどを条約の第4回締約国会議(COP4)以降に定めることとされている。
既に国際機関や多国籍企業などを中心に、国際的オプション策の発足をにらんだ活発な動きが見られる。他方、我が国国内においては、全体としての目標である1990年比▲6%の削減をどのように達成するかについての詳細な検討はこれからの課題となっている。この課題に緊急に取り組むため、政府においては、昨年12月19日閣議決定により、内閣総理大臣を本部長とする「地球温暖化対策推進本部」を設置し、より広範かつ詳細な検討作業が開始されたところである。
【2】 国内でのエネルギー起因CO2のさらなる削減方策
i)CO2削減に資する「技術」と「社会システム」
【1】では国内のエネルギー起因CO2削減以外の各種の方策も含めた全体の見取り図について概観した。しかし、いずれにしても中心的対策となるのはエネルギー起因のCO2排出の抑制・削減方策であることは自明であり、合同会議対策あるいは可能であればさらにそれを超えた対策を実行していくことが重要と考えられる。
そこで、本ワーキング・グループでは、合同会議対策と重なり合う部分も含みつつ、その周辺での拡張あるいは未検討の領域について調査を行った上で見出されるメニューやその削減効果について、委員から研究事例報告を受けた。こうした研究事例にほぼ共通して見られる特徴的な点として、削減可能量に占めるウエイトの大きいいくつかのメニューが、特に以下に示すような「技術」と「社会システム」に係る領域において指摘されていることが挙げられる。
まず、「技術」の領域では、待機電力を消費しない家電製品、熱回収型炉を発展させた高性能工業炉、ハイブリッド車、太陽電池など(図表1-(3)-1~1-(3)-4)をはじめとする各種の省エネ・低CO2排出型製品の普及をいかに促進させるかという点が大きなポイントとして指摘されている。これらの製品については、単位製品当りのCO2抑制効果等はある程度推計がなされている。したがって、あとはこれら「代表選手」となる製品の将来へ向けた生産コスト低下の見通しと、既存技術により生産された競合製品との市場におけるコスト面での競争力の分析を通じて、いつ頃まで、どの程度の支援策などを講じればよいのかを見極めることが鍵となってくる。
また、「社会システム」の領域には、モーダルシフトに向けた社会資本整備など、各種のインフラ整備という「ハード」の分野が一方にある。これに対して、電力事業におけるDSMや、消費者に積極的に情報を提供するためのラベリング、さらにはESCOのように需要・供給サイドの双方が建物設備に対する省エネ投資を行った場合、エネルギー節約効果の生み出す便益を分収できるという新しい仕組みなど、「ソフト」の分野にも未開拓の領域が大きく広がっていることが指摘されている。今後は、市場メカニズムの中に、こうした「ソフト」をいかに取り込んでいくかが重要な鍵となってこよう。
ii)「学習効果」のメカニズム
i)で指摘したように、今後のCO2対策において鍵となるような代表的な技術がいくつか存在する。こうした技術に基づく製品が具体的にどのようなスピードで社会の中へ浸透していく姿を期待できるのか、ということのイメージを掴むため、ここでは「学習効果」のメカニズムを取り上げ、それに基づく事例分析を試みる。
学習効果とは、製品の生産を継続して実行していくと経験の蓄積が情報として活用され、生産コストが学習曲線(Learning Curve)と呼ばれる指数関数に従って低下していく現象で、これまでに普及してきた各種の工業製品に共通して見られる経験則である。過去の観察例では、大体累積生産量が2倍になったとき、単位生産コストが70~85%程度にまで低下することが目安となっている。学習曲線は、製品生産に要する一定のスタートアップ期間を経てから、累積生産が極めて大きくなりコストの低下がほとんど生じなくなる定常状態に入る時点までの間の「移行過程」を説明するのに適しているといわれている。
次頁のコラムでは、CO2低減に資するクリーンなエネルギーとして次世紀に向け大幅な普及の期待されている太陽光発電(太陽電池)を例にとり、学習効果のメカニズムによるコスト低下の可能性について分析を試みたので紹介する。
なお、学習効果によるコスト低下のメカニズムは、これまでにも半導体、CDプレーヤーといった様々な製品に共通的に働いてきたことが実証的に示されている。こうした製品は、高度の技術を要し、社会において大量に使用される耐久消費財であるという性格が共通している。これを需要側から見た場合、ある技術について、それが既存の技術と比較しうる程度に価格が低下し、人々がそれを合理的な価格であると感じるようになった場合に、その技術は急速に普及するということも検証されている。したがって、省エネ・省CO2に資するような製品分野においても、太陽電池のほか各種の低公害車などについて、こうした学習効果のメカニズムが十分発揮されるような支援を行い、コストの急速な低下を図ることが早期の大量普及のために有効と考えられる。
iii)省エネルギーに資する新しい「社会システム」
省エネルギーの一層の展開へ向けて社会システムの面で拡がっていると考えられる新しい領域に、いかに取り組んでいくかについても考えてみることが有効であろう。ここでは、その代表的なものとして提起されているESCO、DSM、ラベリングなどについて、その仕組みや取組の事例、並びに我が国において定着を図る上での課題などについて整理・考察する。
第一に、ESCOについては、既存の公共建物やビルストック、工場などを対象に省エネルギー改善に関わる一連の業務をパフォーマンス契約(成功報酬契約)によって請け負うビジネスで、省エネルギー対策に要する資金の調達も請け負う点などに大きな特徴がある(図表1-(3)-5、1-(3)-6)。ESCO事業者は、事業の実施による省エネで発生する利益から収益を得、調達した資金の返済も行う。米国及び一部欧州諸国において取組が先行している。
ESCOが我が国において登場した場合、省エネルギー面から見て、
【1】これまで投資回収年数が長い、あるいは資金不足という理由で行われてこなかった省エネ需要を掘り起こすことができる
【2】従来我が国における省エネの取組が産業部門(特に大規模工場)の企業内部の人材(エンジニア)に主導される形で行われてきたのに対し、ESCOの登場により、これまでそうした人材を持たないために行われてこなかった業務部門・公共部門等においても省エネが進められる
などの点が期待されている。これらの部門におけるESCO事業の展開により、我が国で原油換算約300万kl(省エネルギー改善の余地がある部分のうち、事業所内で対応される分(ESCO事業の対象外)の比率である内生化率を、産業部門高性能工業炉導入90%、産業部門その他設備改善80%、業務部門公共建物10%、業務部門民間建物30%とし、全体の市場化率を50%とした場合。)の省エネ効果を生み出すとの試算も出されている(図表1-(3)-7)。
我が国においてESCOが本格的に展開していく上では様々な課題があることが指摘されている。その中でも、【1】プロジェクト・ファイナンスの適用の確保、【2】行政及び公共事業体がパフォーマンス契約を行う際の制度的条件整備、の2点が特に重要と考えられる。
なお、ESCOは本来、民間部門により自発的にビジネスチャンスとして捉えられて取組が拡がってきたものであり、行政が不当にその活動の萌芽を圧迫することのないよう、モデル事業や考え方・取組の紹介などを通じながら普及・拡大を的確にバックアップしていくことが重要と考えられる。
第二に、DSMについては、電力の供給側が需要側に様々な働きかけを行い省エネを実施することにより、新規電源立地等の発電投資コストを抑制するというものである。発電・送電・配電を垂直統合している電力会社が独占的に電力供給を行う事業形態となっている場合には、DSMを実施するインセンティブが働きやすい。
DSMへの取組は、米国で進められてきたが、近年の電力業界の規制緩和の進展により電力卸売市場が自由化され、さらに発電・送電・配電の各部門を分離する動きも見られるようになるなど、米国のDSMは見直しと再構築の段階にきている。
我が国の場合は、発電コストに一定の収益を確保する電力料金制度上、DSMのインセンティブは十分ではなく、省エネ対策の観点からの本格的なDSMの実施に向けては、依然取組の余地が大きいとの指摘が出されている。
また、我が国でも電力業界の規制緩和が現在進行中の課題となっていることから、今後は規制緩和の本格化も念頭に置きながら、DSMのインセンティブをいかに創出していくかを探っていくことが課題と考えられる。
第三に、ラベリングについては、特に民生部門のエネルギー消費の伸びに対応するための省エネ対策の一環として、家電製品をはじめとする民生用エネルギー消費機器にエネルギー消費量や効率をわかり易く表示し、消費者に情報を提供しようとする制度が欧米や豪州、韓国などで導入されている。これらの取組は、それぞれの国において一定の省エネ効果を上げているとの報告が出されている。
我が国でも、家庭用エネルギー消費機器の表示について、家庭での使用実態に近い正確なエネルギー消費量が十分示されていないこと、もっとわかりやすい表示を望む声があることなど、省エネルギー対策の推進という観点からも見直していく必要性が指摘されている。このため、各国の取組事例を十分参考としながら、我が国にふさわしいラベリング制度が構築されることが期待されている。
なお、家庭用機器に先駆け、コンピュータ等のOA機器5品目について、日米両国で共通の基準を用い、エネルギー使用効率の優れた製品について共通のロゴマークの貼付を相互に承認する「国際エネルギースタープログラム」が95年10月より開始されており、その効果の発揮が期待されている。
最後に、海外における新しい取組事例として、政府がエネルギー効率的な技術を使用した製品の初期市場(需要)を人為的に創出することにより、当該技術に関する製品市場をエネルギー効率的な方向に動かすことを狙いとした「テクノロジー・プロキュアメント」がある。これは、具体的には、政府が特定の技術スペックを使用した製品の購買者を予め募集するとともに、適格な技術(製造業者)の選定を行い、それを活用した製品を購買者に調達・斡旋することにより確実な普及を図るというもので、政府は選定に際して入札された技術に基づくプロトタイプの作成やテストなども行う。現在、スウェーデンや米国において取組が始められており、いずれも学習効果のメカニズムを通じてエネルギー効率の高い機器が急速に普及したことが報告されている。
以上に見たような新しい社会システムについては、単にそれによる直接的な省エネ効果にとどまらず、需要家や消費者に省エネを継続的に意識させることにより、市場や社会全体を長期的に省エネを指向する方向へ変えていく効果をも期待しうるものであり、こうした積極的な位置づけを行った上で展開を図っていくことが重要であると考えられる(図表1-(3)-8)。
2 CO2対策と我が国経済―経済モデルによるシミュレーション分析―
(1)分析テーマ
1では、省エネルギーやCO2削減を今後さらに展開していく上で重要なメカニズム・仕組み等について個別例に即して検討したが、他方でCO2削減対策が総体として我が国経済の将来にどのようなインプリケーションをもちうるのか、ということについての関心も高まっている。
ここでは、こうした分析課題に応えるため、いくつかの将来のシナリオを考え、「経済企画庁長期多部門モデル」によりシミュレーションを行った。そして、それぞれの場合に我が国経済への影響がどうなるか等の結果を要約するとともに、結果に基づく若干の考察並びに結果を見る上での留意事項について整理した。
なお、以下のシミュレーションにおいて、時点については全て年度ベースである。
(2)分析に使用したモデルの概要
今回の分析に使用した「長期多部門モデル(以下「モデル」とする。詳しくは参考資料1参照)」の基本的な仕組みは以下のとおりである。
【1】 モデルの基本的設定
モデルは、我が国の経済社会を、第1・2・3次にわたる21の産業が、それぞれ対応する21種類の商品(サービスを含む)の生産活動を行う社会として表現している。これらの商品には海外との輸出入も認めているが、輸出入割合の変化幅には一定の制約を置いている(参考図表1-4参照)。このほかに1種類の商品(原油・天然ガス)については、全量輸入品扱いで入っている。初期値としては、足元のこれら産業別GDP額をはじめとする諸経済変数が与えられている。これに加えて、将来に向けての基本的前提条件として、現在から2030年頃にかけての【1】人口及び労働供給、【2】技術進歩、【3】22種類の商品に対する人々の嗜好変化のパターン(最終消費全体に占める22商品の組合せの変化)、【4】商品毎の輸出入割合の最大変化幅、を与えている。モデルは、以上の基本的(不変)な設定の下で、現在~2030年頃にかけての人々の消費が最大かつ最適(ここでは、上述の22商品の嗜好変化に応じた最適な組合せを意味する)なものとなるよう、生産活動を営む。この結果として、人々が商品の消費を通じて得られる効用が期間中を通じて最大となる(≒経済のパイが最も大きくなる)ような経済成長の経路が導出される。なお、人口及び労働供給、並びに技術進歩に関する仮定の概要は次表のとおりである(詳しくは参考図表1-1及び1-2参照)。
《人口・労働供給の仮定(期間中年平均増減率)》
1993-2000 |
2000-2010 |
2010-2030 |
|
---|---|---|---|
人口 |
0.3% |
0.1% |
-0.4% |
生産年齢人口 |
-0.1% |
-0.6% |
-0.8% |
就業者 |
0.5% |
-0.2% |
-0.6% |
(注)人口、生産年齢人口は厚生省「平成9年度人口推計(中位推計)」を使用。また、就業者数については経済企画庁総合計画局で推計。
《技術進歩の仮定(期間中年平均増減率)》
1993-2000 |
2000-2010 |
2010-2030 |
|
---|---|---|---|
中間投入係数 |
0.1% |
0.0% |
-0.1% |
資本投入係数 |
0.1% |
0.1% |
0.1% |
労働投入係数 |
-2.0% |
-2.0% |
-1.8% |
(注)各産業の生産額をウエイトとした加重平均値を掲表してある。
【2】 CO2排出制約と消費・生産の変化
CO2対策が経済に及ぼす影響を分析するシミュレーションにおいては、モデルの中で各商品の生産・消費に伴って発生するCO2排出量を自動的にカウントしている。このとき、経済全体のCO2排出量に制約(上限)を与えることが可能になっている。制約を与えた場合、モデルはCO2排出制約をクリアしつつ、上述のように最も効用の大きくなるような経済成長の経路を改めて探ることになる。このようにして得られた経済成長の経路は、制約を一切かけなかった場合の経済成長の経路とは違うものになるのが通常である。この違いが生じる理由は、各商品の1単位当たりの生産・消費に伴って発生するCO2排出量が大きく異なることから、最終消費段階での期間中のトータルの効用水準をできる限り下げないようにしながら、生産・消費に伴うCO2発生量がより少なくて済むような生産・消費の新しい組合せを選び直すことになり、これによって経済の姿が変化するからである。ただし、消費については、各期において人々の効用を最大化する消費財の組合せが予め与えられているため、CO2排出量の削減という制約は消費財の組合せ比率を変えるという方向には働かず、財比率は一定のまま、各財の消費量を一定割合だけ減少させる(節約する)という方向に働く。すなわち、消費については、「量」による対応はあるものの「質(中身の変化=消費構造の変化)」による対応は想定していない。
他方、生産については、国内で生産される21種類の商品について、当該商品1単位の生産に要するエネルギー商品(鉱業(原料炭)、石油・石炭製品、電気・ガス・水道、原油・天然ガス)の中間投入量が大きく異なっている。このことは、単位生産当たりCO2排出量の違いを意味する。例えば、一次金属(鉄鋼等)など素材型の製造業ではこの量が大きく、加工組立型の製造業やサービス業などではこの量が小さい。このことから、仮に前者をCO2多排出型産業、後者をCO2少排出型産業と呼ぶことにすれば、各産業で一律に国内生産の割合を減らして輸入割合を増やすという対応よりは、CO2多排出型産業で生産される商品についてより重点的に国内生産の割合を減らし輸入割合を高める方が、経済全体で見たときのCO2排出量を抑える上で効果が高いことになる。したがって、生産活動段階においては、「量」による対応(=全体的な国内生産の縮小)に先んじて、「質」による対応(=産業構造の転換)の可能性があることになる。なお、CO2制約がそれほど厳しい水準でない場合、「質」による対応が最大限に発揮されることにより、個別産業レベルの生産縮小はある程度見られても、経済全体としての規模の縮小の程度はそれほど大きくならない、という場合も考えられる。ただし、以上のような対応は、前に述べた商品毎の輸出入割合の変化幅と、輸入品も含めて最終消費段階へ供給される各商品の割合が最適な組合せとなっていることが確保されるということの枠内で起こるものであることに留意する必要がある。
なお、CO2排出総量に制約をかける場合は、例えばCO2排出枠の強制割当や、経済的手法を用いるなど、何らかの方法を使って制約を達成するものとみなす。
(3)シナリオの設定について
CO2対策分析用に、具体的に将来のシナリオとして考えたものは以下のとおりである。
【1】 基本分析用シナリオ
まず、基本分析用のシナリオとして、次の3つの場合を考えた。
第1の場合は、基本設定どおりの技術進歩(ベースとしての技術進歩)のみを想定し、CO2排出に制約義務を設けない場合である。これは、我が国経済社会が特別のCO2対策を行わず、自由に経済活動を行うというもので、いわば我が国経済が「自然体」で推移したときの「ベースライン」のシナリオと見るべきものである。
第2の場合は、第1の場合の想定するベースとしての技術進歩を根底に置きながらも、これに加えてエネルギー起因のCO2削減対策としての「合同会議対策」を実行することによる追加的な技術進歩(単位生産当たりのエネルギー投入若しくは最終消費段階でのエネルギー消費がより少なくなる方向での技術進歩。2010年時点において合同会議対策の目指す5,570万klのエネルギー消費削減を想定)を想定し、やはりCO2排出に制約義務を設けない場合である。これは、我が国経済社会が合同会議対策を実行することを自らに課した上で、このコミットを守ること以外は自由に経済活動を行うとしたものであり、現時点で政府により基本的に目指すべき方向と位置付けられているシナリオといえる。
第3の場合は、第1の場合と同じくベースとしての技術進歩のみ想定し、今度はCO2排出量に2010年時点で1990年比±0%という制約義務を課した場合である。この場合、前述のとおり、モデルの中では各商品毎の輸出入割合の変化を通じた産業構造の転換などを行うことにより、CO2排出制約の義務を達成しつつ最も「効用が高くなる(≒経済全体のパイが大きくなる)」経済成長の経路が選ばれるようになっている。この第3の場合は、第1の場合と比較したとき、CO2制約によってベースラインとしての我が国経済がどのように変わるのかについての情報を与える、いわば比較対照用のシナリオとして見るべきものである。(以上の3つのシナリオを順にシナリオA~Cとする。簡略表参照。)
《基本分析用3シナリオの簡略表》
合同会議対策の実行 |
CO2制約(1990年比) |
シナリオの通称 |
|
---|---|---|---|
シナリオA |
× |
なし |
現状推移 制約なし |
シナリオB |
○ |
なし |
合同会議 制約なし |
シナリオC |
× |
±0% |
現状推移 制約0% |
(注)表中のCO2制約は2010年以降の値であり、それに先立つ2005年時点で1990年比+4%、2010年以降±0%と段階的に設定している。
なお、以上3つのシナリオは、合同会議で決定された国内でのエネルギー起因のCO2削減対策により、2010年にエネルギー起因のCO2排出量が1990年比±0%になるという考え方に対応させたものである。「2010年における温室効果ガスの量を1990年比▲6%」とすることを決定した京都議定書との関係では、さらなる技術革新、森林等のCO2吸収効果、排出権取引等の手段を活用することによって、その目標を達成することになる。
【2】 発展分析用シナリオ
次に、発展分析用のシナリオとして、以下の2つの場合を考えた。
まず、基本分析用シナリオBの想定するベースとしての技術進歩及び合同会議対策実行による追加的技術進歩を根底に想定しながらも、さらにこれらに加えてより一層単位生産当たりのエネルギー投入若しくは最終消費段階でのエネルギー消費が少なくなるという形の技術進歩の追加措置(2010年時点において合同会議対策の目指す5,570万klに加え、低公害車のさらなる普及(約1,370万kl減)、待機電力の削減(約200万kl減)、高性能工業炉の業務部門への導入(約400万kl減)によって計1,970万klのエネルギー消費削減を想定)を設定し、CO2排出量に制約義務を設けない場合を用意した。但し、これらの想定の実現可能性については十分な検討が求められることに留意する必要がある。これをシナリオDとする。
また、これとの比較を見るために、基本分析用シナリオBと同じく、ベースとしての技術進歩及び合同会議対策実行による追加的技術進歩のみ想定し、今度は2010年以降のCO2排出量に2010年時点でのシナリオDの排出量(1990年比▲4.7%)を制約義務として課したシナリオを用意した。これをシナリオEとする。
《発展分析用2シナリオの簡略表》
追加措置の実行 |
CO2制約(1990年比) |
シナリオの通称 |
|
---|---|---|---|
シナリオD |
○ |
なし |
追加措置 制約なし |
シナリオE |
× |
▲4.7% |
合同会議 制約▲4.7% |
(注)表中のCO2制約は2010年以降の値であり、それに先立つ2005年時点で1990年比+1.9%、2010年以降▲4.7%と段階的に設定している。
シナリオB及びEで用いた合同会議対策に基づく追加的技術進歩に係る設定、シナリオDで用いたさらなる技術進歩の追加措置に係る設定については、参考資料2に掲載した。
なお、以上のシナリオでは合同会議対策による追加的技術進歩及び発展分析用に用いられたさらなる追加的な技術進歩について、2000年~2010年に導入されるものとしており、2011年以降のさらなる技術進歩の導入は想定していない。
(4)シミュレーション結果の特徴
以上の計5つのシナリオを基にしたシミュレーション結果を3つの図表に要約して整理した。
【1】 エネルギー起因のCO2排出量
第1に、エネルギー起因のCO2排出量(1990年比)について示したのが図表2-(4)-1である。本図表より、次のような特徴が分かる。
i)基本分析用シナリオのうちCO2排出量に制約をかけなかった場合(シナリオA及びB)を見ると、合同会議対策を実行しないシナリオAでは、2010年のCO2排出量は1990年比+18.2%の大幅な増加となる一方、合同会議対策を実行したシナリオBでは1990年比+0.3%増にとどまる。これより、合同会議対策を実行すれば、そのコミットの実行以外は自由な経済活動を行うこととしても、CO2排出量を大幅に減らしていくことができることが分かる。
ii) 発展分析用のシナリオDを見ると、合同会議対策に加えて追加措置によるCO2削減効果が働き、2010年のCO2排出量は▲4.7%と大幅に低下している。
iii) その他のシナリオでは、2005年以降にCO2排出量の制約を与えているので、CO2排出量は各制約上限の値となっている。
【2】 我が国経済の姿
第2に、我が国経済の姿について示したのが図表2-(4)-2である。本図表より、次のような特徴が分かる。
i)合同会議対策を実行することは、マクロで見た経済成長率にほとんど影響を与えない(シナリオAとBの成長率の差0.0%)。
ii) 合同会議対策を実行しないでCO2排出量に1990年比±0%の制約を与えたシナリオCでは、元のシナリオAと比べて▲1.3%と大きく落ち込む。
iii)発展分析用のシナリオを見ると、合同会議対策の実行以上の追加措置を行わなかったシナリオEでは、2000-2010年の経済成長率は元のシナリオBと比べて▲0.2%と多少落ち込むが、追加措置を行ったシナリオDでは0.0%と落ち込みが回避される。
【3】 産業別GDP成長率
第3に、2000-2010年の産業別GDP成長率について示したのが図表2-(4)-3である。本図表より、次のような特徴が分かる。
i)CO2排出量に制約を課さない場合、合同会議対策の実行は産業別GDP成長率にほとんど影響を与えない(シナリオBのAとの差)。このことから、合同会議対策は、産業構造の転換を起こすものではないことが分かる。
ii) CO2排出量に1990年比±0%の制約を与え合同会議対策を実行しないシナリオCでは、元のシナリオAと比べて全ての産業でGDP成長率が低下している。また、素材型を中心とした製造業で低下幅がより大きく、商業やサービス業といった第三次産業の低下幅はより小さい。これは、産業構造の転換という「質」による対応が働くことに加えて、経済全体の活動規模の縮小という「量」による対応も働いていることを意味する。
(5)考察と留意事項
【1】 考察されるポイント
以上のシミュレーション結果に基づく考察から、以下の点が指摘できよう。
第一に、CO2排出量、マクロ経済及び個別産業への影響の結果を総合すると、合同会議対策は、マクロ経済及び個別産業への影響を最小限に抑えつつ、エネルギー起因のCO2排出量を大幅に削減できる点で、意義が大きいことである。逆にいえば、合同会議対策実行という技術進歩を図らずに、エネルギー起因CO2排出量を1990年水準に抑えようとすれば、全ての産業で生産が縮小することになり、マクロ経済へも無視できない影響を及ぼすことになる。
第二に、CO2制約を課したシナリオと課さないシナリオとの比較からは、マクロ経済への影響以上に、個別産業レベルにおいて大きい影響が見られる。特に、CO2多排出型の素材型製造業(一次金属、化学、窯業・土石、紙・パルプなど)においては、GDP成長率の差が数%程度となる。このことから、CO2制約の経済に与える影響は、マクロ経済とミクロ経済において非対称的に生じることが見出せる。これは、これまで述べてきたとおり、CO2制約による生産制約を与えた場合、経済メカニズムは産業構造の変化によって可能な限りこれを吸収しようとする力が働くためといえる。
したがって、CO2抑制策を講じる場合には、マクロ経済のみでなく個別産業への影響にも配慮することが必要であり、生産要素の移動を円滑化するためのシステムの構築など、産業構造の転換による調整コストを最小化するための施策を取ることが重要ではないかと考えられる。
第三に、発展分析用シナリオによるシミュレーション結果からは、一層の追加的技術対策を上積みすることにより、マクロ経済への影響を拡大させることなく、1990年比でかなりの程度の削減も可能であるという点がうかがえる。このことから、今後のCO2対策の推進に当たっては、技術の開発・普及の程度が経済的影響の如何を左右することを考慮し、既に合同会議対策に盛り込まれているものも含め、なお一層の技術開発・普及に努めることが重要であることが示唆される。
第四に、合同会議対策を講じていく場合の追加的必要投資額は年間当り約2兆9千億円、またさらなる追加措置も実現可能となった場合に追加的に喚起される投資額は年間当り約3兆1千億円程度にのぼる(詳しくは参考資料2を参照)。
【2】 留意事項
最後に、今回のシミュレーション分析の結果を読む上では、以下のような点について留意する必要がある。
i)今回の分析においては、海外との関係、特に地球規模での影響については必ずしも十分に考慮されていないこと
CO2制約シナリオでは、素材型製造業部門を中心に、輸入割合を高める一方で国内生産を減少させる対応がとられている。しかし、このような場合、我が国の素材型製造業は世界最高水準のエネルギー効率にあることから、我が国での輸入増加に対応するため海外における素材型製造業の生産が増加し、世界全体でのCO2排出量がネットで増加する可能性もある。
ii)共同実施、排出権取引等の国際的オプション策や、森林等による吸収分控除等を統合した分析ではないこと
今回の分析では、京都議定書の目標を達成するための国際的オプション策や森林等の吸収源対策などは考慮の外に置いている。実際には、これらの措置が、個別産業やマクロ経済に対して一定の影響を及ぼすことが全くないとはいえないことから、こうした措置についても統合的に分析しうるようなモデルの開発、シミュレーションの実行等が望まれる。
iii) CO2対策の展開に伴ったライフスタイルの変更による最終消費パターンの変化などは考慮されていないこと
今回の分析では、合同会議対策におけるライフスタイルに関する対策の実行は考慮しているものの、ライフスタイルの本質的な部分での変更(購買行動自体の抑制、環境調和型の商品への嗜好の転換など)については、確固とした見通しがないことなどから考慮していない。
iv) CO2制約を課したシナリオでは、1トン当たり数万円程度の炭素税が導入されているのと同等の状態にあるとも見なせること
CO2のシャドウ・プライス(詳しくは参考資料1の末尾部分参照)の情報から、CO2制約シナリオとは、炭素1トン当たり数万円程度の炭素税が課され、それと同額の削減補助額が交付されている状態と見なせる。すなわち、炭素税が導入された結果、各産業は単位生産当たり炭素排出量に応じて生産活動を増減させ、経済全体としては最適な姿になっているとも見なせる。
3 低排出型社会の構築へ向けて
これまで、本報告書では、1.で省エネルギー・CO2排出低減に資する技術や社会的な仕組みについて代表的な例をとりあげて検討するとともに、2.ではCO2削減が我が国経済に及ぼす影響について分析した。これらの結果を踏まえて、3.では、これからの社会が目指すべき姿を地球温暖化対策という視点に立って描いてみる(図表3-(1)-1)。
我が国が目指すべき新しい方向は、エネルギーや資源を大量に使用することを前提とした従来の「大量生産-大量消費-大量廃棄」の社会から、資源節約型で環境負荷の少ない環境型社会への転換である。こうした大きな時代の動きの中で、地球温暖化対策という視点からは、CO2排出のより少ない社会、すなわち「低排出型社会」を構築していくことととらえられる。
「低排出型社会」を支える4つの大きな要素として、「技術」、「社会システム・インフラ」、「産業構造・企業行動」、「ライフスタイル・社会意識」を想定した。これらの各要素における真剣な取り組みを通じて、CO2をはじめとする温暖化ガスの排出を低減させていく。また、それらの取り組みを底辺で支えていくものとして、主として政府・自治体等による施策を念頭に置いた「政策・制度等推進手段」を置いた。
それぞれの要素は、相互に重複する部分がある。「企業行動」と「技術の進歩」は密接不可分であるし、新「技術」は「社会システム・インフラ」と重なり合う部分があると考えられる。したがって、これらは必ずしも単純に並列できる要素ではないが、「低排出型社会」の考え方を、相互の関連を含めて、大づかみに整理し理解するための一つの試みとして示したものである。
(1)技術
CO2排出削減が経済に及ぼす影響を可能な限り小さくする上で、新技術の開発・導入は決定的な役割を果たす。低排出型社会を構築するための代表的な技術として、太陽光発電、低公害・低燃費車、家電の効率改善、待機電力のカット、ビル・住居の断熱構造化等をあげた。
こうした省エネルギーの技術開発は、民間企業の活動が主となるものであるが、政府が様々な情報を柔軟に活用しつつ重要な技術を選択し、補助金等の施策を通じて、その開発・改良・普及を推進していくという明確な態度を国民や産業界に示すことが有効な場合もある。これによって、企業はよりスムーズに省エネルギー技術の開発に投資を行うようになり、また、開発に携わる技術者にも省エネルギー技術に取り組む大きなインセンティブを与えて、新たな技術革新を引き起こす契機を生み出す。また、こうした技術革新は、新たな設備投資や新規産業を生み出すことによって、地球環境の保全と経済成長の両立を達成する可能性を開くことになる。
(2)産業構造・企業行動
【1】 環境関連産業の展開
企業は、CO2制約を省エネルギー・省資源型の新しい事業展開の機会としてとらえ、新技術、新製品等の開発を推進していくことが重要となる。世界の環境関連の機器やサービス等の市場は急速に成長しており、昨年末の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)を受けて今後一層市場が拡大することが予想される。我が国の省エネルギー技術は世界の最高水準にあり、CO2制約は我が国のそうした国際競争力を発揮する好機ととらえられる。
2.のシミュレーション結果でも示されたように、国内でかなり大幅にCO2排出を削減しなければならない場合、エネルギー多消費型の産業は国内での生産を縮小させなければならない可能性が生じる。産業構造の転換に伴う摩擦的影響に対しては十分な対策が必要であるが、他方で環境関連等の新しい産業が生成し市場を広げていくことによって、我が国経済の新たな成長の機会を見いだすことが可能となる。
【2】 企業の自主行動
排出が特定の産業や製造工程に特定できる物質と異なり、CO2の排出源は多岐にわたる。このような場合、自らの製造工程を熟知し、CO2削減のためのシステム全体の見直しを容易に行いうる各企業に、対策を委ねる方法が効率的である。昨年6月に公表された「経団連環境自主行動計画」にみられるように、産業界には自主行動に比重を置いた対応を行おうとする動きが高まってきている。
今後、企業は、行政当局の規制と指導に従うという受け身の対応ではなく、自らの価値観や倫理観に基づいて環境対策のあるべき姿を確立し、経営方針の中に明確に位置づけることが重要となる。その際、各企業は、環境担当部署のみならず、社内全体にそうした方針が行き渡るよう、社内の環境教育を徹底させることが必要である。
このように企業の自主的な取り組みが重要性を増す中で、その取り組みをより意義のあるものにするために、行政は環境政策において各企業の自主行動計画を積極的に位置づけ、その取り組みを促進する制度を工夫することも必要である。企業と政府が、企業の自主的な目標値に関し協定を結び、その促進を図るという形態も考えられる。目標値が達成できない場合でも、ただちに協定違反とはならず、企業が最善の努力を怠らなかったことを証明できない場合に協定違反とする、といった外国の例が参考になる。
【3】 企業の環境情報の開示
企業は環境保全関連の事業活動や製品・技術開発の情報を可能な限り開示していくことが重要である。こうした情報が得られることにより消費者は企業・製品の選別能力を高め、そのことが企業の環境問題への対応を一層能動的なものにしていく。環境問題への責任ある対応が当該企業の社会的な信頼を生み、それが企業の資産となっていくという好循環を作りだしていくためにも、企業の情報開示は重要である。
(3)社会システム・インフラ
社会システム・インフラを形成するものとして、リサイクル、DSM、ESCO等、ソフト的なシステムの形成に関連するものと、高度情報通信化、物流・交通システム等、インフラ整備を前提とするハード的なシステムの形成に関連するものが考えられる。
システムの形成は、生産者、流通業者、消費者等の各経済主体が、省エネ・省資源という共通の意識で連携することが重要である。システムを通じた各経済主体間の情報の交換により、社会全体の無駄なエネルギー・資源の消費が減少していく効果を持つ。
【1】 リサイクル等
リサイクルは、製品の生産から消費・回収・再生まで、経済活動にかかわる各主体が環境保護の意識を持って、そのためのシステムを形成していく努力を必要とすることから、社会全体を巻き込む大がかりな活動である。こうしたリサイクルシステムを形成する前提として、耐用年数の長い製品作りの努力や廃棄物として出されたものを再度原料として活用するための技術開発が重要となる。
【2】 交通システム
交通システムでは、自動車の渋滞をなくすという視点が重要であるが、同時に可能な限り自動車を使わない社会を作ることも必要である。具体的には、路面電車・低公害バスの普及、パーク・アンド・ライドの整備等により公共交通機関の利用を増加させること、物資の輸送を自動車から鉄道や海運に切り換えるモーダル・シフト、あるいは休日に電車やバスを利用すると家族の運賃も割引になる「環境定期券」の導入等が考えられる。
また、自動車を利用する際には、低公害車が選択されるよう、道路料金の割引、低公害車レーン・優先駐車場の創設等、低公害車での走行が有利になるような交通システムも有効である。
(4)ライフスタイル・社会意識
近年の我が国のCO2排出の状況をみると民生・家庭部門での伸びが高く、CO2排出削減問題を克服する上で、人々のライフスタイル(意識・価値観・行動)、またその総体としての社会意識の変化が極めて大きな役割を果たすことがわかる。
省エネルギー的ライフスタイルによる効果は、家庭部門から発生するCO2を減少させるという点に留まるものではない。これまで述べてきた企業の技術開発や自主的な行動計画、社会システムの形成についても、最終的には消費者が、それらをどのように評価し、どのような姿勢を取るかによって決定的な影響を受ける。環境への負荷が少ない製品を選択するとか、収益には直接寄与しにくい環境保全行動をとる企業を積極的に評価するといった人々の態度は、低排出型社会の構築に向けて大きな原動力となる。
こうしたライフスタイル・社会意識を確立するためには、環境保全関連の各種の情報提供が極めて重要である。国・自治体・企業等は、国民に積極的に情報提供を行うとともに、省エネルギーや省資源を織り込んだライフスタイルを目指した教育を重視する必要がある。また、サマータイム制度の導入も、省エネルギーについてのアナウンスメント効果等によって、人々のライフスタイル・社会意識の変革の契機になるものと考えられる。
(5)政策・制度等推進手段
低排出型社会の構築に向けた様々な動きを軌道に乗せ、温暖化ガス削減目標を達成する上では、政府の誘導策も重要な役割を果たす。上記4つの要素との関連でみると、「技術」との関係では開発促進、「産業構造・企業行動」とは規制・助成、「社会システム・インフラ」とは施策・公共投資、「ライフスタイル・社会意識」とは啓発・情報開示という関係が想定される。
政府は規制的措置、経済的措置(税・補助金等)を適切に組み合わせて、削減効果を確実なものとしていかなければならない。経済的措置の一つである炭素税は、市場原理を活用しつつCO2排出削減の努力を継続的に促すという性格を持っており、導入の可能性について、その有効性や経済に及ぼす影響等を勘案しつつ、検討していく必要がある。また、環境政策の前提として、事業所や家庭のエネルギー使用量等、関連のデータベースを整備することも重要である。
行政、住民、企業等の連携を図ってCO2排出削減を推進していくためには、その核としての地方自治体の役割が大きい。特に省資源・省エネルギー型のライフスタイルやリサイクルシステムを確立していく上では、住民に近い立場にある地方自治体の啓発活動等が重要である。昨年末の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)の開催を契機として、1990年比▲6%削減を上回るより厳しい削減目標を掲げた地方自治体も出てきている。
さらに、こうした地方自治体の活動は民間の非営利団体(NPO)と協力して進めていくことによって、より大きな効果をあげることが期待できる。NPOは、国際社会においては環境問題の重要な担い手として広く認められており、環境問題の克服に向けて不可欠な存在と考えられる。
低排出型社会とは、以上のような諸要素の有機的連関を通じて、社会を構成する各主体の様々な活動において、省エネルギー・省資源に対する配慮が組み込まれている社会であるといえる。昨年12月、気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)が京都で開催されたことは、温暖化という地球環境の危機を国民が認識し、低排出型社会の構築へと大きく踏み出す好機となった。低排出型社会の形成に向けて長期的な取り組みを行い、我が国に課せられた温室効果ガスの排出削減目標を達成するとともに、そのための手法を発展途上国等に伝え、人類が共有できるシステムとしていくことが求められる。
低排出型社会の構築へ向けて-提言
提言1
省エネルギー・省CO2に有効な技術を持つ製品の普及については、生産コストが学習曲線に従って低下していく学習効果現象を活用し、普及率の低い段階で適切な公的支援措置を行うことが重要。
学習効果とは、製品の生産を継続して実行していくと経験の蓄積が情報として活用され、生産コストが学習曲線と呼ばれる指数関数に従って低下していく現象である。これまで普及してきた各種の工業製品に共通してみられる経験則である。
省エネルギー・省CO2に有効な技術に対して、普及率の低い段階では公的な支援措置を行うことにより、学習曲線に沿った急速な普及を図ることが重要である。
提言2
潜在的な省エネルギー・ポテンシャルの大きい建築物についてその顕在化を図る ため、ESCOビジネスが活発に展開されるための環境を整備することが重要。
既存の公共建物やオフィスビル、工場などを対象に、省エネルギー改善にかかわる一連の業務を成功報酬契約によって請け負うビジネスで、省エネルギー対策に要する資金の調達も請け負う点に大きな特長がある。
ESCOビジネスが本格的に展開していけば、我が国で約300万klの省エネ効果を生み出すとの試算が出されている。環境整備としては、
・プロジェクト・ファイナンスの適用の可能性
・行政及び公共事業体が成功報酬契約を行うための制度的条件整備
が重要である。
提言3
マクロ経済への影響を最小限に抑えつつ、エネルギー起因のCO2排出量を大幅に削減していくために、合同会議対策の着実な実行が不可欠。
経済モデル(長期多部門モデル)のシミュレーション結果によると、合同会議対策を実行しないケースでは、2010年のCO2排出量が1990年比+18.2%増と大幅に増加するが、合同会議対策を実施したケースでは1990年比+0.3%増にとどまる。
この際の経済成長率の動きをみると、合同会議対策を実施しない場合の成長率との乖離は0.0%と、ほとんど影響を受けない。
提言4
CO2制約はCO2多排出型産業に対し生産低下などの影響を及ぼす可能性がある。このため、産業構造の転換による調整コストを最小化するための施策が重要。
シミュレーション結果によると、マクロでみた経済成長率の差は0.0%~▲1.3%にとどまるものの、個別産業レベルでは、CO2多排出型の素材型製造業(一次金属、化学、窯業・土石、紙・パルプなど)におけるGDP成長率の差は数%程度になる。CO2抑制策を講じる場合には、マクロ経済のみではなく個別産業への影響にも配慮する必要があり、生産要素の移動を円滑化するためのシステムの構築など、産業構造の転換による調整コストを最小化するための施策を取ることが重要である。
提言5
省エネルギー関連技術の開発は民間企業の活動が主となるものであるが、鍵となる技術を政府が選択し、その開発・普及スケジュールを明確化し、企業活動などに指針を与える戦略的技術開発政策(「キーテクノロジー戦略」)も有効。
省エネルギー技術の開発は、CO2排出削減が我が国経済に与える影響を可能な限り小さくする上で、極めて重要な役割を果たす。省エネルギーの技術開発は民間企業の活動が主となるものであるが、政府が重要な技術を選択し、様々な施策等を通じて、その開発・改良・普及を推進していくという明確な態度を国民や産業界に示すことが有効な場合もある。これによって、企業は安心して省エネルギー技術の開発に投資を行うようになり、技術者にも大きなインセンティブを与えて、新たな技術革新を引き起こす契機を生み出す。
提言6
CO2制約を省エネルギー・省資源型の新しい事業展開の機会としてとらえ、環境関連の新しい産業が生成し市場を広げていくことによって、我が国経済の新たな成長の機会とすることが重要。
世界の環境関連の機器やサービスの市場は急速に成長しており、昨年末の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)を受けて今後一層市場が拡大することが予想される。我が国の省エネルギー技術は世界最高の水準にあり、CO2制約は我が国のそうした国際競争力を発揮する好機ととらえられる。
提言7
低排出型社会の構築
低排出型社会とは、「技術」、「社会システム・インフラ」、「産業構造・企業行動」、「ライフスタイル・社会意識」の有機的連関を通じて、社会を構成する各主体の様々な活動において、省エネルギー・省資源に対する配慮が組み込まれている社会である。低排出型社会の形成に向けて長期的な取り組みを行い、我が国に課せられた温室効果ガスの排出削減目標を達成するとともに、そのための手法を発展途上国等に伝え、人類が共有できるシステムとしていくことが求められる。
地球環境ワーキング・グループ審議経過
第1回 平成9年10月9日(木)
(議題)
- 地球温暖化問題を巡る議論の状況とワーキンググループの検討テーマについて
第2回 平成9年10月22日(水)
(議題)
- ワーキンググループの検討テーマの枠組みの立て方について
- 地球温暖化対策技術の展望について(第1回)(民生部門研究報告、自動車メーカーヒアリング)
第3回 平成9年11月5日(水)
(議題)
- 地球温暖化対策技術の展望について(第2回)(横断的技術シミュレーション報告、家電メーカーヒアリング)
第4回 平成9年11月12日(水)
(議題)
- 低排出型社会に向けた社会システム等の展望、政策措置について
- ワーキンググループの審議経過報告構成案について
第5回 平成9年11月26日(水)
(議題)
- ワーキンググループの審議経過報告案について(第1回)
- CO2排出要因分析からのシミュレーションの検証について
- 学習効果について(第1回)
第6回 平成9年12月15日(月)
(議題)
- ワーキンググループの審議経過報告案について(第2回)
- 学習効果について(第2回)
- 省エネルギー・省CO2に関する新しい社会システムについて
第7回 平成10年1月28日(水)
(議題)
- 排出権取引、共同実施、途上国協力等国際的取組のレビューについて
- 国際的取組の世界モデルによるシミュレーションについて
第8回 平成10年2月4日(水)
(議題)
- 長期多部門モデルによるCO2制約シミュレーションについて(第1回)
第9回 平成10年3月13日(金)
(議題)
- 長期多部門モデルによるCO2制約シミュレーションについて(第2回)
- ワーキンググループ最終報告案について(第1回)
第10回 平成10年3月25日(水)
(議題)
- ワーキンググループ最終報告案について(第2回)