雇用・労働ワーキンググループ報告書

平成10年4月14日


雇用・労働ワーキンググループ委員名簿

(座長)樋口美雄 慶應義塾大学商学部教授
    奥西好夫 法政大学経営学部助教授
    角方正幸 株式会社リクルートリサーチ 取締役
    佐藤博樹 東京大学社会科学研究所教授
    清家 篤 慶應義塾大学商学部教授
    中村二朗 東京都立大学経済学部教授
    松永真理 NTT移動通信網株式会社ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画室長


はじめに

グローバリゼーションの進展、少子・高齢社会の到来、構造改革の推進等の環境変化を背景として、雇用面でも大きな変化が見込まれ、変化への適切な対応が求められている。

雇用・労働ワーキンググループでは、変化の激しい経済・社会の中で、雇用システムはどのように変化するのか、失業の要因についてはどのように考察することができるのか、などを検討するとともに、これらを踏まえ、雇用の安定を図っていくための課題は何か、さらに、労働者がその意欲と能力を十分に発揮することのできる社会を実現するための課題は何かを主要テーマに検討を重ねてきた。

検討に当たっては、政府・企業・個人のうち、とりわけ政府の役割を中心に議論を行い、「6つの提言」を取りまとめた。 

1.変化の激しい経済・社会において完全雇用を達成するための課題

――労働者各人の持つ意欲と能力を十分に発揮しうる社会の実現――

ここでは、景気の停滞などによる足元の厳しい雇用情勢や最近の労働市場の動向を踏まえつつ、第1にグローバリゼーションの進展、少子・高齢社会の到来、構造改革の推進など企業を取り巻く環境変化が雇用面に及ぼす影響をどう見るか、第2にこうした労働市場を巡る環境変化の中でわが国のこれまでの雇用システム、特に雇用保障はどのように変化しているのか、第3に最近における失業率の高まりの背景をどうみるかを分析し、最後に今後のわが国経済において完全雇用を達成するための対応策について述べることとする。

(1)経済環境の変化と雇用面への影響 

【1】 グローバリゼーションの影響

グローバリゼーションの雇用面への影響としては、わが国企業が一層激しい国際競争にさらされることになり、競争力の低い産業・企業では雇用や賃金にマイナスの影響が生じるが、マクロ的には、海外企業との競争を通じたわが国企業の国際競争力の向上、効率的な海外企業による対日投資の拡大、貿易による消費者メリットの拡大などによるプラスの効果の方が大きい。ただし、産業・就業構造の調整が必要となることから、労働移動を増大させる要因となる。

【2】 構造改革の影響

構造改革の雇用面への影響としては、短期的には生産性が上昇することにより必要となる労働者数が減少したり、企業間競争の激化により産業・企業間の労働移動が増えることによる調整の痛みが生じるが、事業活動の障害となる規制の緩和などにより新たな産業分野の創出や企業の新規事業展開が促進され、雇用を創出する企業が増大することとなり、長期的には短期的な痛みを吸収することができる。

例えば、情報通信分野などにおける規制緩和は、事業者の新規参入の促進、価格の低下による需要の拡大や新規事業の拡大などをもたらし、雇用の機会が大幅に拡大することが期待できる。

ただし、短期的な調整の痛みは特定の産業や労働者層に集中すると考えられる。例えば、規制緩和によって卸・小売業、金融・保険業、運輸業等においては、競争が激化し、短期的には雇用喪失する企業が増加すると考えられるが、これらの産業における就業者の属性をみると、卸・小売業、運輸業は中高年齢の自営業主が比較的多い。金融・保険業は年齢構成は若いものの、事務職の割合が高い。また、公共投資の削減等により大幅な需要の削減が生じると考えられる建設業も中高年齢者の割合が高い。こうしたことからは、構造改革の短期的な調整の痛みは中高年齢者や事務職など再就職が難しい属性の就業者に集中する可能性が高く、労働力需給のミスマッチが拡大する要因となるといえよう。

【3】 少子・高齢化の影響

経済成長率が鈍化する中で、高齢化に伴い、年功賃金のもとでは企業の賃金コストの負担が上昇することにより、中高年齢者について雇用過剰感の拡大や労働力需要の減少をもたらす。他方、シルバー産業の発展を促し、雇用創出につながる面もある。

また、少子・高齢化の進展により、労働力人口の伸びは今後も次第に鈍化し、やがて減少に転じるものとみられる。後にみるように、労働力人口の減少は、労働口需給の引き締まり要因となるとともに、若年人口の減少は新規入職・引退による就業構造調整機能の低下要因となる。

(2)労働市場の二極分化と雇用保障

このように企業を取り巻く環境が厳しくなる中で、わが国の雇用システム、特に雇用保障のあり方はどのように変化しつつあるのだろうか。

【1】 コア人材の長期雇用の深化と非正規労働の拡大

時系列データで長期的にみると、常用労働者の勤続年数は長期化しており、また、転職率は上昇していない。このことからは常用労働者の長期雇用の程度が低下してきているとはいえない。企業のコアとなる労働者については今後も長期雇用・内部育成を基本的な方針としている企業が多い。

他方、近年の雇用増加の内訳をみると、パートタイム労働者等の非正規労働者が増加の大半を占めており、将来に対する不透明感が払拭されない中で人件費の硬直化につながる正規労働者の採用は控えるといった企業の採用姿勢がうかがわれる。 こうした採用姿勢が今後も続いていくのであれば、労働市場の二極分化を進行させるばかりでなく、正規労働者の雇用や就業条件に影響を与えるという点からも、非正規労働者の雇用条件がこれまで以上に重要な関心事となる。 

正規・非正規別の雇用の伸び(前年差)

近年の雇用増加の内訳をみると、パートタイム労働者等の非正規労働者が増加の大半を占めている。雇用者に占める非正規労働者の割合は高まっている。

正規・非正規別の雇用の伸び

(注)

1.ここでの非正規労働者は、勤め先での呼称によるものであり、「パート」、「アルバイト」、「嘱託、その他」の合計である。

2.非正規労働者以外の雇用者を正規労働者としている。

出所 総務庁「労働力調査特別調査報告」 

【2】 雇用保障の変化

わが国においては、これまでの良好なマクロ経済パフォーマンスと内部労働市場の柔軟性によって、高い雇用保障が維持されてきた。

現在、企業は環境変化に対し、非正規労働者の採用を増やしたり、業務のアウトソーシング化を進めることにより、人件費の硬直化を避けようとしている。同時に、企業にとっては、従業員が雇用への不安感を高めることは、モラールの低下等により生産性向上の阻害要因となるなどデメリットが大きいことから、既存の従業員に対しては、雇用保障を重視しつつも、配置転換や出向の一層の活用、労働者が選択することが可能な多様なキャリア形成機会の提供と成果に応じた処遇制度の拡大等、人事管理の個別化を進めることにより、雇用の柔軟性を高めようとしている。そして、労働者側でも、雇用保障を最優先課題と考え、企業内部の変化に柔軟に対応する動きを示している。こうしたことからは、企業内における雇用保障が重要であることについての労使の基本的な意識に変化は生じていないものと考えられる。

雇用保障の程度が高いことはマクロ経済の面からみてもメリットがある。一部には、景気の後退期に企業の雇用量が容易に削減されるようになれば、企業業績や国際競争力が早期に回復し設備投資が刺激され、景気が早期に回復することになり、調整を強いられた労働者にとっても結果としてプラスになるという考えもある。しかしながら、現実には、解雇される労働者が増えると家計消費は減少するし、雇用不安が高まれば家計所得は一定であったとしても消費性向を低下させる。また、設備投資についても総需要が低迷した状況で多くの企業が設備投資を積極的に行うかどうかは疑問である。企業の雇用保障が弱まることは景気変動の波を小さくするどころか、逆に振幅を広げてしまう可能性が大きい。

その一方、分配面においても、本人が働くことによって所得を得るという分配方法は事後的な社会保障制度による所得保障よりも国民の納得が得やすい方法であり、この面からも完全雇用の達成は社会政策上も重要な政策課題となる。

雇用保障に関する労使の意識・慣行は大きく変化しないとしても、今後は、構造改革の進展等を背景として企業間の競争が激化することにより雇用調整を行う企業や倒産する企業が増えるなど、企業内での雇用保障が難しくなるケースが増えてくると予想される。市場で評価されない競争力の劣った企業において喪失される雇用については、企業内での雇用保障ではなく、競争力の優れた企業や成長分野などにおいて十分な就業機会を創出し、経済全体で吸収していくことの重要性が増す。透明で公正な「市場経済システム」を目指すわが国においても企業内における雇用保障の重要性はなんら低下するものではないが、企業内に止まらず、経済全体で雇用保障を図っていく視点がますます重要になる。

(3)失業要因についての考察

長期の景気低迷等によって、完全失業率は高い水準で推移し、97年10-12月期には3.5%(季節調整値)となるなど、雇用情勢は厳しくなっている。ここではこのような高い失業率の要因を需要不足という側面と構造変化という側面からどのようにとらえることができるのか検討する。

【1】 需要不足失業をもたらす要因

労働力需給が等しい状態において生じる失業率の水準として、従来から用いられている方法により均衡失業率を求めると、97年10-12月期時点において2.8%程度となっている。このことからは完全失業率3.5%のうち、主に労働市場の構造的・摩擦的な要因によって生じていると考えられる部分が2.8%程度存在し、残りの0.7%程度については需要不足に伴う労働力需給のギャップにより生じているとみなすことができる。

完全失業率と均衡失業率の推移

均衡失業率は長期的に上昇傾向にあり、また、バブル期に低下したこともあり、上昇テンポはバブル崩壊以降高まっている。

完全失業率と均衡失業率の推移

中長期的には、労働力供給が2005年をピークとしてそれ以降は減少していくと見込まれること、また、雇用吸収力の高いサービス部門の成長が期待できることなどから、ある程度の成長が達成できれば大量失業時代が到来する可能性は低いといえる。

しかしながら、今後の労働力需給に影響を及ぼす要因についてみると、短期的には、規制緩和の影響や公共投資の削減など労働力需要を減少させる要因が大きいことから、当面の間は需要不足失業への対応が必要になると考えられる。

  

労働力供給の将来推計(暫定推計)

労働力人口の伸びは今後も次第に鈍化し、2005年の6894万人をピークとして減少に転じ、2010年には6771万人になるものと見込まれる。

また、労働力人口の構成も少子・高齢化の進展等により大きく変化し、1997年に13.4%であった60歳以上の労働者の割合は2010年には19.9%に上昇する一方、1997年に24.1%であった15~29歳の労働者の割合は2010年には17.9%に低下するものと見込まれる。

労働力供給の将来推計(暫定推計)

(出所) 97年までは総務庁「労働力調査」。2000年以降は経済企画庁総合計画局による推計値。

(注)  国立社会保障・人口問題研究所の人口推計(平成9年1月 中位推計)をもとに推計。 

さらに、次に述べるような事実変化も、需要不足失業に対して政策上の配慮を行っていくことの重要性を示している。

まず、マクロ経済の需要不足が失業率に与える影響が大きくなっていることである。長期的にみると、経済成長率と失業率との関係は近年強まってきている。実質GDPの短期的な変動に対する労働者数の変化は大きくなってきており、また、雇用調整の速度が速まってきている。この要因としては、大きく分けて2つ考えられる。1つは、個々の企業における雇用調整行動の変化であり、競争が激化する市場で生き残っていくために迅速な雇用調整を行うことが必要となったことを反映している可能性がある。もう1つの可能性は、経済全体を構成する産業や就業形態別労働者の構成比の変化によるものである。例えば、労働集約的な産業や雇用調整速度の速い産業の構成比が高まっていることにより経済全体の雇用の生産弾力性が大きくなったり、全体の調整速度が速くなっていることが考えられる。あるいは、短時間労働者の構成比の高まりにより、生産量の変動に対する労働投入の調整において、従来より人員ベースでの調整を行う必要が高まっていること、また、こうした離職率の高い非正規労働者が増えたために中途採用を停止することの雇用調整効果が大きくなり、経済全体の調整速度が速くなっていることも考えられる。

さらに、労働力需要の創出という観点から最近の動きをみると、次の2点を指摘することができよう。第1は、グローバリゼーションが進展する中で、産業構造の高付加価値化・知識集約化を進めるためには、企業の国籍を問わず国際競争力のある企業がわが国国内で生まれ育っていくことが必要であるが、現状の直接投資の推移をみると、海外からの対内直接投資額がわが国企業の対外直接投資額に比べて著しく小さく、雇用面でも外資系企業のわが国における雇用量がわが国企業の海外での雇用量を大きく下回っていることである。第2に、雇用創出の面からみると、社齢の古い企業よりも若い企業の方が、雇用の安定性と言う点では劣るが雇用創出力という点では優れており、今後、経済全体の雇用を拡大させていくためには、起業や新規事業展開を困難にする要因を除去し、開業率を上昇させることが必要となることである。時系列データでみると、開業率は長期的に低下してきている一方で、廃業率は上昇傾向にあり、90年代に入ってからは開業率が廃業率を下回っている。

【2】 構造的・摩擦的失業を高める要因

均衡失業率は長期的に上昇傾向にあり、また、バブル期に低下したこともあり、上昇テンポはバブル崩壊以降高まっている。均衡失業率が上昇してきた背景としては、経済のグローバル化や産業構造の高度化・知識集約化等により職業能力の陳腐化のスピードが速まっていること、高齢化、労働者意識の変化等から労働力需給のミスマッチが拡大しやすくなっていることなどが考えられる。さらに、今後は、以下に述べるように、労働移動の増大など、均衡失業率の上昇テンポを拡大させる要因が多いため、構造的・摩擦的失業への適切な対応が図られない場合、均衡失業率の上昇傾向が加速する可能性がある。

第1は、就業構造の調整における転職の役割が高まるとみられることである。産業構造の変化等に対応して必要となる就業構造の調整については、わが国では、これまでのところ、新規入職・引退や企業内再配置を中心に行われてきており、転職による調整機能は相対的に小さかった。しかしながら、今後は、若年人口の減少等から新規入職・引退による調整機能は低下する一方、専門的職業の増大により企業内における職種間の移動が難しくなると見込まれることである。

第2は、労働者の就業意識の変化である。労働者の転職希望をみると、若年者を中心に上昇傾向にある。これは、仕事の内容や労働条件へのこだわりが強くなっているなど労働者の意識の変化が背景となっているとみられる。

第3は、先にみたように、構造改革の推進、グローバリゼーションの進展により、労働力需給のミスマッチが拡大し、産業・企業間の労働移動が増大するものとみられることである。

2010年の就業構造の展望(暫定推計)

2010年の就業構造についての推計結果を1995年と比較すると、

産業別就業者シェアでは、その他サービス業等で増加し、製造業、卸・小売業等で減少すると見込まれる。

職業別就業者シェアでは、専門的・技術的職業従事者等で増加し、技能工、採掘・製造・建設作業者及び労務作業者等で減少すると見込まれる。

2010年の就業構造の展望(暫定推計)

(資料) 「国勢調査」(総務庁)、「国民経済計算」(経済企画庁)等をもとに作成。

   2010年は経済企画庁総合計画局による推計値。

(備考) 2010年の産業構造については、経済審議会経済社会展望部会産業構造ワーキンググループ報告書における推計を前提としている。

【3】 失業の「深刻さ」について

失業者の属性、就業に関する意識が多様化しており、失業問題への適切な対応を図るためには様々な角度から失業の実態把握に努める必要がある。こうした認識に沿って、失業の「深刻さ」などの観点から種々の定義に基づき失業率を求めた場合に各国の失業率はどのように変わるのかといった研究も進められている。

これによると、わが国の場合、失業の「深刻さ」が最も高いと考えられるU-1の指標から、順次その範囲を広げ、フルタイムの仕事が無いためやむなくパートタイムの仕事に就いている者も失業者に加えたU-6の指標までは低い水準となっているが、U-6に求職意欲喪失者も失業者に加えたU-7は大きく上昇するという特徴がある。

わが国の指標の近年における変化の様子をみると、労働者にとっての失業の「深刻さ」が相対的に高い者に限られた指標であるU-1からU-3は通常の失業率(U-5)に比べて上昇していない。他方、離職したのち求職意欲を喪失することなく労働市場にとどまる者の割合は近年上昇している。これは、求職意欲喪失者の持つ労働力需給の緩和局面で失業率の上昇を抑制するバッファーとしての効果が小さくなり、それだけ失業者として顕在化しやすくなっていることを意味する。

このほか、世帯主との続柄別の完全失業率をみると、世帯主や世帯主の配偶者以外の者である「その他の家族」が上昇している。「その他の家族」には若年者が多数含まれており、求職理由別には、自己都合による離職や離職以外の理由が高くなっている。この点に注目すると、相対的に失業の「深刻さ」の低い者の失業者の割合が高まっているとみることができよう。

一方で、中高年齢の失業者については非自発な離職による者が多数存在するなど「深刻さ」の高い失業者も依然として多い。

年齢階級・求職理由別完全失業者数(男)

離職失業者について、年齢別・求職理由別にみると、55~64歳では非自発的な離職による者が多く、また、増加してきている。他方、25~34歳などでは自発的な離職による者が多く、また、増加してきている。

非自発的な離職による完全失業者数

自発的な離職による完全失業者数

わが国における各種失業率指標の変化

(4)求められる対応策

これまでみてきたように、今後、雇用保障については、企業内に止まらず、経済全体で雇用保障を図っていく視点が重要になる。また、失業率を高める要因が今後拡大することも予想されるため、失業率をなるべく抑制していくためには失業頻度の低下と失業期間の短縮を図ることが必要になる。このため、経済構造改革を推進することにより量的にも質的にも良好な労働力需要の創出を図るとともに、労働市場の機能強化や職業能力開発の推進に努め、労働者が各人の持つ意欲と能力を十分に発揮しうる社会を実現する必要がある。

【1】 経済成長の達成と雇用機会の創出

構造調整を円滑に進めるためには、量的にも質的にも良好な労働力需要を創出するマクロ経済の成長が達成されることが前提となる。需要が不十分な状態で離職者が増大することは、ただ単に失業問題を大きくする要因となるだけである。

ア.量的にも質的にも良好な雇用機会の確保

雇用機会の確保のためには、起業や新規事業展開を促進するための社会基盤を整備し、雇用創出を図ることが必要である。

経済がグローバル化する中で、質の高い労働力需要を確保するためには、事業活動の障害となる規制の緩和、高付加価値分野を担う高度な能力を持った人材の育成などにより、内外の企業にとって魅力ある事業環境を整備することが必要である。また、政策リソースの配分の重点化にあたっては、中長期的な産業構造の高付加価値化・知識集約化のための基盤整備や雇用創出を図るという観点が求められる。

新規企業の創出は、わが国経済の雇用創出力を高めるとともに、起業を行う者にとっての就業機会を創り出すことにもつながる。これを促進するためには、産学官の連携の推進、起業家精神を育てるための社会的環境の整備、新規企業が資金調達や人材確保の面で負っているハンディキャップの除去、経営に関する相談などソフト面での支援などを強化していく必要がある。

イ.雇用機会の創出は労働市場の機能強化にも寄与

また、適正な経済成長の達成は、需要不足による失業を削減するのみならず、成長分野などにおいて賃金などの面で良好な就業機会を創出し、そうした分野への人材の移動を促進することなどによって、産業・就業構造調整の推進に寄与することが期待できる。このことは、適正な経済成長の達成は、労働市場の機能を強化させることを通じて、構造的・摩擦的失業の削減に資する面があることを示している。

さらに、労働力需給が引き締まり基調で推移することは、構造改革の進展により拡大するといわれる労働者間の賃金格差について、市場メカニズムを通じて縮小させる面があることにも留意すべきである。

【2】 構造的・摩擦的失業の削減

均衡失業率が上昇する中で、失業率を抑えるためには構造的・摩擦的失業の削減を図ることが重要である。このため、構造調整に対応した職業能力開発の推進、なるべく失業を経ない形での労働移動への支援、労働力需給調整機能の強化、労働移動に対して非中立的な制度の是正などを行っていくことが従来にも増して重要となる。

ア.失業の発生を抑制するための対策

成長分野などへの失業を経ない形での労働移動に関しては、新規事業展開に伴う配置転換、出向の一層の活用などによる労使の努力が最も重要であり、労使の努力に対する政府の支援を充実させる必要がある。その際には、個々の企業において雇用維持を図る企業に対する支援策について、支援の対象となる産業・企業は労働需要の縮小が一時的な要因によって生じているものに限定することが重要である。また、需要の回復が見込めない産業・企業から労働者を受け入れることで経済全体としての雇用の安定に寄与することになる事業主に対する助成等については、その一層の活用が図られるべきである。

イ.顕在化した失業者への対応

今後、産業・企業間の労働移動の増大が見込まれることなどから、失業頻度が高まることは避けられないと考えられるため、顕在化した失業者についての対策を充実させる必要もある。そこでは、失業者が成長分野などへ円滑に移動することにより失業期間の短縮を図るとともに、失業期間中には経済・社会のニーズに見合う高度で専門的な職業能力の開発を進めることなどにより、失業を経済全体の生産性や活力を向上させる機会に転化させていく姿勢が重要となる。

労働移動の円滑化のためには、外部労働市場の労働力需給調整機能の強化を図ることが必要である。公共職業安定機関の職業紹介機能を強化するとともに、有料職業紹介事業や労働者派遣事業の規制緩和により民間の活力・ノウハウを一層活用していくことが重要である。

ウ.失業給付の役割の確保

また、雇用保険の失業給付について、モラルハザードの観点に留意しつつ、セイフティネットとしての役割を今後も確保していくとともに、成長分野などへの再就職を促進する機能を高めていくことが必要である。労働者が職を失った場合に一定程度の生活の維持や再就職の準備を支えるために十分な失業給付を受給できることは、失業者を社会的に救済するシステムであるばかりでなく、失業者が適職選択や職業能力の開発を行うための条件としての意味を持つ。成長分野などへの労働移動が進めば、構造調整の推進につながることになる。こうした観点からは、自発的な離職による失業者についても、失業給付を受給できることの意義は大きい。

エ.失業者の属性などに応じた対応

さらに、失業理由などの多様化を踏まえ、失業者の属性などに応じた対応を図っていくことの重要性が高まる。

失業の「深刻さ」の高い者については、再就職を支援するための公共職業安定機関による職業相談・紹介や公的な職業訓練機会の提供などにおいて、きめ細かい対応が求められるなど、とりわけ重点的な対策が必要となる。加えて、再就職等における民間部門の機能がより効率的かつ適切に発揮されるための環境整備についても検討されるべきである。

若年者の就業行動については、従来から自発的な離職者が多く、失業率も高いといった特徴があるが、それが近年一層高まっていることは注意を要する。若年者の自発的な労働移動は適職選択の過程とみることができるが、一度転職を経験すると年齢を重ねてからも転職を繰り返す傾向もあると指摘される。これにより、キャリア・アップにつながるならば、何ら懸念すべき材料とはならないが、もしそうではないならば、現在の若年層における失業の増大は、将来の高失業社会をもたらす要因となりかねない。そのため、後述するように、インターンシップの推進などにより、若年者の職業意識を高め、円滑に適職探しのできるシステムを構築していく必要がある。

2.労働者の能力発揮を支援する社会を構築するための課題
――労働者がキャリア形成を積極的に行うために――

変化の激しい経済・社会において、労働者各人の持つ意欲と能力を十分に発揮するためには、職業能力開発や人事管理制度などについてどのような課題があるのだろうか。労働者が自ら積極的に能力開発していくことは、変化の激しい社会において失業を未然に回避する最大の防衛策ともなりうる。

ここでは、自己責任・自己選択に基づく職業能力開発の推進、実績主義的な人事管理制度が適切に機能するための課題など労働者の勤労意欲・能力開発意欲を促進するための課題、労働者の職業能力の有効活用、能力発揮の観点からみた転職の役割等について検討を行った。

(1)自己責任・自己選択に基づく職業能力開発の推進

【1】 職業能力開発に対する支援のあり方

ア.今後の職業能力開発とリスク負担

今後、企業活動や労働をめぐる外的環境の大きな変化が見込まれ、職業能力の陳腐化のスピードが速まり、労働者にとって失業のリスクが高まることが予想される。労働者に家計所得の減少や大きな心理的負担をもたらす失業のリスクをなるべく軽減するため、職業能力開発の推進は一層重要な政策課題となる。

これまでのわが国における職業能力開発は企業内で行うOJTが中心であり、Off-JTについても企業主導で積極的に行われてきた。今後は、労働者には、職業能力開発の目的・方法等について、企業に頼るばかりではなく、自己責任・自己選択を原則としていく姿勢が強く求められることになる。高度で専門的な職業能力が求められる経済・社会において、これに積極的に対応することが何よりも自らの就業能力を高めることにつながり、意図せざる労働移動に対する自己防衛策にもなるからである。

しかしながら、経済・社会の変化のスピードが増す中では、必要となる職業能力に関する情報や知識の不足等から発生する、職業能力開発の失敗に伴う失業のリスクを全て個人に負担させることには限界がある。このため、職業能力を効率的に開発し失業のリスクを軽減する上で、今後も企業や政府の役割の重要性も低下することはない。

これからの時代においても高度な職業能力を身に付けるためには、企業におけるOJTを必要とする職業が多いことに変わりはない。企業にとっても、従業員の職業能力の開発、向上を図るため、質の高い計画的なOJTを充実させることは、職業能力の高付加価値化を求める意識の高い人材を獲得する手段ともなる。

政府の役割としては、職種別の労働力需給や労働条件など労働市場の状況に関する情報や、能力開発機会についての情報を収集・整理し、広く提供していくことなどが求められる。また、企業による能力開発の機会を得にくい人、例えば、企業にとって人的投資インセンティブが相対的に低い非正規労働者、離職を余儀なくされた労働者、新たに職に就こうとする人等に対しては、政府の責任により能力開発の機会を提供していくことも必要である。

イ. 自己啓発を支援するシステムの整備

離職者や未就業者を含め広く労働者が、自己責任・自己選択を原則として自らの職業能力を効率的に開発するために、労働者の自己啓発に対する社会的支援を、情報・機会・時間・費用の面において強化していく必要がある。

まず、企業においては、企業内での仕事の内容や価値、欲しい人材の職業能力の要件を明確にし、情報をオープンにすることが求められる。自己啓発の目的が企業経営に役立つものであるならば、フレックスタイム制の活用、有給教育訓練休暇の付与などによる労働時間面での配慮とともに、自己啓発の費用についても積極的な支援が求められる。

政府の役割としては、受け皿となる教育訓練機関、カリキュラムの整備や能力開発に関する情報の提供等を積極的に推進することや、労働者が自主的に行う職業能力開発の費用を軽減するための費用面での支援が求められる。今般、雇用保険制度の活用により自己啓発を行う労働者個人に直接支援する新たな制度が創設されたところであるが、さらに、広く国民に自己啓発費用を直接支援する新たな方策として以下の2つを検討すべきである。

第1に、労働者の自己啓発投資経費について所得税制上の控除制度を創設することである。第2には、資金調達の手段として、労働者に対し自己啓発投資経費を貸与する奨学金制度を設けることも、厳しい財政事情の中、有効な方策と考えられる。これらの2つの制度は、創設に当たって自己啓発の必要性の判断基準に関する検討等が課題となるが、広く国民に自己啓発費用を直接支援することを可能とするものであり、その政策効果は広範に及ぶものと考えられる。

【2】 学校から職場への円滑な移行の課題

若年者については、学習活動が就業に結びつくものになるよう、日頃から自らの適性や能力、さらに将来的にどのような分野でどのような人材が求められるか、労働市場の状況はどのようになっているか等についても十分に把握・検討し、自らのキャリア形成についてビジョンを構築する姿勢が求められる。近年、若年者の失業率が一層高まっていることは、将来へ向けてのマクロ的な人的資本蓄積を低下させる要因となりかねないものであることから、若年者が職業意識を高める機会を社会的に用意する必要がある。

このため、産学連携による人材育成の一形態であるインターンシップ(学生等が在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと)をより一層推進していくことが重要である。特に、高等学校においては、初職選択時のミスマッチを防ぎ、生徒が将来の進路を主体的に選択することができるようにすることが重要であり、インターンシップの導入をも視野に入れた現場実習等の充実方策について検討されることが望まれる。

インターンシップは、学生等が自己の職業適性や将来設計について考える機会となり、高い職業意識の育成が図られる等の意義があるだけでなく、学生等の学習意欲を喚起する契機となることも期待できる。

企業においても、インターンシップの実施は、学校等と企業相互の情報の発信・受信が促進されるため、とりわけ中小企業等について学校関係者や学生等により深い理解を促す契機にもなり、また、若手従業員が学生等に職業指導を行うことが従業員自らの職業能力向上にも資する等の意義があるものと考えられる。

(2)労働者の勤労意欲・能力開発意欲を促進するための課題

【1】 人事管理制度上の課題

ア.実績主義的な人事管理制度の定着への課題

時系列データでみると、年齢別賃金カーブの傾きはここのところ緩やかになってきている。また、年俸制等の実績主義的な人事管理制度の導入が進むなど、いわゆる年功賃金については修正の動きがみられる。今後についても、就業形態の多様化等を背景に人事管理の個別化が進むなど、年功賃金修正の動きは続いていくものと予想される。

人事管理制度の実績主義化は、習得された職業能力の適正かつ客観的な評価がなされ、具体的な処遇に反映される限りにおいては、労働者の能力発揮や職業能力開発へのインセンティブを高めるものである。

実績主義的な人事管理制度が適切かつ有効に機能するためには、まず第1に、労働者の希望するキャリア形成が認められることが必要である。自己責任の追及は、自己選択が認められて初めて生産性の向上につながる。したがって、人事管理の実績主義化は、労働者が自らの仕事を選ぶ、いわゆる「キャリア権」が保障されることが前提になる。

第2に、公平で透明な査定・評価制度を整備することが必要になる。この点については、評価者の能力の向上、恣意性の排除や、評価結果に対する労働者の納得をどのようにして確保するかといった問題がある。実態として、企業は準備不足の状態のまま実績主義的な人事管理制度の導入を進めている面もあり、制度導入が労働者の能力発揮や職業能力開発へのインセンティブの増大につながるものとなっていない場合も多いとみられる。

第3に、個別的交渉について労働者を支援するシステムを整備する必要がある。人事管理の個別化の進展は、労働契約における個別的な契約の役割を高めることになる。使用者と労働者とは、人事管理や法律の専門知識・能力についての格差も大きいと考えられる。このため、個々の労働者が使用者との交渉を対等に進め、市場取引を円滑に行う上で、個別的交渉において専門家等のサービスをたやすく受けられるシステムが求められる。

第4に、個別的な苦情・紛争を簡易・迅速に処理することが可能なシステムを企業の内外に整備していく必要がある。人事管理の個別化の進展を背景に、個別的な労働契約の交渉、解釈、履行の過程において生じる苦情・紛争が増大すると予想される。現在のシステムでは、これらの個別的な苦情や紛争への対応が十分なものとなっていないと考えられる。

なお、短期的な成果を重視する実績主義的な人事管理制度の導入にあたっては、一定の時間的ゆとりを必要とする職業能力開発機能が維持できるような配慮が求められる。

賃金の実績主義化が定着し、短期的な成果に連動する賃金のウェイトが高まれば、労働者の収入は不安定なものとなる。年功的賃金制度が、ライフステージの各局面における必要な収入にある程度見合った額の賃金を保障するものであったとすれば、賃金の大幅な変動は労働者にライフサイクルに見合った計画的な貯蓄行動を強いることになる。また、個人の収入の変動幅が小さいことを前提としている住宅ローンなどの各種システムにおいて、制度の見直しが必要となる可能性も高まるであろう。

イ. 非正規労働者の活用と能力発揮

先にみたように、企業は人件費の硬直化を避けるため非正規労働者の採用を増やしている。非正規労働の形態での就業機会が増大することは、育児等の事情により短時間勤務を希望するなど多様な就業ニーズを持つ労働者にとっての就業機会の選択肢が拡大することでもある。事実、パートタイム労働者や派遣労働者について現在の就業形態に就いた理由をみると、「自分の都合のよい時間に働けるから」「勤務時間や日数を短くしたかったから」とする者が多い。しかし、中には「正社員として働ける会社がなかったから」とする者もいることや、正社員と同程度の労働時間でありながら職場においてパートとして処遇されている者が多いとみられることなどからは、正社員として働くことを希望しているものの非正規労働に就かざるをえない者も多数存在していると考えられる。

非正規労働者に対する企業の人的投資のインセンティブは、人材派遣会社における派遣労働者や小売業の店舗における一部のパートタイム労働者等、基幹的な職務を担っている層に対しては高いものの、全般としては正規労働者と比べて低いとみられる。非正規労働者の割合は今後も高まっていくと考えられるため、非正規労働者についてもその持てる能力を有効に活用し、就業実態に応じて職業能力開発の機会を提供していくことは、経済全体の人的資本ストックを低下させないためにも不可欠の課題となる。 

近年、パートタイム労働者等の担う職務が多様化してきている中で、正規労働者への転換制度など一層の能力発揮に資する人事管理制度の導入が進んでいる。他方で、総じてみれば、パートタイム労働者と一般労働者との賃金格差は拡大している。雇用形態の違いや税制・社会保障制度上の取り扱いにより非正規労働者と正規労働者との処遇格差が生じているのであれば、非正規労働者の就業意欲等を減退させないためにも、これは是正していく必要がある。企業においては、処遇格差を是正するための方策の一つとして、個人の選択により正規労働者と非正規労働者との転換をたやすく行えるような柔軟な人事管理制度の普及・定着を進めていくことが有益である。

ウ. 女性の活用と能力発揮

女性の職場進出が進む中にあっては、その多様な就業ニーズを踏まえつつ、女性労働者が生涯を通じてその能力を十分発揮できる環境を整備することが求められる。このため、男女を問わず個々人の意欲・能力を把握した上で継続雇用を基本とした活用を図るとともに、企業と行政が連携して、育児・介護休業制度の定着や保育施設の整備と弾力的な運用、労働時間の短縮や弾力化等に努めることが重要である。

エ. 高年齢者の活用と能力発揮

人口の高齢化が急速に進展する中で、高年齢者の高い就業意欲を無駄にすることなく就業に結び付け、能力発揮を図ることが重要な課題となっている。このため、実績主義的な人事管理制度の導入により賃金を時々の貢献に近づけることや労働時間の短縮・弾力化を進めることなどによって高年齢者層の雇用機会を確保するとともに、組織の見直し等により多様なキャリアパスを用意することなどを通じて、高齢期まで高い学習力を維持し、能力を発揮して充実した職業生活を送ることができる環境を整備することが必要である。

オ. 高度熟練技能の育成・継承

産業の空洞化や若年者を中心としたモノづくり離れ、熟練技能者の高齢化により、産業の高付加価値化、高精度製品の製造、新製品の開発等を担うべき優れた熟練技能者の育成・継承が困難になりつつあり、今後、わが国の産業の発展に重大な影響を及ぼす可能性がある。このため、学校等と産業界の密接な連携を通じて、技能が社会に果たす役割の重要性について理解を高めるとともに、技能者の処遇改善に結びつく評価制度の検討や長期的視野に立った教育機能の強化などの取組が必要である。

【2】 税制・社会保障制度等の課題

税制・社会保障制度は、個人の勤労意欲を阻害することがないように、労働供給に対して中立的に設計されるべきである。また、就業時間や就業形態の違いによって負担に格差が生じないよう、公正な制度が維持されなくてはならないと考える。

所得税上の配偶者控除・配偶者特別控除制度、公的年金の第3号被保険者制度、医療保険制度における被扶養者の取扱い等が要因となって、多くの有配偶パートタイム労働者等が就業調整ないしは収入調整を行っており、このことがパートタイム労働者等の賃金水準を引き下げている面がある。こうした制度の存在は、有配偶パートタイム労働者等について労働供給抑制的であるのみならず、勤労意欲や職業能力向上意欲に対してもディスインセンティブを及ぼしているため、撤廃も含め適切な見直し等を行うことが必要である。

さらに、企業の配偶者手当は、配偶者の所得により支給制限を設けている企業では、これらの税制・社会保障制度を参考に手当の支給制限額が設定されていることが多く、両者は相まって有配偶パートタイム労働者等の勤労意欲等に対し、大きなディスインセンティブを及ぼしていると考えられる。配偶者手当についても、経済社会の変化にかんがみ、その存続の意義やこれに代わる制度の必要性について、再検討することが望まれる。

なお、労働者派遣事業者の社会保険料納付漏れ問題については、社会保険制度の公正な運営を図るため、厳正な対応が求められる。

(3)労働者の職業能力の有効活用、能力の発揮の観点からみた転職の役割等

労働者が職業能力開発によって高めた能力を最大限に発揮するためには、能力を発揮できる機会を得ることが肝要である。

労働者の立場からみた場合、自らの職業能力が企業内で十分に発揮できる機会を得られないのであるならば、能力の発揮という観点からは転職をした方が望ましい場合もある。企業が自社従業員に対して能力発揮できる機会を継続的・安定的に確保していくことは、激化する市場競争に打ち勝っていくためには今後も重要であるが、同時に技術面においても、今後、激しい変化が生じるものと予想され、労働者にとって自己の能力発揮の場を探していく姿勢は一層重要となる。こうした観点からは、労働者の自発的な転職を円滑にするための転職市場の整備が必要であり、有料職業紹介事業などの規制緩和を進めるとともに、労働市場の流動化に伴って生じる契約等取引上の問題を迅速に解決できるシステムを整備していくことが求められる。また、現行の所得課税における退職所得控除制度や、転職に際してのポータビリティの確保が困難となっている企業年金制度など、転職者にとって不利益となっている制度について、広く関係者において検討し、適切に見直していくことが求められる。

企業が必要となる能力を持った労働者をどのようにして確保するかという観点からみると、外部労働市場からの中途採用等による調達を円滑化するだけでは十分ではない。新規分野では必要となる能力を持った人材は企業の内部にも外部にも数が限られている場合が多く、特定の人に採用人気が集中すると考えられるため、配置転換等(内部労働市場)、中途採用等(外部労働市場)のいずれで調達するにせよ、企業内における職業能力の再開発を行っていく必要がある。

さらに、労働者自らが開業することも、能力を発揮する機会となる。開業は新規の雇用を創出する源泉でもあるため、能力発揮と雇用創出の観点から開業に対する社会的支援策を一層充実させるべきである。現在、女性が開業を希望する場合、融資面などで不利な扱いをされているということも指摘される。こうした点を反映してか、実際の開業者における男女比をみると女性比率は非常に低いが、開業希望者における男女比をみると女性はかなりの割合を占めており、今後も女性の開業者数は増加する余地が大きいと考えられる。今後、特に女性に対する開業におけるハンディキャップを取り除くことは開業率全体の上昇に大きく寄与することが予想され、また、女性の雇用に積極的な女性起業家の増大によって女性の雇用が創出されることが期待できる。

3.経済・社会の変化によって生じる労働問題に対する政策のあり方

構造改革の推進によって目指す21世紀のわが国の経済・社会は、価格をシグナルとして生産要素がそれを必要とする各需要主体に最適に配分されることにより、構造調整が柔軟に行われる社会である。労働面においては、雇用の不安定性が高まるなど、懸念されることもあるが、規制緩和などの経済構造改革を推進しわが国経済の活力を向上させるとともに、労働者の能力発揮を支援するための社会システムを構築すること等により、完全雇用の達成を図っていく必要がある。

構造改革後のわが国経済・社会においては、企業間競争が激化することにより、倒産や雇用調整を行う企業が増えることが見込まれる。失業を抑制していくためには、規制緩和などの構造改革を推進することにより企業の競争条件を整備し、新たな産業分野の創出や新規事業展開を通じて、量的にも質的にも良好な雇用機会を創出することにより、経済全体として雇用の安定を図ることの重要性が増す。

経済・社会環境の変化に対して構造調整が柔軟に行われるためには、労働市場の機能を強化し、成長産業・企業への人材の移動を円滑化する必要がある。このためには、成長分野などにおいて賃金などの面で良好な就業機会が創出されることが求められる。こうした面からは、適正な経済成長の達成などにより労働力需給が引き締まり基調で推移することが、労働市場の機能を高める上での条件でもあるといえる。また、今後とも多様な就業ニーズに応じた就業形態の多様化が進展すると考えられるが、非正規労働の形態での就業機会の増大が労働者にとって選択肢の拡大、各人の持つ意欲と能力の発揮に資するものとなるためにも、労働需要の拡大が必要である。

さらに、労働市場の機能強化を図る際に留意すべきことは、労働市場において労働者は使用者と対等の立場にはないため、使用者に対する労働者の交渉力を支援することが、労働市場の機能を高める上で不可欠の条件であるということである。特に、今後については、個々の労働者に自己責任が強く求められることに鑑み、自己責任の前提となる自由な自己選択が実現するために、労働者が個別に使用者と対面しても交渉力が損なわれることのないよう、政策的にも配慮していく必要がある。

第1に、競争のためのルールを整備することが必要である。最低賃金制度などは使用者と労働者の交渉力の格差を前提とした競争のための土俵であり不可欠なものである。また、労働者派遣事業の対象業務を拡大する一方、これが適切に実施されるよう派遣労働者の保護の強化を図るなど、新たに生まれる市場についてのルールを整備する必要がある。さらに、労働市場の流動化に伴って生じる契約等取引上の問題を迅速に解決できるシステムを早急に整備していくことが求められる。

第2に、市場監視機能を強化することが必要である。最低労働基準の遵守や、性・年齢などによる差別がないことは競争が有効に行われるための前提条件である。

第3に、紛争処理システムを整備することが必要である。実績主義的な人事管理制度の広まりや、就業形態の多様化の進展など、人事管理の個別化が進む中で、労働契約における個別的な契約の役割が高まるものと見込まれる。こうした契約の交渉、解釈、履行において生じる苦情・紛争について、労働者にとって簡易・迅速に処理することが可能となるシステムを、企業の内外において整備していくことが必要である。

第4に、職業能力開発に対する情報、機会、費用等の面での支援を強化することが必要である。これは、個々の労働者の市場価値を高め、労働者の意図せざる離職や失業のリスクを緩和することに資する。

第5に、雇用保険の失業給付について、モラルハザードの観点に留意しつつ、セイフティネットとしての役割を今後も確保していくことが必要である。労働者が職を失った場合に一定程度の生活を維持し、再就職の準備を支えるために十分な失業給付を受給できることは、失業者を社会的に救済するシステムであるばかりでなく、在職者についても、使用者に対する交渉上の地歩を高め、自らの労働力を売り急ぐことを防止し、市場機能のもとでの労働条件の適正な決定を実現するための担保としての意味を持つ。

なお、こうした各種の施策が有効に機能するためには、企業、政府の持つ情報の開示・公開を一層進めていくことが重要である。

企業の経営状態や今後の事業展開などに関する情報は、労働者が自己の能力開発の方向や転職も含めた働き方を選択するために有益であり、また、失業のリスクを回避するための予防策ともなるため、企業と労働者との情報の共有を進めることが期待される。労働者はこれらの情報について、企業内の労使協議において開示される場合には直接知ることができ、企業外に開示される場合には市場を通じて入手することができる。政府の役割としては、企業にとって情報を開示することがメリットとなるような仕組を検討すべきである。

また、政府も情報の公開を進め、政策についての国民的な議論・評価を促進することが求められる。さらに、自らも政策の効果について検証を行い、国民に対する説明責任(アカウンタビリティー)を果たしていくとともに、適切に政策の立案・見直しなどを行っていくことが必要である。

雇用・労働をめぐる6つの提言

「完全雇用の達成」を図るための提言

構造改革の推進によって目指す21世紀のわが国経済・社会は、価格をシグナルとして生産要素がそれを必要とする各需要主体に最適に配分されることにより、構造調整が柔軟に行われる変化の激しい社会である。労働面においては、雇用の不安定性が高まるなど、懸念されることもあるが、規制緩和などの経済構造改革を推進し、わが国経済の活力を向上させることにより、各人の持つ意欲と能力を十分に発揮できる社会の実現を図っていく必要がある。

提言1 [雇用創出のための社会基盤の整備]

起業や新規事業展開を促進するための社会基盤を整備し、雇用創出を図る。

・ 経済がグローバル化する中で、質の高い労働力需要を確保するためには、事業活動の障害となる規制の緩和、高付加価値分野を担う高度な能力を持った人材の育成などにより、内外の企業にとって魅力ある事業環境を整備することが必要である。

・ 新規企業の創出は、わが国経済の雇用創出力を高めるとともに、起業を行う者にとっての就業機会を創り出すことでもある。これを促進するためには新規企業が資金調達や人材確保の面で負っているハンディキャップを取り除く社会的支援が必要である。

・ 労働力需給が引き締まり基調で推移することは労働市場の機能を高めるための条件でもある。成長分野などにおいて良好な就業機会を創出し、人材の移動を進め、産業・就業構造の調整を促進することが必要である。

提言2 [人々が安心して働くことのできる環境の整備]

労働市場の新たなルールの整備と市場監視機能の強化や、失業給付の役割の確保など、労働者が安心して働くことのできる労働市場の環境を整備する。

・ 働き方が多様化・個別化する中で、労働者派遣事業の対象業務を拡大する一方、これが適切に実施されるよう派遣労働者の保護の強化を図るなど新たに生まれる市場のルールを整備するとともに、労働市場の流動化に伴って生じる契約等取引上の問題を迅速に解決できるシステムを整備していくことが求められる。

・ 最低労働基準の遵守、性・年齢などによる差別の禁止など、市場におけるルールの遵守を監視する機能の強化が必要である。

・ モラルハザードの観点に留意しつつ、失業給付のセイフティネットとしての役割を今後も確保していくことが必要である。労働者が職を失った場合に適切な額の失業給付を受給できることは、失業者を社会的に救済するシステムであるばかりでなく、在職者にとっても、使用者に対する交渉上の地歩を高め、自らの労働力を売り急ぐことを防止し、市場機能のもとでの労働条件の適正な決定を実現するための条件となる。

提言3 [若年者が円滑に適職探しのできるシステムの構築]

インターンシップを一層推進することなどにより、若年者が自己の将来設計について考える機会を拡大することを通じて、若年者の職業意識を高め、円滑に適職探しのできるシステムを構築する。

・ 若年者の自発的な労働移動は適職選択の過程とみることができるが、一度転職を経験すると年齢を重ねてからも転職を繰り返す傾向もあると指摘される。現在の若年層における失業の増大は、将来の高失業社会をもたらしたり、あるいは、将来へ向けてのマクロ的な人的資本蓄積を低下させる要因となりかねない。

・ そのため、産学連携による人材育成の一形態であるインターンシップを一層推進していくことなどにより、若年者が自己の将来設計について考える機会を拡大することを通じて、若年者の職業意識を高め、円滑に適職探しのできるシステムを構築していく必要がある。

「労働者の能力発揮」を支援する社会を構築するための提言

労働者の職業生活における自己実現については、これまでは企業に依存せざるをえない面が強かったと考えられるが、今後、意図せざる離職や失業のリスクの高まり、選択可能な働き方の一層の多様化などが見込まれる中で、個々の労働者の自己責任・自己選択に基づくキャリア形成が重要となる。そのため、労働者の個人としての自立性を高めるような社会の構築が必要である。

提言4 [自己啓発を支援する社会システムの構築]

労働者の自己啓発投資経費について所得税制上の控除制度や奨学金制度を創設することを検討すべきである。

・ 労働者にとっては、失業のリスクを軽減するため、職業能力開発について自己責任・自己選択を原則としていく姿勢が重要になる。しかしながら、経済・社会の変化のスピードが増す中では、リスクを全て個人に負担させることには限界があるため、個人の職業能力開発に対する社会的支援を強化していくことが必要である。

・ 自己啓発投資経費について税制または奨学金制度で支援することは、広く国民に自己啓発費用を直接支援することを可能とするものであり、その政策効果は広範に及ぶものと期待される。

提言5 [能力発揮の阻害要因となっているシステムの見直し]

特定の労働者の就業行動に対して労働供給抑制的な効果を持つ税制や社会保障制度などについて、個々の制度の撤廃も含め適切な見直し等を行う。

・ 税制の配偶者控除・配偶者特別控除や公的年金の第3号被保険者制度等が要因となって、多くの有配偶パートタイム労働者等が就業調整を行っており、このことがパートタイム労働者等の賃金水準を引き下げている面がある。こうした制度の存在は、有配偶パートタイム労働者等について労働供給抑制的であるのみならず、勤労意欲や職業能力向上意欲に対してもディスインセンティブを及ぼしているため、撤廃も含め適切な見直し等を行うことが必要である。

・ また、企業の配偶者手当も、これらの制度と同様の効果を持っており、その存続の意義やこれに代わる制度の必要性について再検討することが望まれる。

提言6 [個別的な苦情・紛争処理システムの整備]

労使間の個別的な苦情・紛争を処理するシステムを企業の内外に整備する。

・ 年俸制など実績主義的な人事管理制度の広まりや、就業形態の多様化の進展など、人事管理の個別化が進む中で、労働契約における個別的な契約の役割が高まるものと見込まれる。こうした契約の交渉、解釈、履行において生じる苦情・紛争について、労働者にとって簡易・迅速に処理することが可能となるシステムを、企業の内外において整備していくことが必要である。