経済審議会経済社会展望部会・経済主体役割部会合同報告書~構造改革に挑戦、経済社会にダイナミズムを~

平成10年6月 

目次

はじめに

第1章構造改革の推進と成長軌道回復への道筋

  1. 構造改革の痛みへの対応
  2. 財政構造改革と足下の景気停滞
  3. 金融システムの改革
  4. 不良債権処理は喫緊の課題
  5. 成長軌道回復のシナリオ

第2章構造改革後のマクロ経済の展望

  1. 経済成長率や生活水準は低下していくのか
  2. 我が国経済は少子・高齢化の負担に耐えられるか
  3. 地球環境問題による成長の制約はあるか
  4. 失業率が上昇し、生活不安が高まるのか
  5. 我が国経済はグローバリゼーションの波に耐えられるか
  6. 経常収支赤字国となり、豊かさが失われてしまうのか

第3章新しい経済社会システムの姿

  1. 従来型システムの特徴とは-その変革の必要性と方向性
  2. 新しい経済社会システムの基本原則
  3. 新しい経済社会システムの具体的姿
    1. (1)企業システム
    2. (2)公共システム
    3. (3)社会システム
    4. (4)NPO-経済社会の新しい主体として

結び


はじめに

我が国経済は90年代に入り、バブル崩壊の後遺症等により将来への展望を欠いたまま、総じて低迷を続けている。95年度、96年度には、財政面からの刺激を受けて成長率の回復が見られたが、97年度には、複数の金融機関の経営破綻や、アジアでは大幅な通貨下落から金融・経済面で危機的状況に陥る国も出る等の要因が重なって、成長率は再び低下し、前年比マイナス0.7%となった。

景気の先行きに対する不安や、経済社会の将来像についての不透明感等もあり、消費者や企業家のマインドは厳しい冷え込みを見せている。このことは海外からも強い懸念材料視されているところである。我が国経済が自律的回復に向かうには、なお乗り越えるべき課題が多い。

また、雇用情勢はこのところ厳しさを増している。多くの業種で景気停滞や構造調整等に伴う失業が増加しており、特に世帯主の失業の増大がこれまでにない特徴となっており、こうした状況が広く国民の不安要因となっている。

さらに、現在進行している我が国の少子・高齢化は、年金等の負担の問題を通じて、将来の人々の生活を不透明なものとし、国民の多くが消費マインドを冷やし、貯蓄を重視する等の自己防衛的慎重な経済行動をとる一つの要因になっていると考えられる。

経済審議会では、いかにして現状の厳しい経済状況から脱出できるか、また現在進められている構造改革の先にはいかなる経済社会が待つのかを、明確に国民に提示すべく、昨年7月以降、経済社会展望部会と経済主体役割部会において検討を重ねてきた。経済社会展望部会においては、現状から成長軌道回復へ向けてのシナリオと将来のマクロ経済の姿を中心に、また、経済主体役割部会においては、将来の経済システムとその中で各経済主体がいかなる役割を果たしていくべきかという問題を中心に、それぞれ議論を深めてきたところである。本報告書は、両部会における審議結果を基にして、我が国経済社会の将来像の展望を全体としてとりまとめるものである。

第1章構造改革の推進と成長軌道回復への道筋

経済活動の障害を取り除き、新しい経済社会の構造を造り上げていくことが、中長期的には大きなプラスの効果をもたらすことについては、一般に理解されている。

しかし、こうした構造改革は短期的には痛みを伴うものであり、足元の景気が低迷している現状においては、構造改革をこのまま進めると経済状況を更に悪化させ、成長軌道回復への手掛かりを失ってしまうのではないかとの不安感が強い。

以下では、まず、このような足元の経済状況と構造改革の関係について整理する。さらに成長軌道回復へ向けての大きな足枷となっている金融機関の不良債権処理がいつまで続くかについて、中期的な展望を行ったうえで、成長軌道回復へのシナリオを示す。

1.構造改革の痛みへの対応

構造改革の痛みは、古い構造を破壊する過程での痛みと、新しい構造に移ることのできない痛みとに分けられる。

イ)古い構造を破壊する過程での痛みとは、例えば、規制緩和や制度変更の過程での既得権をめぐる利害の対立、財政の縮小によるデフレ効果等である。一般に、痛みの回避と改革の推進が二者択一的に捉えられてはいないか。

構造改革は、21世紀初頭へかけての経済社会の基本的システム改革を目指すもので、着実に進めていくことが不可欠であること、及び、その過程で経済の体力を損なうことのないように、政策の柔軟性を確保し、最適なタイムスケジュールによるものでなければならない。以上について、国民的コンセンサスの明確化が改めて必要である。

ロ)新しい構造に移ることのできない痛みとは、全体としての新たなシステム構築が遅れているため、相互に整合的でないシステムのままで経済活動を行わなければならない場合に生じる痛みである。例えば、産業構造の変革に伴って雇用のミスマッチが発生した時に、仮に労働移動が円滑に行なわれないようなことがあれば、失業が短期間で吸収されない可能性があるといったことである。このような場合には、改革をより加速させることも痛みを和らげるために不可欠である。

現状では、各経済主体が変革のダイナミズムを喪失しており、全体としての構造改革のペースが遅いと断ぜざるを得ない。将来への展望を開くには、構造改革を積極的に進め、国民の消費マインドの回復や、民間企業相互間の低下しつつある信頼感を回復し、海外からの日本経済への懸念材料を払拭していくことが不可欠である。

2.財政構造改革と足元の景気停滞

イ)97年11月に成立した財政構造改革法においては、歳出構造を改革するための主要な経費毎の量的縮減目標や、特例公債からの脱却、GDPに対する財政赤字の比率を3%以下にするなどの財政健全化目標が定められている。

しかしながら、バブル崩壊の後遺症といった構造問題を抱える中で、97年に発生した金融システム不安やアジア経済の混乱による景気への悪影響が一斉に重なった。これらの影響は従来からの予想を上回るものであり、家計や企業の景況感を悪化させ、実体経済にまで深刻な影響を及ぼし、景気は98年に入ってから一層厳しさを増した。

ロ)このような現下の厳しい状況を踏まえ、財政構造改革を推進しつつも、その時々の状況に応じ、いわば緊急避難的に適切な財政措置を講じ得るような枠組みを整備するため、特例公債の発行枠の弾力化を盛り込むなど、財政構造改革法に所要の改正が行われた。また、社会資本整備(総事業規模7.7兆円)や4兆円の所得税・住民税の特別減税等を盛り込んだ本年4月の「総合経済対策」を実施するために、必要な経費の追加等を行う98年度補正予算が6月に成立した。こうした財政面からの刺激策は、最近の厳しい状況に対応し、我が国経済を力強い回復軌道に乗せるために、必要な措置であった。

ハ)財政構造改革は、将来に向けて更に効率的で信頼できる行政を確立し、安心で豊かな福祉社会及び健全で活力ある経済を実現するためのものであり、その必要性、緊急性は何ら変わるものではない。本年4月の財政構造改革会議では、財政健全化目標の達成年限は、当初目標の2003年度から2005年度に先延ばしされることとなったが、目標達成へ向け財政構造改革を着実に進めていくことが不可欠である。

3.金融システム改革

イ)金融市場での取引は信頼によって成立している。金融システム改革の推進により、世界的に我が国金融市場の信頼が回復することが期待される。その意味で、改革そのものが金融システムの安定化に資するものである。また、情報開示の徹底により金融システムに対する不透明感を払拭し、国内外の信頼を強固にすることが改革の大前提である。なお、我が国の金融市場に対し強力に市場原理を導入することにより、その過程では競争力のない金融機関の淘汰は進まざるを得ないことに留意すべきである。

ロ)金融システムは経済の様々な市場、システムに関連しており、金融システムの変革は我が国の経済社会全体の本格的な変革の起爆剤と期待される。労働市場、財・サービス市場に比べて、より早期にかつ高次にグローバル・スタンダードとの調和が求められる所以である。

ハ)今後ともシステミックリスク等の反作用が生じることのないよう、政府は改革と整合性をとりつつ強力な施策を講じていく責務があることは論を待たない。

4.不良債権処理は喫緊の課題

(金融機関の不良債権問題)

イ)バブル崩壊以降我が国の金融機関は、資産市場の冷え込みが続く中で、巨額の不良債権を抱え97年には経営破綻が相次いだ。その後、本年2月には「預金保険法」の一部改正と「金融機能の安定化のための緊急措置に関する法律」が成立し、金融システムの維持・安定のために30兆円の公的資金が準備されたことにより、金融システムの安定は確保されている。しかし、金融システムに対する国民の不安はなお完全には払拭されず、消費者心理を萎縮させる一因となる等、経済に悪影響を及ぼしていることが指摘されている。

ロ)市場競争の激しい米国では、近年の好景気の中でも、大手金融機関の合併を含めて大規模なリストラが進められているなど、金融機関は断えざる競争力向上に努めている。我が国の金融機関も、より抜本的なリストラを強力に進め、自己改革による体力増進により収益力を高めるとともに国内外の金融市場での信頼を回復していくことが喫緊の責務となっている。

ハ)金融システム安定化の鍵を握っているのは、大きな足枷となっている金融機関の不良債権問題の処理である。米国においては90年代初頭に急速に償却を進め、概ね94年には問題が解消されている。我が国の場合は、96年度末時点では不良債権比率がなお十分に低下していない他、不良債権引当率(不良債権額に占める引当金の比率)も50%程度にとどまっているなど、依然処理途上にあり、そのために金融機関の収益は圧迫されてきた。こうした中で97年度には、景気の先行き不安を背景とした信用収縮等に加え、早期是正措置の導入なども睨んだ銀行のバランスシート調整が加速化し、銀行等の貸出態度が慎重化する動きが問題となった(ただし、早期是正措置の発動は、一定の要件を満たした国内基準適用行では1年延長され99年度から)。

ニ)98年3月期に全銀協加盟の都銀、長信銀、信託銀(以下、主要19行と呼ぶ)は合わせて3.9兆円の赤字決算を組み、10.5兆円の不良債権の償却(貸出金償却・債権償却特別勘定純繰入額等の合計額、信託勘定を除く)を行った。その結果、19行ベースでの公表不良債権(破綻先、6ヶ月以上延滞先、金利減免等債権)は、98年3月末で13.8兆円と、97年3月末の14.7兆円に対して、0.9兆円の減少となった。新たに開示することとされた3ヶ月以上延滞先債権等を加えると、19行ベースでの不良債権額は21.1兆円となるものの、今後新しい不良債権の発生がなく、銀行のコスト削減による抜本的合理化等を前提とすれば、早期に引き当てを終了することも可能とみることができる。

ホ)ただし、我が国における90年代の不良債権問題の特徴は、米国と異なり、景気低迷や資産価格下落の継続等により、新規の不良債権が長期間に亘って発生し続けてきたことにある。98年3月期にも銀行が多額の貸倒れ引当金を計上しているが、不良債権の処理が依然途上にあるのはこうしたことの影響があると考えられる。今後についても景気動向や資産価格の推移等によって、新規に不良債権が発生していく可能性は残されており、現時点で残存する不良債権の引当てに一定の目途がついたことのみをもって、今後の動向について楽観視することはできない。

(図表1) 金融機関の不良債権処理(日米比較)

(1)米国(%)

1990年 1991年 1992年 1993年 1994年 1995年
不良債権比率

3.7

3.4

2.8

1.9

1.5

1.5

不良債権引当率

44.1

46.8

56.3

73.7

88.7

82.4

総資産利益率 (ROA)

0.5

0.5

0.9

1.2

1.2

1.2

自己資本利益率 (ROE)

7.5

7.9

13.0

15.3

14.6

14.7


(2)日本(%)

1992年度 1993年度 1994年度 1995年度 1996年度 1997年度
不良債権比率

1.9

2.1

2.0

3.2

2.4

2.4 (3.7)

不良債権引当率

15.9

24.2

36.9

43.1

50.4

88.6 (58.1)

総資産利益率 (ROA)

0.1

0.1

0.0

▲0.5

▲0.0

▲0.7

自己資本利益率 (ROE)

2.8

2.5

0.5

▲13.5

▲0.3

▲23.8

(出典)米国:Statistics on Banking, Quarterly Banking Profile(Federal Deposit Insurance Corporation)
   日本:全国銀行財務諸表分析(全国銀行協会連合会)、金融財政事情
(注)米国 1.FDIC加盟の商業銀行ベース。
    2.不良債権は、30日以上延滞債権と破綻先債権を合算。
    3.不良債権引当率 = 貸出損失引当金 / 不良債権額
  日本 1. 92~94年度の不良債権比率及び不良債権引当率と、97年度は、都銀、長信銀、信託銀ベース。
    その他は全国銀行ベース
    2.不良債権は94年度までは破綻先・延滞先(6ヶ月以上)債権のみ。95年度以降は金利減免債権も
        含む。ただし、97年度のカッコ内は破綻先・延滞先(3ヶ月以上)債権と貸出条件緩和債権(金利減
        免債権、経営支援先債権等)。
    3.不良債権引当率 = 債権償却特別勘定残高 / 不良債権額
 日米両国 1.不良債権比率=不良債権額 / 総資産
    2.総資産利益率(ROA) = 当期利益 / 総資産残高(期首、期末平均)
    3.自己資本利益率(ROE) = 当期利益 / 自己資本残高(期首、期末平均)

さらに、不良債権をバランスシートからはずし、円滑な金融機能を回復するための方策について、現在、政府及び与党で積極的に検討が行なわれているところである。

今後一刻も早く景気回復を確実にし、新たな不良債権が発生しないように努めるとともに、金融機関の一層の合理化努力に加え、不良債権及び担保不動産の流動化を始めとする、金融再生のための総合的な施策を進めることにより、金融システム改革のスケジュールを念頭におき、不良債権問題の早期抜本的解決を最優先課題としていくことが必要である。

(不良債権担保土地の流動化)

ヘ)銀行が貸出債権の担保として取った土地が、土地市場の冷え込みにより売却できず、担保価値を実現できない。特に、バブル期の地上げ放棄地においては、一定区域内の土地に権利関係が複雑に絡みあっており、虫食い状に放置されたり利用されていないのが現状である。

全体としての不良債権処理を進めるうえでは、こうした土地そのものの流動化を促進することも重要である。担保土地の流動化にあたっては、不動産担保付不良債権等に係わる債権債務関係の整理や、競売手続きの簡素化・迅速化を図るほか、土地の収益性を損ねている障害を取り除くことを通じて、市場での処理を進めることが最優先とされるべきである。また、その後の敷地の整序・集約において、民間での実施が困難である場合は、都市の再構築を進める観点から、公的機関を適切に活用して土地の有効利用促進を図っていく必要がある。本年4月の「総合経済対策」においては、臨時不動産関係権利調整委員会(仮称)の設置に向けての検討を行うこととされるとともに、住宅・都市整備公団を活用した低未利用地の有効利用促進のため、臨時の出資金、財政投融資の適切な活用等を通じて、新たな仕組みを整備するなど、総合的な施策を講ずることとされた。また、土地の流動化、有効利用のために不動産ビジネスの活性化が求められる。

なお、バブルの発生と崩壊という現象は、金融機関が過剰流動性の中で、個別の貸出し審査を適切に行うことなく、事業本来の収益性を十分に検討せずに、担保土地の評価価格に過度に依存した貸出しを積極的に進めたことが一因である。今後はこうした土地担保中心の金融から脱却していくことが求められている。

5.成長軌道回復のシナリオ

イ)バブル崩壊以降続いている長期低迷から我が国経済が脱却するためには、【1】不良債権問題やそれに伴う金融システム不安等「負の遺産」の処理を完了すること、【2】構造改革により供給面から経済の活性化を進めること、【3】適切に総需要喚起が行われること、【4】将来への明確な展望により国民が自信をもって経済活動を行うようになること、の四点が重要である。

ロ)本年4月の「総合経済対策」により、足元の悪循環は断ち切られることが期待されるが、現時点で重要な点は、思い切って早期に不良債権処理を進めるとともに、明確な将来展望の形成を通じて供給面での悪循環をたち、中長期的な成長軌道へ向けての好循環にポイントを切り換えることである。

ハ)次に、構造改革のプラスの効果を発揮させる、すなわち、既存企業の抜本的リストラが進み、ベンチャー企業を含めた新規産業が生まれ、それらが経済全体をリードする形での成長が形成されていく必要がある。そのために現在進められている情報通信、福祉・医療、雇用・労働、金融、物流・運輸分野等での規制緩和を中心とした経済構造改革の諸施策を、引き続き強力に推進していくことが求められている。

これは高コスト構造是正により、経済を活性化するとともに、長年の課題である内外価格差の是正につながる。

ニ)また、構造改革を進めるにあたっては、雇用問題に十分な配慮を行うことが重要である。我が国経済が低迷を続ける中で、完全失業率が依然高い水準で推移するなど、現下の雇用情勢はかなり厳しい。労働需要は財・サービス需要からの派生需要であるという性質上、景気回復に向けた諸施策の効果から、その回復を期待せざるを得ない面があるものの、特に雇用問題の重要性に鑑み、【1】今後長期的に需要の伸びが見込まれる産業(例えば情報通信、福祉産業)への労働移動を図ること、【2】労働市場のルール整備を前提として、労働者派遣事業や有料職業紹介事業等の一層の規制緩和を通じて労働力需給調整機能を強化すること、【3】労働者の職業能力開発のための環境整備を図ること、等を積極的に進めていく必要がある。

ホ)構造改革の推進に耐えうる経済の体力を確保するためにも、既存産業のリストラと新規産業の発展が軌道に乗り、それが経済全体の成長をリードするようになるよう、法人・所得課税について国際的な水準を考慮し、国民の意欲が引き出せるような税制について検討を進めるべきである。

ヘ)公共投資は中長期的な社会資本整備の方向性の下に、物流の効率化対策に資するものや新しい産業の基盤整備に資するもの等、我が国経済の構造改革につながっていくよう必要な見直しを大胆に行なっていくべきである。その際、費用に対して十分な効果を見込むことのできる事業に重点を置く必要がある。また、国民生活の質の向上に資するものについても重点化すべきである。

ト)2000年頃までには不良債権問題が完全に解決され、新規産業が成長のリード役として現れてくることが期待される。一旦構造改革のプラス効果が大きくなれば、そのマイナス効果は容易に吸収可能である。今後の中期的な経済成長率を試算すると、98~2003年度の成長率は年平均2.5%(2~3%)となる。構造改革に伴う新規需要の発生や、生産性向上の効果が発現してくることから、同期間の後半にかけて成長率は高まっていくと見込まれる。また、財政赤字のGDP比率は財政構造改革を着実に推進することにより、2003年度には3.4%であるが、2005年度には3%を下回るものと見込まれる。

(図表2)我が国経済の中期展望(%)

実績
97年度
試算
1998年度~2003年度
実質GDP成長率 ▲0.7 2.5
( 2 ~ 3 )
GDPデフレータ上昇率 1.0 0.2
2003年度
完全失業率 3.5 3.3
経常収支(対名目GDP比) 2.6 1.5
財政収支(対名目GDP比) ▲5.9 ▲3.4

(注) 1.この中期展望は、経済構造改革、財政構造改革等を推進した場合の姿である。
  2.実質GDP成長率の欄 ( )内は、幅をもってみた成長率の姿である。
(出典) 経済企画庁総合計画局推計

第2章 構造改革後のマクロ経済の展望

バブル崩壊後の経済の長期低迷やその背景にある不良債権問題といった我が国経済が抱える「負の遺産」を解消した後、2010年に向けては未来へ継承していくべき新しい経済社会を構築していく時期との位置づけができる。

少子・高齢化による国民負担の上昇やグローバリゼーションの進展の中で、我が国経済の活力が失われ、成長率や生活水準の低下が余儀なくされるのではないかという不安感があり、将来の我が国経済の姿についても自信を持てなくなっている。総理府が昨年12月に実施した「社会意識に関する世論調査」では、日本の将来について「全体として悪い方向に向かっている」と答えた人が72.2%と、同調査開始以来最高となった。

以下では、代表的な6つの不安材料をとり上げ、こうした不安の多くが主にこれまでの我が国の経済パフォーマンスの維持に対する過度の期待と、将来の不透明感から来る悲観論が強調されすぎていること(期待と予想のダブルギャップ)によることを示すとともに、マクロ経済の明確な将来像を描き、現在の構造改革の先に豊かな経済社会の実現が可能であることを示す。

1.経済成長率や生活水準は低下していくのか

イ)経済成長率を展望する場合、少子・高齢化に伴う労働力人口の動向と技術進歩率の動向が重要である。我が国の生産年齢(15~64歳)人口は既に95年をピークに減少に転じている他、総人口も2007年をピークにそれ以降減少に転ずるものと見込まれている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」中位推計)。このため、労働力人口は極めて大きな労働力率の上昇がない限り、21世紀初頭にはピークを迎え減少に転ずると見込まれる。一方、技術進歩率については、堅めにみれば欧米に見られるように経済の成熟化に伴い、その伸びは低下していくと見込まれるが、製造業を中心とした国際的にも高い技術開発力を更に伸ばし、これを非製造業にも拡大していくことにより、全体としてもある程度伸びる余地はある。また、労働力が希少化していくと、それを打ち消すべくより効率的な生産を行なうインセンティブが高まることも期待できる。さらに今後、飛躍的な技術進歩率を見込むシナリオを描くこともできる。

以下では、労働力人口、技術進歩率、社会保障制度改革についての想定に基づき、2つのケースについて、2001年度から2010年度の期間における実質経済成長率等の試算を行なった。

ロ)「ケースⅠ」では、主要な前提として、【1】今後の技術進歩率は80年代並みの1%程度とし、【2】2010年の労働力人口は、女性や高齢者の労働市場への参加の増加により97年比でほぼ横ばい、【3】一定の社会保障制度改革を行う(老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢は段階的に65歳に引上げ、年金対賃金比率は2025年で10%程度抑制等)、【4】財政構造改革等の実行(公的固定資本形成については「公共投資基本計画」期間中の2007年度までは名目GDP比で低下(8%程度→6%程度)、それ以降は2007年度の名目GDP比で一定等と仮定)を想定した。その場合、2001年度から2010年度までの実質成長率は2%程度となり、一人当たりの成長率も2%程度と、他の先進国と比較して遜色のない伸び率となる(90年代、日本1.4%、アメリカ1.3%、ドイツ1.0%、イギリス1.6%、フランス1.0%)。

次に「ケースⅡ」として、【1】今後の技術進歩率は「ケースⅠ」の2倍の2%程度とし、【2】2001年から2010年の労働力人口は90年代とほぼ同じ伸び(0.5%)、【3】社会保障制度改革は「ケースⅠ」と同様、【4】財政構造改革等の実行(「ケースⅠ」と同じ)を想定してみた。その場合、2001年度から2010年度までの実質成長率は3%程度となる。しかし、このような高成長を実現するためには、女性や高齢者の労働力率が現状にとどまった場合に比べ毎年60万人の労働力の増加が必要である(女性の労働力率がアメリカ並みに上昇した場合でも毎年約20万人の増加にとどまる)。また、高い経済成長が低排出型社会と両立するためには、技術開発をはじめ、環境面での制約を克服する相当の努力が要請されることになる。

(図表3)我が国経済の長期展望

ケースI ケースII
1991年度~2000年度 2001年度~2010年度 2001年度~2010年度
実質GDP成長率 1.7% 2%程度 3%程度
一人あたり
実質GDP成長率
1.4% 2%程度 3%程度
1997年度 2010年度 2010年度
経常海外余剰
(対名目GDP比)
2.8% ほぼ収支均衡 1%台半ば
国民負担率 36.4%
(96年度)
4割程度 4割程度
財政収支
(対名目GDP比)
 ▲5.9% ▲1%程度 1%台半ば

(注)この長期展望は、9ページで述べたような経済構造改革、財政構造改革、社会保障制度改革を推進した場合の姿である。
(出典)経済企画庁総合計画局推計                                

ハ)これまで経済成長率の高さを経済の活力と結びつけて考えてきたため、今後経済成長率が低下するとの予想が、我が国経済の活力を喪失するのではないか、生活水準の低下をもたらすのではないか、という不安につながっている面がある。仮に、経済成長率は低下していったとしても、上記「ケースⅠ」の試算からもわかるとおり、それは我が国の人口が減少に転じていくことによるところが大きく、一人当たり実質GDPが伸びを続けることから、生活水準は着実に向上していくとみることができる。

ちなみに、90年代の主要先進国の一人当たり実質消費支出年平均伸び率を比較すると、我が国の伸び率が国際的に高いことがわかる。これは、長期低迷下にあっても我が国の生活水準が平均的には着実に伸びていることを意味している。現在、我が国経済社会の構造やシステムの移行期にあるため、こうした生活水準の向上以上に痛みが感じられているが、将来的には生活水準の向上が豊かさの実感につながっていくものと期待できる。

(2010年の住宅と生活環境は)

 わが国の住宅の質は、次第に改善されてきたが、東京などの大都市では、まだ十分なスペースがあるとはいえない状態である。2010年には、定期借地権付住宅の普及や容積率の特例制度の活用などにより、住宅価格が現在よりもかなり割安となり、書斎を確保できる家、ホームパーティの開ける家が手に届くようになる。

 現在検討されている定期借家権制度が導入されることによって、質の良いファミリー向けの貸家が増加し、ライフステージに応じた住み替えが容易になる。また、家庭菜園付きの住宅を地方に持ち、そこで週末を過ごす人々もみられるようになるだろう。

 こうしたことから、国民一人当たりの住宅床面積は、93年の30㎡から2010年には40㎡程度と約1.3倍に拡大する。さらに長期的にはスペースの倍増が可能となるだろう。

 さらに、生活環境の改善に役立つ社会資本の整備が進み、21世紀初頭には、おおむね必要な水準を達成するものと見込まれる。例えば、下水道等による排水処理は9割を超え(96年度現在約56%)、全国ほぼすべての場所で歩いていける公園が整備され(95年度現在の整備率55%)、歩行者利用が見込まれる主な道路のうち、高齢者や障害者でも安心して快適に利用できる幅の広い歩道が設置されている割合も約5割に上昇する(95年度現在13%)。(注) 以下のコラムにおける2010年の生活に関する各計数は経済企画庁総合計画局で推計したもの。

 さらに、人口減少局面ではフローの住宅着工戸数は減るものの、土地や過去から蓄積された道路、公園等の実物資産の一人当たりのストックは増加する。これも豊かさの増進につながる。

2.我が国経済は少子・高齢化の負担に耐えられるか

イ)少子・高齢化社会においては、労働力率の低下や国民負担率の上昇等の問題が経済に影響を与える。しかし、現在想定される問題の多くは年齢別等の役割分担を固定的に考えていることに基づくものである。

例えば、我が国の年齢別の労働力率をみると、60~64歳では労働意欲が高く56.7%であるのに対し、65歳以上では24.5%と急速に低くなっている(95年)。高齢になると仕事から引退し、後進に譲るという年齢別の役割分担が、暗黙のうちに当然視されているのだが、役割分担を柔軟化し、働きたい人は何才になっても働ける年齢にとらわれないエイジフリー(年齢中立的)社会が求められる。また、高齢者に限らず若者であっても中高年であっても、自分自身の人生設計に基づいて学習、仕事、余暇に時間を使うことのできる、組み立て自由型のリカレント型社会が望ましい。

(2010年のキャリア形成は)

雇用の流動性が高まり転職が容易になる結果、社会人でも必要に応じ再び大学に戻り知識を吸収した上で、さらに自らのキャリア形成を図っていく人々が増える。社会人のうち大学で学ぶ者の数(入学者)は、97年の2万3千人程度(大学生の27人に1人)から、2010年には5万8千人程度(大学生の11人に1人)に増加するものと見込まれる。

また、社会人のうち大学院で学ぶ者の数(入学者)は、97年の6千人程度(大学院生の12人に1人)から、2010年には3万人程度(大学院生の4人に1人)に増加するものと見込まれる。

ロ)女性の労働市場参入を促進することにより、全体としての労働力減少の影響を緩和することができる。現在の税制(配偶者特別控除等)や企業の配偶者手当て、さらには公的年金制度における第3号被保険者の取り扱いが、全体として女性の労働力供給を阻害しているという指摘もあり、女性の働きやすい環境を整備していく中で、そのあり方について検討することにより、性別にとらわれないジェンダーフリー(男女間で差がない)社会を実現することが求められる。

ハ)年齢や性別にとらわれず組み立て自由型の社会を創り、持続可能な社会保障制度を組み立てていくことにより、豊かで安心できる少子・高齢化社会を実現していくことが可能となる。先に示した「ケースΙ」(仮に、公的年金について支給開始年齢を全て現在の60才から65才に引き上げるとともに、年金給付の賃金に対する比率を現行制度より10%程度抑制する他、医療費の伸びを国民所得の伸びを考慮して抑制した場合を想定)について、経済構造改革、財政構造改革等の構造改革の実行等を前提に、より長期の試算を行うと、2025年度には財政収支はほぼ均衡し、国民負担率及び潜在的国民負担率は40%台半ばにとどまる。(なお、96年12月の経済審議会財政・社会保障ワーキンググループ報告によれば、財政・社会保障制度を当時の状況のまま放置した場合には、2025年度に、財政赤字が国民所得比で20%超、国民負担率が50%超となり、潜在的国民負担率は70%を超えることが示されている。)また、社会保障負担率は約16%にとどまる。

(図表4) 社会保障制度改革と財政収支・国民負担率   (%)

1996年度 2025年度
(ケースⅠ)
財政収支 ▲8.5 ほぼ収支均衡
国民負担率 36.4 40%台半ば

(注)1.ケースⅠでの社会保障制度改革の想定は次のとおり。
   (1)公的年金の支給開始年齢を現行の60歳から65歳に引き上げ
   (2)年金給付の賃金に対する比率を10%程度抑制
   (3)医療費の伸びを国民所得の伸びを考慮して抑制
   (4)女性の労働市場への参入が促進される
   2.財政収支及び国民負担率はいずれも国民所得比
   3.国民負担率の計数は、国民経済計算ベースである。
(出典) 経済企画庁総合計画局推計

ニ)現在、公的年金制度改革に関しては、議論が進められており、多様な方法が提案されつつある。給付水準の削減が俎上にのぼっているため、自分は将来年金をもらえないのではないかとか、年金額が減ってしまうのではないかとかの不安を抱く人もいる。年金制度改革は、社会保障制度の根幹としての年金制度を安定的に維持するために進めるものであり、もらえなくなるのではないかといった不安を抱く必要はないといえる。

また、既に年金を受給している者に関しては、給付水準については、原則として、抑制されるのは年金額の伸びであり、現在受給している年金額が引き下げられるわけではない。次に、将来的には、物価の上昇に応じた引上げが想定されており、年金額は現状より上昇する。更に、年金制度の成熟化に伴って加入期間が伸びることにより、給付水準が上昇するといった要因もある。この他、経済成長による賃金上昇を勘案するのであれば、これも年金額の上昇要因となりうる。

将来の年金額は今後の年金制度改革により改めて見通されるべきものであるが、このように、いたずらに不安を抱く必要はないことが分かる。

また、第3章に示すように、社会保障制度が年金、医療、介護等を含む一つのまとまったシステムとして設計され、個々人の自助努力を加えることにより、安心できる高齢化社会とすることができる。

ホ)さらに、高齢化社会では経済の活力が失われていくのではないかと考えられているが、規制緩和が進めば、健康関連、介護関連のビジネス等の新しい産業が拡大し、それに伴って経済全体の活性化が進むことになる。高齢化は、世界各国で現在進行している現象であるが、我が国では他の主要国に類を見ない急速なスピードで進行している。今後我が国が活力ある高齢化社会を実現することができれば、世界で初めて高齢化社会に対応することのできた国として、世界各国にその道筋を示すという貢献をすることができる。

3.地球環境問題による成長の制約はあるか

イ)将来に対する不安材料として、地球環境問題による成長の制約がしばしば指摘されている。昨年12月に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(京都会議、COP3)では、先進国全体の温室効果ガスを2008~2012年において1990年比で少なくとも5%削減することが数値目標として設定された(日本の目標は6%の削減)。これに先立ち、我が国では9つの関係審議会の代表からなる「地球温暖化問題への国内対策に関する関係審議会合同会議(以下「合同会議」という)」で、エネルギー需要抑制対策を中心に各部門で技術的、経済的に実施可能な対策について検討を行い、昨年11月、エネルギーに起因するCO2排出量を2010年度までに1990年度の水準まで戻すための具体的な対策(以下「合同会議対策」という)が積み上げられた。

ロ)一般にCO2排出量は経済活動が活発であるほど増加する関係にあるため、省エネルギー化の努力なしにCO2排出を抑制しようとすると、エネルギー使用量自体を強制的に減らすこと等により、経済成長率に制約をかけざるを得ない。また、産業構造の調整を伴うことになり、短期的には経済全体に大きなコストがかかることになる。しかし、「合同会議対策」の実施により、技術進歩や設備投資を通じて省エネルギー化が進展すれば、経済成長率をそれほど低下させることなく、CO2排出量を抑制することが可能となる(定量的試算については、経済社会展望部会報告及び同部会地域環境ワーキンググループ報告書を参照)。省エネルギー対策を中心として必要な努力を行っていくことが、環境と調和した社会を築いていくために必要不可欠である。

(2010年の低排出型消費生活は)

2010年には、人々の地球温暖化問題への意識を高め、CO2低排出型の消費生活スタイルを促すような社会的仕組みが定着しているだろう。具体的には、電力消費の少ない家電製品が供給されるようになり、ハイブリッドカーなどの燃費効率の高い自動車も普及する。さらに、多くの商品でリサイクルシステムが確立しているものと見込まれる。

ハ)一方、CO2排出制約に対応するための、「合同会議対策」の実施への投資需要額は、経済社会展望部会地球環境ワーキンググループ報告書の試算によれば、年間当たり約3兆円程度(対策の実施によるエネルギー削減効果に投資回収年数を勘案して試算。なお、家庭部門及び公共部門の省エネ投資は含まず)と見込まれるが、こうした追加需要は新規に環境関連産業の発展を促進することになる。

ニ)地球環境問題は、今後長期的に全世界で取り組んでいくべき課題である。我が国は過去、公害問題の克服や石油危機に対する大幅な省エネルギーの推進に成功してきた経験があり、この分野において高い技術力や人材を有している。これらを活用して、世界各国の模範たる「環境と調和した社会」を実現し、さらに技術を含めてその成功のノウハウを全世界に提供していくことにより、この分野で日本発のグローバルスタンダードを形成することを目指すべきである。

4.失業率が上昇し、生活不安が高まるのか

イ)完全失業率は、80年代平均の2.5%から、90年代には徐々に上昇し95年に3.2%となった後、98年4月には4.1%となった。失業率の上昇には、足元の景気低迷に伴う景気循環的な失業の増加と、労働市場の構造変化を背景とした構造的失業の増加という二つの要因がある。

ロ)現在、足元の景気停滞に伴って景気循環的な失業が大幅に増加しており、これが厳しい雇用情勢につながっている。これについては、早急に我が国経済の成長軌道を回復することにより、雇用を確保していくことが重要である。

ハ)また、中長期的観点から考慮すべき構造的な失業については、労働者の意識変化による自発的な転職の増加や、産業構造の調整及び産業内での競争激化に伴う失業の増加の両面から、今後とも増加すると考えられる。

これまでの我が国では、終身雇用制と企業内雇用保障という雇用慣行が多くみられたため、雇用者の転職に関する意識があまり高くなかったと考えられる。今後は、より適材適所の雇用を求めた動きを活発化させることにより、自発的な失業が増加すると見込まれる。このような失業については、労働者派遣事業や有料職業紹介事業等の一層の規制緩和を通じて労働力需給調整機能を強化すること等により労働移動の円滑化を図り、転職に伴う失業期間をより短くすることが必要である。

一方、産業構造の調整及び産業内での競争激化に伴う失業については、上記のような労働移動を円滑にする施策の実施や、ベンチャー企業を含めた新規産業の成長による新しい雇用機会の創出により、こうした失業の一部を吸収することが重要である。本年4月の「総合経済対策」では、離職者の再就職の促進、企業年金のポータブル化等の労働移動の円滑化対策や、ベンチャー企業に対する債務保証等の強化等のベンチャー企業育成策が盛り込まれた。

ニ)なお、これまでの我が国の失業率は主要先進国と比べ低い水準にあった。今後、構造的な失業率の水準が上昇する可能性はあるものの、労働市場の新たなルール整備等労働市場の機能強化、ベンチャー企業の育成等新しい雇用機会の創出、職業能力開発の推進により、失業を吸収することが期待される。

5.我が国経済はグローバリゼーションの波に耐えられるか

イ)旧社会主義国の市場経済化やアジアの途上国等新興諸国の発展を背景に、世界経済は大競争時代に入った。グローバリゼーションの潮流は従来の閉鎖的な国内経済が外との連関を深めるという意味での「国際化」という概念を通り越し、同一の市場による共通のメカニズムのもとに世界経済全体が組み込まれていく現象ととらえる必要がある。

グローバリゼーションの潮流は、それが不可避的に我が国経済に押し寄せてくるとの認識から、将来に対する不安感の一因となっている。もちろん、国内の構造改革が十分に進まない状況下では、そのデメリットは顕在化しやすい。しかし、世界市場での大競争を通じた効率性向上の動きが我が国経済社会を組み込んで徹底的に進行する中では、国内の構造改革を十分に進めていけば、その果実を受け取ることが可能になる。したがって、受け身的、回避的にこれをとらえるべきではなく、むしろ積極的に国内の構造改革を進めることで対応していくべきものである。

ロ)我が国の企業は80年代後半以降、円高による国内でのコスト上昇等を背景に製造拠点の海外移転を積極化させるなど、企業活動のグローバル化を進めている。こうした動きが我が国製造業の空洞化を招き、経済の活力が低下してしまうとの懸念がある。これについては、まず、我が国にはこれまで蓄積してきた高度な技術力及び人材が豊富に存在している。今後とも国内の構造改革を通じてわが国の事業環境を向上すると同時に、技術開発を進めることにより、より高度な産業を伸ばしていくことが十分に可能である。

また、グローバリゼーションの潮流を積極的に活用して外国企業の国内市場への参入を促し、特に非貿易財産業を中心に競争を活発化させることが効果的である。外国企業の参入は、雇用吸収や企業の技術導入に資する他、企業等の組織変革の起爆剤となることが期待されるなど、経済構造改革の加速にもつながる。我が国国内市場への外国企業の参入を海外からの対内直接投資でみると、96年度末の残高でGDP比0.7%にすぎず、主要国との比較でも際立って低い(米国14.1%、ドイツ3.8%、フランス10.4%、以上95年、イギリス24.2%、96年)。このように対内直接投資が進んでいないことについては様々な要因が考えられるが、例えば、不透明な行政指導を含めた公的規制や、業界内での民民規制がある。さらには、国際水準に比較して高い法人課税の税率や、オフィスビルのテナント賃貸市場での契約更新が短期(概ね2年)の慣行となっている等国際的に特異な点を、今後経済構造改革の一環として修正していくことの重要性を認識すべきである。

6.経常収支赤字国となり、豊かさが失われてしまうか

イ)我が国経済は60年代半ば以降、経常収支で黒字を続けてきた。黒字の規模も、86年にはGDP比4.4%に達し、世界からは巨額の経常収支黒字の存在が我が国経済の強さの象徴とみられてきた。

経常収支黒字は国内の投資に対する貯蓄超過、需要に対する供給超過と同義である。こうした観点からみれば、高齢化の進展による家計部門の貯蓄率低下によって国内の貯蓄超過が消滅し、我が国は将来経常収支赤字国となり、さらに、それが為替レートの円安要因となれば、輸入物価上昇により国民の生活水準の低下にもつながりかねないとの見方もある。

(図表5) 対外純資産残高(GDP比)の国際比較      (%)

1980年 1990年 1996年
日本 1.2 11.4 19.3(24.6)
アメリカ 9.8 ▲3.7 ▲10.9
ドイツ 4.1 23.2   7.8
イギリス 8.0  1.4   3.6
フランス ▲1.8  ▲2.3

(注)日本の96年の( )内は97年。ドイツの96年は95年。
(出典)IMF,  “International Financial Statistics ”
    ただし、日本は大蔵省「対外の貸借に関する報告書」等より作成。

ロ)先の試算によれば、96年度にGDP比1.6%の黒字であった我が国の経常海外余剰は、2010年度に「ケースⅠ」ではほぼ収支均衡(「ケースⅡ」では1%台半ばの黒字)と見込まれる。これは、民間総貯蓄と民間総投資がともにGDP比で低下していくなかで、財政赤字が現状より縮小することによるものである。

我が国のこれまで蓄えてきた対外純資産は80年代以降急拡大し、GDP比で80年の1.2%から、90年には11.4%、97年末で24.6%に達しており、他の主要国との比較でも極めて高い水準にある。我が国の将来への備えは十分にできている。試算のように、経常収支黒字が縮小し、ほぼ収支均衡になることは、我が国が対外バランスの面からも普通の国になることを示唆するものである。

第3章 新しい経済社会システムの姿

国民の将来に対する不安感は、マクロ経済の不透明性からのみではなく、経済社会のシステムが大きく変化し、各経済主体がいかなるシステムを前提とし、いかなる原理に基づいて行動すべきかに関する不透明性があることも大きな要因となっているのではないか。戦後これまでの間、構築されてきた経済社会システムが維持されているが、変革・改善のダイナミズムが不十分となっている。国民にとって従来のシステムの変革が、はじめて経験する歴史的転換と映っている。

以下では、自信を持って新しい経済社会に立ち向かっていくことのできるような展望を示すべく、経済社会の仕組みがどう変わり、新しい経済社会の仕組みがどのように形成されるのかについて、できる限り具体的な姿を描くように努めたい。

1.従来型システムの特徴とは-その変革の必要性と方向性

イ)従来の日本型市場システムの特徴は、経済主体間及び主体内部での安定的関係を基礎として、競争よりも協調のメリットを重視しこれを活かす点にあった。各経済主体は市場の協調性を踏まえた上で自己利益を求め、熾烈な競争のリスクを回避してきた。これは、主に欧米諸国の技術を導入することによる発展が可能であり、目標が明確でリスクの小さな時代においては、比較的有効に機能してきた。しかし、そうしたキャッチアップ型経済成長の終焉により、自らフロンティアを開拓していくことが必要になってくると、効率性、競争原理の徹底した追求が必要不可欠となり、これまでのような協調関係に重点を置いたシステムの修正が迫られている。この要請は実は80年代から高まっており、システム変革は求められていたが、これまで十分対応できていない点は反省すべきである。

ロ)今日では、全体を構成する各サブシステム(雇用、コーポレートガバナンス、公共等)ごとに、変革の兆しは現れているものの、その動きは部分的にとどまっており、全体としての変革に弾みがつかない。しかし、一旦弾みがつけば逆に新しいシステムに向けての変化が加速する。

各サブシステムは相互の補完性のうえに全体システムを構成しているものであり、あるサブシステムに変化の兆しが現れても、他のサブシステムが変化しない限り変化の足を引っ張る。各種の構造改革は全体としてのシステム変革の方向性を見極めた上で、同時にかつ強力に進めていくことが必要とされる。

2.新しい経済社会システムの基本原則

イ)目指すべき新しい経済社会システムにおける基本原則は、「透明で公正な市場」である。全体としての成長がそれほど期待できない経済においては、市場原理による効率性の追求が最大の課題となる。これは消費財市場、企業間取引市場、労働市場、金融・資本市場のすべてに共通する。このため、時代に合わなくなった公的規制の緩和・撤廃を進める必要があり、更に進めて、不透明な「民民規制」の見直し・解消を進めていく必要がある。

ロ)「透明で公正な市場」を支える柱としては以下の4点が指摘できる。

第一は、「機会の平等」である。社会全体として結果の平等がある程度確保されていることは望ましいが、結果の平等を必要以上に追求する社会ではモラルハザードが発生し、経済の活力が阻害される。モラルハザードの発生を極力回避するため、結果の平等よりも機会の平等を原則とすべきである。

これまで結果の平等を重視していたものの、規制等による既得権益を享受できる者とそうでない者との間には明かに不平等が存在していた。市場原理の下で機会の平等をより重視することによって、経済の活力を維持しつつ、これまで存在してきた不平等の要因を解消できる。各人の能力差に基づく所得格差が顕在化する可能性もあるが、機会の平等が確保されていれば、再挑戦が可能であり、努力次第では将来所得格差を解消することも可能である。

第二は、「自己責任原則」である。これまでの我が国経済社会にみられた「馴れ合い」や「他人頼み」の発想から脱却し、個人も企業も自らが判断し、その結果には自ら責任をとることが必要である。こうした原則が徹底されない限り、市場原理に基づく経済の活力は生まれてこない。例えば、談合による競争回避、競争制限的な民民規制は「馴れ合い」体質の象徴である。また、規制による保護を求めたり、規制の不備を根拠に問題の責任を政府に求めるような、政府に対する過度の期待は、「他人頼み」体質の表れの一例である。こうした自己責任原則の欠如は、市場原理の追求とは相入れないものであり、意識変革が強く求められている。

第三は、「多様な選択肢と十分な情報開示」である。各経済主体が自己責任に基づく行動をとるためには、多様な選択肢が用意されている必要がある。また同時に、的確な判断のためにはわかりやすい情報がタイムリーに入手可能でなければならない。例えば、政府の持つ行政情報の開示や、企業会計における国際的な動向を踏まえた時価情報の充実等といった一層のディスクロージャーの拡充が必要である。

第四は、「ルールの重視」である。市場機能は万人に共通なルールのもとに成り立つものである。そこに裁量の余地が入り込むと市場機能が阻害され、社会全体にもマイナスとなる。これは社会全体の透明性の確保や機会の平等にもつながる。政府は行政指導等による個別事例の裁量的処理から極力手を引き、市場ルールの整備やルールに基づく監視機能の強化等にその役割の重点を移していくことが求められている。

ハ)なお、市場原理による効率性を追求するとともに、弱肉強食ではない温かみのある社会を確保する必要がある。真の経済的弱者に対する社会政策的配慮を行う等のセーフティーネットの整備が必要である。

(2010年の日本型システムは)

新しい経済社会の基本原則を踏まえると、従来の日本型市場システムは大きく変革されていく必要がある。しかし、これは市場原理をより追求したモデルである米国型市場システムをそのまま輸入するというものではない。従来の日本型市場システムや諸外国の市場システムのメリットとデメリットを精査することにより、これまでのメリット(例えば、規律の重視、相互扶助、経済主体間の信頼感等)をできる限り損なうことなく、かつ今後の変革の成果を最大限に発揮させるようなシステムを、全体として形成していく実験が求められている。また、世界に通用する我が国に適合した新しいシステムを見つけ出していく必要がある。

3.新しい経済社会システムの具体的姿

将来についての不透明感を払拭するため、経済社会システムについても、各経済主体ができる限り明確な将来像を共有することが必要である。以下では、主なサブシステムについて不可逆的な変化の方向を含め、一例としていかなる将来像が考えられるのかにつき、企業、公共、個人の社会参画等について提示した。

(1) 企業システム

(雇用システム)

イ)市場原理による効率性の追求を基本とする経済社会においては、終身雇用制や企業内部での雇用保障といった雇用慣行が変化し、外部労働市場を通じての労働移動が増加するとともに、賃金体系も年功序列型から能力評価型に変化する。

これは終身雇用制が崩壊することを意味しない。雇用保障よりも高賃金を重視する人も、賃金よりも雇用の安定を重視する人もいる筈である。同様に、企業側も必要以上に雇用保障をせず、能力主義的な人事管理を行う企業もあれば、従来のように雇用保障をしつつ年功序列賃金体系をある程度維持しようとする企業もある。前者では職場内分業が進められる一方、後者では職場内での情報、ノウハウの共有と協調性が追求される。

雇用形態を大まかに類型化すれば、【1】企業内部での専門的能力を身につけた終身雇用型雇用者、【2】外部労働市場で通用する専門的能力を身につけた流動的雇用者、【3】定型化された作業、事務を処理する非正規雇用者の3形態となる。こうした様々なタイプの雇用形態を選択肢として、労働者と企業がそれぞれの最も望ましいものを選ぶことのできるような、多様性のあるシステムが一つの方向性であると考えられる。この点は公共部門での雇用の在り方についても同様に言えよう。

(2010年の雇用形態は)

個人の能力と適性にあった職業選択が模索されるとともに、企業の雇用戦略も変化することから、流動的雇用者、非正規雇用者の割合が高まる。また、人材確保の面では、即戦力・専門性がさらに重視されるようになる。

経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」をもとに見込めば、2010年には、「長期雇用を前提としない雇用」を主流とする企業が半数近くに高まり(97年にはわずか5%程度)、「即戦力・専門性を重視した人材確保」を主流とする企業も6割を超えると見込まれる(97年には2割程度)。

さらに、就業者に占めるパート・アルバイトなどの短時間雇用者の比率は20%を超えると見込まれる(97年17%程度)。

(コーポレートガバナンス)

ロ)資金の効率性が追求され、企業間での株式持ち合いの解消に伴って、市場を通じた株主の役割が大きくなる。

従来は、企業と金融機関の関係がメインバンクを中心としたものであったが、今後、金融機関の機能が多様化ないし分化していく中で、企業はその時々の状況に応じてメインとしての取引関係を、異なる機能の金融機関の中から選択するようになると予想される。

これは、株主の役割の高まりとも相まって、多様化した金融市場の下で透明性の高いコーポレートガバナンスを形成していくこととなる。また、持ち株会社の下に金融機関の再編成が進んだ状況においては、企業とグループとしての金融機関との間での安定的関係を基礎としたメリットも活かされる。

日本型企業においては、日本型雇用慣行の下に、労働者間の情報、ノウハウの共有による協調性と現場からの発案による稟議制によって業務が進められるという特徴があり、こうした組織においては、会社役員は内部部局間の調整役としての性格を強く持っているため、内部情報に詳しい内部昇進役員が大きな地位を占めていた。

しかし今後、流動的雇用者が重要な役割を占めるとともに、株主等外部から効率性がより強く追求される環境の下では、社外から役員も多数起用され、外部の意見・情報を取り入れ、より透明度の高い企業経営の方向に変化していくと考えられる。

また、ストック・オプション制度が活用され、内部職員が企業経営に関心を高めていくと考えられる。

(2010年には株式持ち合いは解消し、長期安定経営が不可能となるのか)

企業間での株式持ち合いが解消されていくと、80年代のアメリカでみられたように敵対的企業買収と買収後の事業部門の一部売却が増加し、企業経営や雇用が不安定化するのではないかとの不安がある。また、実際に敵対的企業買収が起こらなくても、その脅威により経営者は短期的利益の実現を重視することになり、長期的視野に立った企業戦略がとり辛くなるのではないかとの不安もある。

株式市場での評価が下がった企業が買収されて、外部の力によって経営改善がなされることは、本来望ましいものと考えるべきである。また、合理的な株式市場の評価は短期的な損益よりも、むしろ長期的な収益力に基づいて行われるものであり、企業が自らの長期戦略を積極的に投資家にアピールすること(IR活動)を通じて、長期的経営と十分両立する。さらに今後、株式市場における役割が高まってくると予想される年金基金や投資ファンド等の機関投資家が、株式持ち合いに代わる役割を果たすことが期待される。

(企業の発生と退出のシステム)

ハ)透明で公正な市場が十分に機能を発揮するようになれば、ダイナミックな経済システムが形成され、画期的なイノベーションやベンチャー等の新規ビジネスが次々に生まれる。そのためには、規制緩和を進めるとともに、果敢にリスクに挑戦する企業家精神を持つ人材の輩出と新規事業開拓へのインセンティブを高める環境の整備を進め、リスクを管理しつつ積極的に有望分野に資金供給できる金融システムが形成されることが重要である。

一方、既存企業は市場ニーズの変化に柔軟に適応していく必要があるが、やむなく市場から退出する場合にも、M&A市場が有効に機能することが期待される他、円滑な倒産制度を確立することも必要とされる。

このように経済全体として、「起業」→「発展」→「退出」→「懐妊」→再「起業」といった再挑戦可能なメカニズムが活性化する。

(2) 公共システム

(行政関与のシステム)

イ)市場原理を追求する社会においては、公的サービスの提供についても、民間に委ねられるものは可能な限り民間に委ね、政府は行政組織・行政内容のスリム化、効率化、重点化を図ることが強く求められる。社会資本や公共サービスについても、市場を通じた供給になじむものは、PFI(Private Finance Initiative)の活用等により、民間資金を導入しつつ市場による効率性を追求していくべきである。

経済活動に対する裁量的行政関与は極力排除され、政府の役割は市場整備・監視や危機管理等にウエイトを移すことになる。

また、政府に残る行政サービスについても、その効率化を図るためには、国から地方へと権限と責任を委譲し、住民に極力身近なレベルでのサービスの提供を行う体制とするべきである。

(2010年のスリム化した行政の機能とは)

規制緩和を進め、市場原理を貫徹することで、ディスクロージャーをはじめとする市場ルールの整備、監視という役割や危機管理、更には、消費者保護、市場競争における敗者復活や弱者救済を可能とする政策的機能が改めて求められる。今後は早急にこのような役割、機能に対応できるよう行政資源のウェイトを移す必要がある。

(公的金融)

ロ)公的金融については従前より、資金の受動性から生じる規模の拡大、そこから生じる民業の圧迫、見えざる国民負担をもたらすという財政規律面の問題等が指摘されてきた。特に、公的金融の資金源となっている郵便貯金、簡易保険、年金資金等の公的資金の規模は年々拡大し、96年度末にはGDPにも匹敵する規模になってきていることに注意すべきである。

本年よりいわゆる「金融ビッグバン」が始動したところであるが、こうした改革を通じて、市場原理が徹底され効率的な資金配分が達成されるためにも、公的金融は民業の補完に徹底し、そのスリム化、重点化を図るべく、制度の大幅な見直しを図る必要がある。

こうした方向性の下、市場メカニズムでは解決できない中小企業金融等の分野については、保証機能の強化等、金融・資本市場の発展と整合的な形で民間金融の質的補完に徹することが望まれている。

なお、公的金融をより市場規律と財政規律が機能するシステムへと改革するため、そのシステムの効率化に向けて、コスト分析手法の導入、債務保証等手法の多様化、市場原理と調和する資金調達を検討することが求められている。

(2010年には金融市場の自由化によるリスクの高まりにより、安心した資産形成ができなくなってしまうのではないか)

金融・資本市場の自由化によってリスクの高い金融商品が出てくるが、それは高いレベルの商品内容のディスクロージャーと、これを拠り所とする個人の自己責任にもとづく判断を前提としたものである。リスクの低い金融商品も依然として選択肢に残るため、個人にとっては必ずしも高いリスクを採らなければならないわけではない。これまでは低リスク・低リターンの組み合わせ中心に選択されてきたが、今後は様々な金融商品の組み合わせにより、個人にとって最適なリスクとリターンの組み合わせを持つポートフォリオを積極的に形成することが可能となる。

一世帯当たりの金融資産は、2010年には4千万円に増加し(現在2千7百万円)、金融資産の運用が家計にとってもつ意味が大きくなるものと見込まれる。わが国では、定期性預金が資産運用の45%を占めていたが、2010年には、金融ビッグバンの進展により、一定のリスクはあるものの利回りの良い金融商品が提供されるようになり、投資信託や有価証券などの運用割合が高まるものと見込まれる。また、金融ビッグバンの進展により、金融機関がより収益性を重視した経営を行うことが預金利率等金融商品のリターンに反映される他、上記に見られるようなポートフォリオの変化により、利回りの良い金融商品が選択されるようになり、全体として個人金融資産の利回りは上昇するものと見込まれる。

我が国個人金融資産のポートフォリオの変化 (%)  (変化率は米国ケースを前提)

通貨性預金 定期性預金 保険 有価証券 (株式) (債券) (投信) (信託) 合計
1995 10.0 45.2 25.4 19.5 7.0 3.1 2.7 6.6 100.0
2010 8.1 22.5 37.5 32.0 8.9 3.5 15.1 4.6 100.0

(社会保障制度)

ハ)社会保障制度については、少子・高齢化の中で維持・管理可能な制度とするとともに、年金、医療、介護等個別の制度が全体として調和したものとなるよう、総合的に設計される必要がある。

まず、従来、高齢者に対する社会保障制度の中核であった公的年金については、今後とも全体の社会保障システムの基礎的役割を担うことには変わりはないが、第2章でみたように将来的に維持・管理可能なものとするためには、その給付水準を現行制度に比べ下げざるを得ない。

一方、将来的にニーズが高まる介護については、2000年度より新たに導入されることとなった公的介護保険制度により、要介護状態になった場合の金銭的負担の大半がカバーされることになる。

公的医療保険については、やはり給付水準を現行制度に比べ抑制せざるを得ないが、

医療サービスについての情報の非対称性や非効率な資源配分をもたらすような規制を排除すること等により、民間活力を導入し、効率化のインセンティブが働きやすい環境が形成されること、

現在、介護サービスの供給不足から、介護サービスをやむを得ず医療機関で供給せざるを得なくなっている結果、いわゆる「社会的入院」が生じており、それが医療関連資源の非効率的利用にもつながっているが、今後、介護サービス市場の発達に伴い、こうした非効率性が是正されること、

等により、医療の高コスト構造は解消に向かい、国民の医療費負担の大幅な増加は回避される。

このように、公的年金によって老後の基礎的な生活が保障された上に、介護や医療といった不確実な問題に対しては、それぞれ公的保険制度が必要に見合った保障を提供する。すなわち、各個別の制度はそれぞれの目的に応じたものとなり、それらが全体として、少子・高齢化の中で個人のリスクを適切に管理することを可能とする。さらにゆとりある老後を送りたい人々に対しては、各個人のニーズに合った企業年金や個人年金等の選択肢が豊富に提供される。

現在、公的社会保障制度全体の将来像が明確に見えていないことが、国民の不安感を高め、自己防衛的な消費抑制を過度にもたらしているものと考えられる。上記のような社会保障制度が全体として確立されれば、個人の将来設計は容易となり、最適な消費・貯蓄行動を促すことにもつながることになる。

社会システム

(社会的規律と信頼の回復)

イ)本報告書の中心的課題である経済の効率化、活性化と並んで、現在の我が国が取り戻さなくてはならない重要なものとして、社会的規律と経済主体間の信頼がある。

今後、経済面における市場原理重視の方向性の下に、社会に優勝劣敗の要素が強くなっていこうが、社会的規律を回復していくため、公正の観点から弱者保護政策に社会政策面で十分配慮していく必要がある。こうした中で、新しいシステムでは市場ルールの確立が国民の行動のよりどころとなり、社会的規律と相互の信頼を回復していく方向となることが期待される。経済システムの変革を通じて、いわゆる「会社人間」が生活の重心を職場から家庭や地域社会に移していくようになれば、規律と信頼を回復した社会システムの形成にもつながっていくことが期待される。

(教育改革の重要性)

ロ)教育の問題は、我が国経済社会の将来にとって最も重要な問題の一つである。従来の偏差値追求型の教育、横並び的教育を改革し、一人一人の若者の能力と適性に応じて、独創性、挑戦心、創造力を育むような教育を実現することを通じて、活力ある経済社会の担うべき個性ある人材を長い目で育てていく必要がある。かかる観点からは、教育に関する不要な公的規制は撤廃し、教育機関の間で競争原理を働かせること等により、内容や機関についての学ぶ側の選択肢を増やす方向での改革が必要とされている。

(個人の社会参画システム-年齢・性別にとらわれない社会)

ハ)第2章で指摘したように、新しい経済社会においては、年齢別、性別にとらわれないエイジフリー、ジェンダーフリー社会とし、意欲と能力に応じて各個人が十分に社会に参画して行けるようにするべきである。これは新しい経済社会の基本原則としてあげた機会の平等を、年齢や性別の違いを越えて徹底することを意味する。

こうした社会変革の方向性は、雇用システムの変革や公共システムの変革とも密接に関連している。終身雇用、内部昇進、年功賃金等からなる従来の日本型雇用システムは、職場優先の企業風土をもたらしやすく、定年になるまでは仕事に専念し、定年後に余暇を楽しむという固定的な人生設計にもつながっている。また、出産や育児等で継続的な勤務が困難な女性を職場から遠ざけ、家事、育児さらには高齢者介護等に専念させる一方で、男性を職場に縛りつけ家庭での役割分担から遠ざけている。こうした傾向は税制や社会保障制度によって助長されている面があるのではないかとの指摘もあり、これらの制度について検討する必要がある。さらに今後、女性の働きやすい環境等が整備される中で、雇用の流動化が進み、個人の働き方に多様性が生まれてくれば、年齢別、性別の役割分担の固定化も解消していくものと考えられる。個人にとっての家庭の重要性、家庭内での役割の発揮を改めて認識すべきである。

(2010年の高齢者、女性の就業環境は)

わが国の高齢者はもともと働く意欲が高いが、労働力率はさらに高まるだろう。例えば、60歳台前半層の労働力率は、97年現在の57%から2010年には62%に高まるものと見込まれる。

また、30歳台の女性の労働力率は、出産、育児などのために97年現在は59%にとどまっているが、託児所の充実、変形労働制、フレックスタイム制の普及などによって、2010年には64%に上昇するものと見込まれる。情報化の進展により、在宅勤務も広まるだろう。

NPO―経済社会の新しい主体として

イ)NPOは多様化した新しい経済社会の中で、大きく発展していくことが期待され、それが結果として、既存の経済主体が果たしきれなくなった機能を強化することにつながる。例えば、【1】政府が汲み取りきれない国民の声を代弁し、政府に働きかける活動、【2】企業情報を消費者に的確に提供する一方で、消費者の評価を企業にフィードバックするという新たなシステムを形成する活動、【3】国民の声を代弁して行政の監視を行う一方で、政府や企業が効率的に供給できない福祉等の公共サービスを提供する活動等が活発化する。また、NPOは個人が市場原理の下で経済人として活躍する他に、地域社会をはじめ共同体の中での社会貢献をする場として、職場以外の第三の場が提供されることになり、個人のライフスタイルの多様化も促進される。

ロ)本年3月、福祉、環境、災害救援、国際協力など一定の非営利活動を行なう団体に対して、簡易、迅速な手続きにより法人格を付与し、その円滑な活動を促進するために、「特定非営利活動促進法」が制定された。この法律では、団体に対する政府の監督を必要最小限度に止め、その活動の是非は団体情報の開示による国民の判断に委ねることとされている。

(2010年のボランティア活動の広がりは)

近年高まりをみせているNPO活動に参加している人は、1千万人(成人の10人に1人)と推定されているが、機会があれば参加してみたいという人々を含めると6割近くに達している。NPO法の施行をはじめ今後こうした活動に参加しやすい条件が整うことによって、2010年には、成人の3人に1人は地域づくり、福祉活動、国際協力などボランティア活動に参加しているだろう。

結び

将来に対する不透明感に起因する国民の不安感は根強い。これが現在の景気停滞の大きな要因にもなっている。構造改革後に達成される新しい経済社会は、マクロ経済の面からもシステムの面からも決して暗いものではない。むしろ、それに積極的に対応していくことにより、従来よりも豊かで効率的な明るい社会としていくことが可能である。また、高齢化や地球環境問題等世界各国でその取り組みが行われている問題においては、世界に先駆けてその対応に成功した国として、日本版のグローバルスタンダードを世界に示すことも十分に可能である。

 構造改革は痛みを伴うものであるが、個別の諸施策への対応についても、マクロ経済環境や経済社会システム変革への対応についても、それを受け入れる意識を持てば決して難しいものではない。足元の厳しい現状を見つめ、正しい危機感を共有することが求められている。

 そのために必要なのは将来に対する明確な展望であり、その展望を国民の間で共有することによって、構造改革を進める道筋が浮かび上がってくる。国民全体として構造改革へのベクトルが揃うことで、新しい経済社会実現への弾みがつくことになろう。本報告書は将来展望についての一つの試みであり、ここでの展望が将来に対する不透明感解消の一助となることが期待される。

今後21世紀初頭に向けて築き上げていく経済社会では、「透明で公正な市場システム」と「環境と調和した社会」が新たな資産となる。それに加えて、我が国がこれまで蓄積してきた人的能力、技術、文化及びその他有形無形の資産を、「プラスのストック」として現在の国民が将来世代へ継承することが重要である。こうした観点に立ち、一時的な痛みを乗り越えて、我が国経済社会の長期的発展の基盤を築くために、国民が一丸となって前向きに経済社会の構造改革を進めていくことが求められている。